21話「酒の名」
苦味と香りが舌の奥に残る。
杯を置いた改革派の一人が、こちらをまっすぐ見た。
「この酒――名前は?」
「名前? いや、別にまだ……」
俺が濁すと、別の男が口を挟む。
「名がなければ、人は覚えない。覚えなければ、広まらない」
「今やネリィの店の酒として評判になっている。ならば、名を刻むべきだ」
そんなこと、考えてなかった。
俺はただ、自分が飲みたい酒を作っていただけだ。
でも、確かに――名前があれば、噂はもっと広がる。
飲み会が終わったあと、厨房でグラスを拭いていたネリィに話す。
「で? なんて名前にするんだい」
「それが困っててさ……あんまりカッコつけた名前も違うし、説明的すぎるのもイヤなんだよ」
ネリィは腕を組み、少し考えてからニヤッと笑った。
「じゃあ、こういうのはどう? “ヤミヒレ”」
「ヤミヒレ?」
「ヤミシラとヒレツナ、二つの主役を一言で。響きも悪くない」
俺は口の中で何度か繰り返した。ヤミヒレ、ヤミヒレ……確かに言いやすい。
「よし、それで行こう」
翌晩。
改革派の連中が再び現れた席で、ネリィが高らかに声を上げた。
「お待ちどう、“ヤミヒレ”入りました!」
その言葉に客たちがざわつき、酒の香りが一層強く漂った。
――こうして俺の酒は、正式な名を得て世に出た。
数週間経った頃、ネリィの店は、毎晩人でごった返していた。
“ヤミヒレ”の評判は噂を呼び、酒を求めて客が列を作る。
俺はその喧噪を横目に、作業小屋で黙々と別の酒を仕込んでいた。
今回の相手は――フラミン。
香りは華やかだが、発酵後の味がどうにもぼやける。
何度仕込んでも、口に含んだ瞬間に「水っぽい」の一言。
「うーん……なんでだ……」
首をひねっていると、仕込みを覗きに来たネリィが言った。
「フラミンはね、発酵の時に魔力を与えるとぐっと旨みが増すって話を聞いたことがあるよ」
「魔力……って、俺使えたっけ?」
真顔で問うと、ネリィは吹き出した。
「知らないわよ! でも、魔力が扱えないなら人に頼むか、練習するしかないわね」
練習するしかない……と言われても、魔法の授業を受けた経験なんてゼロだ。
とりあえず、仕込み直し用の麦を集める必要がある。
俺は袋を担ぎ、前に世話になったナード農園の方角へ足を向けた。
――魔力のことは後回しだ。今は、材料の確保が先だ。




