第14話「消えたじいさんと、麦の出どころ」
市場からの帰り道、胸のざわめきが止まらなかった。
魔造庁に連れていかれた――
それがただの噂なのか、それとも酒造に関わる者への“見せしめ”なのか。
確認せずにはいられない。
そして俺は、その足で街の中央にある役所、管理塔へ向かった。
石造りの重厚な建物。魔法陣で開閉される扉の先には、
役人らしき男たちが行き交い、書類や魔道具を手に忙しそうにしている。
場違い感がすごい。
「えっと、すみません。市場でレアト麦を売ってたおじいさんが、
魔造庁に連れていかれたって聞いたんですけど……本当ですか?」
「は?」
対応に出てきたのは、真っ直ぐな背筋と無駄のない動作をした青年だった。
魔造庁の腕章をつけており、目つきも鋭い。
「名前は?」
「えっと……名前は知らないんですけど、片目に眼帯してて、麦袋よく抱えてて……」
「……不審者、というわけではなさそうだな。君、何者だ?」
「俺ですか? ただの……いや、“飲料関連調査志望”です」
「……は?」
一瞬、彼の目が真顔で点になった。
間違いなくこの街で初めて聞いた職業という顔だった。
そこへ、別の役人が帳簿を持って現れる。
「おい、さっきの市場の件。連れて行かれたのは“別人”だったらしい。
レアト麦の老人なら、今は普通に家に帰ってるってよ」
「なにぃ!?」
心配が、スライド式で恥ずかしさに変わっていく。
いや、よかった。よかったけどさ……!
じいさんの家は、街外れの少し傾いた木の家。
いつものように麦の仕分けをしている背中がそこにあった。
「……よぉ、ぼうず。今日は顔色が悪いな」
「生きてた……ッ!」
「そりゃ生きてるだろ。何を言ってるんだ」
俺は事情を話し、心配していたことを伝えた。
じいさんはちょっとだけ苦笑しながら、ため息をついた。
「確かにこのごろ、魔造庁の連中がうるさくてな。
“異常発酵の疑い”とかで、農作物の抜き打ち検査が入ってるんだよ」
「異常発酵って……」
「腐る前に食えって話だよなぁ?」
じいさんが豪快に笑う。
でも、俺の心は冗談じゃなかった。
このままじゃ、レアト麦が流通禁止になったりしたら、
俺の酒造りが――終わる。
「じいさん。あの……ちょっとお願いがあるんですけど、
俺にだけ……レアト麦、仕入れて売ってもらえませんか?」
「ほう?」
じいさんは目を細めて、俺を見つめる。
「お前、まさか“醸してる”のか?」
「……ちょっとずつ」
沈黙のあと、じいさんは立ち上がり、棚から一枚の地図を出した。
「売るのは無理だが……この麦は俺が育てたもんじゃない。
仕入れ先はここだ。“ナード農園”ってとこだ。森の北東、ちょっと山沿いだ」
「農家……!」
「頑固なオヤジだから、うまく頼めるといいがな。
あんたが“本当に麦を生かしたい”って思ってるなら、話はできるはずだ」
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、じいさん!」
「ただし、俺の名は使うなよ。“しがない爺の紹介”で通せ」
「へい!」
こうして俺は、新たな麦の仕入れ先を求めて、
森の北へ、次なる冒険に踏み出すのだった。




