第13話「一杯の始まりと、市場の異変」
「じゃあ、いくわよ」
「……はい」
小屋の片隅に並ぶ、二つの素焼きのコップ。
中には、初めて完成した“麦酒”――のような何か。
色はほんのり黄金色、香りは甘く、どこか香ばしい。
「乾杯、でいいのよね?」
「もちろん。異世界初、“たぶん麦酒”に、乾杯!」
カチン、と静かに音を立てて、二人のコップが触れ合う。
そして、一口――
「……う、わ……甘ッ……」
「うん、これは……完全にシロップね。……麦飴に近いかしら?」
麦の香りと共に、舌の上に広がるのは、ねっとりとした甘み。
アルコール感はごくわずか。発酵の気配も微妙に感じるが、
苦味もキレもまるでない。まるで、液体のお菓子だ。
「くそっ、でも……これでも……感動してる自分が悔しい……!」
「ふふ、まあ、“飲める甘い液体”にはなってるわね」
「でも、これじゃないんですよ……。俺が欲しいのは、
仕事終わりに『クァーーッ!!』って言いたくなるアレで……!」
「それなら……次は“苦味”が必要ね。」
「俺もそれ考えてたんです。今日、市場に探しに行ってきますよ」
(ビールにするにはやっぱりアレがいるのか、、、)
「……引きこもりがようやく社会復帰ね」
「やかましいっす」
そして翌日。
主人公は一週間ぶりに、市場へと足を運んだ。
香辛料、魔草、薬草、見知らぬ魔獣の干し肉。
相変わらずにぎやかな光景。だけど、どこか落ち着かない。
「……あれ?」
あの場所に、いつものじいさんがいない。
いつも笑顔で「おう、また麦探しか?」と声をかけてくれた、
レアト麦のじいさんが――いない。
「……休み、かな?」
だが、違和感は強まっていく。周囲の露店に声をかけても――
「んー、昨日も見てないな」
「じいさん? ああ、なんか役人に連れてかれてたって噂……」
「え?」
「ほら、“魔造庁”の連中、最近この辺にちょくちょく来てるからな」
ざわ……と、主人公の背筋を冷たい風が走る。
魔造庁――
それは、魔力を扱うものすべてを管理する異世界の巨大な機関。
「まさか……レアト麦が“違反農作物”……?」
不安が、頭の奥からじわじわと広がっていく。
酒造の最初の一歩。
それは甘いだけの“未完成の飲み物”だった。
そして街では、何かが静かに崩れ始めていた――。




