表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼染まる街路  作者: I/じ
PR
9/12

9話「決行」

 今日出発する。少々荒業だが、これしか手はない。一発勝負。あいつらには同じ手は通用しない。あの時、君の事を抱きしめたのはなぜだか分からない。君も驚いてたろうし。君がそのまま固まって、どうしたの?って言った時、俺は何があっても君を守りたいと思った。照れくさいからここに書いておく。

 行く前に、これを読み返したいからさ。どのみち、俺の最後になるから。

 廃病院に戻った。君は寝返りをうったようで、寝床に異常はないようだ。自分の部屋に戻り、日記を書いた。しまった。日記が濡れてしまった。情けないや。俺の覚悟を信じてくれる君がいるってのにさ。


 今更戻れやしない。今日、決行だ。


 荷物をまとめていると、君が起きた。


「行くのね?」


「あぁ。……起こしてごめん」


「いいの。夜に出るの?」


「決めてない。今日、出る。それだけだ」


「……分かった」


 俺は荷物をまとめるのをやめた。


「散歩しよう」


「散歩……?」


「夜に散歩するんだ!」


「外に出ちゃダメなんでしょ?」


「俺らは壁の外に出るんだ。ここの外に出るなんて、大した事じゃないだろ?」


 君の顔が分かりやすく明るくなる。


「行く」


「よし。行こう。楽しいよ」


 俺は手を差し出す。手を繋ぎ、閑静な『世界』を駆けた。この『世界』で、俺らは細やかな旅行をした。場所は、この『世界』。夜は新しい姿を君に見せた。


 お金が余ったんだ。査定してもらってさ。ほんの少しだけど。そのお金を、俺のパーカーで包んで隠したんだ。ロビーの長椅子の下にね。君へのサプライズ。君がほとんど見た事ない色の、青い花束を買おうと思ってさ。結局、それも置いてきてしまった。花束を買いそびれたってのはそういう事だよ。

 覚えてる?まあ、壁に話しても意味ないか。そろそろ魚にも飽きてきたし、君の作る料理を食べたいな。ごめん。話を続けるよ。



 俺らは貯水槽にやって来た。君が気に入るかなって。ハップルが書いた地図に載ってたんだ。水が光を反射してゆらゆらと揺らめく。青い光は俺たちの顔に纏わりつく。君はその青さに心を躍らせている。


「綺麗......青」


「青だね」


「青」


「青」


 俺らは笑い合う。その会話に意味なんかない。意味なんて、求めてない。この貯水槽の近くに浄水場がある。そこに隣接した工事現場が、出口だ。俺は貯水槽の縁に座る。君は俺の肩に頭を預け、この殺風景な楽園を眺めていた。


「プールみたいだね」


「ああ。ここよりプールの方が良かった?」


「公共施設でしょ。保安官がいるわ」


「それもそうか」


 ぽつりぽつりと話してはそこでのんびりしていた。何故か俺は静かに泣いていた。


「花屋、どうなってるかな」


「もういいよ。別に。外に、花って咲いてるのかな?」


「どうだろ。もし咲いてたら花言葉、教えて欲しいな」


「それは朝食になったらね」


「そうだね」


「……泣いてるの?」


「え?ああ、何でかな。綺麗だからさ」


「君の涙も綺麗だよ。青くて」


「青かなぁ……」


「青だよ」


「青」


 水の音がかすかに聞こえ、その音色が君の眠気を誘った。君は疲れてた。でも、幸せそうだ。俺の罪は、この幸せを奪ったから最低なんだ。


 俺は君を抱き、廃病院に帰り、荷物を持った。伊達に屑売りはやってない。力には自信があるんだ。人生の大事な瞬間だからかもしれない。力が湧いてくる。君をおぶり、荷物と共にあの電柱に向かった。電柱が前より高く見える。不思議と疲れはない。


 俺は登った。一つ、一つ、電柱の出っ張りを握り、重い体を上に引っ張る。力み、息が漏れる。君の寝息と混ざり、一定のリズムが生まれるようだ。塀はゆっくりと低くなる。俺は電柱を登り終えた。塀の裏側に行き、金網に足を掛け降りようとしたその時、電柱にメモが貼ってある事に気付いた。俺はメモに目をやる。



ここに来た者へ


これを見ているという事は君は外に出たいと思っているはずだ。

私はガリレオ。世界の全てを知り、世界の何も知らなかったただの犯罪者だ。

外は美しい。それは保証しよう。ただ、外に出ない彼らの事を、もう疲れてしまった私を、

忘れないでくれ。

迫る空に一撃を。

知らない者に平穏を。

知る者に永遠を。

もう戻らないお前に、ラベンダーを。



 ガリレオ。あいつのメモか。あいつは、これを読ませる為に方法を自分で考えさせたのか?分からないが、これは俺に向けられたメッセージとして受け取って良さそうだ。ガリレオは忘れるのは簡単だと言った。俺は忘れないと言った。だから忘れないよ。あいつらの事も、ガリレオの事も、この『世界』も、保安官も、この電柱も、君も。ラベンダーの花言葉は、期待だ。これから外に出る俺に対するものとも取れる。だが、それともう一つある。


 私に答えてください。


 忘れないと言ったガリレオは誰かに忘れられたのか。忘れられても、自分は忘れないという心の表れ。ガリレオは完璧に見える。だが、このラベンダーはガリレオの弱さの象徴かもしれない。ラベンダーは『迷い』を表す言葉が多いから。天才というものは孤独な生き物なのだ。俺は、荷物からペンを取り出す。そのメモにメッセージを残す事にした。ただ、君の事もあるから短く書く事にしたよ。


 ありがとう。忘れないよ。


 俺は、ある意味欲望で突き進んでいる。美しさを求める獣なんだ。ガリレオはそれを見透かしていた。今ならガリレオが外を知っていた理由が何となく分かる気がする。ガリレオは、外から来たんだ。多分。世界の全てを知っているんだ。それはこの『世界』じゃない。外の世界なんだ。俺は金網を使って慎重に降りる。一息つき、歩みを進める。中は暗く、静まり返っている。俺は、恐れない。迫る空に一撃を加える為に、この足は動かなくてはならない。


 目の前に、巨大なエスカレーターが現れた。これが、空に迫る為の装置。エスカレーターに乗ろうとする。エスカレーターの前に誰かいる。


 ああ、終わりだ。エスカレーターの前には真黒の姿をした保安官が立っていた。


 日記に書いたんだ。


 君を死なせはしない。もし俺が死んでも、いつか美しい君に、いつか花束を贈りたい。あの時俺が涙を流したような綺麗な青色の花束を。


ってさ。だから、死んでも俺は君に花束を届けるよ。ほら、花屋はもうすぐで完成だ。花束は、無理かな。

 君を死なせはしない。もし俺が死んでも、いつも美しい君に、いつか花束を贈りたい。あの時俺が涙を流したような綺麗な青色の花束を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ