7話「割れた筒」
俺は思い違いをしていたようだ。この海は遅効性ではあるが、毒がある。俺は魚を取る為によく潜ってた。陸上じゃ当たるはずのない部位の皮膚が紫色に変色し始めてる。だから海にも毒性があるのは確定だろう。どうやら紫の範囲は日々増えているみたいだ。日を増す毎に、俺は枯れていく。最近精神も不安定だ。君が君がと呟いてる気がする。でも、やるべき事を見つけたんだ。君の言葉、覚えてるよ。
「ようこそ! 私の居場所よ!」
そう。あそこは君の居場所。君が手にした美しさでいつも彩られている。お花は、裏切らない。でも、俺は裏切ったんだ。償わせてくれ。君の居場所をここに作ってるんだ。流石に石を加工出来るほどの設備はないけど、『世界』にはなかった材質のものを使って再現してる。植物だよ。でも固くて、なのに加工しやすいんだ。色は少しばらけてるけど、家を作るには適しているだろう。覚えてるんだ。細かく、本当に細かく。君の花屋を、ここに。君が外に来てくれるなら、この居場所で、一緒に暮らそう。自分勝手なのは知ってる。でも何もしていないと気が触れそうだ。償いなんだ。償い、だけじゃない。君への、告白だよ。君と共にありたい。出会った時は考えもしなかった。考えていたら、もっと、もっと。
下見から帰ると、君はそこにいた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「今日は酔ってないのね」
「がっかりした?」
「何でよ」
「いや、何でもないよ」
「料理、作ろっか?」
「ありがとう。頼むよ」
「久し振りにこの時間に二人で食べられるね!」
久し振りに。やめてくれ。そんな事言われたら、俺の顔が引きつってしまうだろ。君は笑う。何でだよ。何で、何も言わないんだ。何も、言ってくれないんだ。
私は1階のロビーに座っていた。君の帰りを待っているんだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
その様子だと、今日は酔ってない。
「今日は酔ってないのね」
君の酔ってる姿はちょっと面白いのに、残念。
「がっかりした?」
しまった。にやけてたかな?
「何でよ」
「いや、何でもないよ」
全く、恥ずかしいなぁ。
「料理作ろっか?」
「ありがとう。頼むよ」
君の言葉で胸が躍る。君は酒場で食事を済ませる事が多いみたいだから、帰ってきてもあんまり話せずに眠ってしまう。私が、先に。眠くなるのが我慢できないのをどうにかしたいんだけどなぁ。暇潰しに料理の練習をしていたし、今日は腕を振るういい機会だ。
「久し振りにこの時間に二人で食べられるね!」
君は軽く愛想笑いをした。最近どこか不安そうだ。やっぱり、私のせいだろうか。
「ちょっと待っててね!」
私は食材を取り出し、キッチンとして役割を果たしてる受付カウンターで調理を始める。この『世界』の食べ物は『バンパー・クロップ』って言って、栄養価の高い作物なの。色々な味があって、それぞれに名前がある。白身魚とか、牛肉とか、豆とか。それが何を意味するのかは分からないけど。調理をしていると、君は近付き、私に言った。
「その食材はどこで?」
「住居地帯の市場よ」
「外に出たのか」
「ええ」
出てはいけなかったのだろうか。君は怖い顔をする。
「何で外に出るんだ!」
君は声を荒げた。
「でも、外に出ちゃいけないって言われてないし、」
「俺を心配させないでくれ!」
何よ。心配してるのは私の方なのに。君が最近廃病院から抜け出して、どこに行ってるか私は知らないんだよ?
「私の気持ちも知らないでしょ」
つい言葉が強くなる。嫌だなぁ。あの時、君はどう思ったのだろうか。目の前のハーバリウム。もう花が茶色くなってる。鑑賞の時期は終わりね。窓際に置かなかったらもっと長く眺めていられたのに。君と一緒にいられたのに。
「君は何で笑っていられるんだ! 俺は、君にとって何なんだよ! 君の居場所の、花屋に帰ればいいじゃないか......君は」
確かにそうだ。私は何で花屋に戻らないんだろう。私の居場所は、あそこなのに。
「外に出るなって言ったり、帰ればいいって言ったり、わけわかんないよ!」
「君は長い間、花を触ってないだろ?君は優し過ぎるんだ。俺はそれが辛いんだよ!」
「今更同情? 自分からここに連れ出しておいて、酷すぎるよ!」
しまった。私は、柄にもなく怒ってしまった。体が熱い。君の顔を見れない。涙が出そうだ。長い間、お互いに何も言わなかった。あの時、お互いに何かに気付いてなかったのかもしれない。曖昧過ぎるかな。今でもそれが何か分かってないから。
君は、その場を去った。自分の部屋に戻ったのだろう。私は、食材を焼く為の固形燃料を握っていた。燃料の匂いが手に残った。変な匂いが、妙に切なかった。その後も、一人で料理を作って食べた。
美味しくなかった。
君と言い合いになったのは思い出したくない。俺はあの頃不安だった。とても。何も言ってくれない君があの時、初めて本音を言ったのだろう。君が下を向いて、肩を震わせているのを見て、俺は、泣いてしまった。何か言ってくれと願ってたはずなのに、これだよ。俺は、君の笑顔を見たいという勝手な欲望で、君の気持ちを軽く見てた。最低だよ。
君に俺が泣いているのを知られたくなかった。俺は自分の部屋に戻った。長い間花を触っていない彼女に、お詫びも含めて花を贈ろうかな。ハーバリウムを返すのは違うから、花束がいい。結局、贈れてないな。そういえば。流石に酷すぎるな。
ああ、手頃な石だ。これを使おう。
ねぇ。君は何であの時、私に髪飾りを付けてくれたの?君が何を考えてるか、分かんないよ。君は勝手だよ。どこにいるの。この廃病院で君を待っても、誰も来ないよ。いっそ、あの花屋に戻ろうかな。そうだ。君を忘れよう。私には高過ぎた望みなんだ。そう思って、茶色の花が浮かぶハーバリウムを持って、廃病院を出た。街には、外の存在なんて知らずに幸せに生きる人々が見える。握る力が強くなる。私は、路地裏にハーバリウムを力一杯投げつけた。悲痛に割れ、拡がる液体。またひとつ君を、失った。失った中でもこれは、自分のせいだ。君自身を奪った筒を、割った。勝手だね。誰に似たのかな。
私は今初めて、自分の好きな花を壊した。忘れる為に壊したのに、涙が止まらなかった。君に、会いたいよ。
食料も減ってきた。少々有名な君を連れ出したのはまずかったのかもしれない。行方不明になった君を保安官達が探している。多分、誰かにお願いされたのか。目をつけられている俺と一緒にいるとなるとあいつらに何をされるか分からない。いち早くここを出るしかない。君の疲れた顔を見る度、胸が苦しくなる。この日記が君に見つかったら、怒ってくれるだろうか。ちゃんと私に言いなさいってさ。ごめん。君にあんな事言って。




