4話「幸せな地獄」
「ねぇ、外の世界って何?」
「綺麗な世界なんだ。俺たちの理解の及ばない、汚れのない、でもどこか寂しい。この世の全てを詰め込んだ、幸せな地獄さ」
外に出る方法は知らない。俺は馬鹿だ。どうして、君は側にいるんだ。いつでも逃げる事だって出来る。俺に疑問を投げかけるぐらいしても何ら不思議じゃない。でも、君は笑ってる。
「1000君」
「何?」
「あ、反応するんだ」
「……あっ」
君は笑う。でもその笑顔はもう眩しくない。棘のように俺を貫く。自業自得だろ、って?そう言うなよ。言ってくれるやつがこの場所にはどこにもいないけどね。俺一人だ。夢見るなよ。全く。
そうそう、今日は、血を吐いたよ。
外に出るために、何が出来るか。保安官の存在がどうしても邪魔をする。この『世界』の抜道を探すなんて時間がかかる事はしたくない。散々考えて、犯罪者に情報を貰うという考えに至った。犯罪者。保安官が定める法に背いた人々。俺は庶民だから法律の文面なんて見た事はないが、存在は知ってる。背いたら、当然だが排除される。
犯罪者はその排除から逃れて独自のコミュニティを形成する人々だ。ある者はより美しい美術品を手に入れる為に、ある者は保安官の支配する体制を変える為に、中には外に出る為に罪を犯した者もいる。その人に情報を貰おう、と考えた訳だが。その犯罪者のコミュニティーがどこにあるか、分からなきゃ意味がない。
俺は謝礼金を渡して酒場の人々にコミュニティの在りかを聞き回った。そして一つ、有力な情報が出た。街の中心部に位置する酒場、『ガイガー』。ここが犯罪者達のアジトらしい。まさか中心部にあるとは思わなかった。道理で情報が手に入らない訳だ。
『ガイガー』は人気のある酒場だ。『緩衣菊』という女性が切り盛りしてる。とても美しいと評判だ。美しい女性は側にいるから俺には十分だが。自惚れるなよ。今はいないだろ。俺は早速その酒場に向かう事にした。君は置いてね。今頃花屋はどうなっているだろうか。いつも着てるパーカーに袖を通し、廃病院を抜けた。
酒場は大層賑わっている。菊さんはそこで笑顔で働いている。
「いらっしゃい」
温もりのあるはっきりとした声。白い手ぬぐいで手を拭きながら席に案内される。片手には注文された料理を持ったままだ。忙しそうだな。ここの料理はとても美味しかった。あそこの料理をもうちょっと食べておけば良かった。この魚は、まずくて。魚ってのを初めて見た時は驚いたよ。俺ら以外に生き物がいたんだからな。あの『世界』の料理は全部同じ作物で出来てる。何だったかな。ああ、名前を覚えるのが苦手だ。教えてくれよ、俺に。君は知ってるだろ?
ああ、俺は馬鹿だ。まずは情報が正しいかどうか、探りを入れていこう。ここの女将なら何かを知っているはずだ。
「何か注文は? 適当な酒でいいかい?」
「……あ、その酒っていうのはどういうもので」
「酒は酒だろ? なぁ? こりゃおかしい」
酒場が笑う。これは新参に対する洗礼か。こりゃどうも。
「酒で」
「あいよ」
豪快にノズルを捻る菊さん。どっと酒が瓶に注がれる。
「ほら」
注がれた瓶を机に少々荒く置く。酒の泡が少し跳ねて机に広がる。本当に豪快だな。見てて気持ちがいい。酒と一緒に小さな器で料理が出てきた。
「あの、頼んでないんですけど」
「さっきのお詫び。ごめんよ。ここの奴らは冗談が好きなんだ」
そう小声で囁く。いい人だな。ここが人気なのも少し分かる。それにしても、良くこの量の人間を捌けるものだ。うるさいこの酒場で正確に注文を聞き分けてる。並の人ではない。というか、話す暇あるのかこれ。不安になってきたぞ。
「あんた、何の仕事してるの?」
意外にも向こうから話しかけてきた。
「中古品を売る仕事です」
「へぇー。じゃあ、ここの奴らもぜひ売りに出してくれ。中古品ばっかりだからな!」
酒場が笑う。本当に冗談がお好きなようで。菊さんもノリノリな辺り、彼女は冗談は嫌いではなさそうだ。
「若いね。いくつ?」
「20、ぐらいですかね」
「へー。まだまだこれから! 頑張りなよ!」
「はい」
「じゃんじゃん飲め!」
「飲みます」
「菊。ゆるきぬきくってんだ。よろしくな」
「今ですか……芽亜です。めありおと」
酒はもう6杯目だ。強くて良かった。情報聞き出すどころじゃなくなるからな。
「よし、一息」
菊さんの声をきっかけに俺は気付いた。店の客はまばらだ。もうそんな時間か。君の事が心配になってきた。
「俺、帰ります」
「大丈夫かい?」
「はい。お会計お願いします。いくらですか?」
「11ドミネ」
「安くないですか?」
「気にすんな!」
「はい……すいません15ドミネで。お釣りは要りません」
「気前がいいね。女性にモテるよ」
「ありがとうございます。また来ます」
その日以降、何回か顔を出した。ごめんね。酔って帰ってくる俺をきちんと介抱してくれるの凄い嬉しかったよ。何してるかなんて聞いてこなかったけど、内心不安だったと思う。ごめん。
「いらっしゃい」
その日は何故か客が少なかった。ああ、その日は確か保安官が決めた安寧祭か何かで、家族で過ごす日だったんだ。俺には家族はいないから当然一人だ。もし君に家族がいたら申し訳ない事をしてるよな。きちんと叱ってくれはしないだろうか。そういうのが苦手なのか。
もし、俺が知らない所で君が泣いていたら、俺はどうすればいいんだ。
そういう事を考えてしまって、その日はやけに飲みすぎた。
「……俺は、連れて行きたい人がいるんです」
「へー?誰?」
「女の子です。とても綺麗な子」
「私より?」
「はい」
「…...言うねぇ」
「紫の髪で綺麗な瞳の彼女を俺は、連れて行きたいんです」
「どこに?」
「外です」
「そと」
「俺はこの壁から、あの子を出してあげたい」
「あのね、酔ってても言って良い事と悪い事があるのよ?」
「綺麗な世界なんだ! 壁の外は、俺たちの理解の及ばない、綺麗な何かがある! 彼女は綺麗だ! だから……だから」
「幸せな地獄」
菊が黄昏ながら呟く。
「え?」
「何でもないわ」
「……俺は知りたいんだ。外を、知りたい。彼女の美しさが、俺の時間を動かす。俺は、ただ、彼女を幸せにしたいんだ」
「……そう」
菊さんは俯いた。先程とは違う様子だ。
「無謀じゃないの?」
「俺は、決めたんで」
「決めたとしても、できるかどうか。そもそもあるかどうかすら分かってないのにどうしてそこまで言えるの?」
「菊さんは、目の前の美しさしか見ませんか?」
沈黙。菊さんは俺を見つめ、軽く下唇を噛んだ。
「菊さんは、誰かの為に生きていますか?俺は生きてます。彼女の為に、彼女が、笑うその顔を写してこの壁を突き破りたい」
「妬いちゃうな…羨ましいなその子が」
「生きていますか?」
しまった。酔いに任せてこんな事を。それにしても、はっきりと覚えているものだな。酔っていても頭は冴えてたみたいだ。その結果がこれだが。
「私は……生きてる。誰かって事じゃなくて、酒場の奴ら皆の為さ!」
「それが美しいのは分かります」
「あいつらの笑顔が、私にとっての誇りだよ」
「俺は、目の前の美術品より、思い描く夢の方が美しいと思います」
「その言葉、馬鹿どもに聞かせてやりたいな」
「馬鹿ども?」
菊さんは深呼吸して、囁いた。
「あんたの注文、受けてやろうか?私が」
一瞬思考が止まった。つまり、これは、どういう意味だ?
「外の事、知りたいんだろ?紹介する。特別だ」
「特別」
「本来は暗号が必要なんだ。でも、あんたは特別だ。莉桜斗。あんたを信じるよ」
閉店後、俺は『ガイガー』裏のゴミ捨て場に連れてかれた。菊さんが鉄製のゴミを入れる大きな箱を開けると、中にはゴミではなく、通路があった。下に降る階段だ。外から見れば他のゴミ箱とは見分けがつかない。驚いた。本当にアジトがあるんだ。俺は緊張の中、真っ暗の階段を一段一段降る。階段の先には扉がある。扉が開き、菊さんが俺を紹介した。そこで俺が見たのは、この『世界』の闇を牛耳る化け物達だ。
「お前、誰だよ?」
男は冷淡に、突き刺すような声で高圧的な響きをぶつけてくる。
「紹介するわ。彼は芽亜莉桜斗。外に出たいらしいわ」
「珍しいな。俺がコミュニティのメンバーの顔を全員覚えてる事を知ってて言ってるのか?菊」
「彼は暗号を使ってないわ」
「なるほど。面白いじゃねぇか」
この男、人間を椅子にしている。悪趣味だな。
「ようこそ。ゴミ捨て場へ。俺の名前は、ガリレオ」
ガリレオは、右だけ口角を上げて両手を広げた。ならず者の面々、俺は彼らと、取引をする。




