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第八話 侯爵家

 魔族の攻撃から1週間立った。

 領都は復興の真っ最中だ。少数部隊での攻撃、あと大規模破壊がなかったので、復興は順調といえるだろう。しかも、侯爵が素早く領兵軍と警備兵と役人で復興部隊を編成したので、領都内が落ち着きを取り戻したのは、かなりスムーズだった。

 イカレているとはいえ、その政治手腕と賢明さがかなりのものであることが伺える。やはり侯爵家は侮れない。というか怖い。

 とはいえ、被害は小さくない。少数部隊とはいえ、上位魔族のみで編成されていたため、死傷者は数百人に上っている。

 落ち着きを取り戻したとはいえ、領都内は嘆きと悲しみに包まれている。


 俺は2日掛けた討伐クエストを終え、今住んでいる領都の長屋に帰ってきた。

 2階建てのこじんまりとした部屋が並ぶ横長のアパートみたいなイメージだ。公営の集合住宅で、家賃はかなり低い。領都で一軒家を持とうとするとかなりの値段になるし、個人経営のアパートではコネが必要になってくる。

 公営の長屋は、俺のような領都に来たばっかりのコネのない人や下層の家族持ちが暮らしている。

 城や大通りからやや遠いため、魔族攻撃の際の被害はかなり少なかった。


「おや、帰ってきてたのかい」

 気風の良さそうな女性に声を掛けられる。

「ええ、今帰りました」

 声のするほうへ振り返りながら、挨拶した。相手はラウラといい、お向かいの奥さんだ。やや恰幅がよくなってきた感じの3人の子供を育てる肝っ玉おっかさん。


「そうかい。そういえば、あんたんとこに、お館様の使いが何度か来てたよ」

「えっ!?」

「あんた、なんかやったのかい? 面倒事を起こすようなやつじゃないとは思うけど。お館様に目を付けられんのは良くないよ」

「いや、悪いことはしてないですよ。多分、この前の魔族のときに、姫様をちょこっとばっかし助けたのがありましてね」

「おや! そうかい! 姫様助けたのかい! そりゃあ、あんた、いいことしたねえ。きっとご褒美くれなさるんだよ。あたしらもご馳走用意しとくからさ。城に御呼ばれしたら、一声掛けとくれよ。みんなでお祝いしなきゃねえ。あら?」

 ラウラさんが俺の後ろを見て、驚きの声を上げる。

「クロード・サイトー殿で御座いますでしょうか?」

 ドスの効いた声が俺の背後から聞こえる。

「ええと」

 振り向くとそこには、はちきれんばかりの筋肉を格式高い紳士服に押し込んだスキンヘッドの大男が立っていた。落ち窪んだ眼窩で光る眼光が恐ろしいほど鋭い。貴族に仕えるフットマンというよりは、どう見てもマフィアのドンに仕えるヒットマン。

「クロード殿、私めはカルレオン侯爵家より使わされた者で御座います。まことに恐縮では御座いますが、アラセリス様より是非にと、お城へご招待したく、まかり越しました」慇懃ではあったが、逆らうことを封じるような口調だった。




「ようこそいらっしゃいました」

 アラセリス姫は花がほころぶような笑みを浮べて、城のテラスに案内された俺を歓迎した。

 アラセリス姫の後には、色っぽい女騎士のバルバラさんとクールビューティーなメイドのニルダさんが控えている。

「さあ、こちらにお座りください」

 アラセリス姫がテーブルに着くように勧めてくる。

「ありがとうございます」

 俺は姫様に勧められるまま、着席した。


「改めて、紹介しますわね。こちらがわたくしの付きの護衛、バルバラ・デ・エローラです。領内随一の剣士です」

 バルバラさんが礼をした。金髪碧眼で派手な美貌をしている。白銀のプレートメイルを着ていて、一応凛々しくは見える。でも、官能的というかビッチっぽい美貌と肉感的でグラマラスなスタイルのせいで、甲冑よりもイブニングドレスのほうが似合いそうだ。


「そして、こちらがニルダ・デ・オルネラス。わたくし専属のメイドです。幼い頃から一緒なのです」

 ニルダさんが一礼する。黒髪黒目の冷ややかで硬質な美貌の人だ。スレンダーな肢体にシンプルなメイド服が良く似合っている。でしゃばらないが、仕事が出来そうな雰囲気をたたえていた。


「どうも、蔵人<<くろうど>>・斉藤<<さいとう>>です」

 俺は立ち上がって、自己紹介とともに一礼した。

「ごゆっくり、おくつろぎください。お忙しいのに、お呼びだてして、申し訳ありませんでした。わたくし、この前のお礼を改めて申し上げたくて」

「いやいや、そんなにご丁寧にしていただかなくても」

 俺はアラセリス姫が椅子に座るのに合わせて、着席した。背中にはすでにびっしょりと冷や汗をかいている。このお姫様、何が地雷かわからんからね。


 しばらく美女3人とお話したが、特に変わったことはなかった。社交辞令と当たり障りのない会話をしている。こうして身のない会話をしている分には、可憐で儚げな美少女にしか見えない。なんとか乗り切れそうだ。

「そういえば、冒険者でいらっしゃったですよね?」

「ええ、C級ですが」

「うらやましい。わたくしも冒険者になろうとしていたのですよ」

「えっ?」

「ですが、才能がなくて……。剣も槍もメイスも使えませんでした」

「そ、そうですか……。魔法のほうは?」

「一応使えるのですが。魔力が低くて、使い物になりませんでした」

 アラセリス姫がショボンと落ち込む。気の毒ではあるけど、その姿は大変可愛らしかった。庇護欲をそそる姿に、俺は慰めの言葉をかける。

「でも、人には向き不向きがありますし。アラセリス様ならば、冒険者などにならなくてもよろしいではありませんか」

「領内を荒らすモンスターを直接殴り殺したかったものですから」

 ……帰りたい。


「そうだ。わたくしの代わりにクロード様が冒険してくださいませんか?」

 アラセリス姫がいいことを思いついたとばかりに華やぐような微笑を浮べた。

「ええと、どういう?」

「わたくし、冒険者になったら、『このダンジョンを攻略しよう』『この秘宝を取ってこよう』って、たくさん想像してましたのよ」

「もしかして、俺が代わりにそれをやると?」

「ええ、そうして欲しいのです」

「いや、ええと」

 俺は困って、バルバラさんに目を向けた。

「私は姫様の護衛ですので。姫様の傍を離れるわけには参りません。この前のようなことがまたないとも言えませんから」

「庶民のあなたが、姫様の夢をかなえて差し上げることができるのですわ。大変光栄なことでございます。代われるものなら代わりとうございますわ」

 ニルダさんが見下すような冷たい瞳にわずかな嫉妬を乗せて睨んできた。


「異世界勇者の冒険譚。わたくしも間近で見てみたいのです」

 アラセリス姫がいきなりぶっこんできた。

「ええと、何のことかと。俺はしがないC級の普通の冒険者ですよ」

「王城でのお話は、こちらにも聞こえてきてましたのよ。何の力も示さなかったために、フェリシア様から放逐されてしまったとか」

「なぜ、それを?」

「うふふ、どうしてわかたのですかって、ひ・み・つです☆」

 クスクスとアラセリス姫が悪戯っぽく笑う。

「クロード殿。身元を隠したいなら、せめて偽名を使ったほうが」

「もう、バルバラったら。すぐに教えてしまって」

「あ、ああ、な、なるほど、俺としたことが。いや~まいったな~」

「所詮は庶民でございますね」

 アハハオホホとみんなで笑ったが、さりげなく酷いな、ニルダさん。


「俺なんて、そんな大したことないですよ。もっとランクの高い人がふさわしいですよ」

 断りたい。もう関わりたくない。

 アラセリス姫も、バルバラさんも、ニルダさんも、三者三様に美しい女性で、前の世界では、これほど美女たちは見たことない。こんな美人達と今後も会えるとなれば、嬉しいと思う気持ちもある。でも、バルバラさん以外、中身が普通じゃない。

 翔流<<かける>>たちが魔王を倒すまで、平穏無事、悠々自適に暮らしていきたい。

 ここ、カルレオンでそれが出来そうだったんだ。そのためには、侯爵家と関わってはいけない。

 これは、この地で暮らす者の不文律だ。


「ごめんなさい。困らせるつもりで、今日はお呼びしたのではないのですよ。この話はこれぐらいにしておきましょう」

 アラセリス姫がニッコリと微笑んだ。

 助かったと思いたい。でも、この姫様の笑みが油断ならないんだよなあ。何も裏がないなら、見惚れてしまうほど神秘的なのに。

 それから、しばらく雑談して、お姫様から解放された。

 アラセリス姫は思ったより普通に話せた。バルバラさんは意外に気さくな人だった。ニルダさんは過剰な姫様愛から来る敵意でさりげなくディスってきた。

 まあ、話すだけなら、楽しかったな。




 案内の人に連れられて、廊下を歩いていると、少女と見紛うほどの美少年が立っていた。

「すみません、クロード様。ご隠居様が挨拶したいとの事ですので、こちらに来てもらえませんか?」

 小動物系の可愛らしい美少女風の美少年が、上目遣いにお願いしてくる。こういうのショタ好きにはクるものがあるのかねぇ? サラサラでボブカットぽい髪型の栗色の髪、大きな緑の瞳、スッキリと整った鼻筋。卵形の顔立ち。成長すれば、さぞかしもてるんでしょうねぇ。今もお姉さまがたにチヤホヤされるでしょうねぇ。

 ちっ……。


「わかりました」

 胸に湧き上がる敗北感と昏い感情をおくびにも出さず、出来る限り爽やかに応えた。

「こちらです」

 美少年に案内された先は、この前の執務室を少し狭くしたような部屋だった。

 部屋の真ん中には、豪奢で大きい机があり、そこには初老に達したばかりに見えるおじさんが座っていた。

 しかし、初老とはいえ、体つきはガチムチに逞しく、眼光も鋭い。髭を整えた容貌は精悍で、やや年を取った武将といった感じだ。


「わしは先代のカルレオン侯爵、アーロン・フォン・カルレオンじゃ。 うっ!」

「? どうしました?」

 俺は大丈夫か確認するために近付こうとしたが、アーロンさんに手で制された。

 そして、机の下から、先ほどの美少年と同じ顔をした美少女が出てきた。美少女は俺がいることを意に介したふうもなくハンカチで口元を拭った。


 ドッと汗が吹き出した。


「おぬしの名は?」

「く、く、蔵人<<くろうど>>・斉藤<<さいとう>>と、も、申します!」

「ほう、そうか。名を覚えておこう」

 いいです! 覚えなくていいです!

 アーロンさんは美少年を自分の傍に招いた。

 えっ……。まさか……。嘘だよね……。俺ここにいるんですけど!!


「小僧、アラセリスを助けたこと、わしからも礼を言おう。あやつの父である現カルレオン侯リカルドも礼を言っておった。領内の復興に忙しいリカルドに代わって、わしから伝えさせてもろうた」

「い、い、いえ。たいへんもったいない御言葉です!」

「ほう。多少は礼儀をわきまえておるか。しかしのう、小僧」

 美少年がアーロンさんの膝の上に座った。いやー。仲のいいお爺ちゃんとお孫さんのようだなアッーーー!


「調子に乗るなよ、小僧! アラセリスの話の相手をしてやるのはよい。あの子の世話をすることも許してやろう。よもや、庶民の分際で、あの子の遊び相手を断ろうなどと思っておらんだろうなぁ!」

 ポルターガイストがぁ! アーロンさんが座っている椅子と机をガタガタ揺らしているぅ!!

「(パクパクパク)も、もちろんです!!」

「じゃが、身の程を弁えるんじゃぞ。わかっておるか! 身分不相応な懸想などするでないぞ!」

「(※美少年の台詞ですが、気にする必要はありません)」

「そのようなことをすれば、こうじゃ! こうしてやる!」

「(※美少年の台詞ですが、気にする必要はありません)」

「どうじゃ!? どうじゃ!? こうじゃ! こうしてやるぞい!!」

「(※美少年の台詞ですが、気にする必要はありません)」

「ふふふ、代わりにわしが愛でてやるぞい。小娘なんぞ忘れてしまうほどにな。ほれ、このとおりになぁ!!」

「(※美少年の台詞ですが、気にする必要はありません)」


 う、う、う、うわああああああああああああああ!!!


 俺は思わず部屋を飛び出した。




 何処をどう走ったのか覚えていない。

 気が付いたら、長屋の入口でへたり込んでいた。

 怖かった……。

 怖かったよ~~~~!!

 井戸で水を汲んで、桶から水を被るように飲んだ。体に水が掛かるが気にせずにひたすら水を飲んだ。ノドがカラカラだ。

 しばらくして、落ち着いたので、俺の部屋に戻ることにした。風呂に入って、飯食って、早めに寝よう。そして、すぐにでもクエストに出かけよう。一旦領都を離れよう。

 そうだ。そうしよう。

 俺はドアを開けた。


「おかえりなさいませ。今日は依頼があって、こちらに参りました」


 そこにはアラセリス姫がいた。


「ぎょええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 俺は腰を抜かして、地べたにへたり込んだ。

 その俺にアラセリス姫が近寄ってくる。可憐な美貌に嬉しそうな微笑を浮べて。


「わたくしの依頼、受けていただけますでしょうか?」


「は、はひ……」



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