第七話 魔人
「俺は別行動を取ったほうがいいと思うんですけど」
クロード・サイトウと名乗った少年は城に入ってすぐに別行動を提案してきた。
「あら、どうしてでしょうか? もともと少人数ですから、戦力の分散は避けたいのですけれども」
姫様がクロード少年の提案を却下しようとする。さすが姫様だ。世俗のことになど知らぬげな浮世離れした雰囲気と異なり、とても聡明でいらっしゃる。
このバルバラ・デ・エローラが剣を捧げるたる方でいらっしゃる。いや、それ以上のお方だ。
「私もそう思います」
私は姫様に同意する。
「この人数では戦力の集中もないでしょう? それよりも確実に相手の隙を付いたほうがいい。俺一人ならば、絶対に気付かれずに敵に攻撃できます」
クロード少年が自信ありげに言う。この一見すると、そこらにいる市井の少年と見紛う子がだ。
少し幼さと繊細さを滲ませた容貌は平べったいこと以外にこれといった特徴はなく、地味で平凡な少年だ。
今回の発言も、何のとりえもなさそうな少年の戯言と一笑にふされるものだろう。
しかし、これまでの少年の活躍を見れば、一概に否定は出来ない。鮮やかにフェンリルライダーを屠った手並みといい、信じられない身のこなしで領内を駆け抜けながら、ガーゴイルの上位種、ヴォドリガを易々と撃ち落していった。更にはリンドブルムを容易く撃破している。
それでも、数々の難敵を屠ってきた火を噴く鉄の筒の威力を知れば、戦力として手元に置いておきたいと思うのは当然だ。
「ちょっとやってみせましょうか?」
クロード少年はそう言って、柱の影に隠れた。
その瞬間、少年の気配が掻き消えた。
「なっ――!」
見てる前で柱に隠れたのに、気配がここまで消えるとは。他の護衛二人と姫様付きのメイド、ニルダも驚きに目を見開いている。平然としているのは姫様だけだ。
「こんな感じですが、どうでしょう?」
クロード少年の声が背後から聞こえて振り返る。少年は姫様の背後に立っていた。
全く気付かなかった。恐るべき隠行のスキルだ。
もし、この少年が暗殺者となったら――。そう考えただけでも、背筋が冷たくなる。
「隠れながら、皆さんの後を付かず離れずの距離で付いていきます。このお城の構造は知りませんので、先行してください」
少年はぽりぽりと頭を掻きながら少し照れたように言う。その様はまるで初めて魔術を成功させて照れている街角の少年そのままだった。そのアンバランスさに私は戦慄した。
こんな化け物から姫様を守れるだろうか? 気配を消し、どこにでもいる少年のような顔で近付いてくる化け物をどうやって防ぐのだ?
「まあ、素晴らしいスキルをお持ちですのね。では、クロード様のおっしゃるとおりにしてみましょうか」
姫様はその可憐な美貌を輝かせながらクロード少年の意見に賛同なされた。
その姫様のあまりにも平然とした様に、ニルダが陶然と蕩けた顔をしている。
気持ちはわかるが、私の不安は払拭されなかった。
剣戟の音を聞きつけ、私は飛び出した。城の警備兵が攻め込んできた魔族の部隊のダークナイトと戦っているところだった。
「アークスラッシュ!!」
私はダークナイトに剣技スキルで斬りつける。姫様から賜った片手剣『グアルディア』の刀身に闘気が乗り、ダークナイトの甲冑に傷を付ける。
「どりゃあ!!」
護衛の一人がシールドバッシュをダークナイトに叩きつけ、私のフォローをしてくれた。二体目のダークナイトが私に迫ってくる。
「V字スラッシュ!!」
しかし、護衛が剣技スキルで攻撃する。この攻撃にダークナイトも怯む。
「清廉なる女神の息吹よ、我が剣に宿りて、穢れしものを祓いたまえ」
グアルディアに女神の祝福、聖属性のエンチャントが掛かり、青色に光る。
「はあああぁぁぁぁ! 奥義! サウザンド・クロス!!」
一から弐拾まである剣技の型を一瞬で周囲のダークナイト共に繰り出す。何千回、何万回と繰り返してきた型を凝縮するのだ。
蒼い剣閃が瞬く間に辺りを埋め尽くす。
「はあぁっ!!」
型の最後、逆一文字の剣筋がダークナイトを切り裂く。蒼い残光が消えると、周囲のダークナイトを全て殲滅していることがわかった。
「はあ……はあ……はあ……」
私の全てを一瞬に振り絞るこのスキルは体力と気力を使い切る。
「お見事です、バルバラ」
姫様が労りの声と共にスタミナポーションを渡してくださる。私はそれを受け取り、一気に飲み干すと体の倦怠感が抜けていく。
再度、周囲の様子を確認すると、私たちが加勢するまでダークナイトどもと戦っていた城の警備兵をニルダが回復魔法で癒している。
全てのスキルを中級以上まで習得していることはある。特化した強みはないがバックアップとしてはこれ以上の人材はいない。
城内でも各所で戦闘が行われており、すでに間に合わなかった者達もいるが、幾人かの警備兵を救うことが出来た。
これまでにも数箇所で警備兵を助けており、助けた警備兵は他の戦闘箇所に加勢に行かせている。城を任されている精鋭の兵だ。体制を立て直せば、すぐにでも盛り返すことが出来るだろう。
「お父様はどちらに?」
「執務室かと思われます!」
姫様の問いに、回復した警備兵が立ち上がって答えた。しかし、立ち上がった兵がふら付く。
「ああ、なんということでしょう。わたくし達の愛しい兵がこのように傷ついて……。許せることではありません」
姫様が涙を零す。
「カルレオンの人々に手を出して、その者達が平穏無事に生きているのかと思うと、胸を掻き毟られるかのように、心が痛み、正気が保てそうにありません。その者達を皆殺しの中の皆殺しにしてあげたい」
「姫様……」
警備兵が感涙に咽び泣く。
「わたくしはこの通り非力な小娘。回復したばかりで、苦しいでしょうが、みなさんの力を貸してください、その者達を殺す力を。目に付く敵を、殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くて欲しいのです。お願い致しますわ……」
兵士達の目に凶暴な光が灯る。
「お任せください! 姫様!!」
「うおおおぉぉぉ!! 殺す! 殺す!」
「姫様の御願いじゃあ!! 魔族どもを皆殺しの中の皆殺し、皆々殺しにして!! その汚い首を姫様に捧げるんじゃあああ!!」
兵士達が疲れを物ともせず立ち上がり、気炎を上げる。かくゆう私も体のそこから気力が湧いてきた。
「行くぞ! 皆のもの! ご当主様をお守りし、不埒な賊どもに鉄槌を!!」
機を逃さず、私は兵士達に号令し、執務室へ向った。
執務室のドアを蹴破り、中に雪崩れ込む。
お館様の衛兵が全員無残にも殺され、その死体は無造作に床に転がっていた。床は彼らの血で赤く染まっている。
その中で、お館様と、その惨劇を作り出した魔族だけが立っている。
一人で、領内の最精鋭であるお館様の衛兵達を葬ったというのか。これは、ただの魔族ではない。
「ほう。これほど早く、ここまで辿りつくとは。流石はカルレオンのもの。我が君がこの王国において唯一の難敵と見定めた者達よ」
魔族の男がこちらを向いた。赤黒い髪にやや青みがかった肌をしている。額に大きな角が生えており、好戦的に嗤う口元からは牙が覗いていた。壮年期を思わせる無骨な顔には酷薄そうな表情が浮かんでいる。
「過大な評価だよ。このざまではね」
お館様の人が良さそうな優しげなお顔に、してやられたといった表情を浮べる。
「だからこそ、このような意表を付く手に出たのだ」
「それはまた、ありがたくない程の評価だね」
魔族を前にしても飄々としていられる豪胆さは流石としか言いようはないが。
「お館様、お下がりを」
私が1歩前に出る。
「くくくっ、メインの前にはちょうどよい腹ごなしだ」
魔族が相対する。殺気が風のように吹き付けてくる。凄まじいプレッシャーだ。
これはただの魔族ではない。
「はあっ!」
私は渾身の力を込めて切りかかった。様子見などはしない。最初から全力でやらねば、殺されるのはこちらだ。
魔族の男が剣を交わす。それに合わせて、護衛兵がシールドバッシュを仕掛けた。絶好のタイミングだ。
「ふっ」
魔族の男は盾ごと力任せに護衛兵を殴り飛ばした。護衛兵は部屋の端まで飛び、壁に激突して倒れる。息はあるようだが、戦闘不能だ。なんという豪力。
倒れた護衛兵の穴を埋めるように別の護衛兵が前に出る。
兵たちと連携を取りながら、私は魔族の男に切りかかる。
しかし、一方的だった。
私達の剣は届かず、届いても薄皮一枚を斬るに留まり、魔族の無造作な一撃で、次々と兵は部屋の壁に叩きつけられ、戦闘不能に陥っていく。雑な攻撃だったから、私は辛うじて交わすことが出来たが、そうでない者達は弾き飛ばされていった。
あっという間に私一人だ。
「ニルダ! 姫様を!」
そう声をかけて、魔族に突撃した。
「せいやあああぁぁぁっ!! サウザンド・クロス!!」
万全ではないが、奥義を繰り出す。幾つもの剣閃が魔族の男に吸い込まれていく。しかし、その剣はやはり肉を浅く切るに留まるばかりで、魔族の男の命には届かない。
気力と体力が持つ限り、体が動く限り、全てを振り絞って剣を振り続けた。
速度を失った剣が魔族の男の手で止められた。
「くっ……がはっ……ぜぇ……ぜぇ……」
体中から力が抜け、あがった息は戻らず、声も出せない。
魔族の男の体中に、浅い切り傷を無数につけただけに終わった。その傷も徐々に回復しているようだ。
「魔人であるこの我に、ここまでの傷を負わせるとはな。人間にしては良くやった。褒めてやるぞ」
魔人!
私の心に絶望が覆いかぶさってくる。
魔王の配下の中でも特段の力を持った魔族。その力は圧倒的で、魔力、体力、生命力など他の魔族とは比較にならない。一人で、魔族軍に匹敵すると言われている。
それでも、私は……っ。
とてつもなく重く感じる剣を持ち上げ、魔人へ切りかかる。自分でももどかしく感じるほどの遅さで。
こんな、ことでは、姫様がっ!
無造作に振るわれた腕が、私を壁に叩きつける。息が止まり、意識が飛んだ。
床に顔を打ち付けたことで、意識が戻る。
戻らなければ。しかし、体が動かない。
「姫様、お逃げをっ!!」
ニルダが短剣で切りかかるが、魔人に通じない。簡単に弾き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
姫様の前には、もう誰もいない。魔人を阻むものはない。
「くうっ」
必死で体を動かそうとする。しかし、気力体力を使い果たし、ダメージを受けた体は思うように動かない。イモムシのように地を張って、姫様の前に行こうとするが。
「くくくっ、さあ、もうお前を守るものはおらんぞ」
魔人の顔に残虐な笑みが浮かぶ。
姫様は魔人を悠然と見据えたまま動かない。
姫様、どうか、どうかお逃げください!
なんで、こんなときに私の体は動かない!
「このようなときでも怯えぬか。美しく気高いのか。それとも噂通りの単なる気狂い故なのか。何れにしても、我が魔王に捧げるに相応しい。その血と肉で、これからの魔族の世の誕生を寿ぐがいい」
魔人が姫様に歩み寄る。
このままでは、姫様が!! 誰か頼む!!
私の願いも虚しく、魔人は姫様の前に立ち、姫様の首に手をかけようとして――
魔人の頭部が砕け散って消えた。
◆◆◆◆◆
スコープの中で、魔族の男の頭が爆散したのを確認した。首から上を失った魔族は、噴水のように血を噴出しながら、後に倒れる。
うげぇ。グロ。
俺はスナイパーライフル、ワルサーWA2000の構えを解いた。ヘッドショット(威力×5倍)とハイドショット(威力×3倍)、合計15倍の.30ウィンチェスターマグナム弾の威力はバルバラさんですら勝てなかった魔族の頭を軽く粉砕した。
「すみません。なかなか撃つタイミングがなくて」
俺はWA2000からレミントンM870ショットガンに持ち替えながら、アラセリス姫の傍に寄った。
執務室に向う途中、別のところで魔族に襲われている女の子がいたので、そちらを助けに行ったがために、戦闘開始から遅れてしまった。その上、魔族の男が射線上に来ないから、結構あせった。
しかし、このお姫様が動かずにいてくれたので、魔族の男がのこのこと俺の射線に出てきたのだ。わかってて動かなかったとしたら、大したものだ。
「必ず魔人を討ち果たしてくれると信じておりました。しかし、安心するのはまだですよ」
魔族の返り血が頬に掛かったまま、アラセリス姫はニコリと笑った。美しく可憐で、そして滅茶苦茶怖い微笑みだ。
「まだ、とは?」
「このものは魔人だそうです。魔人は体内のどこかに魔核を持っており、その魔核を壊さない限り、再生するのだそうです。ご覧ください」
アラセリス姫が魔人の首の部分を示す。確かに首のところの肉が蠢き、再生しようとしていた。
でも、これ、かなりグロい。充満する血の臭いと一緒くたになって、吐きそうになってくる。討伐クエストで鍛えられたとはいえ、これはキツイ。
「では、魔核はどこにあるんです? すぐに壊さないと」
俺はレミントンを魔人の体に向けた。
「どこか、です」
「はぁ?」
「どこかにあります」
俺はレミントンを魔人の体に向けて満遍なく撃っていった。
最初は首から、右肩から左肩に向けて打っていき、端まで来たら折り返す。胸を丹念に打ち砕いていく。
いくら魔族で、肌の色が青いからとはいえ、人の形をした死体をショットガンでミンチにする作業なんて、グロいとかキツいとかいうどころじゃない!
正気を失いそうだ。
ショットガンを打ち込むたびに、血と肉が飛び散り、骨が砕け、臓物が飛び出してくる。原型を留めない肉の塊になっていく。
くそ! くそ! なんでこんなこと!
なんでこんなことしなくちゃいけないんだ! 俺は普通の人間だ! 元の世界では、食べるための獲物すら捌いたことないのに。
俺は泣きながらショットガンを撃ち続けた。
いつの間にか、涙と鼻水と返り血で顔がグシャグシャになっていた。
それでも撃ち続けた。
バキン!
水晶玉が砕けるような音が、魔人のへその下を撃った時に、銃声と共に聞こえた。
魔人の再生が止まる。魔人の体がぐずぐずに崩れていき、腐ったヘドロのようになった。
「魔人が滅びました」
アラセリス姫が澄んだ声で俺に告げる。
俺は床にへたり込んだ。
バルバラさんの『サウザンド・クロス』はSクラみたいなイメージです。
ただしSブレイクは出来ません。
Sクラは『ロード・アルベリオン』がかっこよくて好きです。




