第九話 対龍
俺は今、カルレオン侯爵領の端っこにあるヘイズル渓谷に来ていた。
アラセリス姫の依頼のためだ。
断れない。断れるわけがなかった。
領都からKANEDAを飛ばして、大体1日。近場の村で夜を明かしてから、ヘイズル渓谷に入る。
渓谷に流れるヘイズル川を遡っていく。
渓谷といっても、そこまで急流ではない。川原も狭くはないし、歩くのは山道よりも楽だ。木々も疎らで、イメージほど秘境といった感じはない。
ピクニックや観光にもってこいだろう。モンスターさえいなければ。
適度な森を形成し、川が流れているため、動植物の住処としては最適だろう。そのおかげでモンスターも、ダイヤウルフ、デモングリズリーなどの動物系、グリードトレント、アルラウネ・ビーナスなどの植物系、ピンクスパイダー、タンクセンチピードなどの昆虫系と、種類も数もかなり豊富だ。
その他にも効果の高い薬草や素材となる果物、山に囲まれているので鉱物など、上級の素材もたくさん取れる。
高レベル帯での絶好の狩場となるのだ。
近場の村に拠点をおいて、ヘイズル渓谷で活動する冒険者は多い。多分、もともとのゲームでもプレイヤーにとって美味しい狩場だったに違いない。
しかし、その分、難易度は高いと思う。
モンスターは強いし、数が多い。スキルも魔法も使ってくるし、状態異常系、デバフ系の攻撃も使ってくる。敵の組み合わせとパーティーの組み合わせ次第では、あっさりと全滅もありうる。
というか、活動する冒険者も多いが、その分帰ってこない冒険者も多い。渓谷の浅いところで探索するならともかく、調子に乗って奥に入り込んで全滅してしまうパターンが多いらしい。
冒険者も奥までいかない理由の一つだ。
もう一つ奥まで行かない理由がある。
それが、ヘイズル渓谷の一番奥にエルダードラゴン、ブリトラが住んでいるからだ。
エルダードラゴンはドラゴン系モンスターの中でも最上位種で、さらにネームドモンスターは格の違う強さを持つらしい。
どれぐらい強くて、どんな攻撃してくるかもわからないけどね。
俺はスニーキングしながら川原沿いを歩いていった。
モンスターとの戦闘は行わない。俺が戦ったって、死体から素材を剥ぎ取れるわけでもないし、いざとなればチートを使えばいいので経験値も必要ない。討伐クエストを受けているわけではないので、倒しても何の得にもならないのだ。
スニーキングLv10なら、真正面に立たない限り、気付かれない。モンスターなら臭いや動いた際の空気振動でばれるかと思ったが、全然気付かれなかった。
そのまま、一度も戦闘することなく渓谷の最深部手前で日が暮れた。
とっぷりと日が暮れると、俺はスマホを取り出し、MODマネージャーでハイドアウトMODを起動する。すると、足元にマンホールの蓋に似たハッチが出現した。ハッチの上の認証部分に手の平を当てると、認証が行われ、そのあとにハッチが開く。オフラインゲームに認証なんていらないだろと思っていたが、こういう身になるとMOD作成者の無意味なこだわりが非常にありがたい。
ハッチから中に入ると、そこはジャグジー、キングサイズベッド、システムキッチン、リビングシアターなどを完備した、中規模のアジトの中になるのだ。このアジトがこの世界でどう再現されているのかまったくわからないが、ちゃんと使えるのでありがたい。
俺が野宿するときはいつもハイドアウトMODだ。
ヘイズル渓谷の中といえど、快適に一夜を明かした俺は、さらに渓谷の奥へと入っていく。
渓谷を更に奥に行くと広く開けた場所に出た。その奥に大きく口を開けた洞窟がある。
そこがどうやらブリトラの巣のようだ。
俺は慎重に開けた場所を通り抜け、洞窟の中に入っていた。
洞窟は天井が高く、かなりデカイ。ドラゴンの巨体が出入しているのだから、当然といえば当然か。
洞窟の奥に、さらに大きな広がりがある。下手すればちょっとしたホールほどの広さだ。
そして、そこにブリトラがいた。
体を蹲らせて、眠っている。
青みがかった黒い鱗に覆われ、その巨体は20メートル以上はありそうだ。ちょっとしたビルに匹敵する。インド神話では蛇の体だそうだが、この世界では、オーソドックスな翼の生えた4本足のドラゴンの姿をしている。
俺はスニーキングしたまま、ブリトラの脇を通り過ぎて、更に奥へと進む。
アラセリス姫の依頼は、ブリトラを倒すことではない。
ブリトラに奪われた秘宝『聖幻の羅針盤』を取ってくることだ。
ドラゴンは、その習性として、光物を集める。光っているとは金銀宝石などの財宝は勿論の事ながら、聖剣などの魔力が高い秘宝も魔力が光っていると言えるのだろう。そういった効果の高いエンチャントが掛かった道具も収集する習性がある。という設定があるのだろう。
ブリトラが寝ているホールの一番奥に財宝がうず高く積み上げられていた。当然、整理なんてされておらず、無造作に集められている。
この中から、たった一つの財宝を探し出すのか? 冗談だろう? 1日じゃ終わらんよ、そんな作業。
『聖幻の羅針盤』のイラストを描いてもらったので、どんなものなのかはわかるけど、スニーキングLv10とはいえ、ブリトラに見つからず、財宝の山(未整理)から『聖幻の羅針盤』を探し出すなんて、気が遠くなる。
とはいえ、探さなきゃどうしようもない。俺は手始めに近くの財宝から探し始めた。
探し始めてから2時間。
それまでピクリともしなかったブリトラがムクリと身を起こした。
財宝の山の陰に身を隠す。
見つかったか!? 戦うしかないのだろうか? スニーキングLv10が効いてて、今まで全然気付かなかったのに。俺が派手に動いたか? いや、そんなことはないはずだ。
息を潜めて様子を伺うと、ブリトラは起き上がり、外へ出て行く。どうやらどこかへ行くつもりらしい。
これはチャンスだ。俺は『聖幻の羅針盤』を探す手を早めた。ブリトラが帰ってくる前に出来る限り探すんだ。
金貨や装飾品などを掻き分けながら探していると、外から凄まじい咆哮が聞こえた。ビリビリと空気が振るえ、洞窟が揺れる。
そのあと、空気を裂き、地面を叩くような音が響く。まるで大砲が爆発したしたかのようだ。
ひょっとして、外で誰かが戦っているのか?
俺は様子を見る為、スニーキングしながら洞窟の入口まで来た。
「逃げろ!!」
全身に厳ついプレートメイルを着込んだ男が叫んだ。それ以外の4人が開けた場所から、森のほうへと走っていくのが、見えた。
ブリトラは? 空を悠然と飛びながら、獲物をどう屠るか吟味しているようだった。
「うおおおおぉぉぉっ!! かかってこいぃ!! タウント!!」
プレートメイルの男が空のブリトラに向って挑発する。自分を囮にして、4人の逃げる時間を稼ぐつもりらしい。
「フレイムレジスト!!」
逃げている4人のうち、魔法使いらしき女性からバフがプレートメイルの男に飛ぶ。その瞬間、ブリトラが急降下してきた。
プレートメイルの男にその剛爪の一撃を食らわせるかと思われたが、その寸前で、フワリとブリトラの体が浮き、わずかに滑空した後、逃げる4人と森の間に巨体を着地させた。
そして、ブリトラは胸を張り、喉をそらして、大咆哮を放った。轟音というより、もはや音響兵器だ。ビリビリと空気が振るえ、大地が鳴動したかのよう。
物理的な衝撃が俺の体を突き抜ける。
ドラゴンの咆哮には、精神に作用するそうだ。恐怖または畏怖の状態異常を引き起こし、よくて数瞬の自失、悪ければ気絶もありえるという。
俺は、姫様からあらかじめ咆哮対策用のアミュレットをかりていたので、事なきを得ることができた。宝玉が3つも嵌った大きくて重いアミュレットだ。これで効かなかったら、奮発ものだった。
森に逃げようとした4人は腰を抜かしている。至近距離で食らったんだ。無理もない。
ブリトラは俎上の鯉の4人ではなく、広場の真ん中に陣取るプレートメイルの男に向けてブレスを放った。
火炎放射を超えて、熱線レーザーのようであった。もはや、赤い光の束のように見える。
「くおお! グランドガード!!」
プレートメイルの男は身の丈ほどの大盾に、防御系スキルを駆使して対抗する。
2、3秒ほど拮抗したが、大盾は見る見る溶けていき、男は光の束に飲み込まれた。ブレスはそのまま地面を焼き焦がしていく。
クソッ!! 何をぼうっと見ていたんだ!!
ホルスターからAK47を取り出す。
ブレスが終わると、あとには溶けたプレートメイルと焼け焦げた肉が一塊になったものが残されていた。
ブリトラが腰を抜かした4人へ首を向ける。
くっ!
俺は洞窟から飛び出し、ブリトラに向けてAK47を連射した。しかし、弾丸は硬質な音がして鱗に弾かれる。いや、その前に何か膜のようなものが、威力を減衰しているみたいだ
それでも、ブリトラの注意を引くため、走りながらAK47を連射し続けた。
ブリトラが俺のほうを向く。AK47の弾丸は意に介さないかのようだ。
ブリトラが喉を反らした。
ブレスが来る!
大きく開いた口から、ドラゴンブレスが放たれる。赤い光の束が空気を焼き裂きながら俺に向ってくる。
横に2回連続でローリングし、回避した。元いた場所をブレスが焼く。
ブリトラは首を動かし、ブレスで薙ぎ払う。赤い光の束が今度は横から迫ってきた。
俺はブレスに向って2回連続でローリング。
『クリムゾン・ロウ』で最もぶっ壊れたスキルと言われる『ステップ&ローリングLv10』を舐めんなよ! ローリング中ずっと無敵時間じゃ!
ブレスをすり抜けるように回避すると、俺が健在であることを確認したブリトラがその巨大な翼を羽ばたかせ、飛び上がった。
上空をグルグルと飛び回りる。時折降下してきては、ブレスを放ってきた。こちらもAK47で対抗するが、一向に効かない。
今ロケットランチャーはホルスターに入れていないんだよな。ガンロッカーMODを起動して、取り出している暇はない。その替わり、重火器枠に入っているのが――
アンチマテリアルライフル、XM500。
貫通力なら、ロケットランチャーでも比べ物にならない。AK47の替わりにXM500をホルスターから取り出す。
XM500を構え、狙いをつけて、引き金を引く。ドラゴンの羽ばたく音にも負けない音と、マズルブレーキからしゃれにならないほどの炎が噴出す。
12.7×99mm NATO弾はブリトラの鱗を打ち砕き、手傷を負わせた。しかし、あの巨体に対してあまり有効ではない。
ブリトラはグルグルと回るだけだった飛び方を、急降下したり、急転換を加えて変則的な飛び方をし始めた。かなり狙い難い。加えて、ブレスを吐く頻度が上がる。
手傷を負わせた俺をかなり警戒している。
俺は更に4・5発撃ったが、当たったのは2発。傷は負わせたが、まだ軽い。急所を狙わなければ。致命傷を与えられる部位はわからない。だが、今狙うべきところはわかる。
ブリトラのブレスを避けては撃つ、避けては撃つを繰り返した。少しずつ、着実に削れてきている。
ブリトラは焦ったのか、低空で滑空しながら、地面を舐めるようにブレスを放ってきた。これは、俺にとってチャンス。スコープを覗き込むと、エイム補正がかかり、時間の流れが遅くなる。
迫ってくるブリトラの巨体。
灼熱のブレス。
ブレスから放射される熱。
狙うは、翼。
一発。二発。
翼の真ん中に命中。
三発目。
撃つとすぐさまローリング。
俺の頭上をブリトラが飛び越え――
バキバキバキっ
ブリトラの翼が中ほどから折れ、巨体を支えきれなくなり、地面に激突。凄まじい音と共に、地面を20メートル滑って墜落した。
今だ!!
俺はブリトラに向って走り出す。
そのとき、ブリトラの首の付け根辺りから、鈍く光が立ち昇った。
「そこが弱点よぉ!! 今だわぁ!! 行ってぇ!!」
魔法使いの女性が森から顔を出して叫んだ。魔法によって弱点を暴き出したに違いない。ありがたい。
ブリトラが俺に向き直る。走りながら、牽制のためにXM500を連射した。顔付近に命中し、ブリトラが顔を背ける。
その隙に全力で広場を横切り、ブリトラとの距離を詰める。
うなり声を上げながら、前足で薙ぎ払ってきた。これをローリングで回避する。空気を切り裂く剛爪をすり抜けた。
薙ぎ払った腕とは逆側の前腕部分に飛びつき、しがみつく。フリーランニングLv10で肘まで一気によじ登った。
ブリトラは腕を震わせて、振り落とそうとしたが、鱗と鱗この間に指を引っ掛け、全身で引っ付いてく。激しく揺さぶられる中、ゆっくりと上腕部をよじ登る。
ブリトラが腕を地面に叩きつけようと振り上げた。その瞬間、俺は振りあがった腕からブリトラの背中に飛び移る。
ブリトラが激しく体を揺さぶるが、その中を俺はよじ登っていった。匍匐前進のような格好でしがみついているので、鱗の端で切れて、服がズタズタになっていく。
それでも、俺は光る部分を目指して進んだ。
やがて、首の付け根、光る部分に到達した。
俺は逆向きになり、背中に顔を向けると足でブリトラの首にしがみついた。そして、光る部分にXM500を向けると発砲。
鱗が砕け、肉が抉れる。
ブリトラが咆哮とは違う、悲鳴に似た鳴き声あげて、棹立ちになる。
俺は全身で振り落とされまいとしながら、グレネードポーチから手榴弾を取り出し、傷にねじ込んで安全ピンを抜いた。ブリトラの体から振り落とされるようにして降りる。
高さ15メートル以上から落ちたが、落下耐性Lv10のおかげでダメージはない。
全力疾走でブリトラから距離を取る。
ボゴオオオオオォォォォン!!!
手榴弾が炸裂し、ブリトラの首の付け根から爆炎が立ち昇る。手榴弾の爆発は首の付け根から肩の辺りまで抉り取っていた。かろうじて皮一枚で首が繋がっている状態だ。
ブリトラは力尽き、目からは光が失せ、大地に斃れ臥した。
ふう……なんとか倒せたか。
倒れたブリトラの巨体を見上げながら、力が抜けた俺は地面に座り込んだ。
辺りを見てみると、森に逃げた4人が歓喜の表情を浮べながらこっちに走り寄ってくるところだった。
対ドラゴン戦のBGMは「Watch the Skies」
BGMが替わる時、それは反撃の合図。
と言うことで、墜落してからは「End Of The Struggle」
どちらも、ドラゴンがテーマのゲームのBGMですね。




