第十話 勇者
僕らが『クリムゾン・ロード・オンライン』の世界に来てから、3ヶ月になる。
十日ほどのクエストを終えてから、久しぶりにアルバラード王城に帰って来た。この帰って来たという感覚は、王城での生活に結構慣れてきたせいだと思う。
豪奢な部屋に天蓋付きのベッドは当初慣れなくて、なかなか眠れなかったものだけど、今ではすっかり自分のベッドになってしまった。
部屋のテラスに出てると、城下の様子が見える。夜になった王都には、あちらこちらに篝火が焚かれ、窓から漏れる光と一つになって、まるで地上に星空が現れたかのように見えていた。
「お眠りになれませんか?」
僕の寝室から、薄いナイトガウンを羽織っただけの姿で、フェリシア王女がテラスへと出てきて、僕の隣へ寄る。
「いや、眠れるよ」
僕はフェリシアの肩を抱き寄せる。
「夜景が綺麗だから、見ていただけだよ」
フェリシアが労るように、それでいて甘えるように僕に体を寄せる。僕にはもったいないほどの女性だ。大事にしなければ。
と思っていたんだけど、葛葉と美琥斗ともそういう関係になってしまった。異世界に来てしまった心細さを慰めているうちに、そうなってしまった。僕がフェリシアに慰められたときのように。
「あの光、一つ一つに人の営みがあるのですが、そう思うと不思議な気持ちが湧いてきませんか?」
フェリシアの瞳には、夜景を楽しむ色はなく、むしろ厳粛な雰囲気で夜景を見ていた。
「そうだね」
「この夜景を見るたびに、王女としてあの光を支えていかなければと思うのです」
「苦しくはない?」
「時々、重苦しく感じることもありましたわ。でも、今は翔流<<かける>>様が傍にいてくださいますから」
そう言って、穏かな笑みを僕に向けてくる。
「僕のほうこそ。こうしていられるのは、フェリシアのおかげだよ」
僕もフェリシアに笑みを返し、しばらく見つめあった後、また王城からの夜景に目を向けた。
この3ヶ月はあっという間だった。
勇者としての力を証明するために、いくつかクエストをこなしたり、レベルアップも兼ねて、国内を荒らしている強めのモンスターを狩ったり。落ち着く暇もなく、アルバラード国を巡っていたように思える。
でも、こうやって、勇者としていられるのも、前の世界で『クリムゾン・ロード・オンライン』にはまっていたからなんだな、と思うと奇妙な気持ちになってくる。
今は、『女神の贈り物』というなのガチャをたくさん引くために、神石を集めているところ。神石5個で一回引くことが出来る。『女神の贈り物』では、これでしか出ないチート級のアイテムを狙っているんだ。
自分も1個持っているが、コートなので、武器が欲しい。
自分用に『神剣・布津御霊』、葛葉には『魔杖・グランドガリオン』、美琥斗は『聖錫杖・リーンカルナシオン』、この3つがあれば、魔王を倒すことが出来るだろう。どれもチート級の武器で、持っているだけで非難されたものだけど、こんなことになるんなら、前の世界でもうちょっと課金を頑張るんだった。
神石は、課金以外でも、高レベルモンスターのレアアイテムとしてドロップする場合や、高レベルのインスタントダンジョンの最奥で取れる場合があるので、この世界でも手に入れることが出来る。
自分達で集めつつ、フェリシアに頼んで、市場に出回る神石を集めてもらっている。
これまでで、25個以上の市場を集めて、『女神の贈り物』をひいたけれど、ウルトラレアを一個引いただけで、あとはレアだった。このウルトラレアだっていいものだが、レジェンド級には叶わない。
休息を兼ねて、二・三日ほど王城に滞在したら、またすぐに神石を求めて、インスタントダンジョンにもぐることになる。
目まぐるしく、忙しい日々。
魔族に襲われている人々を助け、魔王を倒すという目標のためダンジョンを攻略し、困っている人のためにクエストを完遂する。
フェリシア、葛葉、美琥斗。愛する人たちと共に。助け合いながら、支えあいながら、愛し合いながら、旅をする日々。
正直な話、前の世界よりも充実している気がする。
「どうしました?」
無言だった俺をフェリシアが気遣ってくれる。
「いや、頑張らないとな、って思ってね」
「そうおっしゃってくれて、嬉しく思いますわ。でも、今は頑張らなくて、よろしいのではないですか」
「そうだね」
「今は勇者ではなく、王女でもなく」
フェリシアがより一層身を寄せてきた。暖かく柔らかな感触が強く感じられる。花のような甘い香りが鼻を擽る。
「夜風で冷えてきましたでしょう。暖め合わなければ」
普段の凛としたフェリシアからは想像も出来ないゾクリとするほど淫靡な流し目で誘う。この誘いを断れるほど、僕は聖人君子じゃない。
「部屋に入ろうか」
僕はフェリシアと連れ立って、テラスから部屋へ戻る。そのとき、一度振り返り、夜空に目を向けた。
この国のどこか、この星空の下にいるのだろうか?
斉藤君はどうしているのだろう。
◆◆◆◆◆
俺は地べたに座り込み、目の前に倒れた巨体を見上げた。
エクストラベヒーモス。
このダンジョンと化した洞窟のボスだ。
近くでは、バルバラさんも地面に座り、息を切らせている。何をしなくともエロスを感じさせる人なのに、頬を紅潮させて喘いでいる様はまるで……。いや、思春期特有の妄想だ。俺は冷静だ。
「おええええぇぇぇぇ」
「えろえろえろえろぉ」
その他にも、魔術師のカミラと獣人のドロテアが隅の方で、ポーションの飲みすぎのせいで吐いていた。二人とも女性としては非常に魅力的なのだが、涙と鼻水とゲロを垂れ流しているので、魅力だだ下がり中である。
その他にも、エルフのエウフェミアが体育座りで、膝に顔を埋め、世を呪っていた。
女魔術師のカミラはブリトラから助けたうちの一人だ。ブリトラの死体や巣の宝を山分けする際に知り合ったアラセリス姫様と意気投合し、姫様に雇われ、俺とパーティーを組むことになった。暗い陰鬱な印象の美女だが、美しいがゆえに逆に怖い。低め身長だが、バランスいい感じの体格をしている。今はゲロを吐いているが。
ネコの獣人、ドロテアとエルフのエウフェミアとは迷いの森で知り合った。姫様から依頼を受けて迷いの森に行ったところ、問答無用でエルフに囚われたのだ。その囚われ先にいたのがドロテア。誤解をといて解放し、迷いの森を案内してくれたのがエウフェミア。
ドロテアは可愛い感じの顔立ちに、出てるとこは出ている体形をしている。エウフェミアは涼やかで凛とした美貌。細いスレンダー体形。普段はとても魅力的なのだ、普段は。今はちょっと……
カミラ、ドロテア、エウフェミアにバルバラさんを加えて、俺を含め5人のパーティーを組んで、このシドナ鉱山に来ていた。
姫様のご依頼だ。
鉱山がダンジョンと繋がってしまったため、廃坑になりそうなので、ダンジョンのモンスターを掃討し、ボスを倒して欲しいというものだ。
しかし、そのボスが全長30メートルは越えるかという大物だとは、誰も思わなかった。
エクストラベヒーモスというらしい。
ライオンとサイを合わせたようなモンスターだ。巨体の割りになかなか俊敏で、その皮膚は、剛性と柔性を併せ持ち銃弾が良く効かなかった。爪、牙、角の攻撃は鋭く、突進は力強い。
俺が回避盾、ドロテアが牽制、バルバラさんとカミラが攻撃役、エウフェミアがサポートとして、それぞれ役割をこなした。
ドロテアはフェイント系スキルを連発し、スタミナポーションをがぶ飲み、カミラは大魔術を連発し、マナポーションをがぶ飲みした。そのせいで、今の惨状がある。
他は吐いてはいないが、精魂尽き果てた感じで座り込んでいる。
俺も疲れた。『ステップ&ローリングLv10』があるとはいえ、回避し続けるのは神経がまいる。その上、ヘイトを集めるために、銃を撃ち続けるのだ。
正直、まだ一人でやったほうが楽だったかも知れない。
とは、流石に口が裂けても言えないか。
戦いだけならまだしも、戦い以外何も出来ない俺は、ここに来るまでにも何度も助けられた。
そう。気付いたかも知れないけど、俺以外、見事に女ばかりだ。姫様の策略だ。きっとこれは罠であり、エサなのだろう。
喜び勇んで、食いつけば、姫様に取り込まれてしまうに違いない。わかっている。そう、俺は冷静だ。
しかも、今回は、立っているだけでエロいと領都でも評判のバルバラさんまで付けて来た。いつもは護衛として姫様の傍に侍っているのにだ。
あの姫様は何か企んでいるのだ。しかも何を企んでいるのか話そうとしないくせに、企んでいることを隠そうとしない。性質が悪い。
わかっているんだ。
しかし、それでもなお、誰かと行動する心地よさが心に沁みる。
その一方で、疲れ切った仲間達と、そうではない自分とに、かけ離れたものも感じるのだ。
追いつかれました。
ここから毎日更新は出来ないと思います。
すみません。




