第二十話 決別
俺が、翔流と魔王の決戦の場である王座の間に戻ってきたのは、ちょうど決着が付いたところだった。
魔王が膝を付き、力なくうなだれている。翔流たちは満身創痍ながらも油断なく戦闘態勢を維持していた。
これまでは、ここから魔王が復活していたが、しばらくたっても復活する様子はない。
どうやら、俺が壊したあの像はまさにビンゴだったようだ。
「手品のタネも尽きたか?」
隙のない構えを維持しながら、翔流が言った。
「どうやら、そのようだ。勇者の力、甘く見たか・・・・・・。もう一人の勇者のな」
「・・・・・・」
「まあ、よい。我を討つがよい。表の勇者よ。そして、この剣を持っていけ」
魔王は自分が使っていた剣を床に突き立てた。
「言いたいことはそれだけか?」
「ああ」
翔流は聖剣を振り上げるとそのままの勢いで振り下ろし、魔王の首を刎ねた。
魔王の首はことりと床に落ち、体は力を失って地に伏す。
翔流は魔王の剣を手に取った。
すると、魔王の剣と聖剣が光を放ち、輝きだす。その光はだんだんと光量をましていき、直視できないほどの光を放ちだした。
「ちょっと!」
「何が起きてるんですか!」
葛葉と美琥斗や他の仲間が狼狽する。
2つの光点は翔流の手を離れ、ゆっくりと一つになっていく。そして、融合を果たすと、光が収まっていった。
そこに現れたのは1本の剣であった。
翔流がその聖剣と魔王の剣が融合した剣を手に取る。
「聖魔剣グリザ・エア」
翔流がその剣を掲げてみせる。
見事な刀身と柄や鍔に施された豪奢な装飾、とにかく見事な剣だ。
「見事にやり遂げましたね、勇者様!」
王女は感極まったのか、翔流に抱きつく。
「ああ、やった。やったぞ!!」
翔流は王女を抱きしめ、力強く剣を頭上に掲げた。
他の仲間たちもワッと騒ぎ始めた。魔王との決戦での勝利に歓喜の声を上げる。
「やったやった!」
葛葉は一人ひとりに抱きついて喜んでいた。
「ひ~ん! 勝ちましたぁ~」
美琥斗は泣き出してしまった。
「とうとうやり遂げたな」
女重騎士のグロリアが兜を脱ぐとその目には涙が浮かんでいる。
「へへ、とうとう魔王に勝ちやがった!」
女戦士のエレナが翔流を見つめながら感慨深げにつぶやいた。
「もちろん、君なら勝てると信じていた」
精霊使いで女エルフのハーデが泣き笑いの表情で翔流に言った。
「か、勝てたナ~……」
そして、ドロテアが勝利の感慨もなく、だらしなく床にへたり込んでいた。相変わらず格好のつかないヤツだ。
勝利の美酒に酔いしれているところ、非常に申し訳ない。ここで出て行くのは非常に心苦しい。しかし、そうしない訳にはいかない。
「やったな。とうとう魔王を倒したな」
俺は喜びに沸く翔流たちのところへ姿を現した。
「……」
その瞬間、雰囲気が一転した。
「……チッ」
翔流が忌々しそうに舌打ちする。表情に敵意が浮かんでいた。
「また、君か。いつもいつも陰からこそこそと。鬱陶しいたらないな」
「折角のいい気分が……。マジ白けたわ」
葛葉は俺を睨み付け、悪態をついた。
「なんだよ。今回はやけに露骨だな」
俺は少し驚いた。
いつもの勇者面が剥げ、憎々し気な表情を向けてくる。しかも、今回は全員が俺に敵意を向けてきた。女重騎士や女戦士もだ。ただ雰囲気の悪さにドロテアがオロオロしているのが、唯一の救いか。
「魔王も倒したことだし。元の世界に帰ろう」
俺はなるべく穏やかに言った。
「はっ、相変わらずそればっかりだな。冗談じゃない。帰る気なんてないよ。折角魔王を倒したんだ。その褒賞も名誉も味わわないで、何で帰るんだよ。馬鹿じゃないのか。それに他にもやることあるしね」
翔流が侮蔑の表情を浮かべて、吐き捨てるように言う。
「あたしたちに働かせて楽してた卑怯者!」
「帰るなら、一人で帰ってください!」
葛葉も美琥斗もそれに同調した。
「おいおい。さっきまでノリノリで勇者ぶってたのに。俺にはずいぶんな態度じゃないか。落ち着けよ」
俺は努めていつもの調子で語りかけたが、やはりそれが翔流には気に入らないらしい。苛立ちと憎しみが混じった視線で睨んでくる。
煽ってるつもりはないんだけどな。
「ふう……」
俺は一息ついた。
「ならば、俺だけでも帰してくれ」
「……」
忌々し気な視線がさらに強くなって返ってきた。
ただ一人、王女だけが能面のように無表情で静かだ。それが不気味でもある。
「クロード殿だけを帰すことが出来ません。我々とて言われずとも、クロード殿だけを帰す方法を模索してまいりました。しかし、クロード殿は、勇者様を償還した際に、例外として別の世界から召還されています。そのため、勇者様が要となっており、勇者様と一緒でなくてはクロード殿を帰すことが出来ないのです。勇者召還に巻き込まれた形ですので、単独での帰還はほぼ不可能という結論が出ました」
王女が感情の籠らない声で答えた。
俺が別ゲーから来ているために、召還された際に核となっている翔流が一緒でなければ、帰ることができないということか?
巻き込まれた召還だから、本来の召還対象である翔流が必要になってくるわけだ。
「そうか……。じゃあ、皆で帰るしかないな」
「帰らないって言ってるだろっ!! ホントにフザケた奴だな……。いつもいつもイライラさせてくれる! 後ろでチョロチョロしてるだけのくせして! 蠅のように僕にたかってきて! おいしいところを摘まんでいくだけのハイエナ野郎のくせして、口だけは偉そうなんだよ!」
「ウンザリするのよね! いつも同じことしか言わないからさ! コッチは帰らないって言ってんの! 理解できないの! バカなの!」
「ノーミソないんですか! いい加減にしてください! そういう頭悪いところがむかつくんですよ!」
初めて3人にあった時の面影すらない。
悪意むき出しで、俺を睨んでくる。
「どうしてだ? どうしてそこまでこの世界に残りたがる? 不便じゃないか? テレビもPCもスマホもない。ゲームも出来なければ、スポーツも出来ない。そんなスキル自体がないからな。風呂だって、石鹸もなければシャンプーもリンスもない。よくわからん粉で洗うしかない。トイレだってウォシュレットじゃないし、電気もなければガスもない。日本のド田舎だって、この世界ほどじゃないだろ」
俺は諭すように言ったが、帰ってきたのは見下すような視線だけだった。
「君はそうかもね。所詮は冒険者程度の身分だからね。でも、僕は違う。僕は勇者だ。異世界勇者だ。魔王も倒したし、もうこれから自由にやらせてもらうよ。女も金も思いのままだ。僕に抱かれたくって、女は皆自分から股を開くしね。でも、それだけじゃ面白くないな。そうだな。先ずは内政チートでこの国を富国強兵して、他国を侵略しよう。目指すは天下統一だよ。異世界勇者になったからにはこれくらい目指さないとね。全てを手に入れてやる!! ハハハハハハ」
翔流の哄笑が寒々しく響く。
葛葉も美琥斗もニヤニヤと嗤っていた。
よくもまあ、ここまで調子に乗れたもんだ。
なんでこんなバカどもを放っておく?
これじゃ、こいつが魔王に成り代わっただけじゃないか。
俺は他の一人一人を見回した。女重騎士グロリア、女戦士エレナも、冷静そうな精霊使いハーデまでも翔流に感化されているようだった。
王女は静かに微笑んでいた。
「そうか。もはや……言葉もないな……」
俺の体から力が抜けていく。代わりに諦めの気持ちが湧いてきた。
「ハハハ、やっとわかったかい」
翔流の秀麗なアバターの美貌に胸がムカつくような笑みを浮かべた。
「君にイライラさせられるのもここまでだね。そう思うと若干の寂しさすら感じるよ」
「どういうことだ?」
「こういうことさ!!」
翔流は聖魔剣グリザ・エアを俺に向けて突き付けた。
「勇者に歯向かう謀反者にして、魔王と内通していた人類の裏切り者、クロード・サイトウ!! これまでの数々の狼藉は到底許されるものではない! よって、ここで、貴様を討つ!!」
翔流は再び勇者然とした仮面を被り、そう宣誓した。
それはまるで燦然と輝く聖光の下で女神に悪を討伐することを誓う伝説の勇者のようだった。
胸中に、元の世界への未練が湧いてくる。
父さん、母さん、ごめん。帰れなくなった……。
どうか、どうか、末永く、お元気で。
行方不明になっていたとしたら、心配しているだろうな。泣いているだろうか? そう思うと心が痛む。
誰か、頼む! この思いを、両親に届けてくれ!
俺は大丈夫だから、心配しないでくれ、と。
「よーくわかった。勇者様よ」
俺は覚悟を決める。
ホルスターからデザートイーグルを抜き、銃口を翔流に向けた。
その瞬間、グロリアが大盾を構えて翔流をかばうように前に出てきた。他の面々も自分の武器を構えて戦闘体制を取る。
「やめなよ。こちらには公式チート級の武器と防具で揃えてる。魔王ですら4回倒して見せたじゃないか」
「笑わせる。俺がいなけりゃ、ここで朽ち果てていたくせによ。それに公式チート? なんだそりゃ?」
「君はクリムゾンロードをやっていないんだろ。なら知らないかも知れないけど。皆が着けている装備はどれもバランスブレイカーって呼ばれているほどなんだよ」
「……」
「しかも、この聖魔剣グリザ・エアは凄いよ。今までのなんて比較にならない。これがあれば……これさえあれば……」
それでいい気になってたのか。
バカくさい。
「公式チートってのがなんだよ? って話だよ。公式の? チート? チートは”ずる”なんだよ。公式なわけないだろ」
「何を言って……」
「”ずる”ってのは、あらゆるゲーム的な努力を無にするんだ。努力した時点で”ずる”じゃないんだよ。苦労をした時点で”ずる”じゃないんだよ。プレイヤースキルもくそもない。だから、嫌われるんだ」
「本当の”ずる”ってヤツを教えてやるよ」
俺は引き金を引いた。




