第十八話 思惑
やっとここまで来た……。
陣地で星空を眺めながら、私はこれまでの道程に感慨を覚えた。
明日、魔王城に攻撃を掛ける。
バルデムを開放してから、2ヶ月。とうとうここまで来たのだ。
魔王城の喉元まで陣を進め、明日こそ、我が国の命運を掛けた決戦に挑む。
私はフェリシア・フォン・アルバラード。
アルバラード国王、エドムンド・エル・アルバラードの一人娘。唯一の王女だ。
2年前、魔族の生存圏であるオーグレーン島に魔王が誕生し、魔族たちが活性化してしまった。
魔王は魔族たちを纏め上げ、魔王軍を作り出し、人類の生存圏へ侵攻を開始した。
その第一の標的が、オーグレーン島に隣接する我が国、アルバラード王国だ。
魔族の攻撃は凄まじく、魔族第一陣の上陸を阻止することが出来なかった。第一陣の攻撃で陥落したのが、港街バルデムだ。魔族はバルデムを足がかりに我が国を蹂躙し始めた。幾つかの城砦が陥落したが、戦線が延びたところで、どうにか膠着状態へ持ち込むことが出来たのだ。
国土は荒れ、人心には不安が巣食う。
かつての栄し、麗しのアルバラードが瞬く間に衰退していく。
私は、勇者召喚の儀を行うことを、進言した。
『勇者召喚の儀』
異世界より武勇に優れた英雄を呼び出す儀式だと言い伝えられている。
呼び出された英雄は人知を超えた力を使って敵を滅ぼし、異世界の知識で国を富み栄えさせるという。
私はこれに賭けた。
魔族を滅ぼし、アルバラードにかつての、いやそれ以上の発展をもたらす為に。
呼び出された勇者は美しい青年だった。
眉目は秀麗で、銀髪は冷た冬の風のごとく。物腰は穏かで、平民にはない品格があった。そして、呼び出した当初でもレベル182とこの国でも並ぶもののない武勇を兼ね備えていたのだ。
私は賭けに勝ったことを確信した。
更には、勇者だけでなく、二人の見目麗しい従者を連れているのだ。こちらも勇者に負けず劣らず容色に優れており、その上、武勇も勇者と並び立つほどのものだ。
暗い話題が多かった当時では、これほど輝かしい希望に満ちた話はなかった。勇者降臨の噂は瞬く間に王都中に広まった。まあ、広まるのを手助けしたところもあったが、勇者の招致がなったあの王座の間での一見は国中の希望となるのにそう時間は要らなかった。
そうなるように仕向けたところもあったが。
勇者、草薙翔流様はよくやってくださった。
最初はやや頼りない面も見られたが、時がたつほどに成長していき、今では立派な勇者様だ。民衆のために立ち上がり、真摯に戦い続けるその姿勢に、みな心打たれている。
もちろん、簡単な道のりではなかった。
最初は魔人ですら、手こずった。呼び出された当初から強大な力を持っていた勇者とはいえ、相手は魔族軍にすら匹敵するという力の持ち主だ。
魔人ですら手こずるのだから、魔将、魔王となればこのままでは敵わない。
それからは、レベル上げと装備拡充のため、ダンジョンを攻略していく日々を送った。
その合間に、我が国に侵攻してきた魔族を撃退していく。
そうした労苦を積み重ねて、ここまできたのだ。
バルデムを開放してオーグレーン島に逆侵攻しても、苦難続きだった。橋頭堡を築いたのはいいが、魔族軍の波状攻撃にさらされるなど、何度も危機的な状況に追い込まれてきた。
それをその度に何度も打開してきたのが、勇者だ。
今までの、苦難の道のりが勇者を勇者たらしめるようになったのだ。
魔人を屠り、魔将すら打ち倒す、その強さ。
女性を魅了し、虜にする、その美貌。
兵士を奮い立たせ、従えさせる、その勇姿。
今では、勇者としての資質を開花させている。
これ以上望むべくもない、最高にして最強の駒だ。
私は、それを手に入れた。
もちろん多少の問題はあった。
勇者たちの異世界人ならではのちょっとした感覚の違いなどだ。一番の問題だったのは、清潔に関する感覚だろうか。異世界人たちはとにかく体を清潔に保つことに執着していた。もちろん私とて王女だ。体を清潔にすることは大事だと思っている。しかし、異世界人たちは何かと風呂に入りたがった。
王城にいる間は何とかなったが、旅の途上ではなだめるのに苦労した。2日も風呂に入らなければ、体が痒いだの、汗臭いだのと騒ぎ出すのには閉口する。
その他にも細かい感覚の違いはあった。
しかし、一番懸念されていた食事に関しては、なぜか異世界人たちにも好評で、王城で出される宮廷料理ならともかく、旅の途上で食す保存食まで絶賛されていた。
ただ、これらのことはともに長い時間を過ごす内に解消されていった。
それらの問題が解消されれば、一つの欠点を除けば、翔流様は理想の勇者だ。欠点。それは好色だというところだ。
まあ、これは私から見ればそれほど欠点ではない。
その証拠に、この世界に留まらせるための布石として、私が体を差し出すと、喜んで飛びついてきた。
私だけではない。
一緒にこの世界に来られた、道楽院葛葉様や妃咲美琥斗様にもすぐに手を出していた。私と関係を持ちながらも、お二人に迫られるとすぐに陥落したようだ。
お二人だけではない。
重騎士のグロリア、戦士のエレナ、精霊使いのハーデ。
武勇に優れるだけでなく、容色にも秀でている者をあつめたのだ。
結果、みな、勇者のお手付きとなった。
目論見どおりとはいえ、こうも容易くこちらの手管に掛かってしまうと拍子抜けしてしまう。
唯一、手が付いていないのは、途中参加のドロテアのみだ。
こうして、女性との関係を結べば、無下に元の世界へ帰ることも出来ないだろう。
元の世界より、こちらの世界にいたほうがよほどいい生活が出来る。
そう思わせるだけのものは与えてきたつもりだ。
どのような贅沢でもかなえられるだけの富。
国中に響き渡る名声と名誉。
苦難をともにしてきた仲間。
仲間たちとの中で芽生えた愛。
そして、魔王を倒すという明確な目的とその目的のために努力し、その努力が叶っていく充実した日々。
これだけのものが与えられながら、それを捨て去って、元の世界に帰る事など並大抵のことではできないだろう。
そして、魔王討伐の目的が叶えば、次の目的を与えればよい。
そう。大陸統一という目的を。
きっと今以上に張り切って勇者を演じてくれるに違いない。
私は夜空を見上げた。
魔族の地とはいえ、そこには変わらぬ満天の星空が輝いていた。横を見れば、一際大きな天幕がある。勇者が寝泊りしている天幕だ。
遮音効果が付加されているため、何も聞こえてはこないのだが、中では、英気を養うといえば聞こえはいいだろうが、仲間全員を侍らせ、淫蕩な行為に耽っている。
そう思うと、下品にも舌打ちの一つもしたくなる。
何度も体を重ねてきたから多少の情も湧いたのだろうか。
本来なら私も混じらなければならないのだろうが、艱難辛苦の末、ようやく魔王討伐が叶う一歩手前まで来たのだ。
そういう気分にはなれない。
だから、こうして外に出て、星空を眺めて感慨に耽っているのだ。
もうすぐ、私の願いの一つが叶うのだから。
しかし、苦労はしたがある意味順調とも言えるこれまでの道程で、計算違いがなかったわけじゃない。
それは今でも大きな懸念として残っている。
私が勇者の資格なしとして放逐したもう一人の勇者。
クロード・サイトウ。
我々には理解できない異世界の技をもって、困難な状況を容易く覆してきた。
しかも、本気を出していない。この世界にあわせようとして、自分の力を抑えているようにも見える。
こちらの勇者と違い、色仕掛けにも掛からず、元の世界に帰ることを目的の第一とし続けている。そのストイックさは厄介だと思わせるが、うらやましくも感じる。
今までは、元の世界に帰るためだとして、私たちに協力してくれている。オーグレーン島に上陸しても、どうやって島までついて来たのかはわからないが、何度も危機を救われている。
そしてもう一人。
アラセリス・フォン・カルレオン。
私以上の才覚を持つ才女だ。
世間では、カルレオンらしい気質をもったちょっと頭がおかしい令嬢と思われているが、智謀、美貌、度量、魅力、どれも私以上のものを持っている。
正直な話、子供のころから嫉妬していた。
何を企んでいるかわからないが、何も考えていないはずがない。
魔王討伐までは協調できるだろう。味方であるうちはこれほど頼もしい女性もいない。しかし、その後はどうなのか。
一人ずつですら、厄介なのに、問題なのは、この二人が組んでいることだ。
アラセリス。
あなたがあなたの勇者を使って、何をしようと考えているのかはわからない。
でも、私の邪魔はさせない。
私は私の勇者を使い、大陸を統一し、千年の栄華を誇る帝国を築く。
その邪魔をしようというのなら……




