第十六話 攻勢
翔流達と気まずい別れをしてから、4ヶ月のときが過ぎた。
翔流達はますます大活躍をしているようだ。今では、どこに行っても勇者の噂で持ちきりだ。心なしか、街中も雰囲気が明るくなってきた気がする。
どこどこの町を取り返したとか、だれだれを救ったとか、そういう噂がそこかしこで話題になっている。それだけなら兎も角、王女とのロマンスだったり、葛葉や美琥斗との恋物語が詩になっていたり、果てはあの女重騎士、女戦士、女精霊術師も交えて、ハーレムロマンな感じになっていたり……。
まあ、人の噂は当てにならんから、なんともいえないが、最近は勇者周辺の恋模様が話題の中心だ。
それでも、魔王討伐の戦いが着実に進んでいるのは確かだ。
とりわけ翔流、葛葉、美琥斗が『女神の贈り物』で聖剣、魔杖、聖錫杖を次々と引き当てたくだりは大げさな詩になり、そこかしこの酒場で吟遊詩人が歌っている。最近では普通の人々も口ずさみだした。
『聖剣・エアセリウス』
『魔杖・グランドガリオン』
『聖錫杖・リーンカルナシオン』
あまりにも話題に上るから、俺も覚えちまったよ。
それで、俺のほうはというと、あまり変わらない。
今日もクエストを一つこなして長屋に帰ってきたところだ。姫様の絡まないクエストは基本的に俺一人でやっている。
長屋に帰ってくると、長屋の住人、カミロに声を掛けられた。お調子者の女垂らしだが、そこまで悪いやつじゃない。二枚目半のイケメンというのだろうか、ちょっとくどい感じのそこそこ美形に、人懐っこい笑顔を浮べている。
「よお、クロード、今帰りか」
「ああ、カミロか。今日は日帰りのクエストこなして来た。君も今帰ったの?」
「おう、まあな」
カミロがヘラっと笑う。軽薄そうな笑みさえ浮べなければもっとモテそうだが、俺はあえて忠告しない。そう言うことは自分で気付くべきだからだ。決して、妬んでいるわけではない。
「そうそう。聞いたかよ。勇者様の噂を!」
カミロがニヤニヤ笑いながら俺の肩に手を回した。
「またかよ。今度は何だよ?」
「今度は女騎士のグロリア様と連れ立って、奪還した街の視察だとよ。2人で寄り添って歩くさまが恋人のようだとか、または主人と忠節の騎士のようだったとか。く~、あんな美人とデートだなんて。羨ましいねぇ!」
グロリア様とは、翔流のパーティーにいた女重騎士だ。重装鎧とゴツイ兜の中には、肉付きのいい肢体とキリっとしたやや鋭さを持つ美貌の女性が入っているのだ。凛と澄んだ緊張感のある空気を纏った人だ。
「またその噂か。どうせ、街を見回っていただけだろ」
「そうかもしんないけど、グロリア様にしては、なんか甘い雰囲気だったとか」
「それこそ噂の尾鰭だろ。バルバラさんと街中を歩いてみろ。歩いてただけなのに、事後の雰囲気だとか言われるさ。まあ、そんな噂が立ったら、俺は羨ま死するかもしれんけどね」
「バルバラ様かぁ。確かにそうかもな。あと、そんな噂を聞いたら、俺も正気を保てないかもな」
「何の話をしてるんだい?」
俺とカミロに声が掛けられる。
長屋の肝っ玉母さんのラウラさんだ。
「勇者様の噂さ」
カミロが答える。それを聞いて、ラウラさんはニカっと笑った。
「ああ、勇者様の話かい。大層な色男だって話じゃないか。いいよねえ、いい男が格好良く立ち回る話を聞くと、こっちも若返りそうだよ」
ラウラさんが恰幅のいい体を揺らして言うと、カミロはなんともいえない微妙な表情で俺を見た。俺もなんと返していいのかわからず、カミロに顔を横に振って答えた。
「ああ、まあな」
「そうだね」
二人で無難な返事をする。
「なんだいなんだい。ノリが悪いねえ。」
ラウラさんはかっかっかっと豪快に笑った。
「どうせあんた達のことだ。クズハ様が綺麗だの、ミコト様が可愛いだの、美人に囲まれてる勇者様が羨ましいだのといってたんだろう」
「そうだけどよ。しょうがねえじゃねえか。グロリア様ともいい雰囲気だったらしいしよぉ」
カミロがラウラさんに抗弁する。
「でも、考えてみると、勇者様はホントに美人に囲まれてるねえ。いっそのこと皆奥さんにしちまえばいいんだけど」
ラウラさんは豪快に言った。
「おいおい、待ちなよ。勇者様の周りの美女には、王女様も含まれてるんだぜ」
「だったら、王女様と結婚して、王様にでもなってくれれば、この国も安泰なんだがねぇ。この街でもちらほらそんな声が聞こえるよ」
おいおい、そんなことになってもらっては困る。大体、魔王を倒したら、元の世界に帰るのだから、無理に決まってる。
「勇者は元の世界に帰るんだから、この国に留まることはないだろ」
俺は少し焦って言った。
「わからねえよ? あんだけの美人達に囲まれて、好意持たれてるんだぜ。しかも、魔王を倒せば英雄だ。帰らねえほうが得かも」
「そうだねえ。それに魔王を倒した英雄様がこの国にいてくれるんなら、あたし達も安心だしねえ」
二人とも、翔流達が帰らないことを望んでいるようだ。翔流達が元の世界に帰らないという選択をする可能性が大きくなっていくことに、俺は不安を募らせていく。
冗談じゃない。俺は一刻も早く帰りたい。
確かに、知り合いも増えたし、みんないい人たちばかりだ。
でも、ここは俺がいるべき世界じゃないし。本当の俺は元の世界にしかいない。家族も、親友達も元の世界にしかいないんだ。
俺は黙りこくってしまった。
気まずい雰囲気が流れるが二人はなぜ気まずくなったのかわからない様子だ。だよな、二人にしてみればいい話をしていたはずなんだ。
「ああ、そういえば、あたしはクロードに夕飯もってきたんだった。つい、くだらない話をしちまったよ」
ラウラさんが場の空気を換える様に言った。手に持っていた弁当箱を俺に差し出す。
「ありがとう。いつも悪いね」
俺は礼を言って、受け取る。
「なあに、いいってことよ。ちょっと多めに夕飯作るだけだからね。さして手間でもないしねえ。食事代も貰ってることだし、気にする必要ないよ」
ラウラさんが笑いながら言った。
あの後、しばらく三人で世間話をした後、俺は長屋の自分の部屋に帰ってきた。長屋の部屋は6畳間ほどの広さで、そこに炊事場がある。トイレは共用になっていて、長屋の端に水洗トイレが設置されていた。
部屋には他にテーブルが一つと椅子が2脚、あとはベッドだけだ。少し殺風景かもしれないが、これで事足りている。
俺は椅子に腰掛け、ラウラさんから貰った弁当を机に置いた。
ご飯はラウラさんに頼んで作ってもらったり、近くの飯屋で済ませたりしている。
スキルがなくて、自分では作れないからだ。
試しに、スクランブルエッグを作ろうとしたら、卵が上手く割れなくて、殻が入ってしまったり、何故か上手く焼けなくて、焦げてしまう。もっとも簡単なスクランブルエッグがこのざまでは、もっと手順が複雑な他の料理はどうなってしまうのか、見当も付かない。とりあえず、食えないものが出来上がるのは目に見えている。
他の家事も同様だ。洗濯、掃除出来ない。どんなに簡単なことでさえ、家事スキルが必要で、スキルがなければ成功率は極端に下がってしまうのだ。
掃除をしようとすれば、かえって埃を撒き散らすだけ。物は壊すし、逆に散らかってしまう。
洗濯も同様で、洗濯物はビリビリに破けてしまったり、泡が取れなかったり、地面に落として汚してしまったり。
元の世界ならば、知識があれば、スキルなんていらなかったし、練習すればどんなことでもそれなりに出来るようになるものだ。
しかし、この世界では、スキルがなければ、どんな日常的なことでも出来ない。この融通の利かなさに辟易してくる。
愚痴も、これくらいにしておくか。
俺はラウラさんから貰った弁当を平らげることにした。この世界は純粋な中世ファンタジーじゃない。JRPGの中途半端なファンタジーの世界だ。主食はパンだが、米のご飯もあるのだ。弁当箱の中には、ご飯とから揚げ、卵焼き、野菜の炒め物などが入っており、なんだか日本の弁当を思わせる。
ラウラさんが作ってくれた弁当をおいしくいただいた後、一人で公衆浴場に行き、風呂に入った。
そして、長屋のベッドで眠りに付く。
この世界での、いつもの日常だ。
姫様に呼ばれて、領都の中心にあるお城に出向いた。
使いの者に案内された先には、すでに皆揃っている。
「よう、皆」
俺が声を掛けると、各々の言葉で返事が帰ってきた。一週間ほど会っていなかったが、皆も相変わらずだ。
「お待ちしておりました、クロード様」
姫様が出迎えてくれる。こちらも相変わらず、見た目は神秘的で儚げな可憐さを湛えている。口元には上品だが、消えてしまいそうに儚い笑みを浮べている。
「本日、皆さんにお越しいただいたのは、バルデムの街を奪還する作戦に参加していただきたいのです」
「ナー……」
姫様の言葉に、ドロテアがやる気が落ち込んだ声で応える。
姫様の説明によるとバルデムの街は港町であり、この国で魔族に占領された最後の街なのだそうだ。この街が奪還できれば、全ての街が開放されたことになり、さらにバルデムから、魔族の本拠地である島へ行ける様になるのだそうだ。
そのための重要な奪還作戦であるそうだ。
バルデムが奪還できれば、これまで攻め込まれていたのを、逆にこちらから攻め込むことが出来るようになる。
ようやっと攻勢に回れるのだ。
長かったように思えるが、ようやっとこの戦いの転換点が見えてきたような気がする。
しかし、周りを見渡すと皆やる気が低い。そう言う俺もだ。これまでも、なんどか激戦に借り出されたためだ。
「まあ、やりましょうか。ここまでくればしょうがないし」
「断っても、いいんじゃないのかナー?」
「そいうなよ。バルデムを奪い返せれば、この国には魔族の占領地はなくなるんだしさ。あとは勇者様が何とかしてくれるさ」
「そうだけどナー。でも……。いや、何でもないナー」
ドロテアは歯切れ悪く返事した。それでも、バルデム攻略に参加することに同意してくれた。
他のみんなも同様に参加することになった。
後もうちょっとで帰れるんだ。
不安を感じながらも、俺はそう自分に言い聞かせた。




