第十五話 錯綜
アベラルドの街は歓喜に包まれていた。そこら中から歓声湧き上がっている。
街の解放だけでなく、魔王の腹心である魔将の討伐。
この勝利の意味は大きく、魔王討伐に向けて、一歩も二歩も前に進んだと言えるのだろう。それ故に、街の人たちだけでなく、勝利を勝ち取った兵たちの喜びは一層大きかったみたいだ。
アベラルドの城に入ってきたお偉いさん方の喜びようは凄まじく、満面の笑みと興奮で翔流達を称えていた。
翔流達は城のテラスに出て、街の人達の大歓声に応えている。そして、王女様がなにやら演説し、解放宣言みたいな事をして、興奮は最高潮に達し、歓喜の怒号が街中に響き渡った。
それは俺が今いる城の一室にも聞こえてきた。
王女様からは俺もテラスに出ないかと誘われたが、断った。翔流達のように勇者として戦ってきたわけでもないし、これからもそうだ。これからも一般人としての生活をしなければならず、なるべく顔を知られたくない。
「テラスに出ずによかったのですか?」
姫様はニルダさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、少し微笑んで訊いてきた。戦いの場にいれなかった姫様は少し残念そうではあるが、ヒーラーとして一線級で戦えている王女様のほうがおかしいのだ。
魔将を討伐し、魔族軍が撤退した後、安全になってから、姫様も城に入ってきた。そして、この城の一室に俺達と一緒にくつろいでいる。
「俺はいいです。また、これからも一般人としての生活をしなければならないので。有名になっても、いいことばかりではないでしょうし」
「まあ、なんと奥ゆかしいことなのでしょう」
「根っからの庶民なのです」
「そう言うものではありませんよ、ニルダ。クロード様は未だにわたくしだけの勇者様であり続けたいとおっしゃっているのですから」
姫様がほくそ笑んだ。
しまった! これじゃ、未だに姫様の切り札足りえると言うことか。
「俗物的な功名心に捕われないことは、いいことだ」
エウフェミアがうむうむと頷きながら感心している。
そんな大層なもんじゃないけどね。むしろニルダさんのツッコミのほうが正鵠を射ているんだけど。
「ナー。でももったいない気がするナー。ここで、英雄になっておけば、冒険者としても得るものが大きいナー」
「あ、俺はテラスに出ないけど、君たちは出てもいいんだよ?」
「もう遅いナー。それに出ても、クロードがいなかったら、誰あいつ状態で肩身が狭いんだナー」
「そんなことないと思うけど」
「いや、きっとそうなんだナー」
ちらりとエウフェミアのほうを伺う。
「私はそもそも俗世の名声とやらには興味がない。私の使命は、お前の監視役だ」
「じゃあ、俺が出てたら、出てたんだ?」
「そうなる……、のかなぁ?」
「俺に訊かないでよ」
じゃあ、カミラはどうなんだろうと思って、見てみると、カミラは姫様から今回の戦闘の報酬としてもらった魔道書を読みふけっていた。長く伸びた髪の隙間からギョロリと見開いた瞳が覗き、口元には笑みが浮かび、唇が三日月の形に裂けているかのようだった。
まさに怨霊。
放っておこう。
「なんで私にはぁ、訊かないのよぅ?」
「本、読んでなさいよ」
ギギギっと音が聞こえそうなぎこちない動きで俺を見ないで欲しい。怖いから。
しばらく、皆と駄弁っていると、式典みたいなのが終わったみたいで、翔流達がこの部屋に入ってきた。翔流、葛葉、美琥斗の三人に、翔流のパーティーメンバーである、女重騎士と女戦士と女精霊術師が一緒だ。
王女様はいない。多分、お偉いさん方と今後の話なんかしているのかね。
ていうか、姫様はここでのんびりしていていいの?
「やあ、今日は本当に助かったよ」
翔流が気さくに話しかけてきた。
「ホントホント。あんなに強いなんてね」
葛葉も気安い感じだ。美琥斗と手を繋いで連れ立って歩いてくる。
「たまたまだよ。俺は別ゲーから来てるから、この世界で考えられているスキル体系と違いすぎるため、相手が対応できないんだ。今回はそれが上手い具合に噛み合ったから良かったけど。逆のパターンもありえる」
実は精神に作用する系の状態異常に対しては凄まじく無防備なのだ。だから、状態異常を防ぐアクセサリは必需品なんだよね。
これは誰にも言ってないんだけどね。
「しかし、魔将を相手にするには、まだ時期尚早だったね。僕達だけだったら、負けていた……」
翔流が神妙な顔をする。
「確かに。まだレベルと装備が足りてなかったな。パーティーの編成は悪くなかったと思う」
「そうだね。編成はいいよ。あとは各々の力量を上げて、装備をもっと充実させないと。そのためには『女神の贈り物』をもっと回さないと」
「『女神の贈り物』ってなによ?」
「所謂ガチャだね。神石5個で1回引けるんだよ。まあ、アイテム課金用のコンテンツだね。強力な武器はこれで集めないといけないんだ。今は『女神の贈り物』をたくさん引けるように神石を集めてるところなんだよ」
「ガチャねぇ……」
『クリムゾン・ロード』もなかなか阿漕なオンラインゲームだなあ。
「神石って?」
「これだよ」
翔流が取り出したのは、青白く光るクリスタルだった。あれ? なんか見たことあるような気がする。
「この石、持ってなかったっけ?」
カミラに訊いてみる。この手のことは一括でカミラに任せていた。亡霊のような外見とは裏腹に意外としっかりしたところがあるのだ。
「今も持ってるわよぉ。今、値が高騰中だからぁ、もっと値が上がってから売るつもりだったからぁ」
「ひょっとして、高騰してるのって?」
「僕らが買い占めてるからだね」
「カミラ、神石を翔流に」
「しょうがないわねぇ。売るわよぉ」
「いや、あげてよ!」
「なんでよぉ。幾らすると思ってるのよぅ。」
「おいおい。魔王を倒すために、お前達この世界の人たちのために戦ってるんだぜ? 協力してもいいだろ?」
「それは、クロードが早く自分の世界に帰りたいってだけでしょう? 私達には生活が掛かってるのよぉ。いつまでも冒険者でいられるわけじゃないんだしぃ」
「そうだナー。クロードにも都合があるように、あたし達にも都合があるんだナー」
カミラだけでなく、ドロテアまで反対してきた。確かに俺が早く帰りたいがための協力ではあるが、俺以上にこの世界の住人であるコイツらは協力したほうがいいんじゃないのかよ?
「まあまあ、皆さんそういきり立たないでくださいな。カミラ様、その神石はわたくしが買い取りますわ。そして、勇者様に贈らせて頂きます」
姫様がにこやかに笑いながら取り成してきた。
「うん。まあ、それでいいんじゃないでしょうか」
俺はしぶしぶ頷いた。姫様にまた借りを作ってしまった。自分で自分の首を絞めたような気分だ。
翔流のほうも一応納得してくれた。もともと代金を出すつもりだったようだが、姫様の協力と言うことになった。
「悪いね。本当にありがとう」
翔流が礼をいい、頭を下げた。他のパーティーメンバーたちも頭を下げてくる。
「いや、結局姫様がお金出してくれたからね。それに早く魔王を倒してもらわないといけないしね」
「そうだね。頑張るよ」
「早く俺達の世界に帰るためなら、俺だって協力するぜ。今回戦闘に参加したのだって、そうだし」
「ああ、ありがとう。今日は助かったよ。敵を倒すだけでなく、神石も貰って」
翔流は本当にありがたそうだった。でも、これは自分のためでもあるんだよな。
「これも早く帰るためだよ。皆もそうだろ。早く日本に帰んなきゃな。向こうの皆も心配させてるかもしれないし」
「でも、あまり皆の前で帰りたいと言うものじゃないよ」
翔流は俺を諌めるように言った。
「ん? どういうこと?」
「僕達が帰るためだけに戦っているような発言は、かえって周りの士気を下げるかもしれないだろう?」
何でだ? 何で俺たちが帰りたいと言っただけで士気が下がるんだ?
俺が訝しげな顔をしていたからだろう。翔流はなおも説明を続けた。
「僕は勇者として今回の魔王討伐の戦の旗頭なんだ。その勇者が人々を助けるためではなく、帰りたいからという利己的な事情で戦っていると知られては、『何だ、俺達のために戦っているんじゃないのか』と思われてしまう」
確かに。確かに最もな意見だよ。確かに、さっきの俺とカミラ達とのようなやり取りになってしまうだろうよ。
でもな。そこまで異世界側の事情に付き合ってやる必要はないだろう。
「勇者様だな。立派な勇者様だ。確かにさっきも、俺が協力しようと言っても、自分の都合を優先されたしな」
ちらっとカミラ達を見るとバツの悪そうな顔をしている。
「君は最適の行動をしようとしている。そのためにこの世界の勇者様をやっている。俺はそう理解していいんだな」
「その通りだよ」
「じゃあ、俺達の目的は何だ?」
俺は翔流の目を見る。翔流と俺の視線が交錯した。
「……帰ることだよ」
翔流の目は真剣だった。
「十分だ。それだけ聞ければ十分だよ」
「ちょっと! もういいでしょ。なにイラついてんのよ」
葛葉がちょっと頬を膨らませて言った。そこまで強い調子の言葉じゃない。悪くなった空気を換えようとしてのことだとわかる。
「ああ、そうだな。悪い。なんでかちょっと興奮してたみたいだな。こういう大規模な戦争ってはじめてだから」
多分そうじゃない。ただ俺は、必要以上に勇者をしている翔流に、帰りたくないんじゃないかと不安になっただけだ。
少し重い沈黙が室内を覆う。
「悪い。落ち着くために、ちょっと外の空気を吸ってくる」
俺は自分で雰囲気を悪くしたのに、その空気に耐えられず逃げ出した。




