第39話 乙女たちの恋心
「ぶふぉっ!?」
村長ガンツは図星を突かれ、盛大に変な声を上げて硬直した。だが、かつてのように無理をして「真顔」を取り繕うようなことはしなかった。
彼の顔からは、村の長としての無駄なプライドや、他者からの承認を渇望するような歪んだ力みが、完全に消え去っていたのだ。
「……いや、おっしゃる通りじゃ。ワシは、取り返しのつかない愚かなことをした。世界を救った英雄に対して、なんという……」
ガンツは深く頭を垂れると、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「村長さん、泣かないでよ。僕、全然気にしてないから」
ボンタが優しく声をかけると、ガンツは顔を上げ、ボンタの両手をしっかりと握りしめた。
「ボンタ……ワシもな、あの大司教様の通達のすぐ後、教会で純氷の儀式を受けたのだ。長年縛り付けられていた村長としての強迫観念を捨て、お前と同じ、ただの凡人に戻ったんじゃよ」
その顔には、憑き物が落ちたような、とても穏やかで、人間らしい素朴な笑みが浮かんでいた。
「本当に、ありがとう。お前がこの狂った世界を終わらせてくれたおかげで、ワシらはようやく、心から誰かに感謝できるようになった。見栄を張ることも、真顔で首を傾げることもなく、ただ『ありがとう』と言える。これがどれほど幸せなことか……! 本当に、本当にありがとう、ボンタ!」
ガンツは能力を失ったただの老人として、心の底からの感謝を何度も何度も伝えた。
ふと広場を見渡せば、かつては無言で首を高速振動させていた大人たちが、今は普通の笑顔で言葉を交わし、笑い合っている。誰かの役に立たなければ生きていけないという承認欲求の呪縛から解放された人々は、ようやく本当の意味で、心を通わせ始めていた。
「……ええ。本当に、いい世界になったわね」
パンピーナが眩しそうに目を細め、クレメンスも静かに頷いた。
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「ボンタァァァーッ!」
広場の奥から、聞き覚えのある野太い声と、女性の明るい声が重なって響いた。
振り返ると、筋骨隆々とした大男と、優しげなタレ目の女性が、満面の笑みでこちらへ駆けてくる。ボンタの両親であるヤマンとメイだった。
驚くべきことに、かつては外で一切の感情を殺し、冷徹な「真顔」で首を傾げ合っていた二人が、今は周囲の目など全く気にせず、ギュッと恋人同士のように仲良く手を繋いで走ってきているのだ。
「父さん! 母さん!」
ボンタが駆け寄ると、ヤマンは勢いよくボンタを抱きしめた。メイも嬉し涙を浮かべて、ボンタにすがりつく。
「大きくなって……! 世界を救うなんて、本当に自慢の息子よ!」
「ああ、お前が無事に帰ってきてくれて、これ以上の喜びはない!」
ヤマンとメイの顔からは、かつての「他者から感謝されたい」という狂気じみた承認欲求の渇きが完全に消え去っていた。
「二人とも、もしかして……」
「ああ、そうさ」
ヤマンは照れくさそうに頭を掻き、メイと見つめ合って笑った。
「俺たちも、教会で純氷の再啓示を受けたんだ。もう木こり勇者でも農業勇者でもない、ただの凡人さ。能力はなくなったが、その代わりに、こうして外でも堂々とメイに『いつもありがとう、愛してる』って言えるようになった。世界で一番幸せな凡人夫婦だよ」
「もう、あなたったら……!」
メイが頬を染めてヤマンの胸に顔を埋める。以前は家の重い扉を閉め切った「聖域」でしか見せられなかった極甘な夫婦の姿を、白昼堂々、しかもノーダメージで披露しているのだ。
「よかったね、父さん、母さん!」
ボンタも心から喜び、ニコニコと笑った。
「それにな、ボンタ。お前がいつ帰ってきてもいいように、俺たちで新しい家を用意しておいたんだ」
ヤマンが親指で指差した先には、村の少し外れに建つ、新築の可愛らしい木造の家があった。
「俺の『剛腕の開拓』のスキルはなくなっちまったから、村の連中と一緒に、普通のノコギリとトンカチで何ヶ月もかけて手作業で建てたんだ。少し不格好かもしれないが、お前が自分の家庭を築くための、立派な愛の巣だぞ!」
「わあ、すごい! ありがとう!」
ボンタが感動していると、メイがその後ろに控えていた二人の少女に気づき、パァッと顔を輝かせた。
「あらあらまあまあ!ヤマン、見てちょうだい!ボンタったら、こんなに可愛いお嫁さんを二人も連れて帰ってくるなんて!」
「がははは!さすが俺の息子だ、甲斐性があるな!さあ、どっちが本妻でどっちが愛人だ!?」
すっかり凡人となって世俗の喜びに目覚めた両親が、無遠慮に、しかし大歓迎のテンションではしゃぎ出す。
「えっ!?ち、違うよ父さん! 二人は僕の大切な旅の仲間で……」
ボンタが慌ててピュアに否定しようとした、その時だった。
「お、お義父様、お義母様……!」
それまで超絶クールな真顔を保っていたクレメンスが、モジモジと頬を真っ赤に染め、両手で顔を覆いながら前に進み出た。




