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第34話 魂の告発

 数千人のエリート勇者たちの視線が一斉に後方へと向けられる。

 そこに立っていたのは、ボロボロの大剣を背負った白銀の少女クレメンス、地味な色のマントを羽織った少女パンピーナ、巨大な聖獣ファルサー、そして先頭に立つ素朴な青年、ボンタであった。


「なんだ、あの者たちは」

「神聖な大司教様の言葉を遮るとは」

 信者たちが一糸乱れぬ真顔のままざわめく中、壇上のソウルンダーチョは冷ややかな視線で一行を見下ろした。


「……異端者か。よろしい。この完璧な理想郷の、一体何が間違っているというのだ。申してみよ」

 大司教の威圧的な問いに対し、まず一歩前に出たのはクレメンスだった。彼女は限界まで引き攣りそうになる表情筋を強靭な精神力で抑え込み、冷徹な『剣聖勇者』としての瞳で、かつて自分が信じていた欺瞞ぎまんのシステムを糾弾する。


「理想郷だと? 笑わせるな! あなたがた教会の幹部がこの安全で巨大な箱に引きこもっている間、魔王討伐の最前線がどうなっていたか教えてやろうか!」

 彼女の悲痛な叫びが大礼拝堂のドームに木霊する。

「そこにあったのは、純粋な正義や平和への祈りなんかじゃない。魔王にトドメを刺した者に与えられる『全世界からの感謝のパッシブ効果』を奪い合う、醜い亡者たちの地獄だった! 承認欲求という名の麻薬に狂わされ、仲間を突き飛ばし、血走った目で手柄を奪い合う……あんな狂気の沙汰が、神の恩寵なものか!」


 その言葉に、数人の神官たちが眉をひそめたが、彼らは決して真顔を崩さなかった。

 続いて、パンピーナがフードをバサリと脱ぎ捨て、忌々しげに壇上を睨みつけた。


「私も教えてあげるわ。この狂ったシステムが、どれだけ残酷なものかをね!」

 彼女は自らの胸に手を当て、かつてのトラウマを乗り越えるように、声を震わせながら告発する。

「私は十歳の儀式で、能力を持たない『凡人』として啓示された。すると村の大人たちは、自分たちの肥大化した承認欲求を満たすためだけに、私を奥の家に幽閉したわ。食事を与える代わりに、脳が溶けるほどの本気の感謝を強要し続けたのよ! 他者への親切がただの点数稼ぎになり、純粋な『ありがとう』が搾取の道具になる。誰もが自分の脳汁のために他人を利用する……こんな狂ったディストピアの、一体どこが理想郷よ!」


 二人の魂からの告発。しかし、大聖堂の神官たちや信者たちは、微かに動揺を見せながらも、勇者としての強烈なプライドが邪魔をして一切の感情を表に出さなかった。彼らはただただ、気味の悪いほどの真顔で沈黙を保っている。


「……愚かな。感謝の循環に馴染めなかった落伍者たちの戯言だな」

 ソウルンダーチョが冷酷に切り捨てようとしたその時、ボンタが静かに、しかし確かな足取りで最前列へと進み出た。


「落伍者なんかじゃない。みんな、無理をして苦しんでいたんだ」

 ボンタは真っ直ぐな瞳で、ソウルンダーチョを、そして真顔のまま立ち尽くす数千人の勇者たちを見回した。

「僕はこの旅で、たくさんの勇者様たちを見てきた。誰も見ないところでボロボロになりながら街を守るお兄さん。獣人さんたちに都合よく使われて、安い言葉で命を削っていたおじさん。感情のないゴーレムさんに仕事を奪われて、存在意義を見失って泣いていた人たちもいた。みんな、誰かの役に立ちたいって純粋に頑張っていたのに、この世界の『感謝されないと生きていけない』っていう呪いのせいで、心がおかしくなっていたんだ!」


 ボンタの声には、怒りではなく、深い悲しみと純粋な願いが込められていた。

「感謝を強要され、承認欲求に狂わされる世界は間違っている! 僕は、人間も、エルフも、獣人も、他種族のみんなが一緒に手を取り合って、誰も無理をしないで、普通にご飯を食べて『美味しいね、ありがとう』って、本当の笑顔で言い合える世界にしたいんだ!」


「……黙れ、能力を持たぬ凡人風情が。他種族との共生などあり得ん。この世界のシステムは創造神が定めた絶対の理だ。貴様のようなイレギュラーに、世界の何が分かる」

 ソウルンダーチョが苛立ちを隠しきれず、低い声で威圧する。

 しかし、ボンタは一歩も引かなかった。彼は大きく息を吸い込み、この旅で辿り着いた最大の確信を、大聖堂のど真ん中で突きつけた。


「神様が定めた理なんかじゃない! 全部、百年前に教会が仕組んだことなんだろ!」


「……な、に……?」


「僕も、パンピーナも、十歳の儀式で『純氷じゅんぴょう』を使って啓示を受けたから、能力を持たない普通の人間になった! でも、百年前に教会が儀式に使うものを純氷から『水晶』に変えてから、人間はみんながおかしな承認欲求を持つ勇者になっちゃったんだ! みんなを苦しめている原因は、あの綺麗な鉱物の水晶なんだろ!」


 大礼拝堂の空気が、完全に凍りついたように静まり返った。

 数千人の信者たちが、意味が分からず困惑の視線を交わす。

 だが、壇上のソウルンダーチョだけは違った。


 ピキッ、と。

 先代から引き継いだ、教会のトップとして何があっても維持し続けてきた彼の完璧な「真顔」に、明確な亀裂が入った。

 目が見開き、額からは滝のような冷や汗が噴き出す。口元は痙攣し、手はワナワナと激しく震え始めた。教会のトップシークレットであり、絶対に知られてはならない核心を、たった一人の凡人に白日の下に晒された圧倒的な恐怖と焦燥感。


「き、きさ、ま……! なぜ、そのことを……ッ!」

 ソウルンダーチョの顔面はすでに限界を迎えていた。理想郷の支配者という冷徹な仮面は完全に崩壊し、そこにあるのは、自らの嘘を暴かれて狼狽する、ただの醜く哀れな老人の顔であった。


「図星のようだな」

 ファルサーが黄金色の瞳を細め、喉の奥で低い唸り声を上げる。

「さあ、洗いざらい吐いてもらおうか。その忌まわしい水晶に、一体どんな呪いを込めたのかをな」


 完璧だったはずの教会の陰謀が音を立てて崩れ去り、世界を狂わせた百年前の真実が、ついに暴かれようとしていた。

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