第31話 密室のテント
ヒメランの街を未曾有の恐怖に陥れたクレメンスの暴走は、ボンタの放った規格外の感謝によって劇的な終わりを迎えた。
感謝飢餓に陥ったクレメンスは略奪者となり、圧倒的な武力でヒメランの街を破壊し暴れ回ったため、この責任を問われることとなった。深い至福の眠りから覚めた彼女を待っていたのは、王都から派遣された聖騎士団の使者たちだった。
「剣聖勇者クレメンスよ。街を半壊させた責任として、無期限の謹慎を言い渡す。これは実質的な追放である」
使者の冷徹な宣告が、修繕作業の続く広場に響き渡る。
白銀の鎧に身を包んだ彼女は、感情を一切表に出さない完璧な「真顔」を保ったまま、静かに頷いた。
「……甘んじて受け入れよう。己の未熟さを知るための放浪に出る」
悲壮感を漂わせながらも、どこか晴れやかな顔つきで騎士団の証を返上する。その凛とした佇まいに、周囲の大人たちは息を呑み、深い敬意を込めて無言で首を傾けた。
使者が去った後、クレメンスが一人で街を出ようとしたその時、後ろから素朴で聞き慣れた声が引き留めた。
「クレメンス! これから、僕たちと一緒に旅をしよう!」
振り返ると、リュックを背負ったボンタが満面の笑みで彼女を旅に誘っていた。
「……フン。凡人のボンタを放っておけば、すぐに野垂れ死ぬだろうからな。護衛として同行してやる」
クレメンスは腕を組み、あくまで仕方なくといった風を装って、晴れてボンタたちの旅に同行することになった。
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最強の護衛が加わり、街道の旅はかつてないほど安全なものとなった。
道中、凶悪な魔物が茂みから襲いかかってきても、彼女は『絶界覇剣』で瞬く間に敵を両断し、一行を守り抜く。
「すごい! 一瞬で倒しちゃった!」
ボンタが目を輝かせ、クレメンスの前に駆け寄った。
「クレメンス、すごいね!ありがとう!」
ドチュンッ!
ボンタから放たれた、純度100%の感謝がクレメンスに向けられる。
しかし、王立聖騎士学校で鍛え上げた精神力で、彼女は超絶クールな「完璧な真顔」を一切崩さない。
「フン……。これくらい、剣聖にとっては造作もないことだ。先を急ぐぞ」
冷ややかな声で告げ、スタスタと歩き出すクレメンス。その姿は、傍から見れば最強の剣聖としてのプライドを保っているように見えた。
だが、その内なる葛藤は凄まじかった。
(おほおおおおぉぉぉぉぉっ!! ボンタの『ありがとう』がダイレクトに脳髄にクるぅぅぅっ!! たまらない、脳汁が溢れ出てるうっ!!)
彼女は内心ではボンタの感謝を浴びて脳汁が溢れ出しており、必死に表情筋を固定して耐え抜いていた。このアンバランスな様子に、外の社会での彼女の強靭な精神力がうかがえた。
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夜になり、一行は野営の準備をしてテントを張る。
ボンタとクレメンスがテントの中に入り、入り口の布を閉めた瞬間、外との繋がりが断ち切られる。
「……はぁぁぁぁ……っ!!」
テントがこの世界における「家(プライドを傷つけずに感謝し合える聖域)」として判定された途端、彼女を縛っていた「真顔」の仮面が吹き飛び、結婚式を上げずとも脳内家族認定してしまっていたのだ。
「ボンタァァ! 今日の私かっこよかったでしょ!? もっと褒めて、もっとありがとうって言ってぇぇ!」
「クレメンス、守ってくれて本当にありがとう」
クレメンスは、外でのクールな姿から一転、「ひぎぃぃ!」とフニャフニャに溶けてしまう極甘幼馴染へと変貌し、ボンタに激しく依存してすり寄ってきた。
自ら進んで脳汁を噴き出させてボンタに甘えるその姿は、完全にツンデレ依存モードであった。
その異様すぎる光景(シルエットと声)は、当然ながら外にいる二人の耳にも届いていた。
外で厚揚げを食べているファルサーが、テントの方を横目で見て呆れたように鼻を鳴らした。
「布切れ一枚で聖域判定とは。人間のプライドというシステムは、本当にガバガバで呆れるわ」
薄いテントの扉を閉めただけで「ここは家だからセーフ」と合法的に脳汁を出して溶け合うクレメンスを見て、ファルサーはこの世界のシステムの抜け穴に辛辣なツッコミを入れずにはいられなかった。
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テントの中は、外のギスギスした社会とは無縁の、極甘な至福の空気に包まれていた。
「ボンタぁ、この鎧の傷を見てぇ。大型魔獣を殺った時のだよぉ。もっと褒めて、もっとありがとうって言ってぇぇ!」
「うん! クレメンスは最高にかっこいいよ! いつも僕を守ってくれて、本当にありがとう!」
ドズバァッッ!!!
ボンタの放つ『無垢なる感謝』を至近距離で浴び、クレメンスはだらしない笑顔を浮かべてフニャフニャに溶けてしまっている。外では冷徹な剣聖として恐れられる彼女の面影は、そこには微塵もなかった。
その時だった。
「ほらボンタ、スープできたわよ」バサリとテントの入り口の布が捲られ、鍋を持ったパンピーナが入ってきた。
「わあ、すっごくいい匂い! パンピーナ、美味しいスープを作ってくれてありがとう!」
「どういたしまして。熱いから気をつけて飲みなさいよ」
二人は、まるで息をするように軽口で感謝を交わし合った。
その光景を見た瞬間、クレメンスは雷に打たれたような衝撃を受けた。
パンピーナは涼しい顔で器にスープをよそい、ボンタに手渡したのだ。白目を剥くことも、奇声を上げて痙攣することもなく、ただ当たり前のように真顔を保っている。




