第3話 唯一の凡人
強大な力と権威を持つ「聖騎士」という存在を前に、彼らは喜ぶどころか、「あんな高位の勇者に、これからどう接すればいいんだ」と完全に真顔のまま戸惑いを隠せなかったのだ。
しかし、当のクレメンスは自らの輝かしい職業など全く気にする様子もなかった。彼女は割れた水晶の破片を一瞥しただけで、すぐに隣で待つボンタへと振り返った。
「やったわボンタ!アタチ、本当に剣の勇者になれちゃった!」
大はしゃぎで駆け寄る彼女は、まだ自分の力の恐ろしさを理解していない子供の顔だった。
「すごいよクレメンス!一番かっこいい剣士だね!」
「えへへ、これでアタチが村を守るわ。ねえ、次はボンタの番よ。ボンタも聖騎士かな?そしたら二人で最強のコンビね!」
期待に満ちた無邪気な目を向けるクレメンスに、ボンタもまた胸を高鳴らせて小さく頷いた。
儀式に欠かせない水晶が壊れてしまったため、神官勇者は大慌てで準備を進め、急遽、使い捨ての「純氷」を丸く加工して、列の最後に並んでいたボンタの儀式を行うことになった。
百年前の儀式ではかつて純氷が使われていたが、現代においては非常時の代用品に過ぎない。冷たい冷気を放つ純氷の塊を前に、ボンタは緊張でごくりと唾を飲み込んだ。
クレメンスのような光を放てるだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、球体の純氷に両手を触れた。
しかし、いくら待っても光は起きず、何の反応も示さない。
すると純氷は一瞬だけフワァと光り、神からの啓示が降りてきた。
「こ、こ、これはぁ!!」
神官勇者が大きく息を呑み、声を震わせた。
そのただならぬ反応に、村長ガンツが期待に顔を紅潮させて身を乗り出した。
だが、神官勇者は冷や汗を拭いながら、すげなく答えた。
「ただの凡人ですね」
「凡人」という前代未聞の表記を目の当たりにした村長は、容易に現実を受け入れられない。
「ぼ、凡人? 何周か回って聖騎士より凄いとか?!」
「いいえ、ただの凡人ですね」
「なるほど!『凡人』とは古の大地語で『すべてを統べる超越者』という意味だな!?」
村長は大真面目に深読みし始めた。
「いえ、ただの文字通りの一般ピーポーです。剣の扱いもできなければ魔法も使えない。特徴無し。スキル無しです」
神官勇者から冷静なトーンで事実を突きつけられた瞬間、村長は激しい落差によって一瞬にして真顔へと戻ってしまった。
そのやり取りを見ていた周囲の大人たちも、ボンタに対する興味を一瞬で失い、いつもの冷ややかな「真顔」へと戻っていく。ただ一人、クレメンスだけが信じられないといった様子でショックを受けていた。
世界で唯一の、何の能力も持たない存在の誕生である。
自分の才能のなさにすっかり落ち込んだボンタは、うつむきながら帰る道中、父・ヤマンと手を繋いで歩いていた。ヤマンはそんな息子の小さな手を分厚い手で力強く握り返し、「気にするな。俺はボンタからの『ありがとう』が世界で一番大好きだ」と、不器用ながらも真剣な眼差しで優しく慰めるのだった。
+++
それから二年の月日が流れ、十二歳になったエリート勇者のクレメンスが、聖騎士学校へと強制入学させられる日が訪れた。
超レアエリートとして覚醒した彼女の力は、もはや辺境の村に留めておけるものではなかったのだ。
村を出発する別れの日、クレメンスは抑えきれない感情を爆発させてボロボロと大粒の涙を流した。
「大人になったら、私が絶対に平凡なボンタを守るから!」
彼女は泣きじゃくりながらも、大人になってからの再会を固く誓って村を去っていった。
一方、凡人として村に残ったボンタには、ちやほやされたいという邪心など一切なかった。彼はこれまで自分を生かしてくれた勇者たちの無償のインフラに心から恩義を感じており、無償で街を作る彼らに「いつもありがとう!」と純粋な感謝を伝えて歩くようになった。
普通、この世界の子供は十歳を過ぎると徐々に「勇者としてのプライド」が芽生え、彼らが放つ感謝は無味乾燥な「ビジネス感謝」へと劣化していく。
しかし、事態は不穏な方向へ転がり始める。大人たちは、十歳を過ぎたボンタの感謝の言葉が、普通の子供の音とは全く違うことに気づき始めたのだ。
それは、プライドがゼロである彼だからこそ放てる、プライド消費コストゼロの百パーセント純粋な破壊力、『無垢なる感謝』であった。
通貨が消滅し、すべてが勇者たちの無償の善意によって回っているこの世界において、ボンタの存在は特異点そのものだった。
村の大人たちに、じわじわと依存(ジャンキー化)の予兆が現れ始めた。
ボンタから感謝を受けた職人勇者の一人は、顔を紅潮させながら震える声で呟いた。
「う、うあ……なんだ今の……?普通の子供の感謝と違って、脳の奥に直接ジンジンくる……。おい、あの子にもう一個パンをあげろ!早くもう一度『ありがとう』と言わせるんだ!」
職人は、荒い息を吐きながらハァハァとボンタの後ろ姿を真顔で見つめていた。
そんな背後の異常事態など露知らず、能力を持たないボンタは、村の家を建てる勇者やパンを配る勇者たちに向かって、明るい笑顔で「いつも村のためにありがとうございます」とピュアに微笑み続けるのだった。




