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第2話 家族の聖域

 家路につくボンタとメイが自宅に近づくと、前方から見覚えのある大男が歩いてくるのが見えた。丸太のように太い腕と立派な髭を持つ筋骨隆々としたその男は、ボンタの父であるヤマンだ。彼の手は長年の斧ダコで分厚くなっており、腰には身の丈ほどもある大斧が担がれている。


 ヤマンは村の基盤を切り拓いた木こり勇者である。彼が持つスキル『剛腕の開拓(グランド・デヴェラー)』は、一振りの衝撃波で一国に匹敵する広大な森の巨木をドミノ倒しのように切り倒し、同時に地盤を均してインフラの基盤へと変えてしまう物理特化の絶技だ。


 道端でばったり合流したヤマンとメイは、お互いに張り詰めた「真顔」のまま、無言で首を少しだけ横に傾けて挨拶を交わした。傍から見れば、夫婦仲がひどく冷え切っているようにしか見えない光景である。


 しかし、大人のギスギスした空気を意に介さないボンタが「パパ!」と無邪気に駆け寄ると、ヤマンの足が止まった。ヤマンはヒョイと息子を持ち上げ、広い肩の上へと乗せて肩車をする。


「パパ、お仕事お疲れ様!いつもありがとう!」


 ボンタが肩車の上から満面の笑みで告げると、ヤマンの厳めしい顔つきが一瞬にして綻んだ。寡黙で不器用な大男は、息子からの純度百パーセントの感謝を全身に浴びて、うっとりと至福の表情に浸る。


 そのまま三人は自宅の扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 ヤマンが扉をしっかりと閉め、外から誰も入ってこられないように鍵をかけたその瞬間だった。


「あああ……っ、メイ!今日も村のみんなのために畑仕事、本当にありがとう!」


「ヤマンこそ、重たい木をたくさん切ってくれて本当にありがとう……!」


 外では一切の感情を殺していた両親の「真顔」の仮面が、完全に崩壊した。ヤマンとメイは玄関先でベタベタと甘え合い、お互いの今日の労働を労いながら、心からの感謝の言葉を連発し始める。


「俺こそありがとう!」

「私こそありがとう……!」


 外の社会では絶対に口にできない本気の「ありがとう」を至近距離で浴びせ合い、二人は溢れ出る至福の脳汁でフニャフニャに溶け合っていった。


 感謝を述べることが「敗北宣言」となるこの世界において、大人の勇者たちにとって「我が家」という名の家族空間だけが、自らのプライドを傷つけずに合法的に脳汁を補給し合える、唯一の聖域にしてオアシスなのである。


 +++


 月日は流れ、ボンタとクレメンスが「啓示ルール」の定めに従い、十歳の天啓の儀式を迎える日がやってきた。

 村の中央広場には、村長であるガンツをはじめ、神官勇者や村の大人たちが大勢集まり、厳かな面持ちで儀式の行方を見守っていた。広場の中央には、神の意志を受信するための美しく透き通った神聖な水晶が安置されている。儀式の順番を待つ間、列の最後に並ぶボンタと幼馴染のクレメンスは、落ち着かない様子でそわそわと小声で言葉を交わしていた。


「ねえボンタ、いよいよだね!アタチたち、どんな職業になるかな?」

 クレメンスが期待で目をキラキラと輝かせながら尋ねる。

「うーん、そうだなぁ。僕はやっぱり、パパと一緒がいいな」


 ボンタは広場の端で静かに見守る、筋骨隆々とした大男の父・ヤマンの姿を思い浮かべながら、えへへと照れくさそうに笑った。


「パパみたいにかっこいい木こり勇者になって、村のみんなのためにいっぱい家を建てる木を用意するんだ!それか、お母さんみたいな農業勇者になって、美味しい野菜をたくさん育てて恩返ししたいな」


「もう、ボンタったらそんな普通のでいいの?アタチは絶対に、強くてかっこいい剣の勇者になるわ!」


 クレメンスは小さな拳をぐっと握りしめて宣言した。

「そしたらアタチが前線で魔王軍をバンバン倒すから、ボンタが後衛から丸太で壁を作ってサポートしてよね!」

「丸太で壁!?ちょっと怖いけど……うん、わかった。僕、クレメンスを全力で手伝うよ」

「約束よ!」


 無邪気に未来を語り合う二人の前で、ついに神官勇者が儀式の開始を告げた。

 集まった子供たちへ次々と勇者の啓示がされていき、とうとう列の終盤となり、クレメンスの番が来た。大人たちの視線が集中する中、彼女が祭壇に置かれた神聖な水晶にそっと手を触れた瞬間だった。広場全体を太陽の数倍明るくまばゆい光が炸裂した。

 それは紛れもない『ひじり』クラスの天啓を意味する圧倒的な輝きであり、注ぎ込まれる神のエネルギーがあまりにも強大すぎた。

 神聖な水晶はその出力に耐えきれず、パキンという甲高い音を立てて過負荷で叩き割れてしまったのだ。


「こ、これは……『剣聖勇者』の天啓だ!」


 神官勇者が驚愕に目を見開いて叫んだ。

 開拓から二十年、この小さなガンツ村から初めて誕生した超レアエリート、聖騎士の出現である。本来ならば村を挙げての大祝祭となるはずの出来事だったが、村長はじめとする大人たちの反応は違っていた。

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