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第27話 暴動の鎮圧

 ウゴンザークの街の中央広場。

 怒りに我を忘れ、血走った目を剥いた暴徒たちが、意思を持たないゴーレムたちに次々と武器を振り下ろそうとしていた。

 暴徒のリーダー格である巨漢の建築勇者が、巨大なハンマーを振り上げる。その標的となったゴーレムの前に、一切の能力を持たない世界唯一の「職業:凡人」、ボンタが両手を広げて立ちはだかった。


「どけぇっ! 感謝されねぇ勇者に生きてる価値なんかねぇんだよ!」


 巨漢の勇者の怒号が響き、ハンマーが風を切って振り下ろされる。

 しかし、ボンタは怯むことなく、真っ直ぐに暴徒たちを見据えて大きく息を吸い込んだ。


「みんなっ!」


 ハンマーがボンタの頭上に迫るその瞬間、彼の口から純度百パーセントの、一切の邪心を持たないピュアな叫びが放たれた。


「毎日、この街の道を作ってくれて、重たい荷物を運んでくれて、本当にありがとう! そしてお兄さん、みんなのためにこんなに凄くて優しいゴーレムさんを作ってくれて、本当に、本当にありがとう!!」


 ズガァァァァァァァンッ!!!


 ボンタの口から放たれたのは、プライドという名の消費コストが完全に「ゼロ」であるからこそ生み出せる、超高濃度の感謝の波動――『無垢なる感謝ノー・プライド・サンクス』であった。

 それは目に見えない巨大な衝撃波となって、広場を埋め尽くす数十人のエリート勇者たち、そして絶望に打ちひしがれていた錬金術師勇者の脳髄を、真正面から同時に打ち抜いた。


「おほあああああァァァーーーッ!?」


 振り下ろされようとしていた巨大なハンマーが、手からドスンと地面に滑り落ちる。

 暴徒のリーダー格だった巨漢の勇者は、凄まじい奇声を上げて天を仰いだ。

 ゴーレムに仕事を奪われ、極限まで乾ききっていた彼の脳内に、システムの上限を遥かに超える莫大な快楽物質が津波のように押し寄せる。


「ほ、本物の感謝ぁぁぁっ! 俺たちの、俺たちの仕事が、ちゃんと認められてたァァァーーーッ!!」


 周囲にいた運送勇者や土木勇者たちも同様だった。

「ひぎぃぃぃぃっ!」

「生きてて、よかったァァァーーーッ!!」


 彼らは武器を放り出し、だらしない笑みを浮かべて歓喜の涙を滝のように流しながら、次々と石畳の上にドサリと崩れ落ちた。白目を剥き、ビクンビクンと激しく痙攣しながら、完全なる至福の絶頂失神へと叩き落とされていく。


 そして、誰よりも深い「承認欲求飢餓」に陥っていた開発者――錬金術師勇者もまた、その致死量の感謝の直撃を受けていた。

「あ、ああ……っ。俺の、俺の発明が……誰かの役に、立って……っ」

 彼は膝をついたまま、恍惚とした表情で天を仰ぎ、そのままゆっくりと後ろへ倒れ込んで白目を剥いた。


 ほんの数秒前まで殺気に満ちていた広場は、瞬く間に阿鼻叫喚の絶頂空間と化し、そして静寂に包まれた。

 そこにあるのは、至福の表情を浮かべてピクピクと痙攣する大人たちの山だけである。


「あはは、みんな、急に怒って暴れたから疲れが出ちゃったんだね。ゆっくり休んでね」

 ボンタは、ドミノ倒しになった勇者たちを見渡しながら、ウンウンと満足げに頷いていた。相変わらず、自分の感謝が引き起こした完全制圧(物理的壊滅)の惨状を、単なる疲労による休息だと激しく勘違いしている。


「……」

 安全圏からその光景を見ていたパンピーナは、あまりのシュールさに言葉を失い、完全に顔を引き攣らせていた。

「いや、いくらなんでも威力が規格外すぎるでしょ……。数十人のエリート勇者が、たった一言で全滅したわよ……」


 その横で、巨大な白狼の姿をした伝説の聖獣ファルサーは、呆れ果てたように鼻を鳴らした。

「ふん。相変わらず、歩く大量破壊兵器だな。しかし、今回ばかりは何の解決にもなっておらんぞ。さてこの先、どうなることやら」

 ファルサーの辛辣な解説が、静まり返った広場に虚しく響き渡った。


 +++


 それから数時間が経過した。

 夕暮れ時になり、深い絶頂の底から這い上がってきた勇者たちは、荒い息を吐きながらゆっくりと身を起こし始めた。


「……俺は、一体……」

 暴徒のリーダーだった巨漢の勇者が、自分の両手を見つめながら呟く。

 彼らの顔からは、先ほどまでの承認欲求に狂ったような血走った目つきや、どす黒い怒りは完全に消え去っていた。極上の感謝によって魂の奥底まで完璧に浄化された彼らは、憑き物が落ちたように穏やかで、本来の理知的な勇者としての気配を取り戻していたのである。


「俺たち……ゴーレムに仕事を奪われたって逆恨みして、なんて馬鹿な真似を……」

「ああ。あんなに真面目に働く機械に八つ当たりするなんて、勇者の風上にも置けねぇ……」


 正気を取り戻した勇者たちは、自分たちの凶行を恥じ入り、次々と錬金術勇者のもとへ集まった。

「すまなかった、錬金術師。俺たち、感謝されないことに焦って、完全に自分を見失っていた」

 巨漢の勇者が深く頭を下げると、他の勇者たちも一斉に頭を下げた。


 錬金術師勇者もまた、致死量の至福から目覚め、すっかり澄み切った顔つきになっていた。

「いや、俺の方こそすまなかった。みんなの生活を楽にしたい一心だったが……勇者にとって『仕事』がどれほど重要な意味を持つか、配慮が足りなかったんだ」

 彼は自嘲気味に笑い、壊れかけたゴーレムの冷たい装甲を優しく撫でた。


 広場には、和解の穏やかな空気が流れていた。

 だが、その空気はどこか重く、哀愁を帯びていた。

 暴動は収まり、互いに非を認め合うことはできた。しかし、彼らが抱える「システム上の根本的な悩み」は、何一つ解決していなかったのだ。


「……でも、これからどうすればいいんだろうな」

 一人の土木勇者が、ポツリとこぼした。

「俺たちの承認欲求の暴走は収まった。だが、このゴーレムたちが完璧にインフラを整えてくれるなら、俺たちが働く場所はない。働く場所がなければ、誰かから『ありがとう』と微感謝をされる機会も永遠に失われる。そしたら、またいつ我を忘れてしまうか……」


 その言葉に、周囲の勇者たちも暗い顔で頷いた。

 この世界において、他者に感謝されたいという承認欲求は、食欲や睡眠欲と同列の「四大欲求」である。どれだけ魂が浄化されようとも、システムとして組み込まれたその本能(呪い)から逃れることはできない。

 感謝される機会がなくなれば、いずれ彼らは再び乾きに苦しみ、狂ってしまう。


「……そうだな。やはり、こいつらはこの街には過ぎた発明だったんだ。俺の手で、全て解体するしかない」

 錬金術勇者は、苦渋の決断を下すように、ギュッと拳を握りしめた。

 誰も苦しまない完璧な労働力。それがあるせいで、人間の勇者が生きていけなくなるという、あまりにも理不尽で皮肉な現実。


「そんな……! せっかくみんな仲直りできたのに、ゴーレムさんを壊しちゃうの!?」

 そのやり取りを聞いていたボンタは、悲しそうに眉を下げた。

 純粋な善意と感謝で暴動を止めることはできた。しかし、能力を持たない凡人である彼には、この世界のシステムそのものが抱える「構造的な欠陥」をどう解決すればいいのか、その答えが分からなかったのだ。


 重苦しい沈黙が広場を支配する中。

「……はぁ。あんたたち、本当に頭が固いわね」


 呆れたような、しかしどこか自信に満ちた少女の声が響いた。

 ボンタの後ろから、秘宝ハンターの装いをした凡人の少女、パンピーナがゆっくりと歩み出てきたのである。

 彼女の灰色の瞳には、この絶望的な状況をひっくり返すための、明確な「解決策」が宿っていた。

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