第26話 開発者の絶望
宿屋のコンシェルジュ勇者が至福の絶頂失神を迎えた後、ボンタは街の至る所で黙々と働くゴーレムたちの姿にすっかり心を奪われていた。
「文句ひとつ言わずにみんなのために働くなんて、ゴーレムさんって本当にすごいなぁ。ねえ、このゴーレムさんを作った人に会いに行ってみようよ!」
ボンタが目を輝かせて提案した。
「そうね、こんな便利なものを生み出した人がどんな顔をしてるのか、少し興味があるわ」
パンピーナもまんざらでもなさそうに、その意見に同意した。
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三人が街の人々に尋ねて辿り着いたのは、街の郊外にある巨大な工房だった。
出迎えてくれたのは、ボサボサの髪に煤だらけの白衣を纏った、錬金術勇者の青年であった。彼は超優秀な頭脳を持ち、この無人で働く「全自動ゴーレム」を発明した天才である。
「ようこそ。俺がこの街のゴーレムを全て統括している開発者だ。せっかくだ、俺の最高傑作が生まれる瞬間を見せてやろう」
錬金術勇者が工房の奥へ案内すると、そこにはただの巨大な岩の塊が置かれていた。
「刮目しろ。これが俺のスキル、『機神の創世』だ!」
彼が両手を魔法陣の書かれた岩塊にかざすと、まばゆい錬成陣が展開された。ゴゴゴという重低音と共に無機物の岩塊が削り出され、魔法の回路が刻み込まれる。ほんの数秒後には、命令に忠実な完璧な労働力であるゴーレムが一体、完全に組み上がっていた。
「すごい……! 岩から一瞬でお人形さんができちゃった!」
ボンタが感嘆の声を上げる。
「ふふん、驚くのはこれからだ。こいつらは簡単な命令ひとつで、農業から調理、さらには複雑な建築工事まで、一切のミスなく完璧にこなすことができるんだ」
錬金術師勇者が得意げに語る横で、パンピーナはゴーレムのガラス玉のような目をじっと見つめていた。
彼女の脳裏に、かつて故郷の村で「承認欲求を満たすための道具」として大人たちから感謝を搾取され続けた、地獄のような幽閉生活の記憶が蘇る。
大人の勇者たちは、自分たちの狂った承認欲求を満たすためだけに、彼女から無理やり「ありがとう」をカツアゲしていた。しかし、このゴーレムはどうだ。どれだけ働かせても、誰からも感謝をカツアゲすることはない。そして、彼ら自身も承認欲求などという厄介な感情を持ち合わせていないのだ。
「……これなら、誰も苦しまない」
パンピーナは震える声で呟き、やがてパァッと顔を輝かせた。
「これ、最高の発明じゃない! 誰の承認欲求も満たさず、誰からも感謝を搾取しない! この狂った世界において、これほど理想的な存在はないわ!」
彼女は両手を握りしめ、錬金術勇者を大絶賛した。
だが、パンピーナの称賛を受けた錬金術師勇者の顔は、なぜか晴れなかった。むしろ、その目の奥には深い疲労と、どす黒い絶望が渦巻いているように見えた。
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その日の午後、ウゴンザークの街の中央広場で、突如として凄まじい爆発音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
ボンタたちが慌てて広場へ駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ぶっ壊せェェェッ! こんな石くずども、この街には必要ねぇんだよ!」
街の建築勇者や運送勇者といった、人間の勇者たちが徒党を組み、広場で働いていたゴーレムたちに向かって次々と強力な攻撃魔法や物理スキルを叩き込んでいるのだ。
彼らは血走った目をひん剥き、口々に怒号を飛ばしていた。
「俺たちの存在意義を奪うな! こいつらのせいで、俺たちが誰かから感謝される機会が完全に奪われちまっているんだ!」
ゴーレムが完璧なインフラ整備を行ってしまうため、人間の勇者たちは自らの職能を振るう機会を失い、深刻な「感謝飢餓状態」に陥っていた。自分たちの承認欲求が満たされないという、ただそれだけの理由で、彼らは暴徒と化してゴーレムの破壊活動を始めていたのである。
「やめろぉっ! 俺のゴーレムたちに何をするんだ!」
駆けつけた錬金術勇者が悲痛な叫びを上げるが、暴徒化した勇者たちは止まらない。
その身勝手すぎる理由を聞いた瞬間、パンピーナの中で、抑えきれない激しい怒りが爆発した。
「ふざけないでよ……!」
彼女はマントを翻し、暴れる勇者たちに向かって鋭い声を張り上げた。
「あんたたち、自分の脳汁を出したいっていうだけの理由で、文句ひとつ言わずに黙って働いてくれているゴーレムを壊すっていうの!? 自分の快楽のために他者を犠牲にするなんて、私の村の大人たちと同じ最低の連中ね!」
パンピーナの悲痛な叫びが広場に響き渡る。だが、承認欲求に狂った勇者たちの耳に、その正論は届かない。
「うるせぇ! 感謝されねぇ勇者なんざ、生きてる意味がねぇんだよ!」
バゴォォーン!!
暴徒のリーダー格である巨漢の勇者が、巨大なハンマーを振り上げ、一体のゴーレムの頭部を粉々に打ち砕いた。
「ああっ……!」
錬金術師勇者がその場に膝をつき、両手で顔を覆った。彼の身体は小刻みに震え、限界状態にあることは誰の目にも明らかだった。
「みんなを楽にしたいって、そう思って作ったんだ……。なのに……っ」
彼は血を吐くような声で呻いた。
良かれと思って開発した全自動ゴーレムだったが、皮肉なことに、誰よりも彼自身を苦しめていたのだ。
ゴーレムが完璧な仕事をこなすたび、彼らは機械音声で「アリガトウゴザイマス」と発する。しかし、そんな無機質な音声では、人間の勇者の脳汁は一滴たりとも分泌されない。さらに街の勇者たちからは仕事を奪ったと恨まれ、彼は今、この街の誰よりも深い「承認欲求飢餓」に陥っていたのである。
「おい主、あれを見ろ。あの男、魂が干からびる寸前だぞ」
ファルサーが冷ややかに状況を分析する。
誰からも本気の感謝をされず、周囲からは恨まれ、それでも必死に街のためにインフラを提供し続けようとした孤独な天才。
その悲しき錬金術師の姿と、理不尽に破壊されていく物言わぬゴーレムたちの姿が、ボンタのピュアな心に強く、強く共鳴した。
「誰にも感謝されなくても、みんなのために淡々と働いてくれるゴーレムさんたち……。そして、そんな素敵なゴーレムさんを作ってくれたお兄さんを、いじめるなんて絶対に間違ってる!」
ボンタは力強く地面を蹴った。
「ちょっとボンタ!? あいつらみんなどうかしちゃってるから、今行ったら危険よ!」
パンピーナの制止の声も聞かず、ボンタは荒れ狂う暴徒たちの真っ只中へと飛び出していく。
そして、破壊されそうになっていた一体のゴーレムを庇うように、エリート勇者たちの前に大きく両手を広げて立ちはだかった。
「そこまでだ!」
一切の能力を持たない、世界で唯一の凡人。
しかし、彼の中には、この世界のどんな屈強な勇者にも負けない、純度百パーセントの「感謝の力」が満ち溢れていた。
暴徒たちのハンマーや魔法がボンタに迫る中、彼は大きく息を吸い込み、限界突破の準備を整えるのだった。




