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第25話 ゴーレムの街

 パルタの街での騒動を背に、世界で唯一の「職業:凡人」であるボンタ、秘宝ハンター勇者(本当は凡人)の少女パンピーナ、そして伝説の聖獣ファルサーの一行は、次なる目的地へと足を踏み入れた。

 彼らが到着したのは、巨大な石造りの建造物が整然と立ち並ぶ新しい街、ウゴンザークである。


「わあ、すっごく広くて綺麗な街だね! 道もまっすぐで歩きやすいや」

 ボンタが素朴な笑顔で周囲を見渡す横で、フードを深く被ったパンピーナが警戒するように周囲を窺っていた。

「綺麗すぎるっていうか……なんだか無機質ね。他の街みたいに、勇者たちが道端で自分の職能をアピールしてないのが不気味だわ」


「ふん、人間どもの鬱陶しい承認欲求の匂いが薄いのは、我にとっては好都合だ。さっさと宿を見つけて、極上の厚揚げを用意させろ」

 巨大な白狼の姿をしたファルサーが、我が物顔で石畳を歩きながら鼻を鳴らした。


 一行が宿屋を探して大通りを歩いていると、ズシン、ズシンと重たい足音を響かせて、奇妙な存在が近づいてきた。

 それは、無機質な岩塊を組み合わせて作られた、身長二メートルほどの巨大な人形だった。表面には魔法陣のような幾何学模様が微かに発光しており、感情の全く読めないガラス玉のような目をしている。


「えっ、なんだろうあれ! 大きな石のお人形さんが歩いてる!」

 ボンタが目を輝かせて駆け寄ると、パンピーナが慌てて彼のマントを引っ張った。

「ちょっとボンタ、不用意に近づかないの! あれはゴーレムよ。魔法やスキルで土や石から作り出される使い魔みたいなものだけど……こんな街中を単独で歩き回ってるなんて聞いたことないわ」

 パンピーナの警戒をよそに、ボンタは全く物怖じすることなくゴーレムの正面に立った。


「こんにちは! 僕たち、この街に初めて来たんだけど、どこかゆっくり休める宿屋さんの場所、教えてくれないかな?」

 ボンタが無邪気に尋ねると、ゴーレムはピタリと動きを止めた。ガラス玉の目がボンタたちをスキャンするように一瞬だけ光り、ギギギ……と首を縦に振る。

 そして、無言のまま振り返り、ズシンズシンと一定のペースで歩き始めた。


「すごい! 言葉が通じたよ! 案内してくれるみたいだ、行こう!」

「ええ……なんか気味が悪いけど、道が分からないのも事実だしね……」


 ゴーレムの完璧な先導により、一行は迷うことなく街の中央にある立派な宿屋の前へと到着した。

「ここまで案内してくれたんだね! すっごく助かったよ! ありがとう」

「ドウイタシマシテ」


 ボンタがゴーレムに感謝すると、ゴーレムは機械音声で返事をした。


「……!」


 ボンタの顔が、これまでにないほどの驚きと、そして大いなる歓喜でパァッと明るく輝いた。

 「やった! パンピーナ以外にも、僕の感謝で倒れない友達ができたよ!」


 ボンタは無邪気に喜んだ。

 自分が感謝を伝えるたびに、働きすぎの勇者たちが泡を吹いて倒れてしまう(と勘違いしている)ことに心を痛めていた彼にとって、倒れずに返事をしてくれる存在は、奇跡のように嬉しかったのだ。


 するとパンピーナが、あきれた顔で答えた。


「いや、それ感情がないただの機械だから! 一緒にしないで!」


「阿呆め。ただの岩の塊が、人間の狂った承認欲求システムなど持っているはずがなかろう」

 ファルサーもやれやれと呆れたように鼻を鳴らした。


 +++


 ゴーレムに別れを告げ、三人は宿屋の重厚な扉を押し開けた。

 ロビーは磨き上げられた大理石が敷き詰められ、高級感に溢れている。しかし、受付のカウンターに立っていた『コンシェルジュ勇者』の男の顔色は、建物の豪華さとは裏腹に、酷く淀んでいた。

 彼の目の下には真っ黒なクマが刻まれ、その瞳には乾ききった承認欲求の渇望がギラギラと渦巻いている。


「いらっしゃいませ……当宿へようこそ……」

 覇気のない声で挨拶をするコンシェルジュ勇者に、パンピーナが訝しげに眉をひそめた。

「ずいぶん立派な宿だけど、なんだか元気がないわね。お客さんが少なくて暇なの?」

 その言葉が、コンシェルジュ勇者の傷をえぐったらしい。彼はギリギリと歯を食いしばり、限界まで引き攣った真顔で恨み言を吐き出し始めた。


「……暇なわけではありません。むしろ、お客様の荷物運びから部屋の清掃、ベッドメイキングまで、すべてあの忌まわしい『全自動ゴーレム』どもが完璧にこなしてしまうのです」


 彼は震える手でカウンターを強く握りしめた。

「我々大人の勇者にとって、本気の感謝を述べることは敗北宣言……。だからこそ、日々の些細なサービスを提供し、お客様から無言で首を傾げてもらう微感謝のやり取りこそが、我々の心を潤す唯一の命綱だったというのに……! 全てを奪っていくゴーレムのおかげで微感謝(商売)あがったりだよ」


 承認欲求の奴隷である勇者にとって、「感謝される機会」を奪われることは、文字通り死活問題である。機械によって完璧にインフラが代行されることで、彼は極度の「感謝飢餓状態」に陥り、干からびる寸前だったのだ。

「な、なるほど……。働く機会を奪われて、困ってるってことね……」

 パンピーナが若干引き気味に相槌を打つ中、ボンタはウンウンと深く頷いていた。

(そうか! このお兄さんは、本当はもっとお客さんのために頑張りたいのに、ゴーレムさんが優秀すぎてお仕事ができなくて、自分の無力さに悔し涙を流しているんだね! なんて熱心で真面目な宿屋さんなんだろう!)

 相変わらず、システムに狂わされた勇者のドロドロした精神状態を、果てしなくポジティブで美しいハッピーな解釈へと変換してしまうボンタ。


 彼は胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、ボロボロの精神状態にあるコンシェルジュ勇者の正面へと身を乗り出した。

「お兄さん! ゴーレムさんがどれだけお掃除をしても、この宿に温かいおもてなしの心があるのは、お兄さんがいつも受付で立派にみんなを迎えてくれているからです!」

「え……?」

 突然の真っ直ぐな言葉に、コンシェルジュ勇者が虚ろな目を丸くする。


「見えないところで宿を支えてくれて……本当に、本当にありがとうございます!!」


 ズガァァァァァンッ!!


 プライド消費コストゼロ、ボンタの魂の底から放たれる最大火力の『無垢なる感謝ノー・プライド・サンクス』が、コンシェルジュ勇者の干からびた脳髄を真正面から打ち抜いた。

 植木鉢にプールで水をぶちまけるような、圧倒的な致死量の至福の濁流。


「おほあああああァァァーーーッ!?」


 コンシェルジュ勇者の身体が、ビクンと空中に数センチ跳ね上がった。

 ゴーレムに感謝の機会を奪われ、極限まで枯渇していた彼の脳内に、システムの上限を遥かに超える莫大な快楽物質(脳汁)がダムの決壊の如く溢れ出す。


「ほ、本物の感謝ぁぁぁっ! 俺の、俺のおもてなしが、認められたァァァーーーッ! 生きててよかったァァァッ!!」


 彼は凄まじい奇声を上げて天を仰ぐと、歓喜の涙とよだれを撒き散らしながらカウンターを飛び越え、ロビーの大理石の床にドサァッと大の字になって倒れ込んだ。

 そのまま白目を剥き、ビクンビクンと激しく痙攣しながら、完全なる至福の絶頂失神を迎えた。


「あはは、お兄さん、やっぱり働きすぎで疲れが溜まってたんだね! ゆっくり休んでね!」

 痙攣する勇者を見下ろしながら、ボンタは満足げにニコニコと笑っている。

「……いや、アンタのその超強力な感謝のせいだから。もう、宿の手続きどうすんのよこれ」

 パンピーナが額を押さえて深い溜息をついた。


 この街の異質さ――「ゴーレム」という存在がもたらす、承認欲求に狂った勇者たちへの皮肉な影響。ボンタ一行はロビーのソファーで、コンシェルジュ勇者の目覚めを待った。

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