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第22話 聖騎士学校の訓練

 十二歳の春、超レアエリートである『剣聖勇者』の天啓を受けたクレメンスは、幼馴染のボンタと涙ながらに別れを告げ、王国の中心に位置する王立聖騎士学校へと強制入学させられた。

 そこは、彼女が生まれ育った温かなガンツ村とは、文字通り別世界だった。


 石造りの巨大な校舎と、広大な訓練場。そこに集められているのは、王国全土から選りすぐられた「拳聖勇者」や「弓聖勇者」「聖魔法勇者」といった、次世代の防衛を担う最高峰のエリート勇者たちばかりである。

 本来ならば、同世代の若者たちが切磋琢磨し、絆を深め合う青春の場となるはずだった。しかし、この狂った勇者氾濫世界においては、そんな生易しい関係性は一切築かれなかった。


「フン、辺境出身の剣聖だと?いくら素質があろうと、私の聖魔法の足元にも及ばないわね」

「貴様の剣など、私の拳聖の連撃の前に沈むだけだ。邪魔だけはするなよ」


 訓練場ですれ違うたび、同級生たちは冷ややかな視線を投げかけてくる。彼らは皆、自らが最強であるという強烈なプライドの塊だった。互いの勇者としての矜持をかけて常にマウントを取り合い、誰一人として素直に他人の実力を認めようとはしない。

 実戦形式の訓練で相手を打ち負かしても、そこに「良い手合わせだった、ありがとう」といった称賛や感謝の言葉は一切存在しない。あるのは、勝者の見下すような「真顔」と、敗者の屈辱に満ちた「真顔」だけである。感謝や称賛を口にすることは、己の敗北と劣等性を認める行為に他ならないからだ。

 誰もが感情を極限まで押し殺し、冷徹な仮面を被って相手を牽制し合う。そこにあるのは、息が詰まるほどにギスギスした、凍てつくような空間だった。


 まだ幼かったクレメンスにとって、その環境は過酷を極めた。

 毎日のように続く血を吐くような戦闘訓練。そして、誰からも歩み寄られることのない孤独。寮のベッドに潜り込むたび、彼女は故郷の温かいスープの匂いと、純粋な笑顔で自分を応援してくれた少年の顔を思い出しては、声を殺して泣いていた。


(ボンタ……会いたいよ……)


 だが、彼女は決して折れなかった。

 どれほど周囲の空気が冷たくとも、どれほど訓練で体がボロボロになろうとも、彼女の心の奥底には燃え続ける一つの純粋な信念があった。


『大人になったら、私が絶対に平凡なボンタを守るから!』


 村を出る日に交わした、あの誓いだ。

 何の能力も持たない、世界で唯一の凡人であるボンタ。彼がこれからもずっと、あの平和なガンツ村で無邪気に笑って生きていけるように。凶悪な魔物や魔王軍の脅威を、最前線で自分が全て食い止めるのだと。

 そのためだけに、彼女は地獄のような学園生活を耐え抜いた。


 甘えや弱音は、己の剣を鈍らせる。

 クレメンスは次第に心を鎧で纏い、周囲の誰よりも冷たく、近寄りがたい超クールな「真顔」の仮面を身につけていった。感情を殺し、ただただ強さだけを求めて剣を振るい続けた。

 その果てしない修練の末に、彼女は空間そのものを切り裂く絶対的な戦闘スキル、『絶界覇剣インフィニティ・エッジ』の基礎を完成させたのである。


 +++


 過酷な日々は流れ、クレメンスは十八歳となった。

 ついに聖騎士学校での全訓練課程を首席で修了し、明日、実戦部隊として魔王討伐の最前線へと出陣する前夜のことである。


 しんと静まり返った学生寮の自室。

 クレメンスは、明日から身に纏うことになる白銀の鎧を磨き終え、机に向かって座っていた。

 分厚い木扉が閉ざされ、完全に一人きりになった空間。その瞬間、彼女の顔から、学園生活の中で六年間も張り付いていた冷徹な「真顔」の仮面を一瞬だけ外した。


「……はぁ」


 漏れ出た溜息は、最強の剣聖のものではなく、年相応の素の少女のそれだった。

 彼女は引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと、羽根ペンにインクを浸した。宛先はただ一人、最愛の幼馴染であるボンタだ。


『厳しい訓練がいよいよ終わり、明日から実戦部隊として魔王討伐の最前線へ出発することになったわ。正直、少し緊張しているけれど……絶対に立派な大勇者になって、私を育ててくれたガンツ村に錦を飾ってみせるわ』


 ペン先が羊皮紙を擦る音だけが、静かな部屋に響く。

 手紙の文面には、なるべく明るく、頼もしい自分を装って書いた。しかし、ペンを握る彼女の指先は、微かに震えていた。

 最前線は、魔王軍がひしめく正真正銘の地獄だと聞いている。どれほど『絶界覇剣』を磨き上げたとはいえ、命の保証などどこにもない。初めての実戦への恐怖と、途方もない不安が、暗い波のように彼女の胸を浸していく。


「……怖いよ、ボンタ」


 誰にも聞かれることのない小さな呟き。

 もしこのまま死んでしまったら、もう二度とあの素朴で愛くるしい笑顔を見ることはできない。その思いが、彼女の心を激しく揺さぶる。

 だが、クレメンスは強く首を振り、両手で自分の頬をパンッと叩いた。


「違う。私が最前線で敵を全て倒すの。あいつのいる平和な世界を、この手で守り抜くんだから」


 彼女は深呼吸をして、再び真っ直ぐに羊皮紙を見つめた。

 恐怖を押し殺し、最愛の幼馴染への想いを剣に変える。過酷な戦場へと向かう緊張を抱えながらも、彼女の瞳には確かな決意の炎が宿っていた。

 書き終えた手紙を丁寧に折りたたみ、封をする。

 明日からは、いよいよ本当の戦いが始まる。クレメンスは再び、冷徹で気高い「剣聖勇者」の仮面を被り、出陣の朝を静かに待つのだった。

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