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第19話 もう一人の凡人

 パンピーナの灰色の瞳が、ボンタを上から下まで値踏みするように細められた。

 そして、一つの信じられない、だが最も理にかなった結論へと辿り着く。


「……ねえ、あんた。もしかしてだけど……『能力を持たない』んじゃないの?」


 恐る恐る発せられたその問いに、ボンタはパッと顔を輝かせた。


「うん!僕、『職業:凡人』だよ!」


 一切の恥じらいも、隠す素振りもなく、あっさりと放たれたカミングアウト。

 その瞬間、パンピーナの中でピンと張り詰めていた警戒心の糸が、プツンと音を立てて切れた。


「……はぁぁぁぁぁぁぁっ」


 パンピーナは全身の力が抜けたようにその場にへたり込み、地面の草が揺れるほどの特大のため息をついた。


「なによ、もう……。聖獣なんて連れてるから、てっきりどこかの国のお抱えの超高位エリート勇者かと思ったじゃない。凡人なら、プライドが削られないのも納得だわ……」

「えっ、君、僕が凡人だって言って、どうしてそんなに安心してるの?」


 ボンタが不思議そうに首を傾げると、パンピーナはフードをバサリと後ろに払い、自暴自棄気味に笑った。


「そりゃあね。私だって、あんたと同じ『凡人』なんだから」

「……ええっ!?」


 今度はボンタが驚いた。

 この世界で、十歳の儀式で何の職能も授からない存在など、自分以外にいるはずがないと思っていたのだ。


「ほ、本当!? じゃあ、さっきの『秘宝ハンター勇者』っていうのは……」

「ただの偽装よ。そうでも名乗って虚勢を張らないと、この狂った世界じゃ生きていけないでしょ」


 あっけらかんと言うパンピーナを見て、ボンタの顔にこれまでで一番の満面の笑みが広がった。


「やったぁ! この世界に、僕以外の凡人の仲間がいたんだ!」


 ボンタは嬉しさのあまりピョンピョンと跳ね回り、この世のたった一人の凡人ではないと知り、喜んでいる。


 +++


 誤解が解け、再び静寂を取り戻した焚き火のそばで、二人の凡人と一匹の聖獣は円になって座っていた。

 オレンジ色の炎が、パンピーナのどこか影のある横顔を照らしている。


「……私の故郷も、あんたの村と同じで勇者ばかりだったわ」


 膝を抱えたパンピーナは、ポツリポツリと己の過去を語り始めた。


「十歳の啓示で『凡人』になった私を見て、大人たちは最初は同情したわ。でも、すぐに気づいたのよ。プライドを持たない私が放つ純粋な『ありがとう』が、自分たちの狂った承認欲求を満たす極上の麻薬になるってことにね」


 彼女の声には、消えない恐怖と嫌悪が滲んでいた。


「それからの毎日は地獄だった。私は村の奥の家に幽閉されて、大人たちに囲まれた。彼らは私にご飯を持ってくるたびに、『さあ、脳が溶けるほどのありがとうを言え』って、血走った目で迫ってきたのよ。感謝を言わないと、生きていくための食事すらもらえなかった」


 それは、力を持たない凡人からの純粋な感謝を強制的に搾り取る、あまりにも残酷な「カツアゲ」の日々だった。

 他人の善意が、すべて自分の精神をすり減らすための罠に見える。だからこそ彼女は重度の人間不信に陥り、偽装してまで村から逃げ出し、孤独な旅を続けていたのだ。


「あんたが最初に温かいご飯をくれた時、私はまた感謝を搾り取られるんじゃないかって、怖くてたまらなかったの」


 パンピーナは、隣で真剣な顔をして話を聞いているボンタを見つめた。


「でも、あんたは違った。私が渡した木の実に対して、見返りなんて一切求めずに、心から喜んでくれた。……あんたの善意には、本当に裏がないのね」


 パンピーナの顔から、ようやく年齢相応の柔らかい笑みがこぼれた。

 この男と一緒なら、「見返りを求められる恐怖」から解放される。ただ普通にご飯を食べて、普通に生きていける。そう確信したのだ。


「パンピーナ……」


 ボンタは涙ぐみながら、ウンウンと何度も頷いた。


「僕もすごく嬉しいよ! そうだ、これから一緒に旅をしようよ。パンピーナと一緒なら、僕がいくら『ありがとう』って感謝しても、泡を吹いて倒れたりしないから気を使わなくてすむし! 美味しいものを、一緒に『美味しいね』って食べられる友達になってよ!」

「……ちょっと、私が倒れないことの方に感動してない? まあ、いいけど」


 パンピーナが呆れながらもくすりと笑うと、少し離れた場所で丸くなっていたファルサーが、やれやれと鼻を鳴らした。


「ふん。全く世話の焼ける凡人が二人に増えおったわ」


 悪態をつきながらも、この狂った世界で唯一まともなツッコミ役が加入したことを、聖獣は密かに歓迎していた。


 +++


 翌朝。

 森の木漏れ日が差し込む中、三人(二人と一匹)は清々しい目覚めを迎えていた。

 小鳥のさえずりが響く中、ボンタは朝から手際よく焚き火を起こし、昨日残った野菜と、パンピーナが森で採ってきてくれた新鮮なキノコを使って、温かいスープを作り上げた。


「できたよー!パンピーナ、キノコ採ってきてくれてありがとう!」


 ボンタが木彫りの器にスープをよそいながら、満面の笑みで『無垢なる感謝ノー・プライド・サンクス』を放つ。

 本来であれば、ここでエリート勇者が「おほあぁぁぁっ!」と奇声を上げて絶頂失神し、落ち葉に突っ伏して大惨事を引き起こす致死量の感謝である。


 しかし、器を受け取ったパンピーナは、涼しい顔でフッと息を吹きかけ、スープを冷ましていた。


「こちらこそ、温かいご飯を作ってくれてありがとう。お互い様でしょ」


 ズズッ、とスープをすすり、「うん、美味しい」と普通のテンションで微笑む。


「あはは、本当だね!美味しいね!」


 ボンタも自分の分のスープを飲みながら、ニコニコと笑い返した。


 そこにあるのは、何の変哲もない、ごく普通の「平和な食卓」だった。

 誰も白目を剥いて泡を吹かない。誰も奇声を上げて痙攣しない。

 ただ純粋な感謝を言葉にして伝え合い、それを受け取って笑い合う。この勇者氾濫世界においては、奇跡のように稀有で、そして何よりも尊い日常の光景であった。


 そのあまりにも静かで平穏なやり取りを眺めながら、極上の厚揚げをサクサクと咀嚼していたファルサーが、ポツリとこぼした。


「……誰も絶頂失神しない平和な食卓とは、逆に落ち着かんな」

「ちょっと、ファルサー!私たちが倒れるのを期待しないでよ!」


 パンピーナの的確なツッコミが朝の森に響き渡り、ボンタの無邪気な笑い声がそれに重なる。


 かくして、ギスギスした承認欲求の奴隷たちの世界を根本からひっくり返す旅に、新たな「凡人」の仲間が加わった。

 能力はゼロだが、この狂った世界で誰よりも「普通」の心を持つ彼らのデトックス行脚は、さらなる波乱と癒やしを求めて続いていくのだった。

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