第18話 効かない感謝
「ふぅー……食った食った。あんた、見た目に反して料理上手いじゃない。まぁまぁの味だったわよ。私はパンピーナ。よろしく」
パンピーナは、つい数分前まで器になみなみと注がれていた煮込み料理と厚揚げを、文字通り一滴残らず平らげていた。空っぽになった器を置き、口元をマントの袖で乱暴に拭いながら、小さく首を横に傾けて、ボンタに対して微感謝を表現した。
重度の人間不信のような彼女の脳裏には、食事をもらいっぱなしにするのは、精神的な負債を抱え込むようでひどく居心地が悪かった。
(聖獣使いの勇者が相手とはいえ、タダ飯を食らいっぱなしってのは私の主義に反するわ。さっさと対価を払って、この場を離れないと)
パンピーナは「ありがとう」という言葉を絶対に口に出さないよう固く口を閉ざしたまま、背負っていた薄汚れたカバンをゴソゴソと漁り始めた。
そして、マントの奥から一つ、小ぶりだが不思議な淡い光を放つ木の実を取り出すと、ボンタの胸元へ無愛想に突き出した。
「ほら、これ。タダ飯のお礼よ。道中で見つけたんだけど、私には使い道がないからあんたにあげる」
警戒心を解ききれない、とげとげしい態度で差し出されたお返し。
それを見たファルサーが、焚き火のそばから黄金色の瞳を細めて鼻を鳴らした。
「ほう、めずらしいな。それは移動速度上昇のパッシブ効果が長く続く『チロリの実』ではないか」
ファルサーの重低音の解説に、ボンタは目を丸くした。
「えっ!?そんなすごい効果がある木の実なの!? 君だって旅をしてるなら、移動が早くなる実は自分ですごく役に立つはずなのに……」
「い、いいから黙って受け取りなさいよ! 貸し借りはなし、これでチャラよ!」
パンピーナは木の実をボンタの手に押し付けると、そっぽを向いた。他人に借りを作らないための、彼女なりの精一杯の不器用な誠意だった。
ボンタは、手のひらに乗せられた小さな「チロリの実」をじっと見つめた。
ただの行き倒れの旅人だと思っていた少女が、こんなにも高価で貴重なアイテムを、見ず知らずの自分のために惜しげもなく差し出してくれたのだ。
他人の悪意や打算を全く理解できない、世界唯一のピュアな凡人の胸に、猛烈な感動の波が押し寄せてきた。
「君って……すごく優しいんだね!」
ボンタはパッと顔を輝かせると、パンピーナの目と鼻の先まで顔を近づけ、両手で彼女の小さな手をギュッと握りしめた。
「ひゃっ!? な、なによ急に……っ」
「こんなにひもじい思いをして旅をしていたのに。僕たちのために、こんなに貴重なものを分けてくれて……本当に、本当にありがとう!!」
・・・
ボンタの口から、プライド消費コストゼロの純度百パーセントの『無垢なる感謝』が放たれた。
それは、エリート勇者であれば一撃で脳髄を焼き切り、至福の絶頂失神へと追い込む致死量の感謝の波動である。物理的な光のオーラすら伴っているかのような爆発的な「ありがとう」が、至近距離からパンピーナの顔面へと直撃した。
いつもなら、ここで相手が「おほあああァァァッ!」と凄まじい奇声を上げて白目を剥き、イナバウアーのように卒倒する場面だ。ファルサーもまた、「あーあ、また一人脳をバグらせたか」と呆れる準備をしていた。
しかし――。
「…………は?」
パンピーナは、一切動じなかった。
彼女の表情筋はピクリとも動かず、ただただドン引きしたような絶対的な「真顔」を保ったまま、目の前で満面の笑みを浮かべるボンタを見つめ返していた。
さらに、ボンタを「超高位のエリート勇者」だと信じ込んでいるパンピーナの内心は、大パニックに陥っていた。
(えっ!? なにこの人!? 大人の勇者が他人に心から感謝するなんて、自分のプライドをゴリゴリ削り取る究極の自傷行為じゃない! なんでこの人、私なんかに向かって自ら進んで精神を切り刻みながら笑いながら感謝してんの!? 狂ってんの!?)
パンピーナは、恐怖と混乱で顔を青ざめさせながら、ジリジリと後ずさりをした。
一方、ボンタの最大火力の感謝を至近距離で浴びても微動だにしない人間を初めて目の当たりにしたファルサーは、威厳も何もなく、文字通り目玉を飛び出させて驚愕していた。
「なっ……貴様、気絶しないのか!?」
「は? 気絶? なんで私が感謝されたくらいで気絶しなきゃいけないのよ。意味わかんない」
絶対的な防御力(真顔)を崩さないパンピーナを見て、ボンタは心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ああ、よかった! 最近、僕が『ありがとう』って言うと、みんな働きすぎの疲れが出ちゃうみたいで、急に泡を吹いて倒れちゃってたんだ。君が健康で、倒れなくて本当によかったよ!」
「いや、違うでしょ! 感謝されて泡を吹いて倒れる方が異常なのよ! あんた、本当に勇者なの!?」
パンピーナの口から、この狂った勇者氾濫世界において、最もまともで的確なツッコミが炸裂した。




