表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/30

第17話 行き倒れの少女

 ドリンコの街を後にしたボンタと、伝説の聖獣ファルサーは、次の目的地へと続く街道をのんびりと進んでいた。

 陽が落ちかけ、空が茜色から深い藍色へと変わり始める頃、一人と一匹は街道沿いの開けた森で野営の準備を始めていた。


 パチパチとはぜる焚き火の音が、静かな森に心地よく響く。

 火にかけられた小鍋からは、ドリンコの街でもらった特産品の新鮮な野菜と、ファルサーの大好物である極上の厚揚げがグツグツと煮込まれる音がする。出汁をたっぷりと吸い込んだ厚揚げのたまらなく食欲をそそる匂いが、周囲の空気を優しく包み込んでいた。


「ふん、まだか? もういいだろう。早く食わせろ凡人」

 巨大な白狼の姿をしたファルサーが、焚き火のそばで腹ばいになりながら、鼻をヒクつかせて上機嫌に尻尾を揺らしている。人間の持つ承認欲求のシステムを一切持たない高貴な聖獣は、美味しい食べ物さえあれば基本的にはご満悦であった。


「あはは、ファルサーは本当に厚揚げが好きだね。もうすぐ煮えるから、待っててね」

 世界で唯一の「職業:凡人」であるボンタは、鍋をかき混ぜながら素朴な笑顔を浮かべた。エリート勇者たちがひしめき合うギスギスした社会にあって、何の能力も持たない彼だが、野外での簡単な調理くらいはお手の物だ。


 厚揚げにしっかりと味が染み込み、いざ夕食にしようとボンタが器を手にした、その時だった。


 ――ぐきゅるるるるるるるるるっ!!


 突如として、静かな森の空気を切り裂くような、凄まじい大音量が響き渡った。それは雷鳴か、あるいは獰猛な魔獣の咆哮かと思わせるほどの轟音であった。


「むっ!?なんだ、今の音は。新手の魔獣か……?」

 ファルサーが即座に立ち上がり、黄金色の瞳を鋭く光らせて低い唸り声を上げる。


「えっ!? 魔獣の唸り声!? そんな気はしないけど、どうしよう……」

 ボンタはお玉を持ったまま、オロオロと周囲を見回した。


 +++


「主よ、我が後ろに下がっていろ。いざとなれば聖吼の裁定(カタストロフ・レイ)で消し飛ばしてやる」

「待ってファルサー! むやみに攻撃しちゃダメだよ。敵と決まったわけじゃないし」

「阿呆、腹を空かせた魔獣ほど危険なものはないぞ」


 言い合いをしながらも、二人は音がした茂みの方へと慎重に近づいていく。

 ガサガサと揺れる茂みを、ボンタが恐る恐る掻き分けた。


「……あ」

 そこにいたのは、獰猛な魔獣などではなかった。


 地味な色のフード付きマントをすっぽりと被った、身軽な装いの少女だった。

 彼女は力なく地面に突っ伏し、ピクピクと痙攣している。フードの下から覗く意志の強そうな瞳は、今は空腹のあまり完全に焦点が定まっておらず、口の端からは一筋のよだれが垂れていた。

 ひもじい思いをして旅を続けていた彼女は、風に乗って漂ってきた極上の厚揚げの匂いにつられ、フラフラとここまで引き寄せられてきた末に、限界を迎えて行き倒れてしまったのだ。


「だ、大丈夫!?君、こんなところで倒れて……!」

 ボンタは慌ててお玉を放り出し、少女のそばへと駆け寄った。

「ひぃん……いいにおい……たべたりゅ……」

 うわ言のように呟く少女の姿に、ボンタの底抜けのお人好し精神が全力で発揮される。


「すっごくお腹が空いてるんだね。温かいご飯があるから、一緒に食べよう!」

 ボンタは少女を丁寧に抱きかかえて焚き火の方へ戻り、熱々の煮込み料理と厚揚げをたっぷりとよそった器を少女へ差し出した。


 +++


「ほら、熱いから気をつけてね」

 ボンタが優しく器を差し出した瞬間だった。


「……ッ!!」

 少女――パンピーナは、己の鼻腔をくすぐる圧倒的な暴力とも言える極上の匂いにハッと我に返った。

 だが、彼女はすぐには器を受け取らなかった。それどころか、バッと飛び起きると、怯えた小動物のように数歩後ずさり、マントの裏から何かを取り出してボンタに突きつけたのだ。


「こ、こっちに来ないで!私はただの旅人じゃないわ!泣く子も黙る『秘宝ハンター勇者』なんだからね!」


 彼女が震える手で構えていたのは、奇妙な形をした古びた筒のようなものだった。


「なになに、ご飯にタダで釣られるとでも思った!? その手には乗らないわよ!他人の善意には必ず裏があるんだから! 私に親切にして、その対価として『ありがとう』を要求しようったって、そうはいかないわよ! 変な真似をしたら、この超強力な古代の魔道具が火を吹くわよ!」


 パンピーナは必死に虚勢を張っていた。

 必要以上の怯え方に、暗い過去を感じさせる少女。

 もっとも、彼女が構えている「古代の魔道具」は、ただのガラクタの筒をそれっぽく見せているだけのダミーアイテムであった。


「わあ、秘宝ハンターの勇者様なんだ!かっこいいなぁ!でも、その魔道具を持ったままじゃご飯が食べられないよ? 腕もすごく震えてるし、無理しないで。僕はボンタ。よろしくね」

 ボンタは彼女の虚勢を全く疑わず、ただ純粋に彼女の体調を心配して、ニコニコと微笑みながら自己紹介して器を差し出し続けている。


「くっ……あなた、私の魔道具を見ても全く動じないなんて……! 一体何者……!?」


 パンピーナが冷や汗を流しながら警戒を強めていた、その時である。

 彼女の視界の端に、焚き火の奥からゆっくりと姿を現す巨大な影が映り込んだ。


「おい主。その小娘、さっきから下らないガラクタを構えて何をしているのだ。飯を食わんのなら、先に我の腹に収めさせろ」


 白く輝く美しい毛並み。夜の闇の中でも圧倒的な存在感を放つ、巨大な狼。

 それは紛れもなく、おとぎ話にしか出てこないような神々しいオーラを纏った、伝説の聖獣そのものであった。


「ひっ……!?せ、聖獣!?」

 パンピーナの顔から一気に血の気が引いた。伝説の聖獣が、なぜこんな名もなき森にいるのか。しかも、今、この青年を「主」と呼びつつも、明らかに共に行動している様子だった。


(待って……伝説の聖獣を連れて歩く人間なんて、世界でそうそういないわ……!この男、並の勇者じゃない。超高位の聖獣使い勇者のようね!)


 パンピーナの脳内で、凄まじい速度で計算が弾き出された。

 これほどの強大な力を持つエリート勇者であれば、各国の王族や大貴族から引く手あまたのはずだ。日常的に極上の感謝を浴びる機会など腐るほどあるに違いない。

 つまり、こんな森の片隅で、自分のような薄汚れた旅人にわざわざ感謝のカツアゲをするメリットが一つもないのだ。


(そうだ……。この人は、ただ行き倒れの小動物に餌をやるような感覚で、私にご飯を恵んでくれているだけなんだわ。高位の聖獣使い勇者なら、納得できる!)


 壮大な勘違いによって見事に自分を納得させたパンピーナは、スッと構えていたガラクタの筒をマントの下に隠した。


「……いいわ、怪しい人じゃないなら、もらってあげるわよ」


 彼女は警戒心を解かないまま、しかし「ありがとう」という言葉を絶対に口に出さないよう、無言で器をひったくった。感謝を言葉にすれば、相手のプライドを満たす対価を支払うことになってしまう勇者ルール。それを避けるため、彼女はボンタに一瞥もくれずに地面に座り込み、猛烈な勢いで厚揚げと煮込み料理を口に運び始めた。


 ハフッ、ムシャムシャ、ゴキュッ!


「あはは、いっぱい食べてね!おかわりもあるから!」

 無言で食事を貪るパンピーナを見て、ボンタは心底嬉しそうに目を細めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ