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第15話 地下酒場

 チルドンの街を後にしてから数日。

 ボンタと聖獣ファルサーは、新たな目的地である「ドリンコの街」へと足を踏み入れた。

 しかし、街の門をくぐった途端、ボンタは不思議そうに鼻をヒクつかせた。


「なんだか、街中からすっごくお酒の匂いがするね」


 時刻は太陽が燦々と照りつける真っ昼間であるにもかかわらず、すれ違う大人たちの多くが赤ら顔で千鳥足になっていた。

 ドンッ、と派手な音を立てて、運送勇者の男が荷箱を落とす。彼は「うぃ〜……きぃつけろぉ」と呂律の回らない声で威張りながら、フラフラと荷物を拾い集めていた。道端では、商人勇者が頭を抱えて「うう、二日酔いで計算が合わねえ……」と呻いている。

 見渡す限り、街のインフラは二日酔いの大人たちによってガタガタになっていた。


「わあ、みんなお酒が好きで、毎日お祭りみたいで楽しい街なんだね!」

 ボンタが目をキラキラさせてポジティブな勘違いを炸裂させると、隣を歩く巨大な白狼は深くため息をついた。

「相変わらずめでたい頭だな、凡人よ。あれは単なる酒好きではない。プライドが高すぎて素直に感謝を求められない大人たちが、アルコールの力で承認欲求の渇きを誤魔化しているのだ」

「えっ、お酒で誤魔化す?」

「そうだ。シラフのまま『真顔』で微感謝を続ける日々に限界を迎え、酒に酔うことで理性を飛ばし、どうにか精神を保っている哀れな末路というわけだ」


 ファルサーの冷ややかな解説を聞いても、ボンタには大人たちの複雑な事情がいまいちピンときていなかった。

 そんな中、ボンタの視線は街の入り口に立つ一人の男に釘付けになった。

 周囲の大人たちがだらしなく酔っ払っている中で、彼だけは違った。白銀の鎧を身に纏ったエリート『槍勇者』の男は、背筋をピンと伸ばし、長大な槍を構えて微動だにせず立っている。その顔には、一切の感情を排した超クールな「真顔」が張り付いていた。

「すごいな。あのお兄さんだけは、すごく真面目に街を守ってる」

 ボンタが感心したように言うと、ファルサーは黄金色の瞳を細めた。

「……いや、あれはもう限界ギリギリだぞ。よく見てみろ」


 言われて槍勇者の顔をまじまじと観察すると、彼の目の下には真っ黒なクマがくっきりと刻まれていた。直立不動を保ってはいるが、時折カクンと首が揺れ、今にも立ったまま気絶しそうな状態だ。

 料理や建築といった形に残る職能と違い、「門番」という仕事は、そこにいて当たり前のインフラ防御である。魔物が来ない平和な日常において、彼らは最も日常的に感謝されにくく、スルーされやすい職業なのだ。

 誰からも「ありがとう」と言われないまま、ただひたすらに街の安全を守り続ける。その凄まじい承認欲求の渇きに耐えながら、彼はエリート勇者としての強烈なプライドだけで己の体を限界まで支えていた。


「大変そうだな……。僕、お礼を言ってこようかな」

 ボンタが歩み寄ろうとしたが、ファルサーが尻尾でそれを制止した。

「よせ。あのように極限までプライドを張り詰めている男に、白昼堂々お前の無差別な凶器を直撃させたら、ショック死しかねん。放っておけ」

 ボンタは名残惜しそうに槍勇者を振り返りながら、ファルサーと共に宿屋へと向かった。


 +++


 その夜。

 ボンタは宿のベッドで目を覚ました。昼間の槍勇者のボロボロの姿が気になって、どうにも寝付けなかったのだ。

「少し夜風に当たってこようかな」

 こっそりと宿を抜け出し、静まり返った街を歩き始める。

 すると、路地裏の暗がりで、何やら奇妙な光景に出くわした。

 街の大人たちが、カバンからコソコソと怪しげな「仮面」を取り出し、顔を隠してから地下へと続く階段を降りていくのだ。


「なんだろう……?秘密の集会かな?」

 不思議に思ったボンタは、足音を忍ばせて大人たちの後をついていき、地下へと降りた。

 重たい木の扉をそっと開けると、そこには信じられない空間が広がっていた。


「いやぁ、昨日のあんたの仕事、マジで最高だったよ!」

「ありがとう!あんたの作った道具も、最高に使いやすくて助かってるぜ!」


 酒の匂いと熱気に包まれた地下酒場。

 そこでは、素顔を仮面で隠した大人たちが、ジョッキを片手に満面の笑みで互いを褒め称え合っていた。

 彼らはサイコロやカードを使ったゲームに興じており、負けた者が勝者に向かって「無理やり褒める(感謝する)」という罰ゲームを行っているのだ。

「よし、俺の勝ちだ!さあ、俺の木工スキルをありったけの言葉で褒めろ!」

「くっそ〜!わかったよ、あんたの木材加工は世界一で、あんたがいないと街の家は全部倒れちまう!いつもありがとう!」

「おほぉ〜……たまんねぇ……っ」


 勝者は安っぽい感謝の言葉を浴びて、恍惚とした表情で酒を呷る。

 身分や職業を隠すための仮面を被ることで、「エリート勇者としてのプライド」を完全に切り離し、お互いのプライドを傷つけずに薄っぺらい感謝を交換し合う。これこそが、ドリンコの街の大人たちが夜な夜な繰り広げている【合法的な承認欲求の互助会】の実態であった。


「なるほど!」

 その異様な光景を覗き見ていたボンタは、ポンッと手を打った。

「街の子供たちを喜ばせるために、夜な夜な仮面をつけてお芝居の練習をしてるんだね!みんなお互いを褒め合って、なんて真面目で仲良しな劇団なんだろう!」

 相変わらず、他者のドロドロとした精神的な依存関係を全く理解できないボンタは、この世で最もハッピーで的外れな勘違いを炸裂させていた。


「おい、そこでおかしな妄想を膨らませるのはやめろ」

 突然、足元から呆れたような重低音が響いた。

 ボンタが驚いて視線を落とすと、酒場のカウンター席に、見慣れた巨大な白狼の姿があった。

 ファルサーはなぜか目元だけの小さな仮面を器用につけており、ドヤ顔でマスターから極上の油揚げと厚揚げの盛り合わせをせしめているところだった。

「ファ、ファルサー!?どうしてここに?もしかして、ファルサーも演劇の練習に参加してるの?」

「阿呆め。我はここのマスターに『高貴なる聖獣から感謝の辞を述べてやる』と言って、タダで極上のつまみを要求しただけだ。中々に美味である」

 全く悪びれる様子もなく厚揚げをサクサクと咀嚼する聖獣に、ボンタは苦笑いするしかなかった。


「それよりも、あっちを見ろ。お前が気にかけていた奴がいるぞ」

 ファルサーが鼻先で示したのは、酒場の最も薄暗い隅の席だった。

 ボンタが目を凝らすと、そこには昼間、街の入り口で超クールな真顔を貫いていたエリート槍勇者の姿があった。彼もまた目元を隠す仮面をつけているが、その白銀の鎧は隠しきれていない。

 そして彼の様子は、昼間の凛々しさからは想像もつかないほど、凄惨なものだった。

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