第14話 真顔の結婚式
数日後、チルドンの街の中央広場にて、二人の結婚式が執り行われた。
街の勇者たちが総出で広場を埋め尽くし、新たな門出を祝う。しかし、その光景は異様の一言に尽きた。
参列している数百人の大人たちは、全員が自らのプライドを守るために一糸乱れぬ「真顔」を貫いている。そして、無言のまま、誰一人として声を出すことなく、首を高速で横に傾け続けているのだ。
ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ!
数百人が真顔で首を高速振動させる、微感謝と祝福の嵐。風を切る不気味な音だけが広場に響き渡り、極限の「真顔」で行われるシュールな婚礼の儀が続いていく。
その異様すぎる光景を端で見守っていたボンタは、不安そうに身をすくめて聖獣ファルサーの毛並みに隠れた。
「ねえファルサー……みんな、無言で首を振って、なんだか怒ってるようだね」
「いや、あれは奴らなりの最大級の祝福だ」
本気で勘違いをして怯えるボンタに対し、ファルサーが冷静にツッコミを入れる。この世界特有の、プライドに縛られた大人たちの哀しくもシュールな社会システムが、そこには完璧に体現されていた。
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婚礼の儀を終えた二人は役所へと出向き、正式に婚姻届を提出した。
これで二人は、法的に認められた「家族」となった。大人の勇者にとって、家族とは「感謝を言い合ってもプライドが傷つかない」と認識される唯一の特別な関係性である。
夜も更け、二人は新居となる真新しい家へと足を踏み入れた。
道中も、そして家に入ってからも、二人は一切言葉を交わさず、相変わらず冷ややかな真顔を保っていた。
しかし、建築勇者の男が新居の重厚なドアを閉め、鍵を下ろして二人きりになった、まさにその瞬間だった。
ガチャリ。
外の世界との繋がりを断ち切ったその音が、決壊の合図となった。
外での「真顔」の仮面を完全に脱ぎ捨てた瞬間、二人の中で限界まで膨れ上がっていたお互いへの「ありがとう」の感情が大爆発を起こしたのだ。
「いつも、いつも力強い頑丈な建築をありがとうーーーっ!!」
女が、先ほどの冷徹な態度はどこへやら、頬を真っ赤に染め、涙目で男の胸に飛び込んだ。
合法的に放たれた妻からの心からの感謝。それは、子供向けの偽物の感謝などとは比べ物にならない、致死量の至福となって男の脳天を貫いた。
「おほあぁーっ!! 俺こそ、素晴らしい色彩感覚で表現してくれて……本当にありがとう……!」
男は凄まじい奇声を上げ、屈強な肉体をふにゃふにゃに弛緩させながら、妻を強く抱きしめ返して感謝を絶叫した。
「ひぎぃぃぃ!!」
夫からの全力の感謝を浴びた女もまた、奇声を上げて腰から崩れ落ちた。
外では誰よりもクールで近寄りがたい最強のエリート勇者夫婦が、家のドアを閉めた途端、お互いの感謝の言葉でフニャフニャに溶け合い、溢れ出る脳汁の海で溺れかけている。
「いやいや私こそありがとう」「俺こそ」「私こそ」「俺の方が」
「ひゃがぎぃぃぃーーーー!!」
家族という関係性だけが、互いのプライドを傷つけることなく無限に最高の癒やし(脳汁)を補給し合える、唯一の聖域であることが完全に証明された瞬間だった。彼らはその夜、朝が来るまで「ありがとう」「私こそありがとう」と互いを褒め称え合い、至福の絶頂を無限ループで貪り続けたのである。
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翌朝。
チルドンの街には、爽やかな朝日が降り注いでいた。
街の通りには、昨夜の狂乱初夜で完全に満たされ、清々しい顔つきになった新婚夫婦の姿があった。彼らは早速、街のインフラ整備に向かうところだった。
そこへ、旅支度を整えたボンタとファルサーが通りかかる。
二人はボンタの姿を認めると、足を止めた。彼らの心の中には、「目を覚まさせてくれてありがとう」という深い恩義の念が溢れていた。しかし、外の社会に出ている以上、やはりエリート勇者としての強烈なプライドが邪魔をして、その感謝を素直に言い出すことができない。
二人は限界まで引き攣った真顔のまま、ワナワナと唇を震わせ、不器用に立ち尽くしていた。
そのいたたまれない様子を察したファルサーが、あえて尊大な態度で一歩前に出た。
「おい、人間ども。我は高貴なる聖獣であり、このボンタの相棒だ。貴様らが感謝を表したいというのなら、我に土産として極上の厚揚げを持ってくるがいい」
ファルサーが横槍を入れたことで、ピンと張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
「そ、そうか!聖獣殿がそこまで言うのなら、用意しないわけにはいかないな!」
「ええ、街を代表して、最高級の厚揚げを持たせてあげるわ!」
夫婦はパッと顔を輝かせ、感謝の言葉の代わりに大量の厚揚げを渡すという完璧な口実を得たのだ。彼らは猛烈な勢いで厚揚げを調達し、リュックからはみ出るほどに詰め込んでくれた。
「わあ、ありがとう!二人とも、いつまでも仲良くね!」
相変わらず純度百パーセントの笑顔で手を振るボンタ。その致死量の感謝を浴びて、夫婦は「おほあぁっ」と白目を剥きかけながらも、互いに支え合ってなんとかその場に持ちこたえた。
背後では、大人たちが本来の職能を取り戻し、子供向けの過剰サービスが収まったことで、正常なインフラが回り始めた街の活気が響いている。
チルドンの街が本来の姿を取り戻したのを背に感じながら、凡人と聖獣の凸凹コンビは、次なる限界勇者を癒やすため、新たな街へと旅立っていくのだった。




