第12話 子供天国
サクション村を後にしてから数日。
ボンタと聖獣ファルサーは、新たな目的地である「チルドンの街」へと足を踏み入れた。
しかし、その街の景観は異様の一言に尽きた。
街のあちこちに、安全性や景観など二の次にしたような、キラキラと極彩色に光る巨大な遊具が乱立しているのだ。その一方で、本来生活に必要なはずの石橋は崩れかけ、街のシンボルであるべき教会は屋根が抜け落ちたまま無惨に放置されている。生活のためのインフラよりも、娯楽施設が異常なほど優先されているのだ。
広場の中央では、ひときわ巨大な滑り台付きのジャングルジムがそびえ立っていた。その前で、筋骨隆々とした若い男が腕を組み、得意げにドヤ顔を浮かべている。彼を取り囲む十歳以下の子供たちが、「わぁ、すごい!」「お兄ちゃん、かっこいい!」と無邪気な歓声を上げると、男の顔に恍惚とした表情が浮かんだ。
「ふっ、俺の建築スキルにかかれば、これくらい朝飯前よ!」
彼は街のインフラ整備を完全に放棄し、子供向けの遊具ばかりを造り続ける『建築勇者』であった。
その隣には、派手なドレスに身を包んだ美しい女が、イーゼルに向かっている。彼女の周囲にも子供たちが群がり、「お姉ちゃん、僕の絵も描いて!」とねだっていた。
「ええ、いいわよ。今日は特別に、キラキラ光る天使様風に描いてあげるわ」
彼女は『芸術勇者』でありながら、本来の街を彩る芸術品には目もくれず、子供たちが喜ぶカードサイズの絵画ばかりを量産していた。子供たちが「ありがとう!」と受け取って喜ぶたび、彼女もまた頬を染めて至福の溜息を漏らしている。
「……なるほどな。ここは『子供天国』というわけか」
ファルサーは黄金色の瞳を細め、呆れ果てたように鼻を鳴らした。
「どういうこと、ファルサー? みんな、子供たちのためにすごく頑張ってるみたいだけど」
ボンタが不思議そうに首を傾げると、巨大な白狼は冷ややかに世界の歪みを解説し始めた。
「大人の勇者同士では、つまらんプライドが邪魔をして真顔でしか感謝し合えん。だが、十歳以下の子供は勇者としてのプライドがまだないため、無邪気な感謝を放ち、それで至福を得ることができるのだ。あの男も女も、子供からの安い感謝で脳汁を搾り出そうとしている、哀れな承認欲求の奴隷にすぎん」
インフラの崩壊すら気に留めず、ひたすらに子供の笑顔という名の麻薬を貪る独身勇者たちの暴走。それがこのチルドンの街の惨状だった。
「このどうしようもない連中を正常に戻す、一番手っ取り早い解決策がある。それは『結婚』だ」
「結婚?」
「そうだ。大人の勇者にとって、唯一合法的に、プライドを傷つけずに心からの感謝を交わし合える関係。それが『家族』という名の聖域だ。独身でいるからこそ、行き場のない承認欲求を持て余し、あのように手軽な子供に依存するのだ」
ファルサーの的確な分析をよそに、ボンタの目はキラキラと輝いていた。搾取や依存といったドロドロした大人の事情など、能力を持たない凡人には到底理解できない。
「そっか! なんだか難しくてよくわからないけど、あのお兄さんもお姉さんも、子供たちを喜ばせるために、あんなに身を削って頑張ってるんだね! すごいなぁ、僕も恩返ししなくちゃ!」
「……おい凡人、我の話を聞いていたか?」
ファルサーのツッコミを置き去りにして、ボンタはリュックを揺らしながら広場の中央へと駆け出していった。
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「お兄さん、お姉さん!」
子供たちに囲まれて至福に浸っていた建築勇者と芸術勇者の前に、場違いな青年が立ちはだかった。
二人は訝しげな目を向ける。大人の男が、自分たちに何の用か。まさか自分たちの邪魔をする気ではないだろうなと、苛立ちすら滲ませていた。
だが、次の瞬間。ボンタは二人を真っ直ぐに見つめ、胸の奥底から湧き上がる最大火力の感情を乗せて、その言葉を放った。
「街の子供たちのために、毎日こんなに素晴らしい遊具と絵をたくさん作ってくれて……本当に、本当にありがとうございます!!」
バフォンッ!!
世界唯一の凡人が放つ、プライド消費コストゼロの純度百パーセントの『無垢なる感謝』。
それは、子供たちが放つ無邪気な感謝などとは次元が違う、魂の奥底を直接揺さぶる超高濃度の直撃だった。
「おほあああァァァーーーッ!?」
「ひぎぃぃぃぃーーーッ!?」
建築勇者の男と芸術勇者の女の身体が、同時にビクンと大きく跳ね上がった。
子供たちからの感謝で満たされていたはずの脳髄が、一瞬にしてキャパシティを突破する。莫大な量の快楽物質がダムの決壊のように噴き出し、二人は天を仰いで凄まじい奇声を上げた。
「ほ、本物の、感謝ッ……!生きてて、よかったァァァーーーッ!!」
二人はだらしない笑顔を浮かべ、歓喜の涙を滝のように流しながら、その場にドサリと崩れ落ちた。白目を剥き、完全に至福の絶頂失神を迎えてピクピクと痙攣している。
周囲にいた子供たちは、「お兄ちゃんたちが壊れた!」と悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。




