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8/18

顔一致


人は顔で人を信じる。

だが本当は、手と癖でバレる。

顔は汚れる。痩せる。腫れる。別人のようになる。

手は違う。傷の位置は動かない。関節の太さは変わらない。爪の形は直らない。

そして癖は、本人が死んだと言われても、映像の中で生き続ける。

一度「一致」したものは、引っ込められない。


久遠洋、享年なし。戦死扱い。ただし生存中。

深層DASH村――視聴者が勝手にそう呼び始めた生活圏は、今日も回っている。

濾過層が、ぽた、ぽた。蒸留装置が、ぽた。水路が細く光って流れている。乾燥棚に干し根が並ぶ。発酵壺の蓋の隙間から酸い匂いがする。貯蔵穴の蓋の下に未来が入っている。


ムクは土塁の外に座っている。

低い呼吸。重い呼吸。安定した音。

安定しているものは信用できる。土と水と呼吸はだいたい信用できる。コメント欄は信用できない。


俺は朝(念のため深層に朝はないが、目が覚めたら朝と呼ぶことにしている)起きて、まず水を確かめた。


「水が先」


声に出すと、腹の底の恐怖が黙る。恐怖は消えない。ただ議題が進むと静かになる。


次に畑。

根菜区画の芽を確認し、葉物区画の土を起こし、実験区画の光る根を一本抜いた。

断面が淡く光る。甘い匂い。毒じゃない甘さ。胸が少しだけ軽くなる。回復(微)。解毒(微)。微量でも、深層では大きい。


干し根を土塁の外へ一本置く。蒸留水を少し。

外交は毎日同じにする。繰り返しは信用を作る。畑も外交も同じだ。


ムクは鼻先を動かし、匂いを確かめ、受け取って、食った。

尻尾の毛が僅かに揺れた。

視聴者はそれを見て騒ぐだろうが、俺は見ない。見れば手順が崩れる。手順が崩れれば死ぬ。


俺は乾燥棚の根を裏返し、発酵壺の温度を手のひらで確かめ、貯蔵穴の蓋を一度だけ開けて匂いを嗅いだ。

腐っていない。大丈夫だ。腐っていないものは未来に届く。


そのとき、ドローンが低く降りた。

俺の顔の高さまで。

白い光が、俺の頬を斜めに照らした。


嫌な角度だ。

土の汚れは陰影で「顔の形」になる。人間は形を見つけるのが得意だ。形を見つけると、名前を当てはめたくなる。名前を当てはめると、もう「見知らぬ誰か」ではいられなくなる。


俺は反射的に手の甲で汗を拭った。

土がついた手の甲で、顔を擦った。

擦った跡が白い光に浮いた。

手の甲の、斜めの傷が、一瞬だけはっきり映った。


その瞬間、視界の端でコメントが跳ねて“見えてしまった”。


「今、顔映った」

「え、顔」

「スクショ」

「手の甲の傷……」

「右手甲の線、見えたぞ」


俺の手が、ほんの一瞬だけ止まった。

止めたのは恐怖じゃない。

現実だ。

現実は時々、作業台の上に落ちてくる。拾わないと足元を滑らせる。


嬉しいのか、怖いのか。

判断がつかなかった。

見つかることは、助かることに繋がるかもしれない。だが見つかることは、高木玄真の嘘が崩れることでもある。嘘が崩れた人間は何をするか分からない。分からないものは怖い。

怖いのか。

怖い。

だが怖さと嬉しさが同時に来ると、人間はどちらも感じられなくなる。感情が渋滞する。渋滞した感情は動かない。動かないなら、手を動かすしかない。


俺は土に手を当てた。

温かい。堆肥の熱が効いている。

土は判断を求めない。温かいだけだ。温かいものに手を当てていれば、感情の渋滞はそのうち流れる。流れなくても、手順は回る。


「……静かに」


自分に言う。

言って、作業に戻る。

戻れるうちは、まだ負けない。


だが外では、もう戻れない方向に動き始めていた。


---


――――――――――――――――


【探索者掲示板】深層で畑やってる配信 Part.6


201:名無しの探索者

さっき顔映ったぞ 手で拭った瞬間


206:名無しの探索者

泥だらけでわからんて


214:望月◆LOG/0v(検証勢)

まず結論から。本人の可能性が高い。

根拠3点。ログ貼る。


219:名無しの探索者

来た


223:望月◆LOG/0v

①右手甲の線状痕

配信:汗拭いた瞬間に右手甲の斜め傷が映る。位置と角度が固定。

過去:セイバーズ公式の「戦死報告」切り抜き(撤退直前のカメラ)に同じ線。

※傷は偶然一致しにくい。骨格に乗ってるのでブレない。


②左耳の縁の欠け

配信:左耳の上縁、欠けてる。泥で隠れても輪郭が出る。

過去:セイバーズ加入時の紹介映像(広報編集)で同じ欠け。


③癖

配信:作業前に小声で「水が先」と言う。毎回。

過去:現場同行者のクリップで同じ台詞。

※これは台詞じゃない。癖。台本では作れない。


以上。顔じゃなくて"点"で一致。はい確定。


231:名無しの探索者

顔一致じゃなくて点一致w


236:名無しの探索者

え、じゃあ玄真が嘘ついたってこと?


241:名無しの探索者

名誉の戦死(生存)


247:名無しの探索者

スポンサーやばくね?


252:名無しの探索者

セイバーズ公式が声明出してる 「事実確認中」だと


258:名無しの探索者

確認中て 本人生きてるの映ってるのに何を確認するんだよ


264:望月◆LOG/0v

声明の投稿時刻と、配信で顔が映った時刻。

声明のほうが3分早い。

※予約投稿の可能性はある。ただ、その場合でも“事前に文面が用意されていた”事実は残る。

つまり映る前から"準備してた"。


271:名無しの探索者

準備してて「確認中」?


275:名無しの探索者

あーあ


279:名無しの探索者

燃えるぞ


284:名無しの探索者

もう燃えてる


――――――――――――――――


---


地上。トップ攻略ギルド「セイバーズ」本部。


高木玄真の端末が震えた。


「大丈夫だ。対応する」


声が出た。反射だった。部屋に誰がいるか確認する前に、「正しい声」が出る。英雄の喉は、正しい声を出す機械だ。止まらない。壊れない。壊れないほうが厄介なものは、世の中にいくらでもある。


三門由良がすでに画面を見ていた。


「拡散速度が異常です」


由良の声には温度がない。数字を読むときの声だ。人間を見ているときも同じ声が出る。


「どの程度だ」

「三十分で四倍。切り抜きが出ています。"顔一致"のタグが走りました」

「止めろ」

「止められません。回線が規約外です。通常の遮断が効きません」

「なら上書きだ。別の話題で潰せ」

「無理です」


由良の目が画面を見たまま動かない。


「あの映像は絵として強すぎます。深層で土を混ぜている男の画が強い。嘘の上に嘘を乗せても、燃料になるだけです」


玄真の拳が机を叩いた。音だけが響いた。


「声明の時刻、ズレてます」


由良が言った。


「何?」

「"確認中"の声明を出したのが、顔が映る3分前です。掲示板で突かれています」

「……俺が指示した時刻だ」

「はい。タイミングが最悪でした。"映る前から知っていた"と読まれます」


玄真は立ち上がった。

立ち上がると背が高い。背が高いと威圧になる。威圧は味方には効く。敵には効かない。掲示板には効かない。


「弁明配信を打つ」

「打てます。ただし」

「ただし何だ」

「矛盾を突かれます。戦死報告の映像と、今の配信映像を並べられたら、説明がつきません」

「説明はつける。俺がつける」

「……分かりました。回します」


由良は端末を操作した。手が止まらない。ためらわない。ためらわない人間が一番怖いことを、由良自身は知らない。知らないから止まらない。


---


――――――――――――――――


【探索者掲示板】深層で畑やってる配信 Part.7


301:名無しの探索者

セイバーズ弁明配信始まった


305:名無しの探索者

玄真泣いてるw


309:名無しの探索者

「彼の生存を信じていた」だって


314:名無しの探索者

信じてたのに戦死報告したの?


318:名無しの探索者

矛盾してて草


325:望月◆LOG/0v

弁明配信の要点。

「戦死報告は現場判断だった」

「生存の可能性を排除していなかった」

「救出を検討していた」


反論。

①現場判断なら、なぜ報告後に"追悼特集"を三本も出した?

②生存の可能性を排除していなかったなら、なぜ捜索しなかった?

③救出を検討していたなら、なぜ配信がバズるまで動かなかった?


矛盾ある。全部ある。


331:名無しの探索者

望月容赦なくて草


335:名無しの探索者

玄真の泣き顔と深層の畑の男を並べた切り抜き、もう出てるぞ


341:名無しの探索者

並べたら一発で分かるな

片方は泣いてる 片方は土混ぜてる

どっちが本物かは子供でも分かる


348:名無しの探索者

世論もう戻らなくね


355:名無しの探索者

「救え」じゃなくて「置き去りだろ」になってる


361:名無しの探索者

置き去りだろ、が正しいだろ


――――――――――――――――


---


同じ頃。


配信プラットフォーム運営、危機対応室。


篠宮玲奈は二つの画面を見ていた。

左の画面に、深層の畑。土と水と、泥の男。

右の画面に、セイバーズの弁明配信。涙と言葉と、照明。


左は暗い。右は明るい。

左は静かだ。右はうるさい。

左は事実の画だ。右は演出の画だ。


「停止の要請が来ています」


隣のスタッフが言った。


「どちらの」

「両方です。セイバーズ側は深層配信の停止を。掲示板からはセイバーズ弁明配信の停止を」


玲奈は首を横に振った。


「どちらも止めません。止めれば私たちが判断したことになる。判断は裁判所の仕事です。運営の仕事は、記録を残すことです」

「でも、スポンサーが」

「スポンサーは逃げます。逃げるのは自由です。問題は嘘のほうです」


玲奈は左の画面を見た。

泥の男が、土を起こしている。

顔は見えない。だが手が見える。傷が見える。癖が見える。

点は嘘をつかない。


「ログは全て残してください。配信映像、コメント、掲示板、弁明配信、声明の時刻、全部です」


玲奈は言った。


「対応は手順です。手順を踏めば、記録が残ります。記録が残れば、嘘は自分で崩れます」


---


深層。


俺は知らない。

地上で何が燃えているか。誰が泣いているか。誰が逃げているか。

知っているのは手順だけだ。


水が落ちている。

芽が増えている。

干し根が乾いている。

発酵壺が温かい。

貯蔵穴に未来がある。

ムクが外周で闇を見ている。


ドローンは頭上を旋回し、白い光で俺を映している。

視聴者の数字がまた増えた。四桁に届いている。


四桁の人間が、俺の手を見ている。

俺の傷を見ている。

俺の癖を聞いている。


顔は泥で隠れる。

だが傷は隠れない。癖は止まらない。「水が先」は止められない。

止められないものが証拠になるなら、俺の生活そのものが証拠だ。


嘘をつかない生活が、嘘を崩す。

俺はそのつもりでやっているわけではない。

俺はただ、手順を回しているだけだ。

だが手順が勝手に証拠になるなら、それでいい。


ムクが、ふっと鼻先を上げた。

匂いが変わったのだ。

深層の匂いじゃない。

金属。油。汗。人間。


まだ遠い。

だが遠い匂いは、いつか近くなる。


ムクの毛が僅かに逆立った。

尻尾が止まった。

呼吸が、一段だけ重くなった。

警戒だ。


俺は骨の鍬を握り直した。

戦うためじゃない。手順を崩さないためだ。


「……静かに」


自分に言う。ムクにも言う。

騒ぐと枯れる。花も、人も。


ムクが低く息を吐いた。

了解、という呼吸に聞こえた。

聞こえただけかもしれない。だが「聞こえた」で十分だ。


俺は畑の土に手を当てた。

温かい。

温かいものは、今日も味方だ。


「……まあ、やる」



久遠洋、享年なし。

戦死扱い。ただし顔一致が確定した。嘘が割れた。弁明が燃えた。

地上が動いている。俺は知らない。知らなくても手順は回る。


だが匂いが変わった。

ムクが警戒している。

遠い匂いが、少しだけ近づいた。


面倒が、また来る。


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