第十八話『褒美』
「この度は何と礼を言えばいいのか……カイン殿、何をお望みかっ!」
「お父様、落ち着きなさい」
俺の向かいには、後からやってきたヴァルヴァロス国王が追加された。席に着くなりの第一声がこれだ。もう既に分かったかと思うが、この国王……恐らく、過度の『親バカ』である。隣に座るアルゼイム王女が、冷ややかな表情で睨み付ける辺り、世の親バカと同様に、娘たちからの印象はあまり良くないらしい。
と言っても、相手は国王。こういう状況を笑って誤魔化すのも何かと問題になりそうで、分かりやすく言うと、非常に対応に困っていた。
更にその隣では、ミオが呆れた表情でため息を溢している。いつものこと……なのだろう。こうなることが分かっていて呼んだのならタチが悪い。
「しかしだな、アルゼイム。犠牲を払ったとはいえ、お前はこうして生きている。彼のおかげではないか」
「ええ、私は生きています。カイン様にお礼をしたい気持ちも理解します。ただし落ち着けと言っているのです、お父様」
「む、むぅっ……」
この国王、完全に言い負かされている。しょぼくれた表情で俯く様子は、とても『ガルドラ最強』と噂されるNPCには見えない。
2人と同じ、青い髪。髭は短く切り揃えられ、戦いの跡か、左目には大きな傷があり、目蓋が開いていなかった。
隻眼の武人……響きだけで、猛者感が出ている。唯一にして最大の欠点が親バカなことだろう。残念だ。
国王は一つ、咳払いをして、声を整えた。親バカモード全開の少し高い声を低くし、ドスを効かせた。
「……カイン殿。此度は大儀であった」
「えっ、あ、はいっ……」
急に国王モードになるものだから、返事がおかしくなった。反射的に背筋が伸び、声が上ずってしまう。
「小さくはない犠牲を払うことにはなってしまったが……我が娘、アルゼイムは帰ってきてくれた。そして、無謀にも彼奴らのもとへ向かおうとしていたレミオラも、無事に帰ってきた」
そこまで言って、国王は立ち上がった。そして、深々と頭を下げたのだ。
「ちょっ、陛下っ……!」
「王として……そして何より、父として、そなたには心から感謝する」
見れば、ミオや、他の騎士、侍女たちも頭を下げていた。姿勢を崩しかねないアルゼイム王女も、目を瞑り、ほんの少し頭を傾けている。
ゲームの中とはいえ……一国の王に、頭を下げさせている。無名の剣士が。その異常性は語らずともよく分かるだろう。
「あ、頭を上げてくださいっ……! 今回のことは、結果的に上手くいっただけでっ……!」
「ならば尚更、この頭を上げることはできない。アルゼイムのあの衰弱ぶり……そなたがいなければ、四肢はおろか、その命すら散っていたやもしれぬ。『結果的に』な」
王は頭を上げる気配がない。これは……何か、悪いことをしてる気分になってくる。
「わ、分かりましたっ……分かりましたから、頭を上げてください、陛下」
何度もそう言って、国王はやっと座り直してくれた。悪い人……ではないんだが、どうにもやりづらい。娘のこととなると他のことはどうでもいいって感じだろう、これは。
これが、まだ2人きりで会っている、だなんて状況ならいいんだが……周りには王女やミオ、そして騎士と侍女までいる。騎士たちに変な目で見られるようなことだけは避けたい。今後の活動にも影響が出てしまう。
「うむ……礼はいくら尽くしても足りないが、それでは話が進まぬな。カイン殿、褒美の件であるが」
褒美……特に、何も考えていなかったな。
ミオを追いかけ始めた時は、何か豪華なアイテムでも手に入れば、だなんて考えていたけど、事情を聞いてからはそんな考え、捨て去ってしまった。
これが他のゲームなら、変わらずに同じ考えを抱いていただろう。だが、リアルすぎるこのゲームでは、報酬のために王女を助けた、っていう下心で見られるのも気に食わない。
何より、下心なく王女を助けたのも事実だし、褒美って言われても欲しいものは思いつかない。あったら便利なものは沢山思いつくが。
「あの……俺は別に、褒美が欲しくて手伝ったわけじゃないですし。王女が生きていた、ってことが何よりの褒美じゃないですか?」
それじゃあダメですかと言わんばかりに、国王を見つめる。すると、国王は感極まったように、涙を流し始めてしまった。
「う、うぅっ……そなたのような若者が、まだ存在していたとはっ……!」
「お父様」
やはり王女に睨まれ、国王は慌てて涙を止め、咳払いをした。
「……これは、何もそなただけのためではない。王女の命を救ったものに、何の褒美も与えなかったとあっては、王族の面子にもかかわるだろう」
「……確かに、それもそうですね……」
『王族は恩知らず』なんていう話が広まるのを防ぎたい理由もあるのだ。だから、俺が何か褒美を望む方が、向こうとしても都合が良い。
だが……何か、あったかな。お金はあったら嬉しいが、今のところそこまで困っているわけでもない。装備も欲しいが、ステータスの制限で高価なものは身につけられない。
となると、やはり無難に素材やアイテム……それか、後のことを考えてメギル……。
中々答えを出さない俺に痺れを切らしたのか、ミオやアルゼイム王女が、あれやこれやと提案してくれる。メギル、装備、アイテム、魔法の鞄……魔法の鞄っていうのは、見た目以上に物が収納できる魔法のアイテムで、簡単に言えば『劣化版インベントリ』。プレイヤーである俺には必要ない。
「家は? 宿代、節約できるんじゃない?」
「いや、ずっとこの町に滞在してるわけでもないし……」
「そっか……」
ハウジングシステム。この場合も同じシステムなのかは分からないが、個人宅におけるあのシステムは、趣味娯楽を超えるものではない。ギルドホーム以上のクラスになると、別の機能も兼ね備えてくるが、今はまだ必要のない代物だ。寝る時にはログアウトするわけだから、俺たちプレイヤーは基本、宿代というものもかからないわけだし。
「そなた、欲というものがないのか……? 普通、王族からの褒美となれば、皆狂ったようにあれこれ要求するものだが……」
「あはは……まあ、普通はそうですよね……」
俺はそういう目で見られたくないから、という理由で欲を前面には押し出していない。だが、それがかえって邪魔をしている。今一番必要なものが分からないのだ。
今、必要なもの……あったら便利なもの……。
「……あ」
1つ……思い付いた。昨日、『あれがあったら便利だな』って思ったもの。
「何か思い付いたの?」
「ああ……いや、『移動手段』が欲しいなって思って」
「移動手段?」
昨日狩りで使った『大平原奥地』。あの場所までは、走っても15分から20分程度はかかる。毎回走っていくのも手間だし、時間も勿体無い。
「ふむ……『馬』ということか?」
「いえ、別に馬に拘るわけでは。ただ、大平原を毎回徒歩で移動するのも時間がかかるので、何か足になる生き物がいればなぁ、と……」
馬、もしくはそれに準ずるもの。ネットゲームでは所謂、『マウントアイテム』と呼ばれるものたちだ。
一般的な馬、狼や、奇抜なものだと『空飛ぶ椅子』や『くじら』など、ゲームによってその種類は様々だ。
『オブオブ』でのマウントアイテムが、一体どんな扱いを受けているのかは分からないが……少なくとも、馬はいるだろう。馬に拘らずとも、走るより速度が出て、尚且つ乗ることのできる生き物ならなんでもいい。
国王は少し悩む素振りを見せた。馬なら簡単に手に入るかと思ったが……。
「……高望みでしょうか?」
「いや、そういうわけではない。命の恩人に、ただの馬を贈るのもどうかと思ってな」
ただの馬でも十分なんだが……どうやら、そこにこだわっているらしい。
やがて、国王は何か思い付いたように、近くにいた騎士を呼んだ。そしてその耳元で、俺には聞こえない音量で、何かを囁いていた。
何かの指示だろう。それを聞き取った騎士は、敬礼をして、急ぎ部屋から出て行ってしまった。
(なんだ……?)
何を指示したのかは分からない。だが、流れからするに、馬のことだろうとは予想できる。手配してくれるということだろうか。
「時に、カイン殿。そなたは『グリフォン』というモンスターをご存知かな?」
と、満足げに聞く国王。突然なんだろう。
「えっと……頭は鷹で体が獣の、あのグリフォンでしょうか?」
グリフォンといえば、色々なゲームや物語に登場する、空想上の生物だ。
基本的には、頭は鷹。体は獅子で描かれることが多く、どんな物語であっても、強敵として描かれていることが多い生物だ。
……嫌な予感がする。
国王は俺の返答に頷き、そして続けた。
「そうだ。実は先日、この町に流れのグリフォンがやってきてな。被害が出る前に捕らえたはいいものの、処分すべきか活用すべきか、悩んでいたところなのだ」
「……まさか」
そこまで聞いたところで、その後の展開は予想できた。それはつまり……移動手段として、俺にグリフォンを与えるということだ。
「もしカイン殿が望み、そしてグリフォンを従えられるなら……そのグリフォン、そなたに授けようではないか」
「えっ、えぇ……? グリフォンを手懐けたことなんて……ないですよ?」
若干の間は、手懐けたことが『ないこともない』からだ。他のゲームでなら、最初からマウントアイテムとして登場したグリフォンを従えたことならある。
だが、それはあくまで、そのグリフォンが『マウントアイテム』としての扱いだったからだ。最初はエネミーだったグリフォンを、マウントアイテムとして従えたことなどない。というか、ゲームのシステム上、そんなことができるゲームは存在しなかった。
「うむ。それが不可能なら、最高品質の馬を用意しよう。何、物は試しというものだ。当然、個人の移動手段なら、馬よりグリフォンの方が優れているからな」
そんなこととはつゆ知らず。国王はあれやこれやと話を進めつつある。騎士に伝え、そこから話が広まっていることを考えると、もう逃げられない。
(……まあ、確かに移動手段としては最高のものだけど)
馬より遥かに優れている、というのは事実だ。不安なのは、この世界においてのマウントアイテムの扱いが、今はよく分かっていないから。最悪、出会い頭に頭から齧られる可能性もある。
……どうなる、かなぁ。
不安と期待に心を躍らせながら、『早速向かおう』と言った国王には逆えず、俺はグリフォンのもとへ向かうことにした。
* * *
件のグリフォンは、大きくて頑丈そうな黒い檻に入れられ、城の外れまで運ばれていた。俺たちが到着した頃には、グリフォンは猫のように丸まって、眠りについているようだった。
「……グリフォンってこうやって寝るんだ」
「こう見ると可愛らしいものですよね、カイン様」
「ええ、まあ……ここだけ見ると、ですけど……」
以前やっていたゲームにおけるグリフォンは、妙にリアルに描かれていて、正直『化け物風味』が強く、可愛いと思えたことがなかった。寝ているところを見る分には可愛いが、丸まって見えないその顔はどうなっているのやら。
そんなグリフォンに、一歩近付く。二歩、三歩と近付く。檻に手が届くくらい近付いたところで、唸りのような鳴き声をあげながら、グリフォンが目を覚まし、起き上がった。
見張りの騎士も同じような距離にいるというのに……警戒されているのだろうか。
「……ほら、怖くない怖くない」
今は武器を装備していない。念の為にリングウィンドウに設定し、いつでも装備できる状態にはしているが。
起き上がったグリフォンは、思っていたよりも愛らしい。テレビでよく見るような、愛くるしい鷹の表情をしている。
そのくりくりとした丸い瞳が、じっと、俺を見つめる。警戒しているのか、品定めしているのか、はたまた興味がないのか……1つ目以外なら何でもいいな。
敵ではないアピールをしながら、じりじりと、グリフォンとの距離を詰める。特に襲われることもなく、檻との距離が無くなった。嘴を突き出しても、ギリギリ届かないくらいの場所。
(これ……ここからどうすれば……?)
グリフォンを従えると言ったって、元は野生のモンスター。何をどうすればいいのか、皆目見当もつかない。
試しに、その体に触れようと手を伸ばしてみたが、それは気に入らなかったようで、その大きな嘴で噛もうとしてきた。
「……どうしよう」
他のゲームには、魔物やモンスターを従える職業、『テイマー』というものがある。もしそういうものを経験していたとしたら、今回も何か役に立ったかもしれないが、生憎、その経験がない。
モンスターのご機嫌取り、か……パッと思いつくのは『餌付け』くらいのものだが、今こいつにやれそうな餌なんて、手持ちには……。
(……いや、あったな。肉……)
インベントリの中には、これまで狩りをしてきたブランウボアの肉が、大量に入っている。逆に言えば、餌になりそうなものはそれしか入っていない。
ここで出せばまた色々と厄介な話になるし……少し、席を外した方が良さそうだ。
「陛下。少しだけ席を外しても?」
「ん? ああ、構わないが」
失礼しますと言って、その場を離れる。人目につかないところで、ブラウンボアの大量の肉を取り出し、それを担ぎながらまたグリフォンのもとへ戻った。
「……カイン殿、それは?」
「ブラウンボアの肉です。あげたら喜ぶかと……安直ですかね?」
「いや。そこまで大きな肉を与えたことはないから、喜ぶだろう」
それは良かった。よく見れば、確かにグリフォンの目が肉に釘付けになっている。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「そんなに構えなくても……大丈夫だ。全部お前のために持ってきたんだから」
騎士に頼んで、檻の扉を開けてもらう。中で繋がれているから、檻から出て襲ってくることはないだろう。
そこから肉の塊をいくつも放り込み、また扉を閉めてもらった。グリフォンは警戒しつつ、肉と俺とを交互に眺めながら、肉を嘴で突き始めた。
そんなグリフォンの前に屈み、できる限り好印象に見えるよう、にこりと微笑んだ。グリフォンに知性があるのかは定かでないが、怒っているより笑っている方がいいだろう。
「食べていいんだぞ。誰も取らないって」
その言葉が通じたのか、グリフォンはがつがつと肉を啄みはじめた。
こう見ると……この世界のグリフォンは、まだ可愛げがある。どうにか懐いてくれないだろうか。
グリフォンが肉を食べ始めて少しした頃、何やら騎士が慌ただしい様子でやってきて、国王の前に跪いた。スカルズの件で、何やら進展があったらしい。
「そうか……すまない、カイン殿。どうやら仕事が増えてしまったらしい」
「いえ……」
どうやら、国王は席を外すらしい。暫くは帰ってこないだろう。少し空気が軽くなって良しとするか否か。
しかし、何やら名残惜しそうに考え込む国王は、妙案だとでも言いたげに、手を叩いた。
「そうだ。どうかね、今夜、4人で食事でも」
「え?」
聞き間違い、だろうか。今、今夜食事をしようと誘われた気が……。
「それは良い考えですね、お父様。カイン様、まだまだお聞きしたいことが山ほどあるのです」
「そうだね。私もまだ、カインにお礼できてないし」
……いや、聞き間違いではなかった。王族3人と城で食事……考えるだけで気が重い。あまりそういうことには首を突っ込みたくないが、断るのも気が引ける。悪い癖だ。
「え、ええっ……? いや、それは構いませんけど……」
「では決まりだ。今夜8時、迎えを出そう。滞在先を伝えておいてほしい」
「……分かりました」
即決で時間まで指定され、国王はそのまま騎士と共に立ち去ってしまった。
……なんだか、段々厄介な話に巻き込まれていってる気がするのは、気のせいだろうか。
(……今は考えないようにしよう)
後のことは、後の自分がなんとかしてくれる。多分そうだ。だから今の俺は、このグリフォンと何とか交流することだけを考えよう。
見れば、肉はもう半分ほどがなくなり、それでも勢いを止めることなく、グリフォンは肉を貪っていた。啄んでいる、なんて可愛いレベルではない。大口を開けて食らいついている。
「グリフォンには、高い知性が備わっている、とされています」
そう言ったのは、アルゼイム王女だ。
「話しかけてあげれば、案外、仲良くなれるかもしれませんよ?」
「どうでしょうね……俺、動物には嫌われやすいタイプで」
昔から、近所の犬や猫には、1人だけ嫌われるようなタイプの人間だった。友達の輪の中に1人くらいはいるだろう、そういう奴。それが俺だった。
だから、グリフォンに知性があるとしても、仲良くなれるとは思わなかったが……不思議なのは、その言葉を聞いて、何故か笑い始めたアルゼイム王女だった。
「な、何か変なこと言いました?」
「い、いえ……『動物』だと思ってあげているのなら、大丈夫ではないですか?」
それは……グリフォンのことを、『モンスター』だと言わなかったことを褒めているのだろうか。それとも、茶化しているだけか。
そうこうしている間にも、グリフォンは肉を食べ進め、そして、大量に用意したブラウンボアの肉は、ものの数分で消滅してしまった。物凄い食欲だ。
「美味しかったか?」
いや、その台詞はどうなんだろう。自分で言っておいてなんだが、このグリフォンは囚われの身。言うなれば、先のアルゼイム王女と同じような身の上だ。
そんな子に肉を与えて、『美味しかったか?』なんて、その発言はあまりにもサイコパスすぎないだろうか。
グリフォンはその言葉を理解したのか、そうでないのか、力強い瞳で、じっとこちらを見つめている。まだ多少の警戒心は残っているが、肉をくれた人間ということで、先程よりはましになっていた。
そっと、手を伸ばしてみる。嘴がぴくりと動き、噛み付かれるかと思ったが……動かない。そのまま、グリフォンの頬の辺りを撫でてやった。
「……ふさふさだ」
『オブオブ』の最新技術万歳。いつか1人で行った鳥カフェの鳥のように、グリフォンの羽毛はふさふさとして気持ちが良かった。泥で少し汚れているが、それを気にさせないほどに。
そのまま撫で続けていると、グリフォンはやがて自分から手に顔を擦り付けるように、甘えてきた。果たしてこれが、肉をくれたことへの恩返しのつもりなのか、懐いてくれているのかは分からないが……良い兆候だ。
「お前……一緒に来るか?」
撫でられたまま、グリフォンが見つめてくる。まるで、こちらの言葉を理解しているようにも見えた。
「すぐには無理だけど……いつか、元いた場所にも帰してやる。だからそれまで、俺と一緒に旅をしないか?」
こいつは決して、人の言葉を話せるわけではない。理解しているかどうかも怪しい。だが、理解している……ように見えたんだ。
撫でていた手を離し、そして、握手をする時のように、グリフォンに手を差し伸べた。
「いや……一緒に来てくれ。俺と旅をしよう」
差し伸べた手に、グリフォンは……その大きな嘴を、ぽんと乗せた。武器である嘴を相手に預けたということは、それすなわち……『応』の意味、か?
「すみません、檻を開けてください」
「承知しました」
騎士に頼んで扉を開け、檻の中へ入る。襲われる気配はない。鍵を借りてグリフォンを繋いでいた鎖を外し、再びその頭を撫でてやると、グリフォンは嬉しそうに鳴き声をあげた。
「……凄い。本当に、グリフォンを手懐けた……」
「カイン様……あぁっ、素敵ですっ……」
……何やら、檻の外から変な声が聞こえてきた気がするが、聞こえないフリをしておこう。
それはそれとして。もう、こいつは大丈夫だろう。本当に手懐けられたのか、恩返しのつもりなのか、ここから出るために俺を利用しているだけなのか……いずれにせよ、今は敵対する意思はないだろう。だとするなら、名前を付けてやらないといけない。いつまでも『グリフォン』では可哀想だ。
「そうだなぁ……俺、ネーミングセンスないからなぁ……」
鷹、獅子、風。思い浮かぶのはその辺りだ。だが、どうにもパッとしない。別にその辺りの単語にこだわる必要はないのだが……。
グリフォン……空想上の生物……それが象徴するのは……。
(……七つの大罪?)
グリフォンは時として、かの有名な七つの大罪のうち、『傲慢』を司る幻獣として描かれることがある。そして、傲慢は英語で言えば『プライド』。ラテン語で言えば、確か……『スペルビア』。そのままだと長いから……、
「……ルビア。お前が雄ならごめんって感じだけど」
単純な名付け方だが、それほど絶望的な響きでもない。俺は気に入っているが、どちらかと言えば『女の子』のような名前だ。仮にこいつが、雄であったなら申し訳ない。
グリフォンはその名前を……気に入った、ように見える。名前を呼ぶと、頭を擦り付けてくるのだ。どうにも、その様子が可愛らしい。
「そうか、良かった。気に入ったなら良かったよ……」
これにて、グリフォンの件は一件落着……だと思う。檻を出た瞬間に喰い殺されでもしない限りは。
後は、夜に控えた王族との食事会……なんだか、今から気が重くなってきた。変なことにならなければいいが……。
次回、第一章『彼と少女とその狂気』最終話
『指先に触れたその感触』




