第十七話『王女』
某新作ゲームが楽しすぎるのがいけない。
2月3日、午前11時。
時間までは指定されていなかったが、この時間ならば迷惑にならないだろうと城を訪ねた俺は、騎士に案内されて広い客室へと案内された。NPCの店で買った、竜を模した画面をつけて顔を隠していたせいで、騎士には大いに怪しまれたが、ミオのあのペンダントを見せることでそれも解決した。
部屋には俺と、見張りらしき騎士が3人、それから侍女が2人いた。ミオや王女はすぐにやってくるということで、ここで少し待つことになった。
1日。ミオが1日待ってくれということで待ってはみたものの、それで精神状態は回復したのだろうか。身内の四肢が、犯罪者によって奪われた。その精神的影響はかなりのものだろう。
そして、ミオは勿論そうだが、当人であるアルゼイム王女も心配だ。四肢を失ったことや、食事が十分でなかったのか、痩せこけていたこと。たった1日やそこらで回復するとはとても思えない。
だから、今日はひとまず、経過観察の目的も兼ねてここへ来た。ミオと王女が、少しでも落ち着いていればそれでいい。それ以上は望まない方がいいだろう。
……だが、そんな俺の予想は、『良い方向』へと裏切られた。
廊下の方から、がらがらと何かを転がすような音が聞こえる。車輪の音……だろうか。
そして少しして、客室の扉が開け放たれる。現れたのは、車椅子に座る王女と、それを押すミオの姿だった。
「カイン……来てくれたんだね」
「当たり前だ……これでも、心配はしてるんだ」
そも、今日ここへ来いと言ったのはミオの方だ。ここまで首を突っ込んだ手前、来ないわけにもいかないだろう。
ミオはそのまま、車椅子を俺の向かいにあるソファまで押した。そして王女の体を抱きかかえると、軽々と持ち上げソファへと座らせた。
「ありがとう、レミィ」
そう言ったのは、アルゼイム王女だ。どうやら彼女は、ミオのことをレミィと呼ぶらしい。
昨日……狩りの後に、色々と気になって調べたことがある。俺の予想は本当に正しく、ゲームの紹介PVに2人は登場していたのか、という確認だ。
結果……答えは、『イェス』。ちらりとではあるが、玉座に君臨していたガルドラ国王の隣に、ミオと王女が佇んでいた。やはり、俺がミオに覚えた既視感は、そこで見たせいだった。
ただ、公式サイトなどには、2人の王女の名前までは記載されていなかった。俺が名前を知ったのは、その確認の後に、町で聞き込みをした際だ。
ガルドラ現国王、ヴァルヴァロス・アルディス・フォン・ガルドラ。ガルドラ最強のNPCという噂もあり、考察班の見解では、恐らくプレイヤーレベル換算で『60レベル』程度の強さを誇っているのではないか、とも言われている。今の俺では、背伸びをして卑怯な真似をしても勝てないような相手だ。
そして、国王には2人の娘がいる。国王と同じ青い髪を持ち、仲睦まじい2人の娘が。
1人は、既に知っての通り、アルゼイム王女だ。ガルドラの第一王女であり、王位継承権を持つ者。今のところ、国王に息子はいない。順当に行けば、アルゼイム王女が王位を継ぐことになるだろう。だからこそ、スカルズの標的になったのだ。
そして、もう1人……それが、アルゼイム王女の妹であり、第二王女である『レミオラ』王女。つまり、ミオだ。
だがまさか、レミオラから取って『ミオ』とは……偽名を使うにしても、流石に安直すぎるだろう、それは。
「む……なんか失礼な目線を感じたような」
「気のせい気のせい」
見ていることがバレたのか、ミオにじろりと睨まれる。
それから、ミオはアルゼイム王女の隣に座った。客室で、机を挟んで座る俺たち。俺はプレイヤー……この世界風に言うなら『無名の剣士』で、相手は一国の王女。事が事なら『不敬だ』と言って切り捨てられそうにもなるが、騎士も誰も、この状況に口を挟むものはいない。
「カイン様。どうか肩の力を抜いてください。あなたは私たちにとって、大事なお客様なのですから」
「いや……王女様相手に、肩の力を抜けと言われましても……」
「……私の時と対応違くない?」
肩の力を抜け、と王女は言うが、下手なことをして死刑にでもなったら笑えない。ある程度の礼儀は必要だろう。ミオが何やら言っているが、聞こえないフリをしておこう。
王女はそんな様子がおかしかったのか、小さく笑みをこぼした。それだけを切り取ってみれば、何の違和感もない、ただの平和な光景なのだが……。
(……まだ随分と、疲れているように見えるな)
昨日1日休息をとったからか、王女の体調は良くなっているように見えた。生気の戻った顔色に、力強い瞳。まだ少し痩せこけた印象はあるが、それもじきに解決するだろう。
だが……疲れているように見える。無理もない。犯罪者に攫われ、四肢を奪われたんだ。体力も落ちているだろうし、こうして話をするだけでも、それなりの体力を持っていかれているはずだ。
「それでは、改めまして。私はガルドラの第一王女、アルゼイム・アルディス・フォン・ガルドラ。この度は、この命を救っていただき、本当にありがとうございます」
王女はそう言って、頭を下げようとした。だが、上手くバランスが取れず、前のめりに倒れそうになる。
「おっと……お姉ちゃん、無理しないで」
「……ごめんね、レミィ」
四肢がなくなって、まだ上手くバランス感覚を掴めていないのだろう。二の腕から先と、太ももから下が失われている。動きがおかしくなるのも当然の話だ。
ミオに支えられ、また深く腰掛ける王女。その表情には、若干の翳りがあった。
「……申し訳ありません、カイン様。本来なら、額を地につけてでもお礼をするべきなのでしょうが……」
「そんなことされてもこっちが困りますよ……! じっとしててくださいっ……!」
「あら、そうですか……?」
にこり、と微笑む王女。冗談なのか本気なのか、分かりづらいボケはやめていただきたい。
「……本当に、すみません。俺たちでは、殿下をお助けることで精一杯でした」
「いえ。これは、私の弱さが原因なのです。カイン様がお気に病むことではありません」
恐らく、俺たちがアジトに乗り込んでいた段階で、既に王女の四肢は失われていた。つまり、あの場でどう足掻いたところで、王女の命を助けることが精一杯だった、ということだ。
言い方を変えれば……嫌な言い方をすれば、『俺のせい』ではない。そうやって責任から逃れることはできる。だが、それは決して気分の良いものじゃない。
「……今日は、レミィが……第二王女のレミオラが、あなたを呼んだそうですね」
「はい。……と言っても、様子が気になるので。そうでなくとも、顔を出すつもりではいました」
今回はミオに誘われ、日付を指定されたから今日来たわけだが、それがなくとも、何とか彼女たちに接触しようとは試みていただろう。あのまま別れていては、2人のことが心配で、今後のプレイにも支障が出ていた。
「では、その話に入る前に、私からも良いでしょうか?」
「何でしょうか?」
と、王女がそんな風に切り出した。ミオが礼をしたいと言っていた話よりも前に、何か聞いておきたいことがある様子だ。
「実は、事件のこと、カイン様のこと……レミィから大まかな話は聞いていますが、カイン様本人の口からも聞いておきたいのです。今後のためにも」
「ああ、そういうことでしたら……」
確かに、作戦自体は分かれて行っていたし、それぞれ考え方も違っていただろう、ミオから話を聞いたのなら、俺からも話を聞くのは当然のことと言える。
……そうだな、どこから話したものか。
俺は王女に、隠さなければならないことは誤魔化しながら、それ以外のことは真実をありのままに話した。
俺はこの町に来たばかりの無名の剣士で、町を観光している最中に、王女が残したペンダントを見つけた。その後、大平原での狩りを終えて町に戻ってきた俺は、何やら忙しなく走り回っている騎士の姿を目にする。
その騎士を追って辿り着いたのが、暗殺者風の格好をしていた……ミオだ。
そこからはありのまま。ミオが同じペンダントを持っていることに気が付き、王女のペンダントから手掛かりを得た俺たちは、そのままアジトへ潜入。俺が囮になる作戦のもと、王女を救出した。
ついでに、スカルズに顔を知られるとまずい旨。そのために今日は仮面をつけて参上した旨も伝えた。
王女は俺の話を、ウンウンと頷き、時折珍妙な声で相槌を入れながら聞いてきた。その様子を見ると、単に好奇心で話を聞きたかったのではないのかと疑うほどだった。
「事件のあらましは、大体こんな感じかと思いますが……」
「なるほど……確かに、レミィから聞いていた話と一致します」
良かった。これで聞いていた話と違う、なんて言われたらややこしくなっていた。
喉が乾いたのか、咳払いをする王女の口元に、ミオがティーカップを運ぶ。王女はゆっくりとその中身を飲み下し、再び小さな咳払いをした。
「いやいや、しかし……あのペンダントを見つけてくれたのがカイン様で、本当に良かった」
「偶然です。民家の2階に引っかかっているのを見つけて」
俺はミオから預かったペンダントを取り出し、机の上に置いた。これは俺が拾った王女のものではなく、ミオのものらしいが……。
もう一方、あのメッセージが隠されていたペンダントは、王女の首からぶら下がっている。
「私は、連中に捕まった後、一度、自力での脱走を試みているのです。最後はあの、仮面を被った長身の男に捕まりましたが……そのペンダントは、捕まる直前に残したものです。痕跡を刻んで」
……『旅人』。正体不明の男で、スカルズの正式なメンバーではない。だが、何故かスカルズに協力している。
全盛期の王女は、少なくとも今の俺よりは強かったはず。そんな王女を捕らえるのだから、旅人自体もかなりの強者だ。
……あの男、一体何なんだ?
ただ一つ分かっているのは、奴には何か『裏の目的』があるということ。俺がカマをかけた時に乗ってきたことを見るに、奴の本当の目的は国家転覆ではない。
まあ……このゲームは始まったばかりなんだ。まだ、考えても仕方がない。
「カイン様がこれを見つけていなければ、私はあのまま、朽ち果てていたやもしれません。本当に、どれだけ感謝すれば良いのか……」
「い、いえいえっ! ミオを放っておけなかったのもあるし、たった1人のお姉さんが危ないっていうのに、何もしないってのも……ね?」
「カイン……」
始めにミオを追いかけたのは好奇心からだったが、その後にミオを手伝ったのは、別に下心があったからではない。恐らく一度死ねばそれまでのNPCである彼女たちを、何とかして助けたいと思ったからだ。
「カイン様。もうすぐお父様……陛下も来られるはずです。王女を助けたとなれば、どんな望みを言っても可能な範囲で叶えてくれるでしょう」
「望み、って言われても……別に、お金が欲しくてやったわけでもないですし……」
それに、助けたとは言え、王女は四肢を失った。王位継承権を失う可能性すらある。感謝される筋合いはない、とも思う。
「いや、多分、カインが言わなくても色々くれると思うよ。お父さんは……『アレ』だから」
「『アレ』……?」
口を挟んだミオは、そんなことを言った。
アレ、とは一体何なのだろう。その隣の王女や、周囲の騎士や侍女たちの微妙な表情を見るに、その『アレ』というのは、国王に対する一般的な評価だというように思うが。
一体どういうことだ、と、そう聞こうとした。その時だ。部屋の扉が2度、叩かれた。
「王女殿下。陛下が到着されました」
「そうですか。通してあげてください。暴走しない程度に」
「暴走……?」
現れたのは、1人の騎士。国王の仕事にひと段落がつき、ここへ来たことを知らせるためだったが……アルゼイム王女の言葉は、一体どういうことだ? 暴走? 誰が? 何が?
唖然としつつ、待っていると……何やら、廊下の方からドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。何かがこちらに向け、走ってくるような音だ。
「……?」
そちらへ耳を傾け、何事かと窺っていると……その足音と共に、『男の人の声』も聞こえることに気が付いた。
「な、なんです……? なにが始まるんです……!?」
「陛下です」
「陛下ですっ!?」
王女がしれっと言う。そして、足音と声が近付き、扉の前でスリップ音を轟かせながら止まった。
あれは……確かに、国王だ。ガルドラ国王、ヴァルヴァロス。PVで見たままの通りだからはそれは間違いない。だが……何故、そんなに走ってここへ?
「あ、あっ……」
国王の目が、ギロリと俺を捉える。いや……俺か? 振り返っても誰もいない。俺か。
何か戯言のように呟きながら、国王が、じりじりと距離を詰めてくる。なんだかよく分からないが……なにか、面倒なことが起きそうな気がする。
「あ……貴方様かぁっ! 我が愛しの娘たちを救ってくれたのはぁぁっっ!!!」
じりじりと詰めてきた国王は……俺が射程圏内に入ると踏むや否や、ウサギのように飛び跳ねて抱きついてきた。
……何事かっ!?
国王は頬っぺたを俺の胸板に擦り付けながら、何かわけの分からないことばかり口にしている。戸惑いのあまりアルゼイム王女に助けを求めたが、王女は、
『やっぱりか』
みたいな表情をして、ため息をつくばかりであった。
そうか、ま、まさか……ミオの言っていた『アレ』って……。
(この国王……バカ親かっ!?)
大号泣しながらしがみつく国王を、剥がすに剥がせず、俺は王女やミオが救出してくれるまで、菩薩のようにただ無心でその場に突っ立っていた。




