第十六話『彼らのそれから』
評価付けてくれてる方いますね、ありがとうございます……この数話の展開でブックマーク全滅するかと思いましたが……
——あんなことがあった割には、寝ている最中、悪夢にうなされるようなことはなかった。目が覚めた時には既に昼の3時を回っていて、起床直後であるにも関わらず腹の虫が鳴いていた。
「……なんか気分悪いな」
体調不良、とまではいかないが、なんとなく気分が優れない。不規則すぎる睡眠のせいか、ただ腹が減っているだけなのか。とにかく腹に何か入れてやろうと、安物のカップ麺にお湯を注いだ。
それを持ち、パソコン画面の前に向かう。あれから町の中に異常が起きていないか、情報を知るためだ。『オブオブ』では運営による攻略掲示板……通称『オブスレ』なるものが存在しており、プレイヤーならばこれを自由に利用、閲覧することができる。
知りたいのは、アギニスの状況。ログアウトする前に、騎士のNPCにスカルズの警戒をするように伝えたが、それが本当に実行されていたかどうかだ。
『オブスレ』の中からアギニスのページを開き、スクロールしていくと……幾つか、それらしき投稿があった。
『アギニスの町、なんか騎士のNPC増えてない?』
『何かのイベント?』
『いやいや、オブオブにはイベントとかないだろ?』
『分からん。プレイヤーが何かしたのかも』
まだ噂の域を出ていないが、どうやら『なんか騎士が増えてる気がする』といった印象を受けるプレイヤーが多いらしい。
騎士が増えているということは……警告通り、スカルズの警戒に当たってくれているのだろう。それが分かっただけでも安心した。
少し硬めの状態でカップ麺の蓋を開け、啜る。他にも有益な情報がないかと色々探していると、その中に、トッププレイヤーの1人が善意で公開した、『効率の良い狩り場』の情報があった。このタイミングでそれを公開するとは、余程他に負けない自信があるのだろう。
「へえ、『大平原奥地』……」
初期地点に『ガルドラ』を選んだプレイヤーで、レベル9以降からオススメの狩場の名称だ。『ガルディール大平原』の中で、一定の境界線を超えて出現するモンスターが変化した場所のことで、正式な名称はないためプレイヤーが勝手にそう呼んでいるだけだとのことだ。
出現するモンスターは、レベルが上昇し手強くなった元の4種に加え、『ロックリザード』、『グリーンエレメンタル』、『リーフゼブラ』の3種を加えた計7種。情報によれば、追加された3種の中で最も厄介なのが、『グリーンエレメンタル』と呼ばれる非生命体型モンスター。
『エレメンタル』種。別名、『物理職殺し』。種としての基本性能として、物理攻撃によるダメージを30%カットし、また、近接物理攻撃に対しては、一定の確率で高威力の魔法カウンターを放ってくる厄介な敵だ。幸い、HPはそれほど高く設定されておらず、安全に倒すためには、遠距離物理攻撃で地道に削るか、魔法が使えるプレイヤーと協力して戦う必要がある。
……まあ、俺からすれば天敵のようなモンスターだ。一定の確率で行う魔法カウンターは、モンスターのレベルの倍程度あるプレイヤーですら、一撃で倒してしまうほど。間違っても、俺はこいつに攻撃してはいけない。
(……次、いつ今回のようなことが起こるか分からない。ミオと王女を守るためにも、レベルは上げておかないと)
最早、俺の脳内に『ゲームだからレベルを上げる』だなんて単純な考えはなかった。スカルズの件だってそうだ。レベルがもっと高ければ、あれほど危険に晒されることもなかったかもしれない。
『オブオブ』に対する認識を、少し改めよう。これはゲームだ。だが、『限りなく現実に近いゲーム』だ。何かを守るためには、それ相応の力が必要になる。
ミオとの約束は明日。なら、今日は1日中レベリングに励むとしよう。この件が解決するまでは、ミオの力になってやりたい。
* * *
『大平原奥地』には、他にも大勢のプレイヤーがいた。だが、狩り場が埋め尽くされている、というほどでもない。
やはりというかなんというか、敵の数を見ても、グリーンエレメンタルの数だけが異常に多い。いや、それ以外の数が少なくなっている、と言った方が正しい。誰もあの物理職殺しなど相手にしたくはないのだ。
「狙うはブランウボアかリーフゼブラ……いや、この際バイターアントとグリーンエレメンタル以外ならなんでもいい」
勝率が低くなってしまうバイターアントと、言わずもがなグリーンエレメンタル以外なら、もうそこそこ戦えるだろう。スカルズの件もあって、アッシュウルフとなら今でも戦えそうだ。狩りの幅が増えたことで、前より効率良く経験値も稼げるはず。
注意しなければいけないのは、グリーンエレメンタルとは絶対に敵対しないこと。そして、隠密性能の高いリーフゼブラに注意すること。
幸い、この2種は非敵対モンスター。こちらから攻撃を仕掛けたり、視界内にいる同個体を攻撃したりしない限りは、向こうから襲ってこない。それだけが唯一の救いだろう。
「さて……やるか」
血の付いた装備を一新し、少し品質の高い物に変えた。あの時は時間的に店も開いておらず、買い換えることができなかったからだ。
武器も、少しグレードが高く、良い物になった。新しい狩り場ともなると、やはり装備は新調しておかねば厳しいだろう。
件の『大平原奥地』へは、やはり歩いていかなければならない。アギニスから遠ざかるようにガルディール大平原を歩くと、歩きでおよそ40分程度、走って15分程度の場所から敵の出現パターンが変わる。明確な境界線があるわけではないから、敵の動向を見て判断する。
(……何かのきっかけで、馬とか手に入ったりするのかな)
町の中で馬を見かけたことはある。どこかに馬の販売所があるのか、それとも誰かから譲り受けるのか……後々はそれも考えないといけないな。毎度毎度徒歩で移動するのも時間の無駄だ。
ともあれ、大平原奥地に到着した俺は、早速狩りを始めることにした。手始めに、元いた4種がどれだけ強力になったのかを見るために……一番近くにいた、ブラウンボアを相手にすることにした。
ブラウンボアはこちらを発見すると、後ろ足で地面を掻くような仕草をとる。この行動パターンは、大平原の個体と同じだ。
そして、三度同じ行動をとると、突然こちらに向けて突進を仕掛けてくる。レベルが低い個体と比べると、体感的に少し速く感じるが……避けられないほどでもなかった。伊達にブラウンボアばかり倒し続けてはいない。
敵対したことで、視界上部にブラウンボアのHPバーが表示される。敵のレベルは……15。町の近くの個体だと3から7程度だったから、一番強かった個体のおよそ倍程度の強さ。ただ、こちらもレベルは上がっている。そこまで劇的な差はないはずだ。
「……そういえば、新しいスキル覚えてたな」
ふと、スカルズとの戦闘で、長剣の新しいバトルスキルを覚えたことを思い出した。
『オブオブ』において、通称『スキル』と呼ばれるものは、大きく3つに分けられる。
1つ。武器を使い続けて『武器熟練度』を上げ、一定のマスタリー値で習得する『バトルスキル』。
2つ。プレイヤー自身のレベルを上げ、一定のレベルごとに習得する『キャラクタースキル』。
3つ。料理や裁縫、鍛冶などの特殊な技術を実際に学び、繰り返すことで得られる『技術熟練度』を上げ、一定のマスタリー値で習得する『テクニカルスキル』。
戦闘で直接関係があるのは、このうちバトルスキルとキャラスキルの2つだ。一部テクニカルスキルは戦闘に関係することもあるが、基本は関係がないのでここでは除外する。
まず、武器マスタリーを上げることで習得するバトルスキル。『レッドスラッシュ』がここに分類される。
『オブオブ』ではそれぞれの武器に『武器マスタリー』と呼ばれる、所謂『経験値』的なものが設定されており、その武器を用いて敵にダメージを与える、一定数の敵を倒す、などの条件を達成することとこれが上昇する。
そして、この武器マスタリーが一定値に到達すると得られるのが、『レッドスラッシュ』のような武器による攻撃技、バトルスキルだ。
スカルズとの戦闘でこの武器マスタリーが、次のバトルスキルを習得するのに必要な値にまで上昇した。スキルの技後硬直が怖くて奴らとの戦闘では使わなかったが、慣れたブラウンボアが相手なら、練習にはもってこいだ。
剣を右手で持ち、左足を前に出して半身の状態で構えた。これだけを見れば、一般的な剣の構え方だろう。
だが、このスキルの待機モーションにおける剣の持ち方は、『逆手』だ。
ブラウンボアは既に突進のモーションを終え、こちらへ振り返ろうとしている。今がチャンスだ。
(突進型バトルスキル……『ラッシュエッジ』)
剣に緑のオーラが纏わり付く。スキル発動の合図だ。それを確認すると、俺はブラウンボア目掛けて右足を踏み出した。
次の瞬間——まるで時間が加速したかのように、周りの景色が後ろに流れていった。横目に見えたブラウンボアの体躯目掛け、逆手に握った剣を振り抜く。
ゲームシステムによる強引な加速……三半規管の弱い人間なら、この一瞬でダウンしてしまうほどの違和感。
そして加速が終わり、ブラウンボアを追い抜いたところで、剣を振り抜いた姿勢で止まった。技後硬直はそこから3秒。3秒の間は、何があっても動けない。
1、2、3……硬直が終わってすぐに振り返って構える。ブラウンボアのHPは、今の一撃で1割ほどが削れていた。
(こりゃ便利だ……直線上に敵がいれば、一気に薙ぎ払える。酔いそうになるけど)
C.C.Mを用いたゲームでは、よく『VR酔い』なんて話を聞くが、俺には無縁の話だと思っていた。まさか、ここに来てそれに近い感覚を味わうことになるとは。
レッドスラッシュのように、スキルを発動しながら移動しているのではない。スキル自体に、移動という行為が『組み込まれて』いる。そしてその移動という行為が、ゲームシステムによって加速され、この『ラッシュエッジ』というスキルは完成する。
なるほど……突進型スキル、ね。
システムによる強制的な加速はそれなりの違和感を伴う。スカルズとの戦闘で使わなくて良かった。この狩り場で練習して慣れておかないと。
「よし……やるぞっ!」
剣を順手に持ち替え、再びブラウンボアに突撃した。
* * *
……目蓋が、重い。中々、思うように上がらない。何とかしてそれを上げようと試みたが、僅かに開いた隙間から眩い光が差し込んできて、再び閉じてしまう。
眩しい。こんな感覚は、久しぶりに味わった気がする。ずっと、薄暗い場所にいた気がするから。
(わたし、は……)
何とか……何とか、目蓋を持ち上げた。眩いのは部屋の明かり。見慣れた……けれど、忘れかけていた部屋の明かりだった。
「こ、ご……」
『ここは』。そう言おうとしたが、声がかすれ、上手く言葉にできない。酷く喉が乾いているような気がする。そのせいか、熱と、そしてとげを刺したような痛みを感じた。
……一方、熱を感じるのは喉だけではなかった。
お腹の辺りだけ、他と比べて暑いほどの温もりを感じる。それに、他よりも圧迫されたような感覚があった。
「……れ、み……」
何とか首を動かして様子を探れば、そこには、小さな寝顔があった。
私の、たった1人の……愛する妹。
その表情は暗い。悪夢に囚われたように眉間にはしわが寄って、歯を食いしばっているのか、頬はひくついていた。
その不安を取り除いてやりたい。今すぐ、その頭を撫でてやりたい。
そう思って手を出そうとして……その違和感に、今度は私が頬を引きつらせた。
「……ぁ、ぁぁっ……」
私の……私の、腕がない。この子の頭を撫でてやりたいのに、撫でるための腕がない。右手も、左手も、この子を撫でてやることができない。
思い出した……私、私の手は……私の足は……。
『生きてさえいりゃあいいんだ。二度と逃げられないよう、手と足は斬り落としてやる』
脳裏に浮かぶ、大きな男の姿。私の手足を斬り落とした犯罪者。
「ぁっ……ひぐっ……」
思い出すと、自然と涙が溢れてきた。止められない。涙を拭おうにも、顔を隠そうにも、それをするための腕が私にはなかった。
その泣き声で目を覚ましたのだろう。私のお腹の上で寝ていたあの子が飛び起きて、私と同じように、大粒の涙を溜めた。
「お、お姉ちゃんっ……良かった、目がっ……!」
「れ、み……い……」
愛する妹の名を呼ぶ。本当は手を伸ばしたかったけれど、それはできない。
レミィはそのまま涙腺を崩壊させ、飛びついてきた。まったく、この子は……怪我人に飛びつくだなんて、悪い子ね。
「お姉ちゃんっ、おねっ……お姉ちゃんっ……」
今の私は、泣きじゃくる妹の体を抱きしめることもできない。このかすれた喉では、妹を満足に慰めてやることすらできない。
ただ……生きている。私は間違いなく生きている。だから、今はこうやって……泣きたいだけ、泣かせてやろう。今の私には、それしかできないから。
——それからは大変だった。公務で忙しいお父様やお医者様、車椅子の職人や料理人など、色々な人が取っ替え引っ替えで現れてはいなくなり、現れてはいなくなり。
幸い、喉の乾きと痛みはすぐに収まった。お医者様の妙に甘ったるい薬と十分な水分で、喋れる程度には回復した。
喋れるようになると……今度はお腹が空いた。最後にご飯を食べたのは何日前だったか。私を捕らえていた男たちは、私が死なない程度には食事を与えてくれたが、それ以上は何も与えてくれなかった。お腹が空いて、今にも意識を失いそうなのだ。
何が辛いと言えば……大好きなお肉もお魚も、今はまだ食べられないということか。目覚めたばかりでは体に優しいものをと、薬草の味がするスープしか許されなかった。
「お姉ちゃん……はい、あーん」
「あー……ん」
手がない私には、レミィがスープを飲ませてくれた。侍女たちが『王女様にそんなことは』とうるさかったが、レミィと、そして私の要望で、今日はレミィに世話をしてもらうことになった。
「美味しい?」
「うーん……薬草味のお湯、かな」
「あはは、だろうね」
レミィが笑う。だけど、その笑みの裏側に、何となく暗闇のようなものを感じてしまった。
曰く、私を奴ら……スカルズの手から助け出してくれたのは、レミィと、レミィに協力してくれたある男の人らしい。レミィ曰く、とても強くて、頭が良くて、そして……少し、残忍な人。
お礼をしたいと言ったら、明日、ここに来てくれるそうだ。お父様も最大限のもてなしをすると言って、料理人たちに指示をしていた。
私は再び口に運ばれたスープを飲み干しながら、レミィをじっと見つめた。
上手く隠してはいるけれど……傷だらけ。きっと、私を助けるために無茶なことをしてきたんだと思う。自分が死ぬ危険性だってあったのに。
「……ありがとう、レミィ」
「えっ……急にどうしたの?」
次の一杯を掬おうとしていたレミィにそう告げると、レミィは困惑した表情で、スプーンを持ったまま固まった。
「ううん。レミィのおかげで、またこうして、温かいご飯が食べられるなぁって……思ったから」
レミィがいなければ、私はあのまま衰弱して死んでいたかもしれない。私のせいで、この国が滅んでいたかもしれない。お父様もお医者様も、料理人も、侍女たちも……そしてレミィも。皆、私のせいで死んでしまったかもしれない。
それを防いでくれたのは、他ならぬレミィだ。レミィのおかげで、私はこうして、ここにいるのだから。
しかし……レミィはやはり、暗い表情をした。歯を食いしばり、どこか悔しそうな顔をしながら、『違う』と、私の言葉を否定した。
「……違うよ。私のせいだ」
「え……?」
「私が、もっと早くにお姉ちゃんを見つけ出せていたら……お姉ちゃんは、どこも失わずに済んだかもしれないのにっ……」
ドンッ、と、テーブルを叩くレミィ。その衝撃でスプーンが皿から落ち、テーブルに転がった。
この子が気にしているのは、やっぱり……この、手足のことだろう。命こそ助かったものの、その代償として、私は両の手足を失った。
……けれど、それは違うのだ。
「ううん、それこそ違うの、レミィ」
レミィが、顔を赤くしてこちらを向く。そして、私の顔を見て、酷く驚いた表情をした。
私は今、どんな顔をしているんだろう。落ち着いた顔? 優しい顔? それとも、笑っている?
けれど、怒ってはいないはずだ。だって、『レミィのせい』だなんて、これっぽっちも思ってないのだから。
そもそも、私があの時逃げ出していなければ、手足を斬り落とされることはなかっただろう。騎士たちを信じて、助け出してくれるのを大人しく待っていれば、五体満足で帰ることもできたかもしれない。
スカルズの人間が何かで揉めていて、それをチャンスだと思って逃げ出したのは、私の判断だ。そして、あの仮面を被った男に捕まったのは、私が弱かったからだ。
「私がこうなったのは、私が弱かったから。私の判断が間違っていたから。だから、レミィは何も悪くない」
「でもっ……!」
でももへったくれもない、と、私は首を横に振った。
「私は生きてる。今こうして、ここにいる。今は、それだけで十分じゃない?」
そう言って、残ったニの腕をレミィに向けて伸ばした。確かに手足は失ってしまったけれど、生きている。この世界から消滅してしまうことに比べれば、それっぽっちのことは、今はどうだっていい。
私は生きていて、そして、レミィも生きていてくれた。家族全員が無事で、国も滅びていない。今の私にとって、これ以上の幸せはないんだ。
「おいで、レミィ」
「……お姉、ちゃんっ……」
レミィがゆっくりと、私の胸へと飛び込んでくる。叶うなら、もう一度抱きしめてやりたい。もう一度撫でてやりたい。
けれど、それを願うことが贅沢なことだというのなら……今はこうして、ここに私とレミィがいるだけで、満足だ。




