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Orb Of Infinity—百面相さんの『オブオブ』プレイ日記—  作者: 藤乃リュー
第一章・NPC救出編『彼と少女とその狂気』
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第十四話『脱走』

(くそっ、ミオはまだか……!?)



 ジェイクたちからの逃走劇を始めて、どれくらい時間が経っただろう。ポーションの残りは心許なく、何よりも疲れが溜まって動きが鈍くなっている気がする。実際の肉体に疲れが溜まるわけではないが、これだけの運動をしていれば、当然、C.C.Mを動かしている脳にはそれなりの負担がかかっているはずだ。


 それに加え、5本あるうちのスタミナゲージのうち、2本が黒く変色し、回復しなくなっている。定期的な食事や休息が必要な理由は、これだ。スタミナゲージを消耗してしまうと、その分動ける時間が短くなる。


 早いところミオと王女の安全を確認して、この場を離脱したい。逃げ切るだけならば、それほど苦でもない。苦しいのは、こいつらから『逃げ切らずに』逃げなければならないことだ。



 実際にどれだけの時間が経過したかは分からないが、もうそろそろ、向こうも決着が付いていい頃だろう。即ち、ミオが王女を救出するか……それとも、救出できずに死亡、もしくは単独での脱出を試みるか。


 後者の可能性は排除したいが、ゼロではない。俺がここに引き付けたのは、ジェイクと旅人を含めた16名。恐らくだが、地下にはまだ5名前後が残っているだろう。ミオのあの実力なら、ただの組織員に負けるということも考えづらいが、『数の暴力』という言葉もある



……それから、これ以上こいつらを引き付けるのが難しい理由が、もう一つある。



(……これ以上は、作戦に気付かれる……!)



 下っ端たちは何の違和感も抱かずに、俺を追いかけているだろう。脳まで筋肉でできているジェイクも同じだろう。


 しかし、旅人という男は読めない奴だ。俺がちまちまと、見失われない程度に逃げ回っていることに、そろそろ勘付かれてもいい頃だ。


 そうなってしまっては、それ以上引き付けるのも難しい。全員が地下に戻るわけではないだろうが、少なくとも半数……下手をすれば、『ジェイク』か『旅人』1人を除いた全員が、地下に戻る可能性もある。そうなれば、一貫の終わりだ。



「……おかしい、ですね」



 旅人の言葉に、ぴくりと、ほんの少しだけ反応してしまった。恐れていた事態が現実になったかもしれない。


「ああ?」

「おかしいのです、ジェイクさん。そうは思いませんか?」

「だから、何がおかしいんだよ」


 ジェイクは、旅人の言葉の真意を理解できていないようだった。


「彼は、積極的に我々と戦うでもなく、かと言って全力で逃げている様子でもない。まるで……そう。『時間稼ぎ』のような動きではありませんか?」



……バレている。流石に、これだけ引き付けていれば気付くのも時間の問題かと思っていたが……やはり、こいつが気付いたか。


 漸く旅人の言葉を理解したジェイクは、途端にはっとなって、こちらをギロリと睨み付ける。これ以上は言い逃れもできない、か。


「……言われてみれば確かに。最初から俺たちを挑発するような物言いだったな」

「ええ。私もまんまと騙されましたが……恐らく、狙いは」

「別働隊による王女の救出……か」


 全てバレている。2人を誘き出すために、敢えて挑発的な宣戦布告をしたことも、旅人を引き付けるために旅人の正体に迫る嘘を吐いたり。


 そして……ミオのことも。まだ人数までは割れていないだろうが、それも時間の問題だ。


「ジェイクさん、私は戻ります。よろしいですね?」

「ああ。王女は逃すな、絶対にな。おい、お前らっ!」


 ジェイクが喝を入れると、下っ端の組織員たちが旅人の側につく。ジェイク1人が俺の相手をし、残り全員は地下に戻る。考え得る最悪のパターンだ。



(くそ……間に合わなかったかっ……!)



 旅人が組織員を連れて地下に戻れば、王女の救出は絶望的だ。不可能だと言い換えてもいい。最後の最後で、運に見放されたか……!




——そうして、思考回路が絶望で埋め尽くされた時。空から突然、『何か』が飛来した。



(……これはっ!)



 元は王女を助けるために、ミオが用意していたものの1つ。俺たちは、予めそれを『王女救出』後の脱出の合図に決めていた。


 これを投げ込むのは、そのタイミングで、ミオが敵に追いかけられておらず、尚且つ俺を助ける余力が残っていた場合。この『白い球』が飛んできたということは、ミオは……!



 空から飛んできた白い球は、俺たちの目の前に転がると、次の瞬間……凄まじい量の煙を吐き出しながら、地面を駆け回った。これはそう、他には何の効果も持たない、ただの『煙玉』だ。



 煙が撒き散らされると同時に、踵を返して走り出す。俺が顔の下半分に布を巻きつけているのは、顔を隠す目的以外に、この煙を吸わないようにするためでもある。案の定、煙の中からは無数の咳込む音が聞こえてきた。


 あとは、敵からの攻撃を警戒しつつ、人目のある場所まで逃げ切ればいい。もう敵を引き付けておく必要もなくなった。速度を調整して、見失われないようにする必要もないのだ。



 時たま、煙の中から投擲物らしきものが飛んでくることもあった。何度か腕や足にかすり、怯みそうになるが……今だ。今だけ堪えれば、何ということはない。ミオが見ている手前、下手に死ぬこともできなくなったのだ。何とか走って、逃げなければ。





——そして。





「……ま、撒いたか?」



 空は明るく、早起きなNPCたちが続々と現れる大通りに、俺はいた。ここまで来れば、派手な騒ぎも起こせまい。暗殺を警戒する必要はあるが、少なくとも大柄で目立つジェイクは追ってこないだろう。


 脅威となるのは……素顔の分からない旅人か。こちらも素顔はバレていないとはいえ、何人も殺したせいで、全身血塗れだ。このままでは素顔を隠していた意味がない。



「あの、すみません……」

「はい……?」



 そこで、店の開店準備をしていたNPCに声をかけ、羽織るものを借りた。幸い、防具を外してローブを羽織れば、血の跡は隠せそうだった。


 あとは顔の布を外せば、奴らからも俺の正体は分かるまい。



「……や、やったっ……」



 逃げ切った。死んでもアルディス像の前に戻されるだけだが、妙な達成感がある。クリアが難しい困難なクエストをクリアしたかのような達成感だ。


 それと同時に、安心したからか、疲れと眠気が一気に押し寄せてくる。気付けば時刻は朝の5時半。休憩も無しに何時間ぶっ続けでプレイしたのかも分からない。メーカー推奨の休憩の目安など、とっくに過ぎている。



 あとは、ミオと合流すれば解決なんだが……ミオはどこにいるんだ? 戦闘の後なら、俺と同じく血塗れになっているだろう。どこかの路地で待機しているのだろうか。


 そう思って周囲を見渡すと、向かいの路地の陰から、小さな少女が手招きしているのが見えた。ミオだ。


 あの煙玉で援護してくれたということは、無事に王女を救出できたということだろう。単独で脱出する際には別の合図を設けていた。つまり、そういうこと。


 姉妹の感動の再会に水を差すのも何だが……相手は王女。挨拶くらいは済ませておかねばならないだろう。






……俺は、地下室で起きていた惨劇など何も知らず、浮き足立って彼女たちのもとへと向かってしまった。






   * * *






「……っ」




 そのあまりにも歪な状況に、俺は思わず言葉を失ってしまった。


 汚れてはいるが、ミオと同じ、美しい青い髪。ややこけてはいるが、美しさを感じさせるその顔立ち。どことなくミオと似たような雰囲気に、確かに姉妹なのだと納得させられる。




 ミオは、そんな姉……アルゼイム王女を、自身の膝に寝かせていた。膝枕の要領だ。そこだけを切り取って見れば、仲睦まじい姉妹の光景に見えるだろう。だが、そこには『仲睦まじい姉妹の光景』というには、あまりにも残酷すぎる欠落(・・)があった。



「紹介するね、カイン。私のお姉ちゃんで、ガルドラの第一王女、アルゼイム・アルディス・フォン・ガルドラ。私に似て美人でしょ?」



 ミオは、その異常すぎる光景を『まるで気付いていない』かのように、至って普通に、彼女を俺に紹介してみせた。顔は笑っているものの、目に光が宿っていない。どこか……壊れている(・・・・・)


「色々あったけど、お姉ちゃんを助けられて良かった……これも全部、カインのお陰だよ。本当にありがとう」

「あ、あぁ……」


 それは、わざとなのか。それとも、目を背けているだけなのか。ミオのその歪な笑みを見ると、背筋が凍るような感覚さえ覚えた。


「な、なあ、ミオ……」

「ん、なあに?」

「その、何が……あったんだ?」

「何が、って……何が?」


 無邪気だ。無邪気で、歪で、壊れた笑顔。ミオは確実にこの事実から、目を背けている。




 欠落……そう、まさに欠落だろう。




 ミオの膝の上で眠るアルゼイム王女。しかし、その両腕は、二の腕から先が切断されて失われている。両足も、太ももから先がなかった。四肢が丸々失われ、見るに耐えない姿だった。


 地下で……ジェイクたちに、やられたのか。


 曰く、王女は仲間内でのいざこざの隙を見て、一度脱走している。その後もう一度捕まり、地下に幽閉されたらしい。



……ならば、もう二度と脱走などできないように、手足を切り落とすのも一つのやり方だ。何せ、人質としての王女は、『生きてさえいれば』いいのだから。



 こんな恐ろしいやり方を『一つのやり方だ』と言えるのは、俺たちとて人のことを言えないからだ。裏切られることを未然に防ぐため、人質を殺した……やっていることは、それと何ら変わりはない。


 だけど、こんなのは……こんなのは。


「……ミオ」

「なあに、カイン?」


 果たして、彼女に目を背けさせるのが正しい道なのか。それとも、現実を受け止めさせるのが正しい道なのか。俺には分からない。


 だが、後になって苦しいのは、確実に目を背ける道だろう。いつかは必ず、現実を受け入れなければならない日が来る。


「その、王女の体は……」

「……っ!!」




 そこまで言いかけて、ミオの顔が真っ赤に染まり、彼女は短剣を抜いて俺にその切っ先を向けた。


「うるさいっ……うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!! 私だって分かってるっ! あんたに言われなくてもっ!!!」


 発狂し、あらゆる罵声を浴びせてくる。彼女はただ、目を『背けている』だけ。精神が壊れ、幻覚を見ているわけでも何でもない。だから、王女が今どういう状態なのかは、助け出したミオが一番よく分かっている。


 でも、だからこそ……それが実の姉だから、目を背けたくなるのか。命を賭けてでも助け出そうとした、愛する家族のことだから、尚更その事実を認めたくない。



 思い付く限りを全てぶちまけたのか、ミオは息を切らしながら、からんと、手に持っていた短剣をこぼした。



「私だってっ……分かってるよっ……分かりたくないのに、分かっちゃうんだもんっ……!!」



 罵声の次は、泣き言だ。明らかに精神状態が正常ではない。だが、どうすればいいのか、どうするのが正解なのかが……分からない。俺はただのゲーマーであって、カウンセラーでも何でもない。こういう時にかける言葉が、見当たらない。



 ミオはそのまま、王女の体を抱きしめながら、暫く泣いていた。泣いて泣いて泣いて、落ち着いたと思ったらまた泣いて。



 30分ほどそうしていただろうか。すっかり涙も枯れ、目も(うつろ)になった彼女に言葉をかけようとすると、それよりも前に、ミオは首を横に振った。



「……ごめんなさい。明日、お城に来て。お礼、するから」

「ミオ……」



 俯き、王女の体を抱いたまま、ミオはそう言った。そして、ゴソゴソと懐を探り、あのペンダントを取り出した。



「これ、1つ渡しておく……門で見せたら、通すように言っておくから……」



『だから、今日は放っておいて』



 言葉にはしなかったが、そう言われた気がして、ペンダントを受け取った後も何も言えなかった。


……これ以上、俺がここにいても、余計にミオの精神を乱すだけだろう。彼女の言う通り、今日は引き下がって、明日、城を訪ねるしかないようだ。


 問題は、スカルズの追撃がミオたちを襲わないかどうかだが……騎士のNPCに、アジトの場所とミオたちの安全を伝えれば、保護はしてもらえるだろう。今はそうするのが最善のように思えた。



「……明日、必ず行くよ」



 最後まで俯いたままだったミオにそう告げ、俺は、路地を立ち去った。騎士たちにある程度の事情を話し、動いてくれることを確認した上で、ログアウトする。


 現実世界でも同じように太陽が昇っていた。ミオのことは気になるが……これ以上のログインは身体にも負担が大きい。ミオの言う通り、明日までは接触するのを控えよう。



 カーテンを閉め、暗くした部屋で布団にくるまり、そっと目蓋を閉じた。部屋は、少し寒い。

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