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Orb Of Infinity—百面相さんの『オブオブ』プレイ日記—  作者: 藤乃リュー
第一章・NPC救出編『彼と少女とその狂気』
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第十三話『救出』

 のらりくらりと敵の攻撃をかわしながら、敵の数を減らすことだけを目的に戦い続けた。突入直後に4人、宣戦を布告してから追加で5人、計9人。何とか全体の3分の1を削ることはできた。


 だが、限界は近い。敵を引き付けながら逃げることも考えれば、もうそろそろ退き始めなくては体力が持たないだろう。



「ちっ……!」



 わざとらしく舌打ちをして、踵を返し、階段へ向かう。階段を背にしながら戦ったおかげで、退路は確保されていた。


「追えっ! 逃がすなっ!」


 ジェイクの一喝で、残った組織の人間たちが、階段を駆け上る俺を追いかけてくる。


 階段の半ばで止まり、先頭の男を突き刺し、絶命した男の死体を階段下に向けて蹴り飛ばすと、その後ろにいた男たちは雪崩のように崩れ落ちていく。


「そんなものか、スカルズッ! そろそろ全力を出したらどうだっ!」


 去り際に、もう一度煽っておく。ジェイクはこれで、間違いなく釣れるだろう。不穏な発言をしておいたから、旅人も引き付けられるはずだ。何人が地下に残るかは分からないが、混乱に乗じればミオ1人で何とかできる数くらいには減ったはず。



 一気に階段を駆け上がり、裏口の扉を蹴り飛ばして外へ出た。明るくなり始めた都合上、表よりも裏口から出た方が、奴らが追いかけてくる可能性も高いからだ。


 外に出ると、すぐさま振り返り、追手の様子を窺う。先頭にいるのは……、


「余裕ぶっこいてる暇があんのかぁっ!?」



……先頭にいたのは、拳を振り被っているジェイクだった。一時的とはいえ、人の雪崩で階段を封鎖したのに、もう追いついていた。



「まずっ……!?」


 まさか、こんなに近くまで来ているとは思わなかった。不意打ちにも近いその拳を剣の腹で受け止め、衝撃を殺すために即座に背後に飛び退くが……殺し切れずに、吹き飛ばされた。


 後ろは壁。このままではぶつかる、と脳が判断した時には、既に体に激痛が走っていた。



「がっ……」



 毎度思うが、このゲーム、痛覚の緩和レベルをもう少し高めとけよ……!



 このまま倒れては、奴らを家から引き剥がすという目的を達成できない。激痛が走る身体を強引に動かし、地面に倒れ込む前に身を翻して、家から遠ざかるように走り出した。後ろを確認する余裕もない。とにかく今は走って、全力で走って、こいつらを引き付けないと。


「おい待てよ……あんだけ好き放題やっといてどこ行くんだ、あぁっ!?」


 ジェイクはこちらに怒声を浴びせながら、追いかけてきているようだ。旅人が一緒なのか、振り向いて確かめる余裕もない。


 だが、殴られたあの瞬間、視界の端に白い仮面が見えた気がする。作戦は成功しているはずだ。




(くそっ……あとは頼んだぞ、ミオッ……!)




 ミオには悪いが、俺にはこれ以上のことはできそうにもない。減ったHPは、既にポーションを飲んで回復しているが、ジェイクと真っ向からやり合っては30秒と持ち堪えられそうにない。予想以上に、ジェイクの実力が高かった。俺ではどう背伸びをしたところで、逃げるのが精一杯だ。


 こうなった以上、王女救出の成否は、ミオの『覚悟』にかかっている。何とか成功させてくれと心の中で何度も祈りながら、敵の猛追を『振り切らないよう』に街を走った。






   * * *






 カインが敵を引き付けて、裏口から走っていった。その直後に激しい金属音が聞こえてきて、思わず助けに行ってしまいそうになったが……カインは作戦を説明する時に、私に言ったのだ。



『いいか、ミオ。この作戦は、俺たちが2人いると敵に気付かれた時点で破綻してしまう。何があっても……たとえ、俺がどれだけ不利な状況にあったとしても、決して姿を現すな。……いいな」



 カインは、敵を引き付けるために一芝居打って、自分1人でお姉ちゃんを助けにきたと、敵にそう誤解させようとしている。だから、私は今、ここから出てはいけない。たとえ、カインがどんな目にあっていても。




『なんて酷い女。家族を助けるために、見ず知らずの男を犠牲にするなんて』




 心の中で、何人もいる私のうちの1人が、私に、無慈悲にもそう告げた。


 本当は私も分かっている。自分がどれだけ酷いことをしているのかくらい。カインは優しい人だ。だから助けてくれる。私は、その優しさにつけ込んで、カインを利用しているだけに過ぎないのだと。



 でも……仕方ないじゃない。お姉ちゃんはたった1人のお姉ちゃんで、家族なんだもの。他人を犠牲にしてでも助けたいと思うのは……そんなに、おかしいことなの?



 カインは、決して私を否定しなかった。尋問していたあの男を殺した時だって、私を貶すような言葉は、何一つとして口にしなかった。


 心苦しい……とは思う。カインは優しい人なんだ。赤の他人を助けるために、ああも自分を犠牲にできる人は見たことがない。


 だから……時たま思うんだ。あなたがもっと、『優しくない人』だったら良かったのに、って。




……ダメだ。迷いや不安は刃を鈍らせる。今考えるべきなのはカインのことではない。必ずお姉ちゃんを助け出す……ただ、それだけを考えろ。



「……今行くよ、お姉ちゃん」



 短剣の柄をぐっと握り絞め、敵の気配がなくなったことを確認して飛び出し、廊下を一気に駆け下りた。






 カインが囮になって、敵を家から引き剥がした後の私の役目は、混乱に乗じて障害となる敵を排除し、お姉ちゃんを救出、脱出すること。余力があればカインが逃げる手助けを行い、3人で人目の多いところまで逃げること。


 捕まえたあの男の話では、階段の先には分厚く頑丈な扉が一枚あり、その先にはすぐに敵のいる広間があるらしい。カインはその扉の前で呼吸を整えることもできただろうけれど、扉が開いてしまった以上、私にはそれができない。階段を一気に駆け下り、そのまま流れに乗って敵を排除する他ないのだ。



 薄暗い階段から明るい広間に出ると、そこら中に人の死体が転がっていた。カインが殺したのだろう。恐らく、少しでも私の負担を減らすために。


 広間の中に、目視で確認できた敵の数は4人。2人は固まっていて、残る2人は1人ずつ散らばっていた。


 まずは、人数の不利を少しでも減らすために、固まっている2人を始末する。そのあとはそこから近い1人を殺し、最後にもう1人も殺す。1対1なら正攻法でも負ける気はしない。



「なっ、貴様っ……!?」



 階段から突然現れた私に、敵は露骨に動揺していた。カインのこともあって既に戦闘状態に入ってはいたが、構えるまでが遅すぎる。屋根の上で戦った時のカインは、もっと速かった。


 姿勢を低くして駆け、固まっていた2人の足元まで来たところで、短剣で2人の喉元を斬り裂く。その段階で残る2人はこちらに向けて足を進めていたが、やはり、動きはノロマだ。



 始末した敵の持っていたナイフを奪い取り、こちらに向かってくる敵の1人に投げつける。動く敵の頭を狙うのはリスクが高い。要は少しでも動きが止まれば良いのだから、的が大きい胴体を狙うのが合理的だ。


 投げたナイフは左から迫っていた男の胸元に命中し、男が一瞬、よろめいた。そのまま放っておいても死ぬかもしれないが、トドメを刺さねば安心はできない。


 すぐさまその男に接近し、顎の下から頭の天辺目掛けて短剣を突き刺す。滝のように流れ落ちてくる血で、短剣と、短剣を持つ手が赤く染まり、引き抜こうとしたが滑ってしまった。


「くっ……!」


 既に、もう1人が迫っていた。一先ず短剣を引き抜くことを諦め、手を振って纏わりついていた血を、男の目に向かって飛ばした。簡単な目潰しだ。


 目に血が入って、男の動きが鈍くなる。その隙に、今し方殺した男の持っていた曲刀のようなものを奪い、最後の1人の頭部を、横から薙ぎ払った。


 切れ味が鈍っていたのだろう。曲刀は男の顔半ば程で止まった。しかし、絶命させるには十分過ぎる威力だ。


 男の体を支えていた曲刀の柄を離すと、支えを失ったその体が、血溜まりの中に倒れ込む。跳ねた血飛沫が、私の頬にまで飛んできた。




……いや、今更か。もう、私の顔は血でドロドロになっている。




 ドロドロになっているのは、顔だけか。それとも、心も……これだけ人を殺したのに、罪悪感の1つも浮かび上がってこないんだから、ドロドロに溶けてしまっているのかもしれない。



「……お姉ちゃんっ!」



 そんなことよりも、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんが囚われているであろう倉庫は、私から見て右端の部屋。


 死体の服で血を拭い、今度こそ確実に短剣を引き抜くと、右端の扉の前に立った。そして、扉を勢いよく開け放つと、薄暗い部屋の中から、何か光るものがこちらへ向けて近付いてきていた。



「……っ!」



 『それ』が何なのかを理解するよりも前に、私の体は飛び退いていた。さっきまで私がいたはずのその場所を、ぶぉんっ、という風切り音と共に、大きな剣が斬り裂いていた。



「こんのっ……!」



 まだ1人、残っていたか。不意打ちとは『卑怯』な。


 部屋の奥からぬるりと現れた、大剣を持つ男は、確かに力こそ強そうだったが、ちっとも脅威には感じない。尋問を始めようとしていた時のカインに比べれば、これっぽっちも怖くない。



「お前、さっきのやつの仲間かぁ?」

「ええ。王女殿下は返してもらう」


 一度相対してしまうと、混乱に乗じた排除とやらはできなくなってしまう。仕方ないが、この男だけは正攻法で倒さないといけないみたいだ。


 お姉ちゃんは、あの部屋に……この男の後ろにいる。早く、早く助けないと。それで、早くカインを助けにいかないと。



 右手には、愛用の短剣を。左手には、敵から奪ったナイフを。それぞれを逆手に持ち、構えた。


「邪魔だ、どけっ!」

「お前殺せば、オイラの手柄っ!」


 ぬるぬるとした気持ちの悪い喋り方で、男が大剣を振るった。剣速は決して速いわけではないが、遅いというほどでもない。今の私なら、避けられるほどの速度だ。


 だが、いかんせん、リーチが長すぎて、近付こうにも近付けない。あのリーチの剣を避けると、必然的に敵との距離が開く一方で、私の短剣が届く範囲まで接近することが難しい。



 単純だが面倒くさい相手だ。これで動きが遅いなら助かるんだけど、力ばかりは強いのか、そこまで遅いというわけでもない。接近するには、少し厳しい相手だ。


 だけど、対抗策がないわけでもない。接近ができないなら、接近せずに攻撃すればいい。ナイフを投げるなり、血を飛ばして目潰しをするなり。


 あとは、何らかの方法で一瞬でも動きを止められれば……その隙を狙って、接近することもできる。



 ナイフを投げ付けるのは……あの大きなガタイで動きが鈍るかと聞かれれば、少し微妙なラインだ。大剣で防がれるかもしれないし、刺さっても動揺しないかもしれない。


 ならば、それ以外の方法で動きを止めるしかない。姿勢を崩すか、或いは……そうだ。少しばかり『外道』だが、そこらにあるものを活用させてもらうとしよう。ほんの少しは隙ができる……いや、『動揺』してくれるだろう。




 私はそうと決め、男とは反対方向に駆け出した。


「なんだぁ、逃げるのかぁっ!」


 男はまんまとそれに釣られ、追いかけてくる。別に追いかけてきてもこなくても、この作戦には支障はないが……追いかけてくるなら、それはそれでいい。


 私は『目的のもの』がある位置までくると、それを拾った(・・・)ことを悟られないよう、わざとその場で飛び込み、前転をする。それを腹に抱えたまま、転がって、それを背中に……男から見えないところに隠した。


「逃げるのは、おしまいかぁ?」

「うん。逃げてても終わらないでしょ」

「なら、オイラの手柄になれ!」


 男が、大剣を振りかぶる。大きく頭上に掲げられた剣。それをかわそうとせずに、私は、背中に持っていた『それ』を、男に向けて投げた。



「ほら、あげる」

「な、なんっ……」



 男に投げたのは、階段付近に転がっていた球体状のもの。具体的に言えば、『誰かさん』が斬り落とした、白目を向いていて、恐怖を体現したような表情の……生首(・・)



 相手の眼前目掛けて思い切り投げたそれは、回転しながら、その絶望に満ちた表情を彼に見せつけていることだろう。短剣や投擲物程度では怯まないかもしれないが、『かつて仲間だったもの』の生首なら、多少の動揺は生まれるはず。



……そして、私の読みは正しかった。大剣を振りかぶったまま、男は情けない声で喚くと、そのまま重心をとられて後ろに姿勢を崩したのだ。もしかすると、生首と目と目が合ったりしたのかもしれないが……そこは、私の知るところではない。



 そして、これが最大にして最高のチャンスだった。私は姿勢を低くしたまま駆け、両手に持っていた剣で、男の足を斬り付ける。これだけの相手だ。一撃で仕留めることは難しい。ならば、まずは機動力を削ぐことからだ。


 次は、腕。剣を握れないように入念に斬り刻み、胸、首と移動して突き刺していく。



「こっ、かひゅっ……」



 やはり、体が大きいと生命力も強いのだろうか。本来なら死んでいてもおかしくはない傷だが、まだ生きている。喉から空気の漏れる音が、血飛沫と共に吹き出していた。


「……悪く思わないでよね」


 これ以上、その醜態を見ているのも気分が悪かった。奪った方のナイフを男の額に突き刺し、トドメを刺す。流石にもう動けはしないだろう。



 地に伏した男の死体を乗り越え、倉庫へと向かう。薄暗くてよく見えないけれど、微かに何かが蠢くような音が聞こえる。



「……お姉ちゃん、助けにきたよ」



 恐らくそこにいるであろうお姉ちゃんに、声をかける。蠢くような音が、一瞬止んだ。


 そして……意味もなく、言葉にもなっていない呻き声が、聞こえてきた。それは、呻き声ではあったけれど、どこか懐かしく、そして聞き覚えのある声だった。


「お姉ちゃっ……」


 暗がりにも目が慣れてきた。私は、すぐそこから聞こえてくる呻き声を頼りに、奥へ、奥へと進んだ。




……そして、漸く見つけた。お姉ちゃんを。







































……いや、お姉ちゃん、を?





































 おかしい。頭では認めたくないが、目の前にいるお姉ちゃんに何か違和感がある。認めたくない。見たくない。だけど、おかしい。何かがおかしい。



「お姉ちゃっ……!」



 急いで駆け寄り、その口に詰められていた布を取り除く。自由になったお姉ちゃんは嗚咽を繰り返した。


 ずっと、口に異物を詰め込められていた嫌悪感から……いいや、違う。これはきっと違うんだ。涙が枯れ、赤く腫れ上がった目蓋も。以前の面影もない、随分とこけてしまった頬も。




……なんで? だって……なんで、なんだろう。この違和感は、なんで……。




「れ、み、い……」




 久方振りに言葉を話すのだろう。途切れ途切れで、片言なその言葉は、私の名前を表していた。


 そんなお姉ちゃんへ、手を差し伸べる。お姉ちゃんも、その手を取ろうと、手を伸ばして——、




——伸ばして、くれない?




 あれ、おかしいな。なんで、なんで——?














「お姉、ちゃん……?」













 お姉ちゃん、なんで、()()もないの?

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