第十二話『囮作戦開始』
地下への隠し扉。それは、丁度階段の裏辺りの壁にあった。木と木の繋ぎ目で、元々そうであったかのようにデザインされているから、まさかこれが隠し扉だとは思わなかった。
男の情報では、この扉はただ押したり引いたりするだけでは開かない。開くには特定の手順を踏む必要がある。そのための仕掛けが2階にあるらしい。
「それじゃあ仕掛けの方は頼む。俺はここで見張ってる」
「分かった。気を付けてね」
2人で2階へと上がり、ミオに仕掛けを説明してから、1人で隠し扉の前まで戻ってくる。万が一、扉を開けた直後の不意打ちを警戒して、ここで見張るのは死んでも構わない俺だ。ミオには、仕掛けを作動した直後に俺からの合図がなければ、そのまま窓を割ってでも逃げろと伝えてある。
ナイフを構え、準備が整うと、階段から上の階にいるミオを呼ぶ。すると、少ししてから、階段の裏の壁が動き出すような音が聞こえてきた。
壁の奥は、向こう側は、明かりがなければ何もないほどに暗かった。幸い、ランタンならインベントリの中にある。ミオと合流してから明かりを灯そう。
再び、ミオの名を呼ぶ。仕掛けは一度作動させると、もう一度作動させるまで開いたまま。2人しかいないのだから閉める手段もないのだが、どのみち逃げる時にもう一度開けなければならないのだから、このままでも構わないだろう。
ミオと合流し、そのまま突入……するわけではない。こちらの音は下には届かないはずだが、扉が作動するあの大きな音は、振動で下に響いているかもしれない。それを不審に思った誰かが、上ってこないとも限らない。暗くて狭い階段内で鉢合わせるのは最悪だ。
ミオと2人で扉の両脇に待機し、暫く様子を見る。こちらに向かってくる足音はなく、気配もない。……敵はまだ、こちらに気付いていないのか。
「……よし。作戦通りに、けど、いざとなったら逃げてくれよ、ミオ」
「それは分かってるけど……カインも、死んじゃダメだよ」
「俺は大丈夫。頑丈だから」
死なないから、とは言えない。まだこの世界で、プレイヤーがどういう扱いを受けているのかが分からない以上、迂闊なことは口にできない。NPCたちから化け物扱いされるのは、少し堪える。
ここからの作戦は、至って単純。大筋だけを言えば、『敵を誘導して王女から引き剥がし、その隙に王女を助け出して戦力になってもらい、3人で脱出』というものだ。王女が囚われている場所と設備、敵の大方の配置、戦力などはあの男から聞き出してある。
この家にある地下の隠し部屋は、元は戦争などに備えた『シェルター』のようなものであり、それ故に、捕虜を捕らえておくための専用の牢獄などがあるわけではない。男が言うには、人質……つまり王女は、全ての装備を没収された上で、ロープで縛られ、身動きが取れない状況にあるのだと言う。
しかも、俺の読み通り、王女は地下に連行される前に一度、仲間内でのいざこざが原因で、その隙に脱走を遂げている。あのペンダントはその時に仕掛けたものだろう。それが原因で、見張りの敵は常に3人から4人ほど確保されているとのことだ。
頭領は見張りをするような性格ではない、旅人とやらも同じ。つまり、見張りをしているのは俺たちでも倒せる程度の敵。
問題は、部屋の配置だ。階段を降りて分厚い扉を開くと、まず大きな広間がある。その奥に倉庫やトイレ、調理場などが備えられた部屋が4つあり、それ以外に小部屋はない。男が最後に見た時には、王女が囚われていたのはそのうちの倉庫。階段から見れば、広間を挟んで向かい側にある。
間に小部屋がないということは……見張りを除いた26、7名前後の敵が、その広間にいるということだ。その中には、頭領のジェイクと旅人も含まれているだろう。第一の関門は、その広間を突破し、王女のいる部屋まで辿り着くことにある。
今回は、何せこちら側の人数が少ない。1対1……いや、同時に3人を相手取る程度は可能だろうが、30弱の敵を同時に相手にするのは、流石に不可能だ。つまり、どちらか1人が囮になって敵を引きつけ、その隙にもう1人が王女を助け出さねばならない。
王女を助け出しさえすれば、外の3人から奪ったナイフや、下にいる連中の武器を渡せば、王女自身も戦力になってくれるだろう。あとは残った敵を適度に倒しながら、2人が脱出したのを確認し、囮役も逃げれば良い。
ただし、今回の不確定要素はまさにそこにある。『王女が戦える健康状態にあるかどうか』と、『果たしてどれだけの敵が囮に引き付けられるか』という点だ。
王女が死んでしまっては、人質の意味がない。ならば、ある程度の食事は与えているだろう。だが、衰弱しているのは確か。本来の実力で戦えるかどうかは怪しいところだ。
それに加え、本作戦の成功の鍵は、いかに囮役が多くの敵を引き付けられるかどうかにかかっている。できれば、20人強……それも、ジェイクと旅人を含んだ人数を引き付けたいところだ。
幸い、敵にはまだこちらの戦力と人数は知られていない。『単独で王女を助けにきた愚か者』を演じれば、ある程度の人数は釣れるだろう。
王女救出役と囮役。もちろん、上手くいけば危険が伴うのは囮役だ。だから、そちらは俺が担当する。狩りをするために大量に買い込んだHPポーションもある。一撃で死なない限りは回復も可能だ。ミオよりも囮に適していると言えるだろう。
そして、どちらかと言うと俺よりも暗殺に適したミオに、王女の救出を担当してもらう。広間に残った敵を、動揺と混乱の中で始末してもらい、王女を救出するにはもってこいの人選だ。
外を見れば、ほんの少し日の光が差し込んでいる。これも好都合。これだけ明るくなったのだ。外に出てしまいさえすれば、敵も下手に追いかけてはこれまい。
「……運ゲーだな、これ」
「運ゲー?」
ふと口から漏れた呟きに、ミオが反応した。運ゲー、という単語が何を意味するのかが分からなかったらしい。
「作戦が成功するかどうかは運次第、ってことだ」
素直に意味をそう説明すると、ミオは途端に表情を暗くする。……何か間違えたか?
「……ごめんなさい。危ないことに、巻き込んじゃって……」
しおらしく、か細い声で、頭を下げるミオ。彼女たちからすれば、これは実際に『命を賭けた作戦』であって、そこへ不可抗力とはいえ、俺を巻き込んだことに、少なからずの罪悪感があったのだろう。
元々、手伝う、と言い出したのは俺のほうだ。そこに罪悪感を感じる必要はないし、感じられても困る。もうここまできた以上、今更引き返すこともできないのだから。
だが、こんな状態で作戦を進められては、成功するものも成功しなくなってしまう。何か、言葉をかけたほうがいいだろうか。
頭を下げたまま、面を上げようとしないミオの後頭部に、ポンと手を載せる。ぴくりと肩が震えたのは無視して、そのまま頭を撫でた。
「家族が大事なのは分かる。助けたい気持ちも分かる。……だから、多少無茶で危なくても、今回は手伝うよ。次はないけどね」
「カイン……」
今回は無茶な作戦だった。だから、こういうことは今回限りだ。次にこういうことがあれば、その時はちゃんと準備してから話を進める。
まあ、俺が安易な考えでペンダントを見せたこともきっかけの1つだし、偉そうなことは言えないのだ。
撫でていた手を退けると、ミオは頭を上げ、にこりと微笑む。どこか吹っ切れたような笑みだった。
「準備はいいか、ミオ」
「ええ、バッチリ!」
ならば上々。1本だけ残してナイフを全てミオに渡し、リングウィンドウから長剣を召喚する。広間での戦いならばこの剣も使えるだろう。代わりに、長剣を仕舞う用の空きを1つだけ作って、他2つにポーションをセットしておく。そうして、ミオには部屋に隠れて待機するように指示をした。
あとは、適当な布で顔の下半分を隠して……、
「……よし」
……さて。全ての準備が完了した。作戦開始といこうか!
* * *
かつん、かつんと、ほんの小さな音を立てながら、階段を下りていく。暗闇の中では、ランタンの明かりだけが頼りだった。
階段は、人1人が通れるくらいの幅。少しくらいなら、ここで耐えて敵を倒すこともできるだろう。
階段を下りきると、大きくて頑丈そうな扉が見えた。扉の両脇の壁には、材質は分からないが光る石が埋め込まれており、ほんのりと光っていた。
——すー、はー
大きく、深呼吸をした。この作戦の成功の鍵は、俺が握っていると言っても過言ではない。扉を開けて突入し、呆気に取られている敵の数人を殺す。敵が臨戦形態に入る前に、馬鹿で好戦的な性格だというジェイクを煽り、何か方便を吐いて旅人も同行させ、敵をまとめて外に引っ張り出す、その過程で、階段で立て籠るのもありだろう。
作戦の目的は、あくまで敵を引き付けること。囮だ。敵を倒すことが目的ではない。目的を履き違えないよう、上手く立ち回らなくては。
呼吸が整うと、扉に手をかける。重いが、押せば開きそうだった。
開く時は、一気に。敵を殺せるのは、扉から現れた『見知らぬ男』を見つけた、その一瞬の隙だ。
力を込め、扉を一気に開け放つ。部屋の中は明るい。暗がりの中にいたせいで一瞬視界が霞むが、戦闘に支障はない。
視界に入ったのは、がやがやと騒ぎ続ける有象無象の衆。予想通り、俺を見たその瞬間は、困惑の方が強かったようだ。
俺は背中の長剣に手をかけ、手近にいた男へ向けて駆けた。接近し、剣を抜いて、そのまま上段から斬り下ろす。
モンスターとは違い、NPCやプレイヤーなどの『人間』の体は、構造的に脆くできている。よほどの実力差がない限り、ろくな防具も身につけていないゴロツキ程度なら、肩口から斬り下ろせば一太刀。頭をはねる、心臓を突き刺すなどの攻撃でも一撃で仕留めることができる。
外のNPCたちとの戦闘の経験上、下っ端たちは下級戦闘系……プレイヤーレベルに換算すれば、5から10といったところだ。俺は外での戦闘で1つレベルが上がって12。これなら、実力差で剣が弾かれるようなこともない。
突然の登場と攻撃に動揺していた男は、そのままもろに斬撃を受け、体を斜めに両断されて絶命した。即座に方向を変え、そこから一番近い場所にいた男の胸元へ剣を突き立てる。
まだ、いける。談笑を楽しんでいた男たちが戦闘の準備を始めるまでは、早くて10秒はかかる。10秒もあれば……4人は殺せる。
突き立てた剣を引き抜き、その隣にいた男の首をはねる。そして、回転の勢いをそのままに、近くにいた男の左腰から、斜めに斬り上げて始末する。
ここまでで、4人。男たちはやっと戦闘の準備が整ったといったところか。ナイフを持ち、中には俺と同じような長剣を持って、息も荒々しく殺気立っていた。
「スカルズの諸君!」
そんな男たちに向け、そう叫ぶ。スカルズの男たちは一瞬動きを止め、俺の言葉に耳を傾けた。
ここからは、奴らにミオの存在を勘付かせないための芝居だ。俺が単独で王女を助けにくるような愚か者であることを、奴らに教える必要がある。
「我が名はクレイ! 我が愛しのアルゼイム王女殿下を返してもらおうっ!」
……一応、渾身の演技である。
クレイ、というのはさっき考えた偽名だ。ミオには、そのような名前の関係者がいないことは確認済み。実在すれば、その彼に被害が及んでしまうだろう。
俺が考えた『クレイ』という男の設定は、王女に想いを寄せる平凡で愚かな男。王女が誘拐されたと聞き、自分の実力を過信するクレイは、単独でアジトに潜入した……。
後は、連中がこれを信じてくれることを祈るばかりだ。信じてくれれば、まずミオがいることには気付かないだろう。
「……ぷくっ」
……どこかで、小さな笑いが起こった。誰が笑ったのかと見渡せば、部屋の中央で偉そうに踏ん反り返っているハゲた大男であった。
あれが、スカルズの頭領……ジェイクか。
「はっはっ! 馬鹿な奴が来やがったな! 『愛しの王女殿下』だとよっ!」
ジェイクの笑いに反応して、部屋の男たちが一斉に笑う。仲間が死んでいるというのに、何故そこまで陽気に笑えるんだ……?
いや、今はそんなことはどうでもいい。まずは、俺が1人であると、奴らに刷り込まなくては。
「貴様がスカルズの頭領、ジェイクか……王女殿下誘拐の罪、決して許しはせんっ!」
「許さないならどうするってんだ、あぁ?」
にやけ顔で聞き返してくるジェイクに、切っ先を向けた。
「決まっている。我が剣の錆にするのみだっ!」
「はんっ……多少はやるようだが……この人数相手に1人で来るたぁな。とんだ馬鹿野郎だ」
……いいぞ。奴は着実に刷り込まれている。俺が自信過剰な愚か者の青年であると。ここに1人で来たと。
ジェイクはこれで問題ない。問題なのは、情報が確かではない、旅人という男だが……。
視界をジェイクの左横に移すと、裂けた大きな口が描かれた白い仮面をつけた男が、静かに佇んでいた。話の通りだと、あれが旅人だろう。大柄なジェイクとは異なり、身長はかなり高いが、横幅はスリムだ。どことなく、マジシャンやピエロのような印象を受ける。仮面のせい、だろうか。
「貴様、『旅人』だな……!」
「……ふむ。私のことを知っていますか」
「上にいた男が言っていた。貴様が実行犯だとな。貴様も同罪だっ!」
ジェイクと同じように切っ先を向けるが、反応は薄い。……こいつを引き付けることは難しいか?
いや、落ち着け。焦りは禁物だ。焦りは全てを台無しにする。作戦も、戦いも、全てだ。
落ち着け。深呼吸だ。俺がやるべきことは、奴らをできる限り引き付けて、ミオが王女を助ける時間を作ること。嘘でも何でも並べて、とにかく外へ引っ張り出せばいい。
「旅人、貴様、何故王女殿下を狙う……『本来の目的』には必要のない犠牲ではないのかっ!」
ぴくり、と旅人の肩が揺れる。本来の目的も何も、俺はこいつの正体も知らないわけだが、こういう仮面で素顔を隠した敵というのは、大抵その正体を知るものを排除しようとする傾向にある。
ならば、こいつを引き付けるためには、『俺がこいつの正体を知っている』かのような振りをすればいい。確率は2分の1。カマをかけて地雷を踏むか、踏まないか。検討外れなことを言っていれば、俺が何も知らないということがバレてしまう。
……だが、どうやら、賭けには勝ったようだ。
「……何者かは知りませんが、どうやら、貴方には聞かなくてはならないことがあるようです」
旅人が、俺を警戒する流れに入った。よし。これで不安だった旅人を引き付けることには成功した。あとは適度に戦いつつ、適度にジェイクを煽りつつ、引き際を見極めて奴らを外に誘き出すだけだ。
剣を構え、戦闘態勢に入る。スカルズの連中も、その様子を見て笑いを止め、各々武器を構えた。
「……正気か? この人数相手に勝てると思ってんのか?」
「何だ、たった1人に負けることが怖いのか、スカルズの頭領?」
「なっ、お前っ……!」
こいつは馬鹿だ。適当に煽れば勝手に引っかかってくれる。上が馬鹿だとやりやすくて助かる。
スカルズの人員は、あの男から聞き出した通り、やはり30人弱ほど。4人は始末したが、まだかなりの数がいる。これだけの人数を同時に相手にするのは難しいが、実際に同時に戦えるのは精々5人か6人程度だろう。それ以上となると、俺に攻撃を当てるより前に、味方に被害が出る。
この段階で逃げて引き付けるつもりだったが……作戦変更だ。もう少し粘って煽り、奴らを確実におびき出せるようにしよう。その方が、後ろで待っているミオの負担も減る。
「……参るっ!」
近くにいた敵に向けて、剣を振り下ろした。
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