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Orb Of Infinity—百面相さんの『オブオブ』プレイ日記—  作者: 藤乃リュー
第一章・NPC救出編『彼と少女とその狂気』
19/19

第十九話『指先に触れたその感触』

 その後、特にグリフォンに襲われるようなこともなく、俺は一度、城を後にすることにした。ミオはなんだか名残惜しそうにしていたが、今夜また会うからと王女が諫め、そのまま解放された。


 現在時刻、午後1時。あれから2時間が経った。今から8時前まで狩りをしたとして、およそ7時間弱。現在レベルは16。1つか2つ上げられたら良い方だろう。


 少々駆け足気味で城を去ってしまったが、これにはきちんとした理由がある。主に……3つ。



 1つは、スカルズに対抗する力を付けるため。国王も何やらスカルズ関連で呼び出されていたようだし、念には念を入れ、今のうちに強くなっておくに越したことはない。



 2つ。ルビアの力を見るため。ルビアはグリフォンであり、本来は大平原に生息しないモンスターだ。どこか遠くから流れてきたのだろうと推測されるが、まだ俺はルビアの実力を知ることができていない。


 一応、レベルは確認できるが……。



『ルビア(グリフォン) レベル16(レベル32)』



(……いまいち訳の分からない表記なんだよなぁ)


 前半部分は理解できる。ルビアは俺の付けた名前で、その隣が種族名だ。そこは問題視していない。


 だが……レベル表記が、よく分からない。城で見た時は、単に『レベル32』と表記されていた。だが、今はそうではない。



 考えられる可能性は……制限によるレベルの低下。他のゲームでもよくあるシステムだ。



 本来、グリフォンはこの地域に生息するものではない、というのは先程も言った通り。ならば、ルビア本来のレベルは、この地域のモンスターよりも更に高く、表記上の『レベル32』だった。


 では、その隣の『レベル16』とは何なのか。これと同じ数字を、俺は知っている。


 そう……『俺自身のレベル』だ。


 ルビアという名は俺が付け、ルビアは現在、俺と行動を共にしている。もしこれが、システム的なアシストを受け、『ペット』や『テイム』といった保護を受けた状態であるなら……。


 レベル32のモンスターが大平原に現れれば、間違いなく無双状態になってしまう。それを防ぐため、システムがルビアを、俺と同じレベルにまで弱体化している。そう考えるのが自然だろう。



 今回確かめたいのは、弱体化されたルビアが、一体どれほどの力を身に付けているのか。そもそも、ルビアが戦闘に参加することは可能なのか。それによって今後の戦略が大きく変わってくる。




 そして……3つ。これもそろそろ考えていかないといけない問題だ。


 今日は2月3日。ゲーム開始からおよそ49時間が経過した頃だ。そして、このゲームには、開始から72時間が経過した時に、あるシステムが導入される。



 そう……『プレイヤーキル』。通称『PK』だ。



 明日の正午で開始から72時間。一定のレベル……正式なデスペナルティを受けるのと同じ、レベル10に到達したプレイヤーは、同じプレイヤーに殺される危険を背負うことになる。PKで死んだプレイヤーにデスペナルティは適用されないが、その代わりに、『現在の』所持メギルの一部を、その場にぶちまけてから死んでしまう。


 その分、先に攻撃を仕掛けたプレイヤー、つまり『プレイヤーキラー』が返り討ちにあって死亡した場合は、『全所持メギル』の3割をぶちまけ、死亡する。


 このゲームには倉庫と呼ばれるものがあって、プレイヤーならば誰もが利用することができる。アイテムやメギルを預けることができ、他のプレイヤーは決して、そこへ干渉することができない。ある意味の『絶対領域』だ。


 PKのデメリットは、そこだ。成功すれば、そのプレイヤーが持ち歩いているメギルの一部を奪うことができるが、敗北すれば、銀行に預けている分も含め、3割のメギルを消失してしまう。ハイリスクハイリターンなやり方、というわけだ。



 故に、プレイヤーは警戒し、こまめに倉庫を利用することになる。そうは言っても、狩りの後などを狙われてはたまらない。PKに殺される確率を少しでも下げるためには、俺自身のレベルを上げなくてはならない。それが、3つ目の理由だ。



(今の俺のレベルは……多分、中堅クラス)



 『オブスレ』で色々と見た様子だと、全プレイヤーの中でも『下位』には位置していない。かといってトップ層に食い込んでいるわけでもない。上からも下からも挟まれる『中堅クラス』に位置しているだろうと推測できた。


 上位層のPKは、まず旨味の少ない初心者を狙わない。PKそのものが目的の快楽犯なら話は別だが、メギルが目的なら、同じ上位層か、ある程度蓄えのある中堅クラスを狙うはずだ。


 つまり……俺は、丁度危険なレベル帯に位置している。何とかその中でも、PKに殺されない程度の力を付けなくてはならない。


「まあ……取り敢えず、お前の実力を見てからだな」

「キュルゥ?」


 ルビアが首を傾げながら、くりっとした瞳で見つめてくる。何だかそれが可愛らしくて、思わず頭を撫でてしまった。



……嫌がる様子はない。ルビアはどうやら、あの肉で俺に懐いてしまったらしく、すっかりペットのような顔付きになってしまった。あんな一瞬で懐かれたのは、果たして『ゲームのシステム』の影響なのか、そうではないのか……まあ、それは分からないが、俺に損はないから良しとしよう。



 いや、強いて言うなら、ここに来るまでに変な目で見られたことが不満か。ゲーム開始2日目で、強敵風の見た目をしたグリフォンを連れ回すプレイヤー……変な目で見られない方がおかしい。知らないふりをしながら町の外まで来たが……後で、『オブスレ』をチェックしておいた方がいいだろう。何か妙な噂でも流されたら面倒だ。


「背中、乗っていいか?」

「キュルッ」


 頭を撫でながらそう言うと、『乗れ』とでも言いたげに、ルビアは顔で背中を指した。


 遠慮なく……俺は、ルビアに跨る。ゲームによっては、マウントアイテムに跨るのに専用のアイテムが必要な場合もあるが……『オブオブ』はそうでもないらしい。


 鷹の羽毛と、獅子の毛が混じった辺り。何とも座っていて心地が良い。ずっとしがみついていたいくらいだ。


「目的地は、『大平原奥地』……って言っても分からないか。このまま向こうに飛んでくれ。着いたら教えるから」


 奥地の辺りを指差すと、ルビアは頷いて羽ばたき、そして……飛んだ。飛んだのだ、空を。



「……すごい」



 地面がずっと下にある。飛行機には乗ったことがあるが、あれとはまた違う感覚。風の抵抗も強く、しがみついていなければ振り落とされる。けれど、確かに飛んでいる。


……まるで、現実みたいだ。どこまでも広がる空と、広大な大地。現実じゃあり得ない光景なのは分かっているが、『オブオブ』のこのクオリティでそれを表現されると、一瞬、ここがゲームの中だということを忘れそうだった。



「キュルッ」

「どうした、ルビア?」

「キュル、キュルルッ」



 空を飛びながら、ルビアが何か鳴いているが、まだ意思疎通ができるレベルには到達していない。何を伝えたいのかさっぱりだった。緊急事態、というわけでも無さそうだし。分からないから背中を撫でてやったら、嬉しそうにしていた。




 それから僅か5分程度で、目的地である『大平原奥地』に到着した。圧倒的な速さ、圧倒的な楽さ。これを知ってしまうと、もうここまで歩いてやってくる気力が湧いてこない。


「ありがとう、ルビア」

「キュルルゥッ!」


 頬……の辺りを撫でながら、試しに肉をインベントリから出すと、喜んで食べた。あれだけ食べたのに、まだ食べるのか。気合を入れて狩りをしないと、ルビアの分の食料を賄えないな。


 既に奥地にいたプレイヤーのうち、俺たちを目撃していたものたちは、その殆どが呆気に取られていた。そりゃあそうだ。突然グリフォンが現れたと思ったら、そこにプレイヤーが跨っていたのだから。しかも、まだ2日目なのに。


 ほんの少しの優越感。と、不安。この先、情報欲しさに俺を狙うプレイヤーが現れたりしないだろうか。



(……まあ、考えても無駄か。ルビアの存在は、遅かれ早かれ知られることになってただろうし)



 俺がルビアを城から連れ出さずとも。ルビアを隠れさせ、狩りに同行させずとも。いずれはその存在を知られていただろう。ならば、別に隠す必要もない。



 さてさて……では、ルビアのおかげで高速でここまで来られたんだ。貴重な時間を無駄にしないためにも、早いところ狩りを始めてしまおう。


「ルビア、狩りはできるか? 獲物は、あいつとあいつら以外」

「キュルッ!」


 『グリーンエレメンタル』と『バイターアント』を指差しながら言うと、ルビアは自信満々に答えた。本当に分かっているのだろうか。俺はルビアの言葉を理解できないが、どうやらルビアは俺の言葉を理解しているようだ。だが、それがどの程度なのかは分からない。


 早速、手近なところに『ブラウンボア』がポップした。ルビアの実力を見るためにも、俺は一度、手を出さずに観戦しておくとしよう。


「まずはあいつだ。どれくらいやれるのか、俺に見せてくれ」


 俺が言い終わると同時に、ルビアの鋭い爪が、ブラウンボアへと襲いかかる。上空へ羽ばたき、高度を上げてからの一撃だ。今の俺が受ければひとたまりもないだろう。


 そして、ひとたまりもないのはブラウンボアも同じだ。その一撃だけで、奴のHPが2割ほど削れていた。


「いや、えげつないな……ただの攻撃で俺たちのスキル並の威力か……」


 いや、俺のレベルだと、スキルを使っても2割は削れない。俺より強い、ということにならないか?


 ルビアはそのまま噛みつき、引っ掻き、蹴り飛ばし。ブラウンボアに突進の隙も与えず、ノーダメージのまま勝利を収めてしまった。



「……ええ?」

「キュルゥ?」



 やだ、うちの子……強すぎない?



 ルビアの戦闘能力の検証は……そこらのプレイヤーよりも遥かに強い、という結果に落ち着いた。






   * * *






 検証を続けた結果、ルビアのあの戦闘力には、それなりのデメリットが伴うことが発覚した。


 まず、初回のように、俺が手を出さず、ルビア単騎で敵を撃破した場合。モンスター撃破時の経験値は、その殆どがルビアに分配され、元の値の10分の1程度が俺のもとへ入ってくる。飼い主補正、というやつだろう。


 そして、分配の割合は、俺とルビアの戦闘の貢献度によって変動する。そこはまだ要調査だが、場合によってはこの数値が逆転する場合もある。


 ドロップアイテムに関しては、ドロップ率が悪くなっているような感じがした。いつもなら当たり前のようにドロップしているブラウンボアの肉も、ルビア単騎での撃破だと稀にしか落ちない。これも、俺がちゃんと戦闘に参加すれば、元の確率に戻ったような気がする。




 つまるところ……ルビアにばかり戦闘を任せることはできない、ということだ。俺も戦闘に参加し、真面目に戦わなければ、かえって効率が下がってしまう。そう楽はできないってものだ。


「キュルルゥ」

「よしよし、偉い偉い」


 長時間の狩りを終え、町に戻ってくると、流石のルビアでも疲れが溜まっているようだった。俺たちプレイヤーには、『スタミナ』という概念以外に疲労というシステムは存在しないが、この世界に生きるモンスターやNPCはその例から漏れる。


 本当なら、どこかでルビアを預けてから城に向かいたいが……こんな状況だ。他のプレイヤーやNPCに、ルビアが何をされるか分かったものじゃない。


「仕方ない……ルビア、俺が陛下たちと会っている間、城で大人しくできるか?」

「……キュルゥ」

「ごめんな。自分を捕まえてたところだもんな」


 アルゼイム王女に、スカルズのところへ戻れと言うようなものだ。怖いのも分かるが、現状、『プレイヤー』による被害を抑えるにはあの場所が一番都合が良い。恐らく、現在日本人プレイヤーの中で王城に自由に出入りできるのは、俺だけだろうから。


 ルビアを説得し、城へ向かうと、今度はすんなりと入ることができた。騎士に頼んでルビアを預け、ついでに肉の塊も渡しておく。


 去り際、ルビアは少し寂しそうにしていたが……すまない。こうするのが最善なんだ。




 城の中には、護衛の騎士を連れたミオがいた。迎えを出す、と言っていた国王の提案は却下し、俺が直接出向くと言ったら、『ならばせめて入り口で出迎えよう』と言い出したのだ。


「こんばんは。さっきぶりだね、カイン」

「ああ。そのドレス、よく似合ってるよ」


 このためだけにわざわざ着替えたのか、ミオは真っ白なドレスに身を包んでいた。見方を変えれば、ウェディングドレスのようにも見える。暗殺者のような姿をしていたミオからは想像もできない。


 お世辞、というつもりでもなかった。素直に似合っていると思ったから褒めたのだが、ミオは照れ臭そうに頬を赤らめながら、鳩尾の辺りを殴ってくる。


「……王女を口説くのは感心しないんだけど」

「口説いたつもりは、ないんだけど……」


 やはり『オブオブ』のNPCは格が違う。まるで人間らしい反応だ。素晴らしい。ただ、痛覚の緩和レベルが低いのだけは感心しない。ミオの実力はそこそこ高いのだ。殴られれば痛い。当たりどころが悪ければ吐いていた。


「さ、行くよ。私たちで最後だから」

「あ、ああ……待たせてたみたいだな……」


 一応、時間よりも少し早めに来たつもりだったが、他の2人はもう準備ができているらしい。相手は一国の王とその娘。これ以上待たせるのもよろしくない。


 しかし、よくよく考えれば……王族との食事会に、俺は至って普通の格好で来てしまった。これは流石に、色々と問題がありそうである。


「なあ、ミオ。俺はこの服で大丈夫なのか……?」

「……それもそうか。大丈夫、用意させるから」


 そう言って、ミオは護衛の騎士にその旨を伝えた。更にその護衛の騎士から近くにいた騎士へと伝令がいき、俺は一番近いところにある客室へと通された。



 そこには、城に仕えている執事が3人。高級そうなスーツ風の服や、創作物でよく騎士が着ているような豪華な服が用意されていた。


「どれでも好きなものを選んで。お父さんには少し遅れるって伝えてあるから」

「いや、好きなものと言われても……じゃあ、これで……」


 無難に馴染みのあるスーツ風の服を選ぶと、どこからともなく、ミオと俺とを隔てる布の仕切りが現れた。そして、3人の執事の慣れた手つきで服を脱がされ、瞬く間にスーツを着せられた。


 それで終わりかと思いきや……今度は髪だ。現実で言うところのワックスのような、ぬめぬめとした何かを髪につけられ、ぼさぼさの髪を整えられていく。もうやられ放題だ。どうにでもなってほしい。



……暫くして、漸く執事から解放された。服を着せ替えられ、髪を整えられ、ゲームのシステム上、一定間隔で生えてくる髭まで剃られ。全身くまなく整えられた状態で、ミオとの間にある仕切りが取り払われる。



 ミオは、俺の姿を見て笑うかとも思ったが……意外にも、驚いた表情をしていた。なんだろう、この……『意外だ』とでも言いたげな顔は。


「……こういう格好は慣れてないんだ。大目に見てくれ」

「いや、大目に見るとかじゃなくて……似合ってるよ、カイン」

「はいはい、ありがとう……」


 流石は『オブオブ』。お世辞も言えるらしい。




 何はともあれ、これで準備は整った。約束の時間から少し遅れてはいるが、それも伝えてあるらしいから大丈夫だろう。ミオと2人で、急ぎ足で国王たちのもとへ向かうことにした。






   * * *






 王族との食事会は滞りなく進んだ。ルビアは無事に付き従うようになり、報酬の件も一旦は落ち着いた。スカルズに関連する話も聞きたかったが、こういう場で血生臭い話は良した方がいいだろうと、聞きはしなかった。


 気にかかったのは、アルゼイム王女がやたらと絡んでくることだったが……命の恩人というから、気を遣って接してくれているのだろう。大怪我をしているというのに、大した人だ。




 ああ、それから……ミオの様子が、少し変だった。何がどう変なのかと聞かれれば返答には困るが、どこか、暗い表情をしていた気がする。




 そして……食事会は、無事に終了した。ずっと気を張っていて疲れたが、食事も美味しかったし、何より……こんな機会、もしかすると二度とないかもしれない。貴重な経験にはなった。王族との繋がりを作ることができたのも、結果的には幸運だっただろう。



 すぐにでも帰ろうかと思ったが、終わってすぐに帰るのもなんだか気が引けて、風に当たってくると言ってベランダに出た。ゲームの中だが、頬に当たる風は気持ち良かった。



「カイン」



 不意に、後ろから声をかけられる。振り返らずとも、その声の主が誰なのかは分かる。



「どうしたんだ、ミオ。……いや、今更だけど、『レミオラ王女殿下』、って呼んだ方がいいかな」

「堅苦しいのはやめてよ。今更だし」


 そう返されるのは予想できていた。だから、少し冗談混じりに聞いたのだ。


 ミオは手にグラスを2つ持っていて、俺の隣に並ぶと、その1つを手渡してきた。


「ありがとう」

「うん」



 2人で、外の景色を眺めていた。この時間だと、まだ町は家々や店の明かりでほんのりと明るい。どこか幻想的な景色だ。



「ねえ、カイン」



 ふと、ミオが俺の名を呼んだ。


「なんだ?」

「その……ありがとね、本当に」


 照れ臭そうにはにかみながら、ミオがそう言った。


「……アルゼイム王女殿下のことか?」

「うん。カインがいなきゃ、きっと、お姉ちゃんを助けられなかった。多分、私も死んでたと思う」

「いや。俺がもっと強ければ、安全な策もたてられた。そこは悪いと思ってる」

「ううん。あの状況じゃ、あれが最善だった」


 いや……最善というなら、俺はあの時、無理にでもミオを止めて、応援を呼ぶべきだった。結果的にうまくいったし、俺だってあれが最善の手だったと言い聞かせてはいるが……悪手だった。


 あんな無茶な策を決行したのは、きっと、これが『ゲームの中』だと考えていたからだ。あの時はまだ、ミオたちを守るとか、これはただのゲームじゃないとか、そういう考えは薄かった。だからこそ、あんな甘い作戦を決行できた。


 だから、感謝されるのは……少し、違う気がする。



「それから……ごめんなさい」

「……?」


 ミオは突然振り返り、深々と頭を下げた。


「関係ないはずのカインを危険なことに巻き込んで……お姉ちゃんを助けるために利用(・・)した。私が、自分勝手だったから」

「なんだ、そんなことか……家族を助けるためなんだ。肯定はしないが、否定もしないよ」


 何を謝ったのかが分からなかったが……俺は決して、ミオのその考え方を否定するつもりはない。他人よりも家族が大事なのは当たり前だ。家族を助けるためならば、自分に無関係の人間を利用する。


 褒められた考え方、というわけでもない。要は、誰かを犠牲にするという話なのだから。


 だから、肯定はしない。そのやり方が正しかったと言うつもりはないが、間違っていた、と言うつもりもない。




 反対に、ミオは俺のその考え方が、理解できなかったようだ。顔を赤くし。目尻にほんの少しの滴を溜め、俺のことを見上げていた。


「そんなことって……どうして、怒らないの?」

「怒る必要がないからだ。姉を助けるのに必死だっただけなのに、どこに怒る要素があるんだ?」


 怒る……つまり彼女の行動を否定するならば、今後一切、俺はそれと同じようなことができなくなる。自分の家族が危機に陥った時、他者を犠牲にしてでも助ける……俺も多分、ミオと同じことをするだろう。


 いや、実際、それと似たようなことなら今回の件でも起きている。ミオと王女を助けるために、俺はスカルズの人間を大勢殺した。彼らは確かにNPCだが、そんな彼らにも家族はいただろう。


 彼らを1人の人間として捉えるなら、俺は2人を助けるため、その大勢を犠牲にした。なんなら、ミオよりもたちが悪い。



 だから、怒る必要なんてどこにもない。別に、今更ミオのことを嫌ったりするはずもないのだが……何故だろう。ミオはグラスの中身がこぼれるのも気にせずに、腹を殴ってきた。駄々をこねる子供みたいだ。これっぽっちも痛くない。


「カインは……優しすぎるよっ……」

「なに、罪悪感があるっていうなら、今の謝罪で帳消しだ。俺も、新しい相棒と出会えたからね」


 気持ち悪がられるかもしれないが……そっと、頭を撫でてやった。今は、そうするのが正解なような気がした。




……ただ、気になることはある。ミオが気にしていたこと……あの暗い表情の理由が、どうにもそれだけだとは思えないのだ。



「……気にしてるのは、それだけ? 俺に罪悪感があるっていうことだけか?」

「それは……」



 図星だったのか、ミオは数歩後退り、柵にもたれかかった。そして、俯いたまま、ぼそりと呟いた。



「私……今でも、許せないの」

「……スカルズの連中か?」



 聞くと、ミオはこくりと頷いた。



「お姉ちゃんを捕まえて、手足を奪ったあいつらが……憎くて、憎くてたまらない」


 ミオからすれば、実の姉の四肢を奪った極悪非道な連中だ。俺はアルゼイム王女とは接点もなかったし、今だって明るく振る舞っている王女しか見ていないが、ミオはきっとそうではない。陰で辛そうにしている王女を見たのかもしれない。


「復讐したいの?」


 今度は、首を横に振った。


「私には、そんな力はない。だからこそ、憎いの。この手で復讐できたら、どれだけ良かったかって」

「スカルズの件は、陛下たちが何とかしてくれるはずだ。それでも、憎い?」


 その問いには、何も答えなかった。


 気持ちは……分かる。俺には兄弟はいないが、たとえば両親の四肢が犯罪者に奪われたら……その時は、憎しみで怒り狂ってしまうだろう。




 こんな時、どんな言葉をかけたらいいのか……俺には、分からない。




「……今の私、真っ黒だね。こんな白いドレス着てるのに、心は真っ黒」

「それは……」




 『それは違う』、と即座に否定してやれば良かった。そうすれば、また違う結果になったのかもしれない。






「そうですねぇ。とても……『上質な黒』です」

「っ!?」






 突然、その場に不相応な声が響いた。ねっとりと絡み付くような声。聞き慣れてはいないが、聞き覚えはある。この声は、まさか……!




 声と共に、何もない宙空で、黒い影が渦を巻き始めた。渦が消え、その中から現れたのは……白い仮面を身に付けた、長身の男。


「お前は……『旅人』っ……!」


 不気味な姿の男が、まるでショーが開演する直前の道化のように、丁寧にお辞儀をする。


 スカルズに加担していた、正体不明の男。名前も素顔も、目的も。何もかもが謎に包まれた存在。




 何故、このタイミングで……いや、そもそも、こいつは何が目的でここに……。



(……まさか、また王女の誘拐が目的かっ……?)



 或いは、別の目的……そう、たとえば、『誰かへの復讐』とか。


 自らと王女の身を案じたが、旅人はこちらの心を見透かしたかのように、首を横に振った。



「貴方に用はない……少々計画に狂いは生じましたが、あの王女も、今はもう必要ありません」

「なに……?」



 警戒しながら、ミオを後ろへ下げようとした。俺はインベントリの中に武器を持ち歩いているが、食事会が終わったばかりの今のミオは、とても戦える状態ではない。


 奴の目的が分からない以上、全てを警戒するべきだ。考え得る全てを。


 奴の目的は、俺への復習でも、再び王女を誘拐することでもない。となると、直接国王を狙うか、もしくは……。


「……ミオ、中に戻って応援を呼べ。今すぐに」

「カ、カインは……」

「いいから早くしろっ!!」


 この世界に来て、初めて誰かを怒鳴りつけた。びくりと肩を震わせたミオは、少々怯えながらうなずき、部屋に戻ろうとした。






 しかし……。






「私ね、賢い人間(・・・・)って嫌いなんですよ」


 声がして振り返ると、いつの間にか、旅人が目の前にいた。その手が、俺の腹部に添えられていた。



「かはっ、ぁっ……!」



 直後、形容し難いほどの痛みに襲われた。これまでこのゲームで味わってきたどの痛みよりも激しく、鈍く、重い。鋼鉄のハンマーで、思い切り腹部を殴り付けられたような痛みだった。


 思わず、その場に膝をついて蹲った。立ち上がれない。息が、できない。ここはゲームの中のはずなのに、まるで現実にいるような感覚に苛まれていた。



(状態異常……呼吸、困難だってっ……!?)



 ふざけるな、と言いたかった。視界に入った自身のステータスに、『呼吸困難』という状態異常が追加されていたのだから。何故こんなところでリアルを追求するのだ、この『オブオブ』というゲームは。



「やめっ、放してっ……!」

「きっかけは些細なこと。それなのにここまで復讐に心を囚われるとは……心の弱い人間ですね、貴方は」



 ガンガンと揺れる視界に旅人を捉えると、既に俺から興味を失った旅人は、ミオの手を取り、拘束していた。


 やはり、奴の目的はミオだったか。怪しい発言といい、俺と王女が目的でないことといい、この場に現れたことと合わせて考えると、もう残りはそれしか考えられなかった。



 旅人は暴れるミオの腹に手を添え、俺の時と同じように、『何か(・・)』をした。何をしたのかは分からないが、やはり俺と同様に、ミオは悶え苦しみ、そして……俺と違って、そのまま気を失ったようだった。



「ミオをっ、放せっ……!」

「……貴方のおかげで計画が狂ったのです。その責任は取ってもらわなくてはね。クレイ……いや、『カイン』」


 事実は分からないが、仮面の奥に、ニタリと微笑む旅人の姿が見えた。


「彼女はいただきます。彼女のような存在は、まさしく『器』に相応しい」

「器、だとっ……?」


 ふと聞こえた単語に反応すると、旅人がわざとらしく、口に人差し指を当てた。


「おっと、これは失敬。少しお喋りが過ぎましたか」


 そう言って、旅人はミオの小さな体を脇に担ぐと、そのまま再び宙空へと舞い上がった。


 状態異常はまだ消えない。上手く、呼吸ができない。視界が乱れ、頭が割れるように痛む。現実での酸欠と同じような症状だった。



 それでも、動け、動けと、必死にもがいた。もがき、手を伸ばした。何とか少しだけ動かせた手は、弱々しく地面につき、このだらしない体を、必死に持ち上げようとした。




 動け、動けと願う。状態異常がなんだ。呼吸困難がなんだ。このゲームがそこまでリアルを追求していると言うのなら、息ができなくたって、苦しくたって、誰かを助けるために体を動かすことくらい、できたっていいんじゃないのか。


 徐々に……徐々に、呼吸が元に戻ってくる。脱力していた四肢に力が篭り、再び、この大地を蹴ることができそうになった。



 今でも揺れる視界を強引に正面に抑え、起き上がり、手を伸ばした。黒い影が奴の周りに集っていく。奴が担ぐミオに向かって、必死に、手を伸ばした。



 そして、その指先に、確かにミオの温もりを感じて————、











「——それではご機嫌よう。いつかまた、『約束の地』でお会いしましょう」






……そして、次の瞬間には、失われた。




 行き先を失った手は宙を切り、絶望からか、再び脱力した足は地につくことを諦めた。勢いのままにベランダの柵から身が乗り出し、気付けば、地面がだんだんと近付いていた。


 少しの衝撃と、痛み。ベランダから落ちたのだと気付いたのは、その時だ。


 ここは2階だ。落ちたところで痛みはあるが、死にはしない。痛みを感じる暇はあったが、それ以上に、目の前で起きた出来事が信じられずに、倒れたまま動けずにいた。



「ミ、オッ……」



 目の前にいたのに、助けられなかった。ミオが連れていかれるのを、黙って見ているしかなかった。


 ミオや王女を守るために、レベルを上げて強くなる……そんなことを考えて、必死にやってきた結果が、この(ざま)だ。


 折角、犠牲を払ったとはいえ、王女を助け出せたのに……なのに、今になってその対価を払えと言うのか、この世界は……?




「……ミオォォオオッッッ!!!!」




——『オブオブ』(この世界)は狂っている。ミオはただのNPCで、これもゲームの中の出来事でしかないのに、俺は……心から、そう思ってしまった。

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