第十話『突入』
祝十話目、目指せ一〇万文字
予想に反して、家の中は静かだった。
(……テロリストのアジトっていうから、もっとガヤガヤしたものかと)
犯人は国家転覆を企む犯罪者たちだ、と聞いていたから、もっと騒がしいものかと思っていた。だが、意外にも静かだ。裏口の敵を排除してから手前、誰にも遭遇していない。
一つ確定しているのは、2階の表向きの部屋に、1人以上敵がいるということ。カーテンの隙間から外の様子を見張っていた、あの男だ。
あの部屋に犯人が固まっていて、ミオの姉もそこに囚われている……いや、わざわざ危険度の高い窓のある部屋に、人質を捕らえておくだろうか。俺が犯人なら、窓も換気口もない部屋に閉じ込めるが。
なら、やはり本命は別の部屋か。外から見た感じでは2階建て。 目に見える範囲にはないが、もしかすると地下への階段もあるかもしれない。
……しまったな。外の1人を生かしておいて、情報を集めるべきだった。戦力差にばかり囚われていて、肝心の情報を引き出すことを忘れていた。いかんな、冷静にならなくては。
まずは1人、或いは2人。孤立している敵を見つけ、生かしたまま情報を吐かせる。抵抗するようなら……仕方ない。多少の拷問は辞さない。とにかく情報が必要なのだ。最低限、本当にここにミオの姉が囚われているのかどうか、それだけでも。
「ミオ。作戦通り、手前の部屋から安全を確保していく。俺が先行するから、外を警戒していてくれ。不利だと判断したら呼ぶ」
「うん、分かった」
部屋の安全を確保している間に、外からやってきた敵にやられる……なんて間抜けな真似はしたくない。ミオには外の警戒を、部屋の中の安全は俺が確保する。
裏口から入ってすぐの部屋の扉を少し開け、中の様子を窺う。気配無し。どうやらここは……倉庫のようだ。妙に埃っぽい。普段から使われているアジトにしては、埃の量が多すぎる。この倉庫は使われていないのか?
古びた本に、空樽。何も置かれていない棚。長らく放置されているようだ。
(……おっ)
安全を確認しながら空樽を退かすと、手頃な太さのロープが転がっていた。敵を捕縛するのに使えるかもしれない。試しに宝片に吸い込ませると、ちゃんとアイテムとして、インベントリに収納された。
他には……何もない。何もないのだ。
「……敵はいない。ミオ、次だ」
次はそこから少し階段側に進んだ部屋。同じように中を覗いてから突入し、安全を確認していく。
2つ目の部屋は客室のようだ。ここも同じように埃を被っていて、長らく使われていないことが分かる。
そして、3つ目の部屋もだ。ここは恐らくキッチンだろう。台所は埃やカビで機能していない。小さな虫も這っている。とてもじゃないが、近頃使用したようには見えない。
キッチンから続くリビングには、机や椅子こそ用意されているものの、やはり機能はしていない。立ち入るだけで病気になりそうなほど、埃で溢れかえっていた。
(……妙だな。客室はともかく、倉庫やキッチンも使われた形跡がないなんて……)
客室が埃まみれなのは百歩譲って分かるとして、倉庫やキッチンは、立て篭るためにも必要な設備だろう。それが埃を被って機能していないなんてのはおかしい。
「この家にはいないのか……? 見張りをするためだけの家……?」
いや。見張りだけが目的なら、裏口に3人も配置する必要はないだろう。今回は結果として3人とも倒せたが、見張りという意味で言うなら1人で十分なはず。
それに、仮にこの家に何もないのだとしたら、『この家の』裏口を見張る必要性はない。2階の表に面したあの部屋だけでいいはずだ。
(だとしたら……やっぱり、この家には何かある……本命は2階か?)
今のところ、地下へ続く階段は見つけられていない。ただ、こういうのは大抵、隠し通路や隠し階段のようなものが用意されていることが王道。油断はできない。
「やっぱり、2階に上るべきか……できればここで、孤立してる敵を見つけたかったけど……」
1階の部屋はこれで全部だ。今のところ、敵らしい敵は見つけられていない。となると、2階に全員が固まっている……可能性としては考えづらいことだが、ゼロではない。
と、そんな風に思案していた時だった。
「カイン」
ぎりぎり聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、ミオが俺の名を呼んだ。見れば、ミオが部屋の中に入り、扉の陰に隠れて外の様子を窺っていた。
急いでミオのもとへ駆け寄り、彼女の口元へ耳を近付ける。
「上から足音が聞こえた。もしかしたら降りてくるかも」
はっとなって、少しだけ身を乗り出し、耳を澄ませた。確かに、2階から足音のようなものが聞こえてくる。
「……1人か?」
「多分。1人か2人……だと思う」
足音は多くない。3人以上いるということはまずないだろう。ならば好都合だ。1人で降りてきてくれるなら、2階へ上る手間が省ける。そいつから情報を聞き出したいところだ。
足音は2階でうろうろと歩き回ると、やがて痺れを切らしたように、階段を降りてきた。俺たちが今いるキッチンは、階段を降りて少し歩いた先の、右隣にある部屋。扉の陰なら、階段からは死角になってこちらの姿は見えない。
——こつん、こつん、こつん。
少しずつ、足音がこちらへ向かって降りてくる。このテンポ、この数……降りてきているのは、どうやら1人だけのようだ。尚更運が良い。
——こつん、こつん。
足音の主が階段を降り切った。扉が開いていることを不審がって、こちらへ来てくれると好都合だが、こちらを見向きもせずにどこかへ行く可能性もある。ここは一つ、仕掛けるか。
足元に転がっている何かのかけらを、扉からキッチンの方へ向けて投げた。
からん、と気持ちの良い音を立て、かけらが転がる。それに気付いたのか、足音はこちらへ向けて歩き出した。
隣にいるミオに、視線で合図を送る。まだ出会って数時間だというのに、お互い、伝えたいことが何となく分かるような気がする。ミオは小さく頷いて、ナイフを構えた。
……生け捕りなんだが、本当に分かってくれてるんだろうか。
そして、足音が部屋のすぐそこまでやってきた。もうあと1、2歩で姿が見えるだろう。生け捕りにすべく、俺も拳を構えた。
「おいおい、誰だよこんなとこで……」
そして、そいつが姿を現した瞬間、首に手を回して背後に回り、首を絞めながら膝を付かせた。昔はよく、『格闘職』みたいなキャラでもやってたんだ。ゲームの中でなら、徒手空拳も慣れっこだ。
「お、おまっ……!」
俺たちに罵声を浴びせようとした男の喉元に、ミオがナイフを突きつける。刺してはいない。
「喋るな。一言でも発せば、その瞬間に喉を掻き切る」
そう脅すと、男は怯えたように顔を青くし、何度も小刻みに頷いた。扱いやすくて楽な人質だ。運が良い。
「まず1つ聞く。2階に仲間は、あと何人いる?」
「に、2階にはいないっ……外に3人、見張りがいるだけだっ……」
「なるほど。ならここでいいか」
2階に仲間がいないというのなら、ここで尋問をしても問題はない。そのまま男を歩かせ、キッチンの中央で正座させる。先程倉庫で手に入れたロープを宝片から取り出し、男の足と膝、正面で手を縛った。後ろで手を縛れば何をされるか分からない。それなら、まだ正面で縛ったほうが安全だ。
そこまで完了すれば、後は1人でどうとでもなる。ミオに扉を閉めるように指示し、念の為に扉付近で待機しておくように頼んだ。万が一にも仲間が駆けつけてきたら、死角からの不意打ちで1人は仕留めることができる。
あと、この男から情報を聞き出すのは……俺の仕事だ。
外の男から奪ったナイフを男の目の前に突きつけ、質問を投げかける。
「これ、見覚えのあるナイフじゃないか?」
「……?」
俺は単に、外の仲間はもう始末した、と、そう伝えたいだけなのだが……どうにも伝わっていないらしい。
「……外のお仲間のナイフだ。あの3人は助けにこない」
「う、嘘だろっ……交代に来ないと思ったらっ……」
ああ、なるほど。外の男と交代する予定だったが、いつまで経っても来ないから、痺れを切らして下りてきた、ってことか。俺たちが倒したんだから、交代に来ないのは当然だ。
続けて、ナイフを喉元へと移動させ、ほんの少しだけ突き刺した。
針で突き刺したような小さな傷口から、小さな小さな血の球が浮かび上がってくる。NPCだって、当然痛みはあるだろう。俺たちは本気だ、ということを伝えられればそれでいい。
尋問、か。他のゲームではあまり馴染みがないし、実際に自分でするのは久しぶりだ。前にやったのはいつだったか、戦争系のゲームで捕虜を尋問したのが最後だ。
あの時は確か……ゴミを見るような目で、一片の優しさも見せず、狂気の混じったような表情で尋問したんだったか。ポイントは相手に、『こいつは狂っている、何をされるか分からない』と思わせることだ。どんな拷問が待っているのか分からないってのは、何より恐ろしいことだから。
さて……こんな顔、だったかな。
「ひっ……!」
「うわぁ……」
「おいそこ、なんだ今の『うわぁ』は」
人質には効果てきめん。しかし、後ろの方から『ドン引く』ような声が聞こえてきた気がする。ミオだ。ミオしかいない。
「いや、カインってそういう顔もするんだって思って」
「そりゃするだろ……尋問なんだから……」
優しい顔でニコニコしながら尋問する奴も中にはいるが、むしろそういう奴の方がたちが悪かったりする。俺はそういう顔はできないから、強面になるので精一杯だというのに。今ので台無しだ。
まあ、いい。どんな顔でも、やることに変わりはない。何としてでも情報を引き出さねば。
「今から、俺が質問した内容にだけ答えろ。余計なことは喋るな。質問をするな。助けを呼ぼうとすれば、その瞬間に喉を切る。怪しい動きをすれば更に腱を切る。いいな」
「わ、分かったっ……」
「素直でよろしい。そうしていれば、最後は解放してやる」
これだけ脅せば、下手な動きはしないだろう。話を聞きやすそうな男で助かった。
「じゃあ、最初の質問だ。お前たちは最近、あそこにいる子の姉を攫ったな。知ってるか?」
ナイフを突きつけたまま、男にそう問いかける。男はやはり小刻みに頷き、声を震わせながら答えた。
そして……男の言葉で、図らずも、彼女たちの正体を知ってしまった。
「し、知ってる……アルゼイム『王女』のことだろっ……」




