第九話『運頼りの作戦』
「で、そろそろ相手がどんな連中なのかくらいは、教えてほしいもんだな」
ヴィゾ通りへ向かう道すがら、俺は少し嫌味ったらしく、ミオにそう言った。個人的な事情には踏み込まないと決めていたが、流石に、相手がどんな連中で、どれほどの勢力なのかくらいは把握しておきたい。ただのチンピラ程度なら気にもしないが……表示されなかったミオのNPCネームといい、少し引っかかる点が多すぎる。俺にはどうも、これが『ただの誘拐事件』には思えないのだ。
先を歩くミオは、こちらへ振り返ることもなく、ただ淡々と歩き続けていた。そして、少しの間を空けて、答えてくれた。
「……犯人は、この国に恨みがある連中。国家転覆を狙ってる」
国家転覆……つまるところ、『テロリスト』みたいなものか。
だが、分からないのは……、
「……国家転覆と、ミオのお姉さんに何の関係が?」
それ自体は良くある話だ。これだけ精密に作られたゲームなら、テロリストくらいいてもおかしくはないだろう。
しかし、攫われたのがミオの姉という点が引っかかる。国家転覆を企むテロリストが、ミオの姉を攫う……考えられる可能性は、ただ一つ。その可能性ならば、俺がミオに見覚えがあったことにも頷ける。確かに、見たことがあるかもしれない。
ミオはそれ以上のことを話したくないのか、一瞬立ち止まり、ほんの少しだけ、こちらへ振り返った。
「関係している……今は、それだけじゃダメ?」
……まあ、俺の予想通りであるならば、話したくないのも無理はない。或いは、話さないように指示されているのかもしれない。
ミオとミオの姉の正体にも、そろそろ予想が付いた頃だし、これ以上のことは聞かなくても作戦に支障はない。
「いや、構わないよ。それより、敵の規模は?」
構わない、と言うと、ミオは安心したように、再び前を向いて歩き始めた。
「恐らく、実行に加担しているのは数十名。100には届かないと思う。そこまで規模を大きくすると、目立つから、かえって支障が出る」
「なるほど。つまり俺たちは、たった2人で数十名のテロリストを相手にし、お姉さんを助けて脱出しなくてはならない、と……」
数十名、というのも予想の範囲でしかない。もしかすると、アジトには100名規模でテロリストが潜んでいるかもしれないのだ。
しかも、潜伏先は貧困街。この町の貧困街がどの程度のものかは分からないが、そこに潜伏されているだなんて、あまり良い未来が思い浮かばない。
「……ごめんなさい。難しい話なのは分かってるの。でも、お父さんたちが動くのを待っていたら、手遅れになるから」
「分かってる。そうやって後手に回って手遅れになってきた例なら、今まで何度も見た」
別のゲームで、或いは創作物の中で。『俺の予想通り』ならまだ殺されることはないだろうが、それでも急ぐに越したことはない。
……問題は、俺たち2人で勝てるのか、というところだ。人数さえ揃っていれば何の問題もないのに。
「ミオ。君のお姉さんも、君みたいに強いのか?」
「うん。うちは家族みんな強いから。お姉ちゃんは私より強いよ」
「なら、酷な話だが、助けた後は手伝ってもらうくらいの気持ちでいかないとな。正直、戦力は全然足りてない」
『そうだね』、と、渋々ではあるがミオも承知した。ミオの姉が極端な衰弱状態であるなら話は別だが、ミオより強いという彼女の協力が得られるなら、こちらとしても心強い。
一応、ミオは戦闘系NPC下位クラスと、肩を並べられるくらいの実力を持っている。それより強い、となれば中位クラスほどの実力だろう。下手をすれば、俺より強いかもしれない。余程凶悪なテロリストでない限り、一対一で負けることはないはずだ。テロリストが一対一で戦ってくれるなら、の話だが。
(……はあ。なんか、考えれば考えるほど、頭が痛いな。厄介な件に首を突っ込んじまったか)
興味本位で騎士たちなど追いかけなければ良かった……と、今では少し後悔している。俺の今のレベルでは、1人でこれを解決できるほどの力はないんだから。
だがまあ、首を突っ込んでしまった以上、今さら退くこともできまい。NPCとはいえ、知り合った女の子の姉に、命の危機が迫っているのだ。倫理観云々で放ってはおけない。
時刻は朝の4時。もうそろそろ、日が昇ってくる頃合いだ。できれば、明るくなる前にケリをつけたいな。
「ミオ、ペンダントの住所は……あの家だな?」
「うん、あそこで間違いないよ」
ヴィゾ通り14の8。俺たちは、あのペンダントが示した住所へと辿り着いた。
念の為に路地を選んで進んできたが、ここに来るまでにテロリストの襲撃は無し。どうやら、周りの民家や路地に見張りはいないようだ。
そして、件の民家。見た目は至って普通の民家で、見張りがいる様子もない、が……、
「ミオ、待てっ」
「えっ?」
突っ込もうとしたミオの首根っこを掴み、引っ込める。何をすると言いたげな表情のミオに対して、俺は家の2階の窓を指差した。
「あそこ、少しだけカーテンが開いてるだろ。その奥で見張ってるやつ、見えるか」
「あっ……」
よく目を凝らせば、そのカーテンの隙間から、男の顔が覗いていた。顔を知られていない俺はともかく、妹のミオが行けば確実に捕らえられるだろう。
……まあ、それを抜きにしても、正面から突撃するのはあり得ないが……。
「周りの家の構造的に、あの家にも裏口があるはずだ。一旦、そっちへ回ろう」
「分かった」
周囲の民家には、表口の他にも裏口があった。ならば、あの家にも同様に裏口があるだろう。まずはそちらの様子を探ってからだ。
ミオを連れて路地を抜け、裏口へと回る。そこでは、扉を塞ぐように3人の男たちが談笑していた。
「あの連中……!」
「見覚えがあるのか?」
「うん、あの手のマーク……お姉ちゃんを攫ったのと同じ奴らだ……!」
談笑する男たちの手の甲には、半分だけのドクロマークのようなタトゥーがあった。ミオ曰く、姉を攫った男たちの手にも、あれと同じマークがあったらしい。ミオの姉がここにいるかどうかはさておき、連中が関係していることは間違いなさそうだ。
奴らの武器はナイフ。辺りに散らかっている割れた酒瓶も武器になり得るだろう。一対一で声を出させないように倒したとしても、1人余ってしまう。
幸い、外を覗く窓はない。何とか3人を隠密に処理できれば、裏口から侵入できるだろう。扉を抜けてすぐに見張りがいる、という可能性も無視はできないが、少々無意味な配置だ。いないと信じたい。
「……戦力差を考えても、ローリスクな作戦は難しいか……」
作戦というものは、大きく2つに分けることができる。
作戦の成功に、『運』が絡むか、絡まないかだ。
作戦の質としては、当然、運が絡まない作戦の方が高い。何より成功する確率が高く、危険性がない。
当然、人の考えを100パーセント制御するのは不可能な話だ。完全に運が絡まない作戦にするのはこれまた不可能な話だが、その確率を極限まで減らすことはできる。
……だが、今回はそれが難しい。彼我の戦力差が大きく、何より不確定要素が大きい。正確な敵の戦力も分かっていなければ、本当にここにミオの姉が幽閉されているかどうかも分からない。何もかもが不確定で、不鮮明不明瞭な状態での作戦だ。
正直言って、ミオの姉を助けるためには、ダイスを振って連続で同じ目を出し続けるような幸運が続かなくてはならない。それほどまでに情報不足だ。
できれば、もう少し情報を集めてから挑みたかったが……恐らく、俺が同行せずとも、ミオは1人でここへ来ていただろう。あの性格だ。止めても無駄なのは分かっていた。俺がミオに接触し、あのペンダントのメッセージを見せてしまった時点で、最善手は『2人でここへ来ること』に確定してしまった。
「カイン、どうする……?」
「俺に聞くのか……? どうするって言われても、無茶な作戦しかたてられないぞ……」
ミオよ。作戦の発案を俺に任せるのか……俺は巻き込まれた側なんだが。
まあいい。どのみち選択肢は限られているんだ。ここはいっそ、運に任せて『賭け』に出るしかないな。
* * *
まずは、裏口から中へ侵入。古典的な方法だが、3人のうち1人だけでも、目の届かない範囲へおびき出せればいい。
裏口付近の物陰、ちょうど3人のいるところから死角になるところで、ゴミやら何やらを敢えて不安定な状態で積み上げる。石か何かを投げれば、3人が気付くくらいに、けれども家の中には響かないくらいの音を立てて崩れるくらいに、だ。
「ミオ、準備はいいか?」
「うん、大丈夫。私は左、だよね」
「ああ。失敗するなよ」
あとは所定の位置につき、物陰からそのゴミの山を崩す。第一の運は、これで3人のうち1人が、音の正体を探りに死角へと向かってくれること。
準備を終えると、手頃な大きさの石をゴミの山に向かって投げる。山は音を立てて崩れ、裏口で談笑していた3人がそちらへ注意を向ける。
「……何だぁ、今の音?」
「さあ……酔っ払いが暴れてんじゃねぇか?」
動く気配は、ない。これで動いてくれないとなると、また別の方法でおびき出さねばならないが……。
「ったく、めんどくせぇ……様子見てくっか」
「おう。酔っ払いなら剥いで捨てちまえ」
男の1人が、気怠げに行動を始めた。ミオとアイコンタクトを取り、それぞれ剣の柄を握り締める。そして、男が2人の視界から消えたところで……、
——斬ッ、と、残る男たちの首を切り落とした。いや、俺は首を切り落としたが、ミオは喉元を切り裂いただけだ。声を出せないように喉を潰してから、確実にトドメを刺していた。首を切り落とすには、剣のリーチが足りなかったのだ。
まだ仕事は残っている。すぐさまゴミの山から死角になるところで身を潜め、確認に向かった男が戻ってくるのを待ってから……、
「なっ、これっ……」
『これは何だ』、とでも言いたかったのだろう。その男の喉に剣を突き立て、振り抜いた。薄皮一枚で繋がっていただけの首が、重力に従って千切れ、そして落ちる。
よし。ひとまず第一段階は突破だ。まだ中から誰も出てこないのを見る限り、今の物音では気付かれていないみたいだ。
ミオと目が合うと、嬉しそうにはにかんでコクリと頷いていた。まだ家の中にも突入していないんだが……少し喜ぶくらいなら、いいか。
しかし……今回ばかりは、NPCたちが人間に近い思考をしていることに助けられたな。これが限られた行動しかできないNPCであったなら、今のようなおびき出し作戦も難しかっただろう。人間に近い高度な思考回路を持っているからこそ、不審な音に反応し、おびき出せた。
となると、現実の人間を相手にしたような作戦も、『オブオブ』のNPCたちには有効だということか。これは一つの収穫だな。これだけで取れる作戦の幅が増える。
裏口の扉に耳を当て、中の様子を探る。物音はしない。近くに敵はいない……みたいだが、このゲームで聞き耳のようなことができるのかが分からない以上、あてにはできないな。
ほんの少しだけ扉を開いて、中の様子を窺う。目に見える範囲に敵はいない。直線状の通路と、その奥に上へ続く階段か……さて、人質がいるとするなら、上か、もしくは下か……。
屋内の戦闘では、この長剣は長すぎる。壁や天井に当たって、全力で振り抜くこともできないだろう。俺は殺した男たちからナイフとホルダーを奪い取り、腰に巻いた。長剣は……何かあった時のために、『リングウィンドウ』に登録しておこう。
「……よし、突入するぞ。話した通りにな」
「了解。……死なないでね、カイン」
「俺は大丈夫だよ。君こそ、死なないようにな」
コクリ、と小さく頷いた。俺はプレイヤーだから、死んでもアルディス像の前に戻されるだけだが……恐らく、ミオたちNPCは死んだらそこまでだ。何かあれば、身を挺してでも守るくらいの気概で挑まねばならない。
扉を半分ほど開け、先行して突入する。薄暗い通路を、五感を研ぎ澄ませながら進んでいく。今のところ、近くに敵の気配はない……さて、では、次の作戦といこうか。




