第八部:三号館で再始動
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お店に戻ってきて最初の一週間は、部屋にこもって、ひたすら刺繍商品を作ることになりました。
私の不在中、刺繍商品が置いてあったコーナーを見に来て、品物がないとわかると、帰ってしまうお客様が何人かいたようです。中には次いつ商品が入るのか聞いてくださる方もいて、このまま商品がない状態が続くと、せっかく興味を持ってくださったお客様が離れてしまうということで、商品作りが優先になりました。
私はお店にすぐ立ちたいと思いましたが、立たなくて正解でした。私が材料を取りにお店に行くと、お客様がチラチラ私を見るのです。私を見ると、最初に”えっ!?”というような顔をして、次に髪を見て、服装を見て、また髪を見るといった感じで見るのです。
このことはエマも気になるようで、言われてしまいました。
「うーん、ちょっと困るわねえ。店員の雰囲気もお店を構成する要素だからね。縛れる長さになるまで、最低三ヶ月はかかりそうね」
「私、三か月間、部屋に籠って、ひたすら刺繍商品を作り続けるわ」
「そういうわけにもいかないでしょ。三ヶ月も部屋に籠っていたら、息詰まるわよ。店内の人手も欲しいし、何か方法はないかしら?髪型と服装のアンバランスだけでも改善したいわね」
私の髪は、一番短い毛に合わせて切りそろえられたので、縛れない長さになっていました。ハーフアップするにしても、あと一、二か月はかかりそうです。
私たちが控室で、”うーん、どうしよう”と話しているところに、ケイン様が顔を出されました。
「お!ソフィア様、本当に髪切ったんですね!決意表明ってやつですか?」
「決意表明?」
ケイン様が、普通のことのように、あっさり髪のことを話題にしてくれるので、私も気楽に話せました。
「そうです。決意表明です。女性騎士の子がたまにやっていますよ。最近の子はおしゃれを気にするから減ってきていますけど、騎士科の入学前や騎士として就職する前に、髪を短く切る子がいるんですよ。自分に気合いを入れるんでしょうね」
「あ、そういえば、髪の短い女性騎士の方いますよね」
「ちょっとケイン、そういう人たちは普段どんな格好しているのよ?」
「え?いや、俺、そこまで女性騎士のこと注目していないんだけど・・・」
「いいから思い出して!」
勢いに押されながら、ケイン様が思い出してくれたところによると、女性騎士の方は普段もスカートじゃなかった気がする、ということでした。それ以上の詳しいことは、明日一緒にチームを組む女性騎士に聞いてみる、と言ってくれました。
「ケイン様、申し訳ありません。あの、聞きづらかったら、無理に聞いていただかなくて大丈夫です」
「あははっ、それは大丈夫。皆細かいことは気にしない人たちだから」
「・・・お手数おかけします」
次の日、早速ケイン様は、女性騎士の方から聞いた話をしに来てくれました。手に地図の書かれたメモを持っていて、私に渡してくれました。
「女性騎士も、普段、普通の女性と変わらない格好をするそうですよ。でも、騎士の格好に慣れると、スカートをはかなくなる人も結構いるみたいで、そういう人たちは休日もパンツスタイルやパンツみたいなスカートをはくそうです」
「パンツみたいなスカート??」
「えーと、名前覚えられなかったので、紙に書いてもらっています。・・・そうそう、キュロット。で、この地図はそういう服を売っている女性騎士用のお店です。私服で護衛しなくてはいけないときも、このお店の服が便利みたいです」
「ケイン様、ありがとうございます。私、このお店に行ってみます。こんなに詳しく教えてくださった騎士の方にもお礼をお伝えしたいです」
「ソフィア様の言葉、伝えておきます。アンという名前の女性騎士なんですけど、休日に三号館にもよく来るって言っていたから、直接話せるかもしれませんね」
私は、地図を頼りに、女性騎士の方が利用されるというお店に行ってみました。大通りから細い路地を入ったところにある《ソードレディ》というお店です。入ってみると、あっさりとした外観とは異なり、中は可愛いらしい雰囲気になっていました。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店員の方がにこやかに話しかけてくれます。
「キュロットを探しているんですけど」
「こちらにあります。ただ、お客様は小柄で細身でいらっしゃるので、お客様に合うサイズは少ないかもしれませんけど。・・・お客様、騎士の方ではありませんよね?」
「ええ、私は大通りのエマール商会三号館で店員をしています。実は、髪を短くしたのはいいんですけど、今までの服と合わなくなってしまって・・・、女性騎士の方の普段の格好を参考にしたらいいって教えてくれた方がいたので」
「あー、あのお店。なるほど。たしかにキュロット、いいかもしれませんね。店員さんなら棚卸ししたり、動くこと意外に多いですからね。私はディーナといいます。私にコーディネートの提案をさせていただいてもよろしいですか?」
「ソフィアといいます。ディーナさん、ぜひお願いします」
ディーナさんは、飾りの少ないシャツと細めのキュロットを何組か持ってきてくれました。
試着してみると、今までのちぐはぐな感じがなくなり、全身の一体感が出ました。
「あと、このヘアバンドをしてみてください。髪、縛れないと、仕事の邪魔でしょう」
ヘアバンドをすると、不思議と気合いが入りました。
「この格好いいですね。私これ全部買います。これでお店に立てそうです!」
「うーん、でもソフィアさんには、少しサイズが大きくないですか?同じものでサイズ違いがあるか問い合わせましょうか?」
「大丈夫です。私、自分で丈詰めますから」
「そうですか。では、また気になることがありましたらいらしてくださいね」
私は、大きな袋を抱えて戻ると、エマに《ソードレディ》でのことを報告し、自分の部屋に戻りました。そして、買った服を自分の体に合うように、幅を狭くしたり、丈を詰めたりしました。もう一度着てみると、今度はピッタリでした。
鏡に全身を映しているうちに、ふとこの服に刺繍したら可愛いかもと思いました。《ソードレディ》で売っているキュロットは、全部無地で濃い色のものでした。微妙にトーンが違う糸で刺繍をしたら、地模様みたいでいいかもと思ったのです。やってみると思っていた以上に可愛く見えたので、夢中で一気に仕上げることが出来ました。
***
部屋に籠ってひたすら刺繍をし続けて、刺繡商品が在庫の分まで用意できたところで、久しぶりにお店に立つことになりました。《ソードレディ》で買った服を着て、ヘアバンドをすると、気持ちが引き締まります。
「ソフィア、その格好いいじゃない。刺繍が素敵だわ」
エマも褒めてくれました。
嬉しい気持ちで、接客したり商品を並べていると、やってきたお客様の視線を感じました。気のせいかもしれませんが、今までみたいに奇妙なものを見る目じゃなくて、好意的な視線になった気がします。
その日の午後になって、ジョルジオ様が私の様子を見に来ました。ジョルジオ様は綺麗な女性二人と、一緒に来店されました。
「やあ、ソフィア嬢。元気にやっているかな?聞くまでもないか。いい表情している。僕は、こちらのレディたちとこれから劇場に行くところなんだ。まだ時間があるから立ち寄らせてもらったよ。んん?君たちは向こうで好きなものを選んだらいい。僕は少し彼女と話があるからね」
「ご来店ありがとうございます。おかげさまでお店に戻ることができました。エマに受け入れてもらえました」
「それは良かった」
エマが私たちの様子を見て寄ってきました。少し声が大きかったようです。店内でお客様と適度に話すのは良いとして、知り合いと長く話すのは禁止されているのです。
「ソフィア、店内は私一人でも大丈夫だから、控室にご案内したら?」
「ごめんなさい。もう終わります」
「おお、これは失敬した。僕は、ソフィア嬢の見届け人、ジョルジオ・ギュスターというものだ。貴女がエマ・ブランナー嬢だね。ソフィア嬢がお世話になっているようで、見届け人として感謝しているよ。ときどきソフィア嬢の様子を見に来させてもらうので、以後お見知りおきを」
ジョルジオ様は、人好きする笑顔を向けながら言いました。
「エマ・ブランナーと申します。初めまして。お身内の方?でしたか。ジョルジオ・ギュスター様・・・・え?あの遊・・・ゴホンッ・・ギュスター公爵家の!失礼いたしました」
「ハハッ。さすがエマール商会の会長さんだ。僕の異名も御存知とは」
エマが返答に詰まっていると、商品をみていた女性二人がジョルジオ様を呼びました。
「ねえ~、ジョルジオ様~。私これ欲しい」
「私はこれ~」
「はいはい。ではソフィア嬢、プレゼント用に包んでもらえるかな」
「はい。お任せください。ありがとうございます」
舞台俳優のようなジョルジオ様と二人の綺麗な女性が、お店の包みを手に店内から出てきたことで、通りを歩いていた人の視線が自然と集まりました。気にも留めず通り過ぎようとしていた人たちも、少しだけ覗いてみるかといった感じで、入店してきました。また、先に入店している人がいると、お店に入りやすくなるようで、さらにお客様が入ってきました。そのため、ジョルジオ様退店後の店内は、セールの時のような賑わいになりました。
結果、その日の売り上げは、平日にもかかわらず、休日に近い売り上げとなりました。
閉店後、エマにため息をつかれながら、言われてしまいました。
「一体、ソフィアはどうなっているのよ?」
私はエマに、グリーグ家であったことをざっと話していましたが、ジョルジオ様の名前は出していませんでした。というのも、見届け人とおっしゃってくださったけど、公爵家の方が本当に日用雑貨を扱うお店に顔を出してくれるとは思っていなかったのです。それに、遊び人という響きがエマと調和しない気がしました。なので、ジョルジオ様には、手紙で定期的に近況報告をするつもりでいました。
エマは呆れたように笑いました。
「ソフィアには、時々びっくりさせられるわ。髪を切って再登場したのも驚いたけど、まさかお見合いを断った相手と一緒に戻って来るなんて!しかも、天下の遊び人、ジョルジオ・ギュスター様!初めて御本人を拝見したけど納得・・・。だけど、うちのお店にとっては福の神よね。ふふっ、意外に商売の神様だったりして」
この日以降も、ジョルジオ様は度々お店に立ち寄ってくれました。
・・・いつも違う女性たちとご一緒に。
ジョルジオ様は数回会っただけで、エマと親しく話をするようになり、他の店員や、ケイン様、ジェイン様、ミリアとも顔馴染みになりました。そして、私の様子を見に来るときは、私の休憩時間に合わせて来店され、控室で一緒にお茶を飲み、お話して帰って行きました。最初は、公爵家の方がお店に来られるのも、狭い控室にお通しするのも、”大丈夫なの?”という空気があったのですが、ジョルジオ様の気さくな人柄と、美味しい差し入れで、皆、ジョルジオ様を慕うようになっていました。
ありがたい状況をもたらしてくれるのは、ジョルジオ様だけではありませんでした。女性騎士のアン様や《ソードレディ》のディーナさんもでした。
アン様は休日にお店に来られると、私を見てすぐに話しかけてくれました。
「貴女がケインが言っていた、決意表明のソフィア様ね。私は、アンよ。よろしくね」
「ソフィアです。よろしくお願いいたします。女性騎士の方の服装について、いろいろと教えてくださりありがとうございます。おかげさまで大変助かりました」
「ねえ、ソフィア様のはいているキュロット、すごく素敵だけど《ソードレディ》でそんなの売ってたっけ?見たことないんだけど」
「え?これですか?これは、お恥ずかしいんですけど、自分で刺繍したんですよ。濃い色で無地だとお店の雰囲気に合わないかと思って」
「そうなの!?貴女すごいわね。うーん、でも残念。売っているのなら私も買おうと思ったのに」
「・・・あの、もしよろしければ、私刺繍いたしますよ。アン様にお礼したいですし。二、三日お洋服お預かりすることになりますけど」
「本当にいいの!?嬉しい!ありがとう!」
アン様は早速、次の日にはキュロットを持ってきました。私はアン様の好みを聞き、お店の仕事が終わるとすぐにとりかかりました。
これには、新しい発見がありました。自分が良いと思うままにする刺繍と、こんなイメージでと人から頼まれてする刺繍は、全然違うということです。指定されたイメージがあると、刺繍中、緊張感があります。しかも、アン様の持ち物に私が針を刺している、気に入っていただけなかったらどうしようと心配にもなりました。
アン様は非番の日に、キュロットを受け取りに来ました。私はドキドキしながら差し出しました。
「うわー!素敵!嬉しい!ソフィア様ありがとう!私が想像していたよりずっとキレイ!なんだか日常ではくのがもったいないぐらい」
「気に入っていただだいてありがとうございます!私も嬉しいです」
私は心の中で、”よし!やったわ!!”と拳を握っていました。それは、心の中だけで思う、私にとっての勝利でした。
アン様に刺繍したキュロットを渡してから数週間後、今度はディーナさんが訪ねてきました。
「こんにちは、ソフィアさん。あっ!本当だわ。このことだったのね」
「どうされたんですか?」
「いえね、最近うちのお店に来るお客様がね、柄の入ったキュロットはないかってやって来られるの。置いていないってお伝えすると、女性騎士や三号館の店員さんがはいているのを見たっていうから。店員さんならソフィアさんのことだと思って」
「え!」
「そっかー。実物見てわかったわ。刺繍が入ったものがいいなら、自分で刺繍をすればいいのにって思ってたんだけど、これは無理ね。職人の仕事だわ」
「そうですよ。ソフィアはうちの商品の大事な職人ですから」
エマが、スッと横に立ちました。
??
「あ、わかっちゃいました?でも、安心してください。エマール商会から引き抜こうなんて大胆なことはいたしません。提案させてもらうだけですから」
「引き抜く!?提案??」
ディーナさんからの提案は、ディーナさんのお店で服を買った方の刺繍を、私に依頼したい、というものでした。
具体的には───お店に『キュロットの刺繍承ります』と掲示し、頼まれた分を私が刺繍する。刺繍の大きさや使用材料に応じて刺繍代を決める。私への報酬は《ソードレディ》が仲介料を引いた分を支払う、というものでした。
”やりたい!”
私は、すぐ返事をしようとしましたが、先にエマが口を開きました。
「仲介料と報酬の割合は?」
「半々で」
私は、悪い話ではないと思いました。以前に自作のものをお店に置いてもらう場合、相場は6:4でお店の取り分が多いと聞いたことがありました。でも、エマは難色を示しました。
「その条件では厳しいわね。ソフィアはうちの看板商品の製作者としてすでに実績があるし、今さら労力を割いてまで新たに仕事を増やす意味がないわ」
「さすが会長さん、私も一回の提示で話がまとまるとは思っていなかったけど、そう言われるとキツイわね。なら4:6でどう?」
「まだまだ。貴女のお店だって、それで宣伝効果が見込めるんだから、3:7にしてよ」
私は二人のやり取りに置いてけぼり状態になりました。内容だけ聞いていると、バチバチやり合っているように聞こえるのですが、二人の表情はとても楽しそうでした。
結局取り分は、3.5:6.5でまとまり、注文がどれくらい来るのか様子を見て、条件を詰めようということになりました。
「エマ、すごいわね。私そのまま引き受けようと思っていたわ」
「ダメよ、ソフィア。お客様として来たソフィアには親切だったかもしれないけど、仕事の依頼なら気を引き締めないと。自分の技術を安売りしちゃダメ。あと、無理だと思ったら、すぐ撤退よ」
「勉強になります」
「フフフッ。私も今の話でヒントをもらっちゃった。ディーナさんのアイデア、私も使わせてもらうわ」
宣言通り、エマもお店で買った商品に模様や文字を入れるサービスを始めました。こちらは、刺繍ではなく、お店で取り扱っている木工製品や陶器に、模様や文字を入れるというものでした。王都には観光で訪れる人も多いので、記念に文字や印を入れたいと思う人がいるようです。
このサービスは、お店に定着していきました。




