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ソフィアが自分を見つけるまで  作者: 彩緒


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第七部:ジョルジオ・ギュスターとの出会い

(6445字)

 ジョルジオ・ギュスター様とのお見合いの日になりました。

 朝からお母様は張り切っています。私の支度をするメアリーにあれこれと指示を出しています。


 このお見合いは、お父様がお願いして成立した話なので、私からは断らない前提になっていました。なので、ギュスター様は旧交を温める目的も兼ねて、グリーグ家での顔合わせ後は、そのまま宿泊されることになっていました。


「ソフィアは、やっぱり優しい色の服が似合うわね。メアリー、その若草色のドレスを着せてあげてちょうだい」


 お母様の見立てで、どんどん私の身支度が整います。ギュスター様の到着が迫っているので、お母様も力が入っています。


「いいわね。髪型はどうしようかしら。そうね、ドレスに合わせて、若草色のリボンを髪に編み込んで一つにまとめてちょうだい。あら違うわよ。後ろじゃなくて前に垂らすように。こちら側に」


 私は黙ってされるがままになっていました。


「ソフィア様、髪痛くないですか?引っ張りすぎているところなどありますか?」


「ええ、大丈夫よ、ありがとう」


 外から、馬車が止まる音が聞こえます。ギュスター様が到着されたようです。きっとお父様が出迎えていることでしょう。


「到着されたようね。急ぎましょう。あら、メアリー、リボンが長すぎるわ。先が髪から飛び出ているじゃないの。ああ、もういいわ、私が揃えるわ。ハサミ、ハサミ・・・・・はい。これで綺麗になったわね。完成よ。ソフィア、とても綺麗よ」


 私は鏡に映る自分の姿を見ました。

 たしかに私は綺麗になっていました。


 でも───

 母が選んだドレス。

 母が決めた髪型。

 そして両親が思う私の幸せ。

 幸せ・・・・・?


「ソフィア、そろそろ行きましょうか。それにしても今日は良いお天気で、幸先がいいわね」


「お天気が良いと、幸先がいいのですか?」


「ええ、そうよ。顔合わせの日が晴れていると、これから進む二人の道も晴れの日が続くって言われているわね」


「え?」



 ───『ソフィア様、これからソフィア様の向かう道が常に晴れであることをお祈りします』



 突然、エマ様の言葉が頭に響きました。

 あっ!!

 ・・・・エマ様は、こうなることがわかっていたの?


「お母様、王都を出るとき、エマ様に何をお話されていたの?」


「何って・・・何だったかしら?そう、ソフィアがお世話になったお礼を伝えただけよ」


「・・・それだけ?」


「あとは、一旦グリーグ家で静養させて、落ち着いたら今度こそ良い方に嫁げたらいいんだけどってお話もしたかしら。ほんと、希望通りになって良かったわ。ソフィアの希望も叶うし・・・結婚してもエマ様のお店を手伝ってあげたいのだものね。ソフィアの刺繍でエマ様も助かっていたのでしょう?さあ、早く行きましょう。お待たせしたら悪いわ」



 手伝ってあげたい?・・・そんなんじゃない。

 私の刺繍で助かっている?・・・そうじゃない。

 違う。


 私はもう一度鏡を見ました。


 母が選んだドレスに母が決めた髪型

 ───青か濃い茶色のドレスに低めに結う髪型


 両親が思う私の幸せ

 ───『自分の色に染める』


 私の希望が叶う?

 ───これが私の希望なの?


 一体何が違う?

 ───何も変われていない。



 『ソフィア様は、どちらがいいですか?』

 ───私は選べる。


 選ぶなら───

 私が選ぶのは───


「ソフィア?どうしたの?」


 先に部屋を出ようとしていたお母様が振り返りました。


「行かなきゃ・・・私行かなくてはならないの」


「ええ、そうね。急ぎましょう」


 鏡の中に従順そうな私がいます。

 違う!

 自分の姿は自分で決める!!


 私は鏡の前に置いてあったハサミを手に取り、もう片方の手で編んだ髪を掴むと、ザクっとハサミを入れました。


「っは!? ソフィアー!!」

「ソフィア様ー!!」



***



 悲鳴を聞いて、父が慌てて部屋にやってきました。


「一体何を騒いで・・・っ!!」


 父が私の姿を見て、絶句しました。

 腰まであった私の髪は、肩の上で不揃いに短くなっていました。

 母は叫んだ後、声が出ないようで、口をパクパクして微かに震えています。


「お父様、申し訳ございません。私はやはり家を出て、自分の力で生きていこうと思います。どうか身勝手な私をグリーグ伯爵家から除籍してください」


 父も母も、突然乱心した娘を前に言葉を失っていました。

 私の言葉に、茫然と立ち尽くしています。


 皆が固まる中、父の背後から父と同年代の男性が現れました。


「おいおい、フィリップ。今の悲鳴は何だい?お嬢さんに何か・・・・・あったようだね」


 男性は、どうやら私の縁談相手、ジョルジオ・ギュスター様のようでした。私の様子を見て状況を察したようです。私は右手にハサミ、左手には切り落とした自分の髪束を握っていました。


「・・・とりあえずハサミは置こうか。君、彼女から受け取ってあげて」


 そう言われて、メアリーはハッとして、私からハサミと髪束を受け取りました。


「さて、お嬢さんが僕のお見合い相手、ソフィア・グリーグ伯爵令嬢ってことでいいのかな?先程、伯爵家から除籍とかいう声も聞こえたけど、この状況を説明してくれるかな?」


「ジョルジオ、これは・・・」


 ジョルジオ様は、父が言いかけるのを手で制し、私の返事を待ちました。

 私は、姿勢を正し、真っ直ぐにジョルジオ様の目を見ました。


「ソフィアと申します。遠路ここまでお越しいただいたにもかかわらず、私のような者が出迎える形となり申し訳ございません。私はご覧の通り、貴方様に嫁げるような人間ではございません。私には、どうしても王都でやり遂げたいことがあります。これは、私の一存です。グリーグ伯爵家とは関係ありません。どうかご無礼をお許しください」


 私は深く頭を下げました。


「・・・・・ふーむ、まあ、なんとなくわかったよ。つまり、君は何かやりたいことがある。だからお見合いは断りたい、ということかな。一応了解した。とりあえず顔をあげてくれ」


 顔を上げると、母が卒倒しそうになっているのが視界の端に映りました。ジョルジオ様は穏やかな表情をされています。ですが、心の奥底まで見透かされるような鋭さを感じました。


「ソフィア、なんて勝手なことを! ジョルジオ、申し訳ない・・」


 感覚を取り戻した父が話そうとするのを、再び制し、ジョルジオ様は私に問いました。


「君は僕に恥をかかせた、とわかっているのかな?遠路はるばるやって来た公爵家の人間に、自分のやりたいことがあるからという理由で。君はグリーグ伯爵家とは関係がない、と言ったね?この償いに、君は一体何ができるのかな?」


「それは・・・・何でも致します!今は思いつきませんが、おっしゃっていただければ、何でも致します!」


「何でもね・・。なら、僕の願いをいつか叶えてもらおう。・・・まずは、君がやりたいことを、本当にやり遂げるのか見届けさせてもらう。それが僕に対する最低限の礼儀だな」


「わかりました」


「さてと・・・僕は一休みさせてもらおうか。フィリップ、夜ゆっくり話そう。今は夫人を休ませてあげる方が先だな。あと君、ソフィア嬢の髪を整えてやってくれ。そのままじゃ困るだろう。それが済んだら、明日出発の準備だ。しばらく、グリーグ領でのんびりさせてもらうつもりだったんだけど、予定変更だ」


「え?」


「行くんだろう?王都へ。明日向かおう。見届け人の僕も一緒だ。君に拒否権はない」


「ありがとうございます」


 私は、もう一度深々と頭を下げました。



***



 その夜、母は寝室から出てきませんでした。私も、出発まで自分の部屋から出ないように、父に言われました。


 次の日、出発するときになっても 母は私の前に現れませんでした。見送りには、父と兄とメアリーだけが出てきてくれました。父は、ギュスター様の見送りに来ているのであって、私とは関係ないとでも言うように、私の方を見ることはしませんでした。兄は仕方がないという顔をして、私に言いました。


「ソフィアがこんな大胆な性格だなんて、知らなかったよ。母上のことは、俺たちがついているから大丈夫。頑張れよ」


 兄の言葉に、私は大きく頷きます。


「さあ、行こう」


 ギュスター様が先に馬車に乗り込み、私も乗り込もうとした時、背後に呟く声が聞こえました。


「・・・体は大事にな・・」


 !!

 私は背中を向けたまま、父の声に頷きました。



 馬車が走り出して、少し進んだところで、誰かが馬を走らせて追いかけてきました。


「ソフィアー!ちょっと待ったー!忘れ物ー!」


 馬車を止めてもらい、窓から顔を出すと、馬に乗った兄がいました。


「ギュスター前公爵様、馬車を止めてしまい申し訳ございません。妹にどうしても渡さないといけないものがありまして。ソフィア、これ。母上がお前に渡せって。それと伝言。『グリーグ伯爵家には戻ってくるな。ミリアには近況を定期的に伝えろ』だと。まったく・・・。母上の気持ちもわかってやれよ。じゃあな、ソフィア。ギュスター前公爵様、失礼いたしました。どうかお気をつけて」


 兄は、早口で言うと、元来た道を戻っていきました。


 お母様・・・!

 私は、兄に渡された袋を開けてみました。

 中には、私が髪を切ったあのハサミが、若草色のリボンで刃をきつく結ばれた状態で入っていました。


「夫人も辛いな。ソフィア嬢、あとはもう頑張るのみ、だ」


 私は涙がこぼれるのを誤魔化すために、下を向きました。ギュスター様は、私を見ないように、窓の外をしばらく眺めていてくれました。



***



 ジョルジオ・ギュスター様は、不思議な方でした。

 王都へ向かう旅の間、いろんなことをお話しました。私がオーヴェル侯爵家を出た後、どんな生活をしていたのか、何をやりたいのか、そのためにどんな計画があるのか。私の言うことを、一つ一つ丁寧に聞いてくれました。父が、なぜこの方に私を任せたいと考えたのか、わかる気がしました。ただ、女性にモテすぎるということは、ご本人も言われていて、実際、舞台俳優のような整ったお顔立ちをされていました。


「なるほど。ソフィア嬢は自分のお店を持つのが夢なのか」


「はい。自分のお店を持って、自分の力で生きてみたいのです」


「そうか。僕は商売のことはよく知らないが、一つだけ言わせてくれ。君、僕に『何でもします』って言ったけど、ああいうことは安易に言ったら駄目だ。取引の場で、足元を見られるぞ。それにだ、そもそも女性が男性に言う言葉ではない!」


「気を付けます」


「ふむ。・・・危なっかしいなぁ。フィリップが僕に託そうと考えたのもわかるよ。まあ、僕はお見合い前に振られたわけだけど」


「申し訳ございません。ギュスター前公爵様」


「ギュスター前公爵様か・・・。世間では、便宜上そう呼ばれているが、その呼び方は正しくない。結婚前はレグナード侯爵家令息、結婚後はギュスター公爵の夫、その後は当主代理、現公爵の父となるわけだが、どれもこれもね・・・。今僕にピッタリなのは『天下の遊び人ジョルジオ』だ。君もジョルジオと呼んでくれ」


「・・・・・天下の遊び人?・・・遊び人・・。ところで、ジョルジオ様の叶えたい願いとは、何ですか?」


「僕の願い?・・・・そうだなあ、僕にふさわしい新たな呼び名・・・かな。ハハッ、冗談だ。・・・まあ気が向いたら、いつか君が付けてくれ」



 二泊三日、ジョルジオ様と一緒にいたことで、私はジョルジオ様のさりげない思いやりが見えるようになりました。私は王都に近づく馬車の中で、思ったままにお礼を伝えました。


「ジョルジオ様、本当にありがとうごさいました。私がお見合いを駄目にした日、ジョルジオ様はあの場を救ってくださいました。私の無礼を咎めてくださったことで、父の面目が保たれました。私がやり遂げるところを見届けると言ってくださったおかげで、私も夢に向かうことができます。本当に感謝しています。それに、こうして王都へ同行してくださっているからこそ、危ない目に合わないで済んでいます。今の私は、自分のせいですけど、悪目立ちをしております。私一人では宿泊を断られる場合もあったでしょう。ジョルジオ様がさりげなく、私を好奇の視線から守ってくださっていることもわかっています」


「・・・・・参ったなぁ。僕はそんなにいい人じゃないんだけど・・・。フィリップへの借りを返したってとこかな」


「借り?」


「学生時代、自堕落になっていた僕に、ものの見方を示してくれたんだ。・・・まあそんなことはいいとして・・・僕は暇を持て余しているからね。天下の遊び人が女性に優しいのは当然のことさ。王都でソフィア嬢がお店に立つようになったら、お客さんになりそうな女性を連れて、時々様子を見に行くよ」


「はい。お待ちしております」

 

 そう言ったものの、私はお店に戻ることに不安を感じていました。

 一旦貴族社会に戻った私を、エマ様はもう受け入れてくれないような気がしていました。


 

***



 王都内に馬車が入り、中心部に近づくにつれ、私は無口になっていきました。ジョルジオ様も私の変化に気がついていました。


「どうした?ソフィア嬢。ここまで来て怖くなってきたかい?」


「・・・怖いです。エマ様に拒絶されたらと思うと怖いです。エマ様のお店に三か月間存在していた、自分の居場所がなくなっているかも、と思うと怖いです。私が借りていた部屋も、違う誰かの部屋になっているかもしれないし」


「それならそれでいいじゃないか」


「そんなっ!・・・」


 ジョルジオ様は、今までの包み込むような言い方ではなく、厳しい言い方をされました。そして、私の心の奥にある、自分でも認めていなかった気持ちを、はっきりと指摘しました。


「ソフィア嬢、君はまたエマ嬢の好意に甘やかしてもらうつもりかい?」


「そんなこと・・・・」


「では、断られたら、その時はその時だ」


「・・・・・」


「君が切り落としたのは、髪の毛だけじゃないと思っていたんだが・・・違ったのかな?」


「違いません!私は・・・私は、甘ったれで、流される自分を断ち切ったんです!!」


「それなら怖いものなしだ。思いっきりやるといい」



 馬車は王都の大通りに入りました。私は懐かしい風景に居ても立っても居られなくなりました。


「馬車を止めてください!私ここで降ります!ジョルジオ様、私行ってきます。飛び込んでみます。ありがとうございました」


 私は、馬車を降りて、荷物を受け取ると、大通りを全速力で、お店を目指して走り出しました。

 後ろから、ジョルジオ様の声がします。


「おーい、ソフィア嬢、そんなに走ると転ぶぞー!・・・・・ったく、世話の焼けるお嬢さんだ」


 何か言われているようですが、気にしている場合じゃありません。

 走って、走って、走って、お店に飛び込みました。

 

 ちょうど品物の補充作業の時間で、エマ様は台帳に記入しながら補充作業をしていました。勢いよくお店に飛び込んできた私を見ると、ピタッと動きが止まりました。私はエマ様の前に行き、エマ様の目をしっかりと見つめ、姿勢を正すと


「エマ様、どうか私をエマール商会で修行させてください。お願いいたします!」


と言って、自分の膝に額が付くぐらい深く頭を下げました。

・・・・・。

 その姿勢のまま5分ぐらいいたと思います。実際には1分も経っていなかったかもしれませんが、エマ様からお返事がいただけるまでの時間は長く感じました。

 ・・・・・頭上に、約一か月ぶりのエマ様の声が響きました。


「お店の中で様を付けるのは、お客様に対してだけです。店員同士で敬称は不要です。刺繍商品の問い合わせが何件か来ています。ソフィア、いつから作業に入れますか?」


 私はパッと顔を上げました。目の前には、ニヤリと微笑むエマ様がいました。


「今日からできます!」


「わかりました。まず荷物を部屋に置いてきてください。それから今後のことを話しましょう。はい、これ。貴女の部屋の鍵です」


 貴女の部屋の鍵って言ってくれた!!

 鍵を受け取り、急いで部屋に向かおうとすると、エマ様に呼び止められました。


「ソフィア、その髪、似合ってる!」


「ありがとう!・・・・エマ!」


 私もニヤリと微笑みました。

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