第五部:エマのお店にて
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エマ様のお店は、ティーセットやマグカップ、レターセット、ポーチなど、女性が好みそうなものが置いてあります。特に私が住み込みさせてもらっている三号館は、贈り物や自分用に持ちたくなるような品がたくさん置いてありました。
エマ様は、午前中は私と一緒にお店にいて、商品の取り扱いや会計の仕方、包装について教えてくれます。午後は他の店舗の見回りや、仕入れ業者とのやり取りに出かけます。
キビキビと働くエマ様を見ていると、私は今まで恵まれた環境で甘えていたのだな、と思うようになりました。そして、自分もエマ様のようにお店を持つ姿を想像するようになっていました。
「いらっしゃいませ」
お客様に声をかけるのも慣れてきました。
今日は休日のせいか、王立学園の女子学生さんが何人か訪れています。ポーチやハンカチを手に取り、楽しそうに選んでいます。私もあんな時期があったなと思っていると、エマ様も同じことを思っていたようです。
「可愛いですね。私たちもあんな時期がありましたね。・・・ねえ、ソフィア様、ご自分で作られた商品を置いてみたいと思いませんか?ソフィア様の刺繍、商品として売れると思うのですけど」
思ってもみないことを言われました。お店に置かれている商品は、エマ様が仕入れてきたものばかりです。自分の手作り品が商品になるなんて、考えてもいませんでした。
「私の刺繍なんてとんでもない!皆様ご自身で刺繍される方が楽しいでしょうし、バザーのように、寄付のため購入されることもないですから」
「ん-、ソフィア様の刺繍は、繊細で高度なものなので、誰でもできることじゃないと思いますよ。ソフィア様さえ良ければ、”こんな商品を売りたい”という案があるんですけど・・・。やはり刺繍をたくさんするのは大変ですか?」
ハワード様に刺繍を引き裂かれた日から、私は刺繍を全くやらなくなりました。ですが、エマ様のお話を聞いていたら、やってみたくなりました。
「やってみます。やりたいです!・・ところで、エマ様の案とは何ですか?私は何を作ったらいいのでしょうか?」
「まずは刺繍入りの商品に、どれぐらい目を止めてくれるのか、見てみたいと思います。最初は小さいものでいいです。同じ商品でも、色や柄など種類があると、皆その中からお気に入りを選ぼうとするみたいなんです。なので作るときは、何種類か用意してほしいんです」
エマ様は私に、栞を作るように言われました。
栞は色違い、栞に施す刺繍は花なら花とテーマを決めて、種類の違う花をそれぞれに刺繍すること。
私は空いている時間は刺繍に費やし、言われてから一週間で5種類、10枚ずつの栞を完成しました。花の刺繍の下に古代文字で花言葉も刺繍し、値札にその説明も付けました。
「・・・どうですか?」
「すっごくいいと思います。花言葉を添えたのは、いいアイデアです。今日は休日で女子学生さんがたくさん来られると思うので、早速置いてみましょう。女子学生さんの反応が良い商品は、売れる商品になることが多いんですよ」
栞は、早速お店の棚のレターセットの横に置かれました。
しばらくすると、女子学生の三人組がやってきました。私とエマ様は、少し離れて、棚を整頓しながら様子を窺います。
「これ、すごく可愛い!へー、これ花言葉なんですって」
「あら素敵。今の貴女には『恋する乙女』の花言葉がピッタリですわね」
「やだ、恥ずかしいじゃないですか」
「ねえねえ二人とも、これ色違いでお揃いにしませんか?」
「あ、それいいですね!そうしましょう。私はこの藤色にします」
「私は桃色のこれにしようかしら」
・・・・・・・・。
「ありがとうございました!」
三人の女子学生さんは、色違いで一枚ずつ買っていってくださいました。人生で今まで味わったことのない種類の喜びを感じました。刺激的な嬉しさです。
「ソフィア様、自分が作った商品が売れるってすごく嬉しいことでしょう?私は、手作りするわけじゃないですけど、自分が買い付けてきた商品を、お客様が気に入って買っていってくださると、手ごたえを感じるんですよ。だからこの仕事続けていけるんですよ」
「わかります。私、今興奮しています!自分を認めてもらえたようで嬉しいです」
「その通りです。ソフィア様の作品なんだからソフィア様が認められたんですよ」
その後も栞は売れて、一日で24枚売れました。買ってくださったのは、女子学生さんだけでなく、年配の女性や男子学生さんまでいました。中でも、読書の会を主催するという貴婦人が、集まった方に配るために、12枚まとめて買ってくださったのが大きかったです。でもこれは、エマ様のおかげのようです。
「もしかして・・・エマ様は読書の会のこと、ご存知だったのではないですか?だから栞を作るよう言われたのでは?」
「あ、気付かれました?はい、読書の会のことは知っていました。黙っていてごめんなさい。確実性のないことだったので・・・。実は私、例のカフェに行って、時々情報収集しているんですよ。カフェのお客さんの中に主催者の方がいらして、何か気の利いたものを配りたいってお話ししているのが聞こえて・・・・。それだけなんです。うちのお店に立ち寄ってくれるのか、栞に目を留めてくださるかは賭けですけど、今回みたいに当たることがあるんです」
「すごいですね、エマ様。そういうことも考えて商品を選んでいるんですね」
私は、ただただエマ様のお話に感動していました。
「いつも上手くいくわけではありませんけどね。ソフィア様の作品の力も大きかったと思います。ソフィア様のおかげで、私も新しい発見がありました。女子学生さんのお揃いで持ちたいって発想は、私にはないものでしたし、栞のように身近なものだと、色違いで何枚か持ちたいと買われる方が多いみたいですね。そして、なにより刺繍の商品は需要がありそうだとわかりました。ソフィア様、またお願いできますか?」
「はい。もちろんです!」
「あとこれ、いつもは月末にお渡しするんですけど、今日は特別に今日の分をお渡しします。ソフィア様の商品が売れた利益です」
「えっ!でも材料はエマ様が用意されたものですよ。私は刺繍をしただけで」
「”だけ”ではありません。ちゃんと材料費とお店の取り分は引いてあります。これはソフィア様の労力の分です。受け取ってくださいね」
私は生まれて初めて、自分の労力でお金を得ました。小さな封筒に入ったそれを受け取った時、私にもお金を稼ぐことができるんだという自信が湧いてきました。エマ様はきっと私にこの感覚を知ってほしかったのでしょう。
「ありがとうございます!」
以後、栞だけでなく、ハンカチ、巾着など、私の刺繍商品は置いてもらえる種類が増えていきました。エマ様から注文された品を作ることもあれば、私のアイデアを商品にして置いてもらえることもありました。私は、自分の考えたことが形になっていくことに、やりがいを感じるようになっていました。
***
エマ様のお店に来てから三か月経った頃、私は最近できた自分の夢を、エマ様に話してみました。
「エマ様みたいな方に、こんなこと言うのは恥ずかしいのですけど、私も自分のお店を持ちたくなりました。自分の商品を並べたり、自分のアイデアを形にできるお店。まだ漠然としていますけど、いつか実現できたらと思います。あ、エマ様の真似したりはしません。というか、私がエマ様と同じようにできるわけないんですけど・・」
エマ様は少しだけ間をおいてから、すぐ肯定してくれました。
「ソフィア様も商売の楽しさにハマりましたか。いいと思います。最近のソフィア様の表情は凛々しくて、この仕事向いているのかもしれませんね。・・・・・一年間です・・・一年間このお店でいろんな経験を積んだなら、ソフィア様の夢は現実に近づくと思います」
一緒にいたエマ様の恋人、ケイン様も同調してくれます。
「確かに最近のソフィア様は、生き生きしていますね。俺もソフィア様の夢応援しますよ」
私は、エマ様とケイン様に後押しされたみたいで、嬉しくなりました。
充実した気持ちで働いていたある日、突然懐かしい呼び方をされました。
「お姉様!生きていらっしゃったのね!!」
「えっ、ミリア!なんでここに?」
私が言い終わる前に、妹のミリアは私にガバッと抱き着いて泣き出しました。妹は王立学園の制服を着ていました。店内はちょうどお客様が途切れたところでした。とはいえ、この状態のままというわけにはいきません。もう一人の店番の方が控室の方を指さし、しばらく大丈夫というようなジェスチャーをしています。私は頭を下げてお礼を伝えると、控室に妹を連れて行きました。
妹が泣き止んだところで、一体どういうことなのかと聞きました。すると妹は怒りながら説明してくれました。
「なんで実家に連絡してくれなかったのよ!お姉様が殺されたんじゃないかって、お父様もお母様もお兄様もお義姉様も、皆心配したんだから!」
「私が殺された・・・・」
妹の話で、忘れていた現実を突きつけられました。
・・・私はまだオーヴェル侯爵夫人のままだったのです。
我ながらどうかしていると思うのですが、離縁届を引き出しにしまったまま、出すのをすっかり忘れていました。
そして、このことが思わぬ事態を引き起こしていました。
*
ある日突然、オーヴェル侯爵家からグリーグ伯爵家へ、慰謝料を支払うという話が来た。慰謝料を支払う代わりに、オーヴェル侯爵で見聞きしたことは他言しないという誓約書まで用意されていた。何の慰謝料かと問うと、離縁にあたっての慰謝料だという。
全く寝耳に水だった。そもそも、ソフィアとオーヴェル侯爵が離縁するという話は聞いていない。離縁の理由は何なのか。慰謝料を払うというなら、オーヴェル侯爵側に問題があったのか。ソフィアは今どうしているのか。
詳しいことを聞こうとしても、オーヴェル侯爵側は何も答えてくれない。それならグリーグ家で調べるのみ。
一体何があったのか?ソフィアはどこに行ったのか?
調べてみると・・・・
ソフィアが離縁届を持っているというが、まだ離縁届は提出されていない。
オーヴェル侯爵領の領民によると、ここ数ヶ月ほど領の視察は侯爵一人で来るようになっている。
それまでは侯爵と夫人の二人で来ていたが、夫人の頬はよく青あざができていた。
侯爵邸の使用人に話を聞くことはできなかったが、王都で最近侯爵邸を解雇されたという女性を見つけることができた。話を聞くと、侯爵はかなり独善的だったと言う。気に入らないことがあると、屋敷の者に当たっていた。夫人のことはよく無視していた。夫人は執務室から出てくると顔にアザができていることがあった。さらには、前侯爵夫人からは、使用人扱いされていた。
聞けば聞くほど、酷い話が出てくる。
グリーグ家の人間は、この時点で怒りが頂点に達していた。でもここで、グリーグ伯爵夫人が恐ろしいことを思いついてしまう。
「そういえば、ソフィアからの手紙、ここ半年以上届いていないわ。ソフィアのお友達からも、最近便りがないけどお元気ですか?って聞かれたわ。まさかと思うけどソフィア・・・・・いるわよね?暴力振るわれていたっていうし・・・大丈夫よね・・・離縁届も出されていないのに慰謝料なんて・・・」
「ば、馬鹿なことを言うな!ソフィアは・・・ソフィアはどこかにいる!」
一旦思いついてしまうと、辻褄が合わない部分があっても事実のように思えてくる。
ソフィアは、実はオーヴェル侯爵の手によって、消されたのではないか。それを誤魔化すため、わざと慰謝料を支払うなんて話をしてくるのではないかと。
王立学園の寄宿舎にいるミリアにも、手紙でソフィアが行方不明になっていることが伝えられた。
家族皆が不安に苛まれる中、ミリアはふと学友の持ち物が目に留まった。
「これ!どうしたの!?」
「あ、ミリア様もこれ素敵だと思います?大通りのエマール商会三号館で売ってたんですよ。この刺繍すごい技術ですよね。どうしたらこんな立体的な刺繍になるんでしょうねぇ。・・・ってミリア様!どちらへ?授業始まりますよ!」
ミリアは学園を飛び出し、大通りを走った。刺繍を見た途端、”姉だ!!”と確信した。
あんな複雑な刺繍、というより、あんな面倒くさい作業を隅から隅まできっちりこなせるのは姉しかいない。
ミリアは、走って走って、エマール商会三号館を見つけると、お店に駆け込んでいった。
「お姉様!生きていらっしゃったのね!!」
そこにはミリアの予想通り、数年ぶりに見る姉が立っていた。最後に見た姿よりほっそりした小柄な姉にガバッと抱き着くと、ミリアはもう泣くのを止められなかった。
*
妹が学園の寄宿舎に帰り、お店も閉めた後、私はエマ様に今日の出来事を話しました。エマ様は話の途中で少し悲し気な顔をしました。
「なんとなく、そんな気がしていました。ソフィア様、時々ビクッとされることがあったので・・・。本当に大変な思いをされたのですね。ご実家に頼れないというのは、悲しませたくないということだったのですね」
「・・・・嫌な話を聞かせてしまってすみません」
「いいえ、そんなこと・・・。それより、ミリア様に気付いていただけて良かったですね。ご家族もご心配されているようですし、一度ご実家に帰られた方がいいと思います。お店のことは気にしなくていいので」
「えっ、そんな・・・」
私は、急にエマ様に突き放されたような寂しい気持ちになりました。エマ様はその場の空気を変えるように、明るく言いました。
「とにかく、明日は私が店番をするので、離縁届を済ませましょう!」
それは、本当にその通りです。明日しっかり提出してこなければ、新しくスタートすることができません。
私は夜一人になると、ミリアから聞いた話を思い返していました。
一番に考えたのは、慰謝料を支払う代わりに用意された新たな誓約書のことでした。家族もエマ様も、ハワード様が私に暴力をふるっていたことを、口止めしたいのだと思ったようですが、私には何を指しているかわかりました。
口止めの誓約書なんて書かせる必要ないのに・・・・・。
私の人間性を全く信じていなかったことに、やるせない気持ちになりました。
グリーグ家に連絡を取ってきたのは、私が離縁届を持ったまま実家に逃げ込んだと思ったからなのでしょう。実際には、私は居らず両親も全く知らなくて、ハワード様はかなり焦ったと思われます。私と離縁しない限りは、再婚できませんし・・・。
明日、離縁届を出したら、とりあえずは区切りがつきます。その後は、エマ様の言う通り、一度実家には顔を出さないといけません。自分の口で説明する責任があります。慰謝料はどうでもよいのですが、誓約書にサインして送り返す必要もあります。
でも、その後の私は・・・・・・・・?




