#エマの卒業パーティ
(4971字)
「おい、お前、相変わらず一人かよ。エスコートはいないのか」
「見ればわかるでしょ。最後の最後まで絡んでこないでよ。婚約者のことほっといていいの?」
「ああ、女同士で盛り上がっているから、俺がいるとジャマらしい」
パーティ会場の中央では、一際着飾った女性集団が楽し気に話している。
たしかにあの横に男性が立っていても居心地が悪いだろう。
キラキラした一段を眺めていたら、隣でボソッと言う。
「・・・ソフィア嬢、パーティには来なかったな」
「そうみたいね」
仕方がないことだけど、私は残念な気持ちでいっぱいだった。
卒業パーティでは、話しかけようと決めていたのに・・。
「ドイル・マーラー先輩も酷いことするよな。なんでこんな時期になって婚約破棄するのかな。それなら最初から婚約しないでおいてくれればいいのに」
「本当にね。・・・・ん?なんだか微妙な言い回しね」
「え?あ、俺は、いや、うん、そう、違う。婚約者一筋だから。でも、婚約破棄することが最初からわかってたら、というやつが何人かはいたな。ソフィア嬢、人気あったからな」
「ええ、そうね」
私は、ソフィア様をしっかり認識した日のことを思い出していた。
***
私の目は、生まれつき両目の色が違っている。右目が茶色、左目が緑色だ。
両親は、この子の目はなんて綺麗なんだろうと思ったそうだが、世間は違っていた。外を歩くと覗き込むように顔を見られ、指をさされた。
家族は心配した。
兄は目の色の研究をするために、医学の道に進んでいった。わかったことは、たまに目の色が違う人間もいて、機能的になんの問題もないこと。それがわかると、兄は研究より病気の人を助ける方に専念するようになった。
私も別に日常で困っていなかったので、気にしていなかった。
世間の反応には慣れたけど、王立学園では別の煩わしさがあった。
王立学園は高位貴族から低位貴族まで一緒に過ごすことになっている。建前は、学園内では平等であるけれど、実際に対等に接していいかは別の話だ。
私みたいな目を見たことがなかった高位貴族に、しっかり目をつけられてしまった。
甘やかされたお坊ちゃまたちが、学園で朝から晩まで勉強しなくてはならなくなって、鬱屈していたのだろう。
そこにちょうど、男爵家の出身で、女子で、そのくせ特待生として授業料免除になっている私がいた。ただでさえ目障りな私が、珍しい容姿をしている。
・・・毎日、ばかみたいに通りすがりにからかわれた。
特に侯爵家の令息三人がひどかった。
「おい、お前、その目で見えているのかよ」
「うわー、人間じゃないみたい」
正直、その程度なら、どうってことはなかった。小さい頃から通りすがりに言われているのと大して変わらなかったから。
その日は、いつもより参っていた。
授業前に読もうと教科書を取り出して開くと、教科書は汚された上に、”学園を去れ”と女性の字で落書きがされていた。
面と向かって言われるのには慣れている。そのたびに『この人は目の前の人にそんなことを言えてしまう程度の人』と割り切れていた。
でも、不意打ちで文字として見たとき、切り裂かれるような痛みが心に走った。
茫然としているタイミングで、いつものように三人に絡まれた。
いつもとは少し違うことばを。
「お前、ボーっとしているとなおさら気持ち悪いな」
「モンスターだな。モンスター嬢」
普段の私なら言い返せた。その時は、口を開いたら震えてしまいそうだった。
うそだ!
私がこんな連中の前で泣くの?
ガタン!
近くの席の小柄な女の子が立ち上がった。
つかつかとこちらに歩いてくると、腰に手をあてて、三人に向けてキリリっと言った。
「わたくし、エマ様の目は宝石だと思いますの。右目は琥珀、左目はエメラルド。とても綺麗だと思います」
私は女の子をまじまじと見た。ソフィア・グリーグという伯爵家の御令嬢であることは知っていたけど、しっかりと見たことはなかった。ソフィア様は、幼さが残る、年下に見える女の子だった。
私の視線に気が付くと、『わたくし、言ってやりましたわ!』と言わんばかりの顔で、私に向かってニッコリと大きく頷いた。
・・・・可愛い。
「・・・・可愛い」
三人の誰かが、私の心の声と同時につぶやくのが聞こえた。
三人を見ると・・・赤面している?
年下の可愛い女の子に意見された気まずさなのか(いや実際は同い年だけど)、三人はアタフタと言い訳を始めた。
「あ、いや、俺たちも本気でそう思っているわけではなく・・・なっ!」
「そうそう、冗談というか・・・」
「・・・気持ち悪いとかモンスターが冗談になりますの?」
ソフィア様は、納得できないという顔でちょっと首を傾げた。
・・・やっぱり可愛い。森のリスみたい。
「・・・可愛い」
この三人婚約者がいたはずだけど・・・。
「・・・・俺たちも言い過ぎた。悪かったよ」
三人は、ますます顔を赤くして、それぞれの席に戻っていった。
ソフィア様は、満足そうにニッコリすると、私に再び頷いた。
これ以来、侯爵家令息の三人が私に絡むことは・・・・・・無くなりはしなかった。
でも、私に向ける言葉の性質が、明らかに変わった。
「お前、また学年一位かよ。嫌味な奴だな」
「勉強しかやることないのかよ。たまには一位を他の奴に譲れよ」
相変わらず絡んでくるけど、悪意の言葉ではなくなった。
私も、言われて返す言葉が変わった。
以前なら「人の容姿をとやかく言わないでください」と返していたが、今では『それがどうかした?』という姿勢で返せるようになっていた。
「いつでも一位をお譲りしますよ。私もたまには一位以外を取ってみたいですから」
「一位ばかりで飽きましたわ」
テストの後に繰り返されるこの会話は、いつの間にかただの日常になっていた。
侯爵家三人は、あれ以来ソフィア様を意識しているけど、ソフィア様は全く気付いていない。ソフィア様には、婚約者がいるということもあって、必要以上に男子学生と話すことがない。話しかけられたら返事はきちんとする、ただそれだけ。なんか、私が評価するのはおこがましいが、ちゃんとした両親の下で育った御令嬢という感じだ。
男子の方は問題なくなったが、女子からと思われる陰での嫌がらせは続いていた。おそらく侯爵家三人の婚約者たちだ。私が、三人を言い負かすのが気に入らないのだろう。女子は厄介なので、何も言わずにやり過ごしている。教科書は、いつ汚されるかわからないので、読み込んで無理やり頭に詰め込んだ。覚えきれない内容は、紙に書き写した。このおかげで、私は特に試験対策しなくても、内容がいつでも頭の中にある状態になった。
王立学園では校外実習で、ペアを組んでのボランティア活動があった。学園が決めた私のペアは、ソフィア様だった。ソフィア様は私がペアだとわかると、すぐに寄ってきて
「よろしくお願いします。二人で頑張りましょうね!」
と言ってくれた。
二人で計画を立てて、いろんなものを製作して、バザーで売る、この時間は本当に楽しかった。ソフィア様が作ったものは、バザーでなくてお店に置けそうなぐらい綺麗なものばかりだった。この時期は、兄に、バザーとソフィア様の話ばかりしていたと思う。
商品を売り切って、これで校外実習が終わるんだと思ったときは、本当に寂しかった。ソフィア様とこんなに親しく話すことはなくなるのだと。だから最後の日に、ソフィア様から言われたことは、本当に、本当に嬉しかった。
「エマ様、あの、こんなこと面と向かって言うのは恥ずかしいんですけど、もしよかったら私と親友になってくださいませんか?」
もちろん、なりたい!
でも・・・・
「ごめんなさい。身分も違うし、私こんな見た目だから、貴女が損するかもしれないです。やめた方がいいと思います」
「えっ、そんな・・・」
「本当にごめんなさい。私、授業料免除してもらうために、成績を維持しないといけないんです。親友になっても、一緒に過ごす時間がないんです」
「あっ、エマ様の事情も考えずに、無理言ってごめんなさい。あの・・・私、エマ様とご一緒出来て、とても楽しかったです。ありがとうございました」
私は、家に帰ってから大泣きした。
悲しくて悲しくて仕方なかった。
私に嫌がらせをしている女子たちは、自分たちの婚約者がソフィア様を気にしているのに気が付いている。でもソフィア様の周りには、常に人がたくさんいる。それなりに身分の高い御令嬢も何人かいる状態で、変な嫌がらせはできない。いや、そもそもソフィア様に全く非がないから、嫌味も言うこともできない。
これが、私とソフィア様が一緒に行動することになったら、どうなるのだろう?
男爵家の私が常にいたら、身分の高い御令嬢はソフィア様から離れていくだろう。隙ができたところへ、あの侯爵家令息三人が私に絡みつつ、ソフィア様に近づくようになったら・・・?
嫌がらせのターゲットが、簡単に変わってしまう気がする。
悔しい。
いつか決着をつけよう。
それぞれの校外実習の成果を発表後、簡単なパーティが催された。
男子も女子も正装で出席だ。先生から華美過ぎないようにとのお達しがあったにもかかわらず、女子は華やかな装いが多かった。
私とソフィア様の発表は、先生方にとても好評だった。私は嬉しい気持ちでパーティ会場を歩いていた。飲み物を取ろうと歩いていると、テーブルの近くに、嫌がらせの犯人の一人と思われる女子がいた。なんとなく、こちらに嫌な笑いを向けた気がする。気にせず歩いていると、目の前に、
ニョキッ。
はあっ!?
私を転ばすつもりなのだろうか?スカートから不自然に足が出るのがわかった。
もちろん素直に転ぶつもりもないので、思いっきり足を踏みつけて差し上げた。
「痛ーっ!」
大きな叫び声。
駆けつける侯爵家令息の婚約者。
彼女は私を睨んだ後、婚約者に泣きついた。
「私、何もしていないのに、エマ様が私の足を踏みつけましたの」
ポカンとする婚約者。
・・・・そうでしょうね。
私も驚いたもの。
「貴女、私がそんな膨らんだスカートの中に、足を突っ込んでわざわざ踏んだと言うのですか?」
「え?」
彼女は自分のドレスを見る。パニエでスカート部分を思い切り膨らませてある。
自分で自分のスカートを見て驚いている。
そう。どう考えたって、あの中に足を突っ込んだら、本人も周りも気づかないわけがない。
そんなことする人はいないので、足を踏まれるとしたら、余程本人が大股開きで足をスカートの下から突き出すしかない。
だから私も、そこまでやるのかと呆れて踏みつけてあげたのだけど。
「そうね、私が踏んだかもしれないわね。ごめんなさいね。まさか貴女が淑女らしくなく、大股で歩くなんて思わなかったから」
「なっ、なっ、そんなわけないでしょう!!」
「そうなの?なら私の勘違いかしら。そうそう、私の教科書の落書き、貴女の発表に書かれていた字と似ていたわ。それも勘違いなのよね?」
「そっ、そんなことしないわよ」
顔が真っ赤になっている。
このやり取りを婚約者は横で聞いている。チラッと視線を向けると、何かを察したようだ。
「・・・どっちも勘違いだったってことだな。ちょっと彼女と庭園で話したいことがあるから連れていくよ。婚約者同士の語り合いを邪魔すんなよ」
まだ憤慨している彼女を引っ張って、二人で去っていった。
何を語り合ったのかは知らないけど、その後、女子からの嫌がらせは完全になくなった。
まあ、どうでもいいけどね。
***
「おい、何ボーっとしてんだよ。人がわざわざ話相手になってやってんのに」
「頼んでないけど」
「可愛くないな。いや、そんなことを言いにきたわけじゃなくて・・・あの時は悪かったよ」
「あの時?」
「いろいろお前に言ったこと。それと彼女、俺の婚約者がお前にしたこと・・・すまん」
「それ、謝っているの?」
「いちいち聞くなよ。あとお前がバカにしてくれたおかげで、頑張って順位表に載れるぐらいになった」
「それは自分の努力でしょう?それより、もう行った方がいいんじゃない?婚約者の彼女がこっちを見ているわよ」
「ああ。・・・・・そういえば、お前最初から最後までずっと一位だったな。ふんっ、首席卒業おめでとう。じゃあな!・・・・エマ嬢」
「・・・ありがとう」
フフッ、初めて名前で呼ばれたな。
勝手に過去を清算していったけど、今のは悪くない会話だったかもね。




