第十五部:ここから始めよう
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「この花はこっちに置きますか?」
「ありがとうごさいます。台の上に飾ります」
「ロゼちゃん、ほうきは両隣まででいいんだよ」
「はーい」
《ソフラン》の前には、会長さんはじめ商店通りの他のお店の方が、手伝いに来てくれていました。会長さんからは、開店祝いのお花までいただいています。ロゼも元気よく働いています。ロゼはすっかり商店通りに馴染んでいました。エマも開店の立ち合いに来てくれています。
今日は《ソフラン》の開店の日です。
ジョルジオ様と相談し、やはりやり遂げようということになりました。
「頑張って《ソフラン》を開店するところまできたんだ。思い切りやったらいい。ソフィアは、常にソフィアらしくいてほしい」
ジョルジオ様が背中を押してくれました。
「それにしても、商店通りの人たちに受け入れられて良かったわ。会長さんにソフィアの事情を勝手に話したこと、ずっと気になっていたんだけど・・」
「ううん、エマが話してくれて良かったわ。騒ぎを起こして、何も説明しないというわけにはいかなかったから・・・。それに前もって伝えてくれたおかげで、私が挨拶に行った時も話がしやすかったわ」
*
私は、ケガが治った後、会長さんにお詫びと、あの場で開店させてほしいとお願いに行きました。冷たい反応が返ってくることも覚悟していました。
ところが、会長さんの態度は恭しく、こちらが恐縮してしまうものでした。
「ギュスター前公爵夫人、このたびは大変失礼なことをいたしました。今までの態度をどうお詫びすればよいのか・・・まさかそんなお立場の方だったなんて」
「頭を上げてください。私はただのソフィアです。家名はお店の仕事のときは、敢えて名乗っていないんです。私は、エマール商会で修行させてもらいました。商売をやるなら、”様を付けるのはお客様だけ”と教わっています。私はお店側の人間なので、商店通りの方たちと同じ側だと思っています。ましてや会長さんは商売の大先輩です。私はまだまだ未熟です。どうか今まで通りに接してください」
こんなやり取りを二、三度繰り返し、ようやく普通に喋ってくれるようになりました。
「実は、ソフィア様のことをずっと誤解していたんです。貴族の娘さんが道楽でお店をやるんだろうって。たまに来て、雰囲気だけ味わうんだろうって。商品までご自分で作られていたとは・・・。それに、あんな苦労をされていたなんて・・・。あれほどの状況でも気丈に周りに声をかけられていて・・。私は恥ずかしいですよ。人をよく見もしないで決めつけていたことが。お店の中を見たり、ソフィア様の手を見れば、本気だとわかったはずなのに・・・」
「会長さん・・・。《ソフラン》開店してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。開店日は今度の祝日がいいでしょう。商店会の方からも手伝いに行きます」
「ありがとうございます!」
*
「ジョルジオ様は今日は来られないの?」
「ええ、オーヴェル領で大きな火事があったから、被害状況を確認に行っているの」
私はエマに聞かれて、簡単に答えました。
火事の発火元はオーヴェル侯爵家の裏庭園からでした。乾燥して風が強い日が続いていましたので、管理されなくなった樹木の枯れ枝が、擦れて発火したのだろうということでした。火は屋敷に燃え移り、オーヴェル侯爵邸は跡形もなく消失したと聞いています。侯爵邸はすでに空き家状態で、孤立して建っていたので、誰も犠牲になることがなかったのは幸いでした。
この季節には起こりうる火事ですが、オーヴェル侯爵邸そのものが意思を持って終わりを迎えたのではないか、そんな風に感じてしまいました。
「ソフィア様、私たちはそろそろ自分のお店に戻りますね」
「皆さん開店前のお忙しい時間に、手伝っていただきありがとうございました。すごく助かりました」
「いえいえ、初日は慌ただしいですから。がんばってくださいね」
開店の時間が近付き、私たちはお店の中に一旦入りました。ロゼは少し興奮気味です。商品の配置や値札の位置をもう一度見て回り、それぞれの役割を確認します。ふと外を見ると、お店の前にお客様と思われる人が何人かいます。
「すごいですねー!お店の前に、お客様もう並んでいますよ。あ、三号館で見たお客様だ」
「ロゼ、お行儀悪いわよ」
ロゼは、外からは見えない位置で、背伸びをして外の様子を観察していました。私はロゼをたしなめながら、《ソフラン》に付いてきてくれたことに感謝していました。
ロゼには、あの現場を見て《ソフラン》で働くのが嫌になったのなら、今まで通り三号館勤務でいいと話しました。ですが、《ソフラン》で働きたいと言ってくれました。むしろ、あの現場を見てからの方が、ロゼとの距離が縮まりました。
後から聞いた話によると、あの時ロゼがバケツを持って立ち尽くしていたのは、バケツの水をかけて助けようと思っていたからだそうです。ロゼが孤児院に入る前に暮らしていた飲み屋街では、酔っぱらいの喧嘩に水を浴びせて止めるのが、普通の光景だったそうです。ですが、平民が貴族に水をかけたら恐ろしいことになると思い、踏みとどまったと。
ロゼの貴族に対しての認識は、大分変化していました。貴族とは、綺麗な服を着て華やかな生活を送る人と思っていたのが、貴族に生まれても苦労はある、どこに生まれても結局苦労はあるんだと、ロゼなりに納得したようでした。
「そういえば、店長、なんで《ソフラン》のロゴをリボンのついたハサミにしたんですか?エマール商会のロゴがオッドアイの猫ちゃんなのはわかるんですけど」
私はエマと顔を見合わせました。どちらともなく、ニヤリと微笑みました。
「それはね、”少女よ!未来を切り開け!”って意味を込めてよ」
「おーっ!格好いいですね!」
「ふふ、さあロゼ、お店の外に出て扉を開ける準備をして」
私とエマは店内で姿勢を正します。
「ソフィア、準備はいい?」
「いつでも大丈夫」
カランコロン
「「いらっしゃいませー!!」」
雲一つない青空の下、《エマール商会別館 ソフラン》開店です!




