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ソフィアが自分を見つけるまで  作者: 彩緒


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第十二部:新しいステージへ

(5020字)

 私は、三号館の二階の部屋から、王都のギュスター邸に引っ越しました。別居のままでは、偽装結婚だとわかってしまいます。エマに事の次第を話し、届け出の翌日には引っ越しました。


「エマ、あの・・・ジョルジオ様と結婚することになった」


「おめでとう!!ソフィア。よかった。お祝いしなくちゃね」


「あ、違うの。実は・・・」


 私がジョルジオ様とのやり取りを話すと、エマは口を開けたまま固まりました。


「ソフィアは・・・そう解釈したのね・・・。ああ、ジョルジオ様・・・・・。いやいや・・・でも、よかったわ。今度新しく働くリルとロゼ、孤児院を出たらどこで暮らすか、考えないといけないところだったから、ソフィアの使っていた部屋に来てもらうわ」


「二人だと狭くない?」


「大丈夫。二段ベッドに替えるから。二人とも最初は一緒に住みたいって言ってたしね。それより、結婚後すぐの代理申請で許可が下りるか心配ね」



 本当にそうなのです。ジョルジオ様の言葉に後押しされて、婚姻届を出したのですが、もし許可が下りなかったら、ジョルジオ様はただ私を妻に迎えただけになってしまいます。そのことに、後で冷静になってから気付いたのですが、


「それはそれ。たぶん大丈夫だから落ち着いて待っていなさい」


 と言われてしまいました。



 代理申請を出し心配しながら結果を待っていると、代理を認めるという通知と今後の業務についての書類が届きました。よく許可が下りたなと私がホッと息をついていると、アルフさんが説明してくれました。


「ジョルジオ様が王家筋の方であっても、許可は難しかったと思います。でもグリーグ伯爵家で一年以上前に顔合わせをし、その後ソフィア様はギュスター邸で病気療養したり、毎週定期的にギュスター邸を訪れています。婚約者としてきちんと交流があった上での結婚と認められたのです。よかったですね。私も嬉しいです。ソフィア様、これからは奥様です。屋敷の者は呼び捨てで、何でもお申し付けください」



***



 いくつかの事務手続きが完了した後、オーヴェル領の管理業務が始まりました。十数年分のオーヴェル領の台帳や資料が、屋敷の執務室に運びこまれました。その中には私が書いた台帳もあり、ギュスター邸で再び見ることになり、不思議な感覚になりました。


 管理業務が始まると、ジョルジオ様が『領主の仕事はやりがいがある。やれるならやりたい』と言っていたのは、本心だったのがよくわかりました。ジョルジオ様の優雅な雰囲気は、躍動感あふれるものに変わりました。アルフと執務室に籠り、資料を見たり、オーヴェル領の視察日程を決めたりと、忙しそうです。アルフもきびきびと方々に手配しています。


 始めのうちは、オーヴェル領の内情説明のため、私も執務室へ呼ばれていました。でもあまり説明する必要はなかったです。お二人は、私が書いた台帳と簡単な説明だけで、触れていない部分までわかるようでした。私が上手く説明できなくても、ジョルジオ様は『それはこういうことかな?』といった感じで、伝えようとした内容を正確に理解してくれます。


「それにしても、ソフィアはすごいな。これを全部自分でまとめていたとは。特に、この簡易版の台帳やメモがあるおかげで、すごく助かっているよ」


「ええ、本当に」


「いえ、その時はただ必死だっただけで・・・・・でも、お役に立てて良かったです」


 当時は本当に必死でした。何がきっかけで、ハワード様の機嫌が悪くなるかわからないため、先回りして、あらゆることを調べ、まとめていました。いつ何を聞かれても大丈夫なように、すぐ返答できるように、どうまとめたら見やすいか、そんなことばかりを考えていました。


 自分がやってきたことを、やっと認められた気がします。なによりもジョルジオ様のお役に立てたことが嬉しかったです。



 ジョルジオ様が私と結婚し、領主代行代理になったことでもたらした変化は、執務室内にとどまりませんでした。住み込みの使用人も増え、静かな時間が流れていたギュスター邸は、徐々に活気づいていきました。


 私たちは、大々的に結婚式を挙げることはしませんでしたが、小規模なお披露目の会を開きました。他にも領主代行となった挨拶も兼ねて、オーヴェル領と接している領主を招いての晩餐会も催しました。晩餐会を開催しなくても、ジョルジオ様を訪ねて来たお客様とお食事を共にすることも時にあります。


 厨房が慌ただしく稼働する日が増えていました。今まで邸内の者に対して料理をするだけだったマルクスが、市場や農園まで駆け回って、料理長として厨房を取り仕切っています。アルフが事前に調べた招待客の好みを見ながらメニューを決め、下働きの料理人に指示を飛ばし、いくつものフライパンを誇らしげに操っています。


 シェリルも変わりました。お客様をお招きするために、侍女長として侍女の指揮に当たります。邸内は元々塵一つない状態でしたが、さらに磨き上げられ、光が差し込んでいるかのようになりました。

 私も人前に立つことが多くなり、ジョルジオ様にふさわしいよう、シェリルの手によって磨かれ整えられます。今では、私の髪は結えるぐらいに伸びたので、シェリルは毎回いろんな髪型にしてくれます。


「グリーグ伯爵夫人から送られてきた髪留めをおつけしますね。さすがお母様です。奥様の髪色にピッタリです」


「ありがとう。母がミリアと色違いで送ってくれたものなの。好評だったって言ったら喜ぶわ」


 

 私がジョルジオ様と結婚したことは、ジョルジオ様からグリーグ伯爵家に伝えられました。偽装結婚だということだけは伝えていません。このことを邸内で知っているのは、アルフとシェリルとマルクスだけです。

 『オーヴェル領の領主代行を、夫の自分が行うことになった。当面は慌ただしい。仕事が軌道に乗ったら、こちらから挨拶に行く』とだけ伝えたそうです。


 兄の手紙によると、母はこの知らせを聞き、開口一番


「だったら髪の毛を切らなければよかったのに」


と言っていたそうです。

 その後、母からも手紙が来て、一枚目の便箋には兄が言っていたように、髪の毛のことが書いてあり、二枚目には家族中で結婚を喜んでいると書かれていました。父母から手紙が来るようになったのは嬉しいのですが、手紙がくるたびにやはり良心は痛みました。



 国の要請があったときは、どうなることかと心配でしたが、ジョルジオ様との結婚生活も、オーヴェル領の領主代行も順調に進んでいきました。


 国の領管理統括省からの定期的呼び出しは、最初の二回は私も呼ばれていましたが、三回目からはジョルジオ様だけで良いと言われました。実質の領主代行はジョルジオ様と認識されたようです。

 ジョルジオ様は早い段階で領内を回り、各地域の代表全員に会いに行きました。代表から聞いた話のうち、即対処した方が良いものはすぐ取り掛かり、順番に解決していきました。ジョルジオ様の素早い対応は、ジョルジオ様が領主であると、領民が認識するのに十分でした。


 私はジョルジオ様のおかげで、昼間は王都のお店で働き、夜は貴族夫人という生活を送らせてもらっていました。

 最初のうちは、領主代行の妻らしくない、貴族らしくないということで嫌味を言われることもありました。

 ですが、


「本来の領主代行は妻だ。国が要請したのは彼女だ。僕は、領地経営も商売もわかる妻を尊敬している」


とジョルジオ様が一蹴したので、面と向かっては言われなくなりました。

 

 お店の方は、新しく孤児院から来たリルとロゼが大きな戦力になってくれたので、私は大分余裕ができました。テーブルクロスのような大きな布にも刺繍する時間ができました。


 大きなものを刺繍するうちに、私は布を中心とした日用雑貨の取り扱いをもっと広げたいと思うようになりました。また、お店の商品を作る人を育てるだけではなく、日常で刺繍を楽しみたい人に向けて、教室を開いてみたいと思うようになりました。

 エマの方は、食器類をメインにというのが基本の考えです。それでも、エマは私の考えも受け入れてくれるので、新しく刺繍した大きな物も店頭に置いてくれています。徐々に三号館の商品数は多くなっていきました。お客様は新しい商品を求めて来店され、三号館は常に混みあい、しだいにエマと私は以前ほど会話をしなくなっていきました。


 なんとなくエマとすれ違いになっている気がしていました。その思いは、季節が変わるにつれて強くなっていました。

 そろそろ私はエマから離れる時がきたのかもしれません。



***



「ソフィア、ちょっといいかな?話があるんだけど・・・」


 私は、エマから『別々にやっていこう』と言われることを覚悟していました。


 エマの話を受け止める心の準備をしましたが、エマは、なかなか切り出しません。これは私から言うべきなのかもしれません。

 思い切って口を開くと、私たちは同時に声を発していました。


「エマ、私、お店を出た方がいいよね?」

「ソフィア、そろそろ独立考えてる?」


 エマも私と同じことを感じていました。

 でも、考えていることは全く違いました。



「ソフィアはここで働くようになって約二年は経ったよね。刺繡商品を作製してくれたり、お店を回してくれたり、その上、リルとロゼのような次の代を育ててくれて感謝しているわ。最近では経営のこともわかっているから安心してお店を任せられるの。ソフィアがこんな商品を置いてみたいという物も、よく売れるている。それを見ていたら、ソフィアは布製品に力を入れたいのがわかった。たぶんソフィアは布製品をメインにしたお店を開きたいのよね?」


「ごめんなさい。私、エマのお店なのにでしゃばりすぎたわ。自分のお店を立ち上げて、その中でやるべきだったわ」


「え?あ、違うの。そういうことではなくて、もう少し独立するのを待ってほしいの」


「え!?」


「・・・実はね、私ケインと結婚するの」


「え!あ、そうなの!おめでとう!エマ!」


「ありがとう、ソフィア。・・・・でね、結婚するといろいろあるじゃない?その、どうしても働けない期間があるでしょう?」


「・・・?・・・!! あ、そうよね」


「ソフィアも同じで、どうしても働けない時があると思う。で、考えたんだけど、お互いに協力したらいいんじゃないかって。もし今後、私が一定の期間お店を休まなきゃいけなくなった時、ソフィアにお店のことを頼みたい。逆にソフィアが休むときは私に任せてほしい」


「わかったわ。私、エマのためならいくらでも協力するわ」


「そう言ってもらえると心強いけど、私は、ソフィアの独立を邪魔はしたくない。だから独立の準備をしながらお店に残ってもらう方法はないかと考えてみたの」


「?」


「おかげさまで、三号館は商品の品揃えも豊富で、お客様で賑っているわ。品揃えの割にお店は手狭になってしまっている。だから新たにエマール商会別館を作ろうと思ってて」


「!」


「この別館の責任者をソフィアにやってほしい。通常の商品はリルとロゼが作るから、ソフィアは自分のイメージでやってもらっていいわ。そうねえ、エマール商会の姉妹店のイメージかしら。数年かけて、リルとロゼの次の代を増やしたら、ソフィアは別館を買い取ってそのまま独立したらいいと思う。でも、ソフィアが何もかも一から立ち上げたいなら、無理強いはしないわ」


 私はエマに感動していました。そんな先のことまで考えて提案してくれるなんて、エマには本当に敵わないなあと思いました。


「エマ、私興奮している!正直今日は、別々にやっていこうって言われる覚悟をしていた。ありがとう。こんなに深く考えてくれて。でも、本当にいいの?なんか私、独立まで面倒見てもらう形になってしまうけど・・・」


「良いも悪いも私がお願いしているのよ。実を言うとね、ソフィアが以前倒れたときから考えていたことなの。もし私が倒れたら、エマール商会はどうなるんだろうって。自分が責任者であるからこそ、自分がいなくても回るシステムを作らなきゃだめだって。それにね、ソフィアは別館の責任者になるんだから、利益を上げて、別館を買い取れるように頑張らないといけないのよ。ジョルジオ様にも相談して、よく考えてみてね」



 それでも自分で一からお店を立ち上げることを考えたら、ありがたい話でした。

 私が自分のお店を持つことは現実味を帯びてきました。

 ジョルジオ様に伝えると


「君もすごいが、エマ嬢もすごい人だな」


と、なぜか私まで一緒に褒められました。

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