第十一部:領主代行と偽装結婚
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充実した時間が過ぎるのは早く、倒れて復帰してから一年が経っていました。
未来に向けて、自分のお店はこんな風にしたい、とイメージすることも多くなってきました。
そんな頃、兄から来た手紙で、久しぶりに過去のことを思い出しました。手紙には、オーヴェル侯爵家のことが書いてありました。
∻∻∻∻∻
ソフィアへ
元気でやっているかな?
こちらは皆元気でやっている。父上と母上は、自分からソフィアに手紙を出さないが、ソフィアから届いた手紙や贈り物はとても大事にされている。
~中略~
さて、今さら聞いてもソフィアには関係ない話かもしれないが、一応情報として伝えておく。
オーヴェル侯爵領が、国の管理下に置かれることになった。理由は税金の滞納だ。支払い能力はあるのに期日を守れなかったとのことだ。一度目の滞納のときには、数日後に支払いできたようだが、二度目の滞納時は、国の監査が入った。監査員が口頭で尋ねたことに、正確な返答ができず、台帳も整理できていなかったようだ。
これによりハワード・オーヴェルは、領の管理能力がないと判断され、侯爵位から伯爵位へと降爵された。今後、国の管理下から外れることはないだろう。実質、領地を没収され、名ばかりの貴族になったということだ。とはいえ、莫大な私財があるから、生活には困ることはないのだろうが。
ハワードは屋敷を出て、どこに行ったのかわからないそうだ。
それともう一つ。国の監査員が入った時、オーヴェル前侯爵夫人が、ベッド上で意識がない状態で発見されている。その場で死亡が確認されたそうだ。原因は痰を詰まらせた窒息死らしい。偶然、監査のタイミングで発見されたようだ。
オーヴェル元侯爵家のことは、今社交界で話題になっている。しかし、使用人も少なく、交流の少ない家だったので、これ以上の情報はない。
現在の処置は一時的なもので、二、三年経てばオーヴェル領は国営領に変わるのではという見方が多い。その後、留学中の第四王子が学業を修了したら、新たな公爵家が創設され、オーヴェル領は公爵領になるのではないかと見られている。後々のため、王族の婚姻先を確保する意味もあるのだろう。
ハワード・オーヴェルの処遇については、寛大な処置かもしれないが、前オーヴェル侯爵が過去の災害時、王家へ莫大な復興費用を納めた功績が影響していると見られている。
~下略~
∻∻∻∻∻
私は、何とも言えない気持ちでした。
私の手を振り払ったあの方が、こういう形で亡くなったんだという複雑な思いになりました。
領運営について、驚きはありませんでした。なんとなく、ハワード様一人では領を管理できない気がしていました。
ハワード様は、決して凡庸な方ではありません。ですが、たくさんのことを一度に処理できない方なのです。そして一つのことが気になると、そこに執着してしまう傾向がありました。私は、広大なオーヴェル侯爵領の各地から上がってくる情報や問題を、ハワード様の目の前に一列に並べるような作業をしていました。優先順位をつけ、今この業務をやればいいというものだけを、ハワード様の目の前に置いていました。
ハワード様は、一つのものに対しては、集中力を発揮するので、このやり方でかなりの仕事をこなせていました。
一度目の納税の時は、私が直前までいましたので何とか納税できたのでしょう。でも、そこからは、ご自分で一からやらないといけません。せめて私がまとめた過去の台帳をよく見ていたなら、一連の流れが見えたかもしれません。
ふと視察に行った際の各地の領民のことが、頭を過ぎりました。
いいえ、オーヴェル侯爵領から逃げ出した自分が、領民のことを考えるなんておこがましい。私は軽く頭をふって、考えるのをやめました。
────しかし、考えないわけにはいかなくなりました。国から、元オーヴェル侯爵夫人である私に、呼び出しがかかりました。
国の領管理統括省に出向くと、事務官の方が穏やかに言いました。
「ご足労いただきありがとうございます。現在オーヴェル侯爵領について調査中です。わかる範囲で良いのでお答えください。この調査は、オーヴェル侯爵領の各地の代表者にも行っているものです。ご協力お願いします」
「はい。私でわかることでしたら、協力させていただきます」
宙に浮いた状態になってしまっているオーヴェル侯爵領の領民のために、私が役に立てるなら、できる限り協力したいと思いました。目の前には、過去十数年分の台帳と、私が領を出た後に、各地から上がって来た報告書が置いてありました。台帳を挟んで、二人の事務官が代わる代わる私に質問をしてきました。
「この中で貴女がまとめた台帳はありますか?」
「この二冊とこの年より前の十年分をまとめた簡易版は、私がまとめたものです」
「○○地区の税収、この数字で合っていますか?この収穫量のわりに税収が低すぎませんか?」
「○○地区は年によって、収穫量にムラがあるのです。この年はたまたま豊作でしたけど、例年この前年の台帳に書かれている収穫量なんです。この税収で合っています」
「では、こちらの△△地区へ、領の税収からの支出がありますが、これはなぜですか?工事とありますね」
「△△地区は、今まで整備されていない道を使っていました。住人もここ数年で増えて、整備された道が必要ですので、領の税収を使いました」
私は、ハワード様に付いて各地の視察に行った時のことを思い出しながら、一生懸命漏れがないように答えました。一回の呼び出しで済ませたかったのです。私は、質問に答えることに必死で、事務官同士で目配せしている意味を考える余裕はありませんでした。
「すでに昨年度と今年度の各地の報告書は提出されています。これを元に、貴女がまとめた台帳と同じ形式でまとめてください。まとめ終わったら、本日の調査は終了になります」
私は事務官が退室後、ひたすら黙々と台帳をまとめました。自分がまとめた台帳に貼っておいたメモや資料はそのまま残っていましたので、忘れていたことはそれを見て思い出しながら書き上げました。
途中で何回か事務官の方が様子を見に来て、軽食や飲み物をを出してくれました。
朝一番で呼び出されたのですが、台帳のまとめが終わった頃には夕方になっていました。
念のため、一日お休みをもらっておいて良かったです。
「ご苦労様でした。また改めてご連絡いたします」
一仕事やり切ったという気になっていた私は、最後にかけられた事務官の言葉に意味があるとは思っていませんでした。
それから数日後、再び領管理統括省から呼び出しがありました。私がこの間仕上げた台帳になにか不備があったのではないかと心配になりました。
前回と同じ部屋に案内され、前回と同じ二人の事務官と対面しました。事務官の方は、この間の穏やかさはなく、真顔でスッと一枚の紙を私に差し出しました。
「ソフィア・グリーグ伯爵令嬢にオーヴェル侯爵領管理業務の委託を要請します」
!!
頭が真っ白になりました。
「私がですか??私はすでにオーヴェル侯爵家の人間ではありません」
私は、うろたえながら尋ねました。
「だからお任せできるのです。ご存知のように、オーヴェル侯爵領には国の監査が入りました。オーヴェル侯爵家の人間に、今後管理を任せることありません。詳しくお伝えできませんが、国の方針が確定するまでは、領の管理運営する中心人物が必要です。いわば領主代行です。これは領の管理運営ができる人物である必要があります。できればオーヴェル侯爵領のことをよくわかっている方が望ましい」
「それが私だと言うのですか?私は領の運営に携わっておりません。事務的なことしかしていないのです」
「我々は国の事務官です。適当な調査で業務委託の要請はしません。オーヴェル侯爵領の各地の代表に聞き取り済みです。実態報告書も提出してもらっています。オーヴェル領各地の代表に、視察時の様子を確認しています。侯爵ではなく、同伴していた貴女が各地の農地や工場を見て回ったり、倉庫内の品物を確認していたそうですね」
「それはハワード様の指示かも・・・」
事務官の方は、ゆっくりと首を振りました。
「先日、貴女はたった一日で台帳を仕上げていました。我々が資料を全て用意しておきましたが、そうであっても、普段やっていない人にはできないことです。台帳に貼ってあったメモ類は、貴女が書いたものですよね。あれは、実際に領を見て回り、運営に当たる人だからこそ書く内容です。領主代行は国の要請です。名誉なことです。我々の立場で確約はできませんが、国の要請業務をやり終えて、そのまま事務官になった人も大勢います」
事務官の方のおっしゃることは、よくわかります。国から要請を受けるというのは、普通は大変名誉なことなのです。そして国が名誉を授けるということは、命令と同じなのです。
「領主代行とは何をすればよいのですか?」
「領主代行は、領管理統括省に領の状態を定期的に報告をしながら、通常の領主の仕事をしてもらいます。統括省からは報告に関係なく、独自に領内の確認に行きます。オーヴェル侯爵領は王都と接していますし、貴女は領に移り住まなくてもかまいません」
事務官の方は、淡々と話を進めていきます。私は重たい気持ちになっていました。何か引き受けなくて良い手立てはないかと、必死に考えを巡らせて質問を絞り出します。
「領主代行の期間はどれくらいですか?」
「二年から五年ぐらいの見込みです」
「領主代行、私が代理をたてることは可能ですか?または、領地管理を誰かに手伝ってもらうことは可能ですか?」
事務官の方が、少し考えてから言いました。
「・・・・領主代行の代理ですか?代行の代理・・・・認められるかはわかりませんが、親、兄弟、夫、子なら要請業務の代理や補佐の申請ができます。ただし、すでに領主である者が領主代行を兼ねることはできません。急遽縁組された養子や夫も原則認められません。いずれにせよ、貴女に領主代行の要請が出ているので、代理や補佐を立てたとしても、何かあった時の責任は貴女になります」
「・・・・・そうですか。・・・いつまでにお返事をすればよろしいですか?」
「二週間以内です。代理を立てるならすぐに申請してください。ではまた」
これはどうにもできない、と思いました。国の命令に従うほかなさそうでした。
私はお店に戻ると、エマに領主代行のことを伝えました。
「エマ、私はもうお店の仕事をできないかもしれない。グリーグ伯爵家は今さら頼れないし、私が自分で管理業務するしかないみたい・・・。エマの言う通り、私の代わりを育ておいて良かった」
私は泣くのをこらえながら言いました。
「なに言っているの?夫なら貴女の代理ができるんでしょう?」
「え??私に夫なんて・・・相手だっていないのに・・」
「いるじゃない!ジョルジオ様が」
「は!?」
***
「どうした?ソフィア嬢。今日は元気ないな。具合でも悪いのか?」
いつもの週末のディナーの席で、ジョルジオ様が私に聞きました。アルフさんとシェリルさんも心配そうな顔をしています。
「具合は悪くないのですが・・・・・国から要請がありました」
「国から?何だろう?僕が力になれることなら力になるけど」
「その・・・・・オーヴェル侯爵領のことで・・・」
「ああ、あれか。今社交界で話題になっている・・・君にはもう関係ないと思うのだが」
私はジョルジオ様に、国からオーヴェル侯爵領の領主代行の要請があったことを話しました。
「期間はどれくらい?」
「二年から五年ぐらいと言われました」
「ふーむ、一旦引き受けたら、そのまま国の事務官になるというわけか。代理を立てたり誰か補佐を頼んだりはできないのかな?」
エマから言われたことを思い出し、私は赤面しながら答えました。
「私の親、兄弟、子・・・・・夫でもいいそうです。グリーグ伯爵家を飛び出した手前、親、兄弟に頼るわけにはいかないですし、私が要請に従うしかなさそうです。両親も・・・きっと私が国の仕事をする方が安心しますよね。・・・・・・・ジョルジオ様、自分の好きなことで生きるって難しいんですね」
しばらく沈黙が続きました。ジョルジオ様は、一旦姿勢を正すと私に言いました。
「それなら・・・ソフィア嬢の代理、僕が務めようか?・・・・その、僕が君の夫になるのはどうだろう?」
私は、驚いてしまいました。ジョルジオ様もエマと同じことを言いました。
アルフさんは目をまん丸に、シェリルさんは口に手を当てました。
「・・・・・ジョルジオ様と結婚するということですか?でも、私は自分の夢のために、偽装結婚するなんてできません。そんな失礼なこと、ジョルジオ様に対してするのは嫌です」
アルフさんとシェリルさんは、目をぱちぱちと瞬きしました。
ジョルジオ様は、続きの言葉を発しようとして数秒止まってしまいました。
「・・・・いや、ソフィア嬢、そうではなくて・・・・・。そうか・・・・・。ところで、ソフィア嬢はこの先誰かと結婚することは考えているのかな?」
「考えていないです。私は一度婚約破棄されていますし、その後結婚しても上手くいかなかったですし、結婚は・・・・・私には無理なんだと思います。今は、自分で身を立てることだけを考えたいです。あ、考えてみると、国の仕事をさせてもらって、そのまま国の事務官になれるなら、一人でもやっていけることになるのですね・・・・」
「まあ、そうだな・・・・」
ジョルジオ様と私の間にあった和やかな空気が、変化していくのを感じました。
「ソフィア嬢、今から言うことを聞いて、よく考えてみてほしいんだ・・・。僕はね、仮に君と結婚・・・・・偽装結婚したとしても、君に利用されたとは思わない。僕にとって領主の仕事はやりがいのある仕事だからね。短期間であっても、自分がやれるならやりたい仕事だ。僕には20年近く、ギュスター侯爵領を任されていた実績もある。君の代わりに、その仕事を引き受けさせてくれないか?領主の補佐はアルフができるから、君は今まで通り自分のやりたい仕事をやればいい」
「・・・・・」
「ただこの話は、君がいつか誰かと結婚したい気持ちが、少しでも残っているのなら無しだ。偽装・・・結婚であっても届は出すわけだから、表向きは事実になる。僕は届が出ても今の立場に問題ないが、君は将来が変わってくるからな。君が自立して生きていくために、国の仕事でも良いと思うなら・・・それはそれで君の選択を尊重しよう。まあ、君は今それなりに自活できるようになっているし、僕はそろそろ見届け人の引き際かもしれないな・・・はははっ」
「・・・・・」
「返事は、したくなければしなくていい。マルクス、デザートを頼む。さっぱりしたものを。ソフィア嬢、そんな辛そうな顔しないでくれ。僕は君と知り合って、楽しい思いをたくさんしたんだから君に感謝しているよ」
私は胸の奥がキューっと痛くなり、涙がぽたぽた落ちました。ジョルジオ様の話を聞いているうちに、どうしようもなく切なくなってきたのです。
「ソフィア嬢!?どうした!?」
シェリルさんがスッと寄ってきて涙を拭いてくれます。
「ジョルジオ様・・・・私は・・・・。結婚を手段に使っては駄目だ、と思っています。でも、私が国の仕事をやることにしたら、ジョルジオ様がどこか遠くに行ってしまうみたいで・・・。そう思ったら、どうしようもなく胸の奥が締め付けられて・・・」
言いながらも涙が止まらなくなりました。
ジョルジオ様がふっと表情を緩めました。
「そうか、そういうことか・・・・・・。よしよし、ならば君が辛くない選択をしよう。さっきも言った通り、僕は結婚に問題はない。むしろメリットがある。君は結婚を手段にすることに抵抗があるみたいだが、貴族の結婚の大半は政略結婚だ。政略と手段、言い方が違うだけで大差ない。要請が出た後の結婚で代理が認められるのかわからないが、結婚して、代理申請するだけしてみよう。それでどうだろうか?」
自分の気持ちがわからないところに、ジョルジオ様の言うことがスーッと入ってきました。
「・・・・はい。そうします」
言った瞬間、ふわっと胸の奥の締め付けがなくなりました。
アルフさんは、穏やかにほほ笑みながら言います。
「早速明日手続きをしに行って参ります。ソフィア様は、あとで署名をお願いいたします」
その日出てきたデザートは、ジョルジオ様にはレモンのソルベ、私には甘く蕩けるフォンダンショコラでした。甘さと苦みが染みわたりました。
食後、私は婚姻届に署名しました。すでにジョルジオ様の署名、ギュスター公爵の署名、父であるグリーグ伯爵の署名があります。
「え?これは・・・」
「そう、あの時のだ。この用紙とっておいてよかったよ。フィリップには僕から上手く話しておく」
署名をすると、心の奥がほんのり温かくなりました。
母がどう思うかが気になりますが・・・。
今は、ジョルジオ様が領主代行の代理を認められるように祈るだけです。




