第十部:ギュスター邸の人々
(6518字)
目覚めてからの二日間は、部屋の中だけで過ごしました。熱が下がり、ある程度食べられるようになるまでは、部屋の外へ出る許可はできない、とジョルジオ様に言われてしまいました。
体が回復してくると、お店のことや引き受けている仕事のことなど、具体的にどうなったのか、心配になってきました。エマも私の心配を予想していたいたようで、ブランナー先生が往診に来た時、エマの手紙を渡してくれました。
手紙によると───
刺繍商品は在庫が十分あるし、小出しに店頭に置くから大丈夫。
私が用意していた新商品は、私が戻ってきたら店頭に置く。
《ソードレディ》で引き受けていた9件の仕事は、ディーナさんから依頼主に連絡してもらった。4件は依頼取り消しのため、お預かりしたものはお返しした。残りの5件のうち3件は気長に待つ、2件は早めがいいけど待つ、と言われた。
エマは、私が気にしているであろう仕事のことを教えてくれました。そして、”無理をさせてしまってごめんなさい”とお詫びの言葉まで書いてありました。私が自分の力量を見誤っただけなのに、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
ため息をつきながら手紙を封筒にしまっていると、ジョルジオ様が部屋に入ってきました。
「ソフィア嬢、調子はどうかな?少しは食べれるようになってきたかな?」
「はい。おかげさまで熱はもうないですし、食事もとれるようになりました。こんなに良くして頂いて、これ以上は・・・」
「ソフィア嬢、もう少しの辛抱だ。今日からは普通の食事でも大丈夫かな?シェリル、ソフィア嬢を整えてやってくれ。ダイニングで待っている」
シェリルさんは、私が部屋の外に出れるよう身支度をしてくれました。今までの私は寝衣姿でした。ジョルジオ様にそんな姿を見られていることは大変恥ずかしいのですが、意識が回復した時には、すでにその状態でした。倒れていたところをお屋敷に運んでくださって、その上療養期間までお世話になっていると思うと、ジョルジオ様にはただただ感謝しかありません。
ですが、感謝の気持ちが大きくなればなるほど、お世話になっていることに居たたまれない気持ちも大きくなっていきました。
身支度が整った私を見て、シェリルさんはとても満足そうでした。
「ソフィア様、お綺麗です。ジョルジオ様も喜ばれますよ」
「はい、病人じゃなくなったのを見てもらえるので良かったです」
「・・では、行きましょうか」
なんだか苦笑いされた気がします。
初めて部屋の外に出て見ると、ここは公爵家のお屋敷なのだと改めて感じさせられます。ギュスター公爵本邸はジョルジオ様のご令息が継いでいらっしゃってて、こちらはお仕事を譲られたジョルジオ様専用のお屋敷と聞いています。あえて華美にならないように調度品を抑えているけれど、建物自体が重厚な造りになっています。
ダイニングに着くと、ジョルジオ様とアルフさんが待っていました。
「お待たせして申し訳ございません」
ジョルジオ様から反応が返ってくるまでに、一拍間がありました。
「・・あ、いや、顔色良くなって良かったよ。今日は久しぶりのお客様で料理長のマルクスも張り切っているから、楽しみにしていてくれ」
「ありがとうございます。でも、そんなお気遣いいただくと申し訳なくて・・・」
アルフさんがニコニコしながら椅子を引いてくれました。
「さあ、ソフィア様、どうぞ」
アルフさんとシェリルさんが優しく見守る中でのお食事です。まるでご招待を受けたかのような扱いに、私は恐縮してしまいました。
ですが・・・・あまりのお料理の美味しさに、恐縮する気持ちをうっかり忘れそうになりました。お料理は私の状態に合わせ、量は少な目で胃に負担がかからないものを、種類多めに用意されていました。
口に含んだ瞬間、「美味しい」と無意識に声に出ていました。ハッとして顔をあげると、笑顔のジョルジオ様と目が合いました。周りを見ると、アルフさんとシェリルさんが微笑み、ドア付近にいたマルクスさんが大きく頷くのが見えました。私の顔は熱くなりました。
「ソフィア嬢がマルクスの料理を気に入ってくれて良かった。たくさん食べて、また元気な姿を見せてくれ」
ジョルジオ様は、私の日常生活に対し、いろいろ意見したいと思うのですが、食事の場では何も言いませんでした。むしろ、食事が楽しくなるような会話を、選んでくれていた気がします。
その後もジョルジオ様と食事を共にし、私はどんどん回復していきました。
***
食事を共にするようになってから四日目、その日の午後は、ブランナー先生とジェイン様が往診に来てくださいました。ブランナー先生が最初に往診に来てくださったのは、偶然でした。アルフさんは、評判が良くて、その日に確実に往診に来てくれる先生を探した結果、ブランナー先生にお願いすることになったのです。これは本当にありがたい偶然でした。
「ソフィア様、もう普通の生活に戻られて大丈夫と思います。ただし倒れる前の生活は見直す必要があります。日常に戻られてもご無理はされませんように。貧血に関しては、体質なので、こちらは引き続き食事等、意識した生活を心がけてください。食事でカバーできるなら一番良いのですが。以前飲まれていた薬を出しておきますね」
ブランナー先生の言葉を聞いて、ジョルジオ様に甘えるのは今日までにしなければと思いました。
食事の席で、私はジョルジオ様にそのことを伝えました。
「ジョルジオ様、私は明日自分の部屋に帰ろうと思います。今日のブランナー先生の診察で、日常に戻って良いと言われました。そろそろお店で働かないといけません。こんなに良くして頂いて、ジョルジオ様や皆様に何もお返しせずに出ていくのが心苦しいのですが、それでもこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
私の言葉に、ジョルジオ様とアルフさん、シェリルさん、ドアの外にいたマルクスさんまで一瞬動きを止めました。
「ソフィア嬢、迷惑なんてことは全くない。・・・帰るって、あの二階の部屋だろう?部屋の中を見て申し訳なかったが、あれは作業部屋だ。体を休める部屋とは言えないな。あの部屋に帰したら、また同じことが起きそうだ。そうなるぐらいだったら、この屋敷からお店に通ったらいい」
アルフさん、シェリルさん、マルクスさんが、”うん、うん”という表情をしています。
「さすがに私の立場で、そんな図々しいことはできません。・・・ジョルジオ様、私皆様に良くして頂いて、本当に嬉しかったんです。だからこそ、ここにいては駄目だと思います。グリーグ伯爵家を飛び出してきたのに、ここで甘えたら同じだと思うので。それに・・・・・あの・・」
「なんだい?思っていることを話してくれ」
「あの・・・・・私がこのお屋敷にいたら、ジョルジオ様は女性のお客様を呼べませんよね?」
「・・・・・は!?」
この場にいる私以外の方の表情が、一斉におかしなことになりました。触れてはいけないことだったようです。
「余計なことを言って、申し訳ございません」
「ソフィア嬢、何か誤解があるようだが、僕が女性客をこの屋敷に呼ぶことはないし、ましてや泊めることは絶対にない!そこのケジメはある。・・・なんでそんな誤解を!?」
「え、それは・・・あの・・・女性用のドレスがたくさんクローゼットに・・・。サイズは私よりゆったりした同じサイズで揃っていたようだったので・・・特定の方のものかと・・・」
アルフさんが天を仰ぎ、シェリルさんがよろけるのが見えました。
「いや、それはだな・・・」
ジョルジオ様が言い淀んでいると、アルフさんが何かを思いついたらしく、サッとメモを書いて、ジョルジオ様に見せました。それを見るとジョルジオ様は、ハッとした顔になり、しばらく考えこんだ後、あきらめたように言いました。
「そうか・・・そうだな・・・。僕は見届け人だ。君が頑張ろうとするのを、止めたら駄目だな・・・。だが、ソフィア嬢!もう絶対に無理はしないと約束してくれ!」
「わかりました。お約束します。ここでお世話になったこと、皆様への御恩は一生忘れません」
翌日、お屋敷を出るときは、ジョルジオ様とアルフさん、シェリルさんとマルクスさんが見送ってくれました。マルクスさんが私にバスケットを渡してくれます。
「それは、マルクスが用意した君のランチだ。栄養が足りていない人を放っておくのは料理人として我慢ならないそうだ。マルクスの気持ちだから、ちゃんと食べるんだぞ。エマ嬢と相談して、今後の働き方をちゃんと見直すんだぞ。今度店に行ったときに、確認するからな」
「こんなにまでしていただいて!マルクスさんありがとうございます!マルクスさんのお料理食べれなくなるのが残念だったので、すごく嬉しいです!ジョルジオ様、私、今度は倒れないようにしっかりやります!皆様、大変お世話になりました。あらためてお礼に伺います」
私はジョルジオ様のお屋敷を後にしました。久しぶりの外の空気は、爽やかでとても心地よいものでした。私が去った後、お屋敷の方々が寂しさを感じていたことなど全く知らず・・・。
***
お店に戻ると、私とエマは謝り合いっこになってしまいました。エマは、ブランナー先生やジェイン様から聞いていたものの、直接私の様子を見にいけなかったので、かなり心配してくれたようです。
今後の働き方については、二人で話し合った結果、お店の仕事は今まで通りで、《ソードレディ》での注文を受けるのはやめることにしました。すでに引き受けた分だけは、しっかり仕上げて、その後は私の余力があれば、先に商品に刺繍しておいて、それを売ってもらうことになりました。
「エマ、私今回のことで反省した。”仕事のペースを決めるのも仕事のうち”って、ジョルジオ様に言われた通りだったわ。私、いろんな方に刺繍を頼まれて、舞い上がってしまったみたい。そのせいで結局エマや皆に迷惑をかけて・・・」
「もうそれは言いっこなし!私も今回のことでいろいろ考えたわ。ソフィア一人に刺繍商品を頼りすぎたって・・・。でね、今から話すことはあくまでも提案だから、ソフィアが嫌だったらハッキリ言ってね。
前にミリア様がお友達を連れて来られたことあったでしょう?あの子たちにソフィアが教える様子を見て思ったんだけど、ソフィアと同じ技術を持つ人を育てたらどうかなって。同じ技術を持つ人が何人かいれば、ソフィアの負担が減るでしょう?それにソフィアはいつかエマール商会から独立して、自分のお店を持ちたいと言っていたけど、今のままじゃその余裕はないよね?
正直言うとね、ソフィアがいなくなって、三号館のメイン商品だと思われているものが消えるのも困るかな。
でもね、そういうのを抜きにしても、ソフィアがお店の経営者と商品の製作者を兼ねるのは厳しいわよね?」
「私の技術を教える・・・・同じ技術を持つ?」
「問題はそこなんだけど・・・。ソフィアの刺繍って自分で開発したやり方も多いじゃない?特に最近なんてどんどん複雑で凝ったものになっているし、それを人に教えたらって提案するのも気が引けるんだけど・・・」
私はエマの話を聞きながら、サラ様やマリー様に刺繍を教えて、二人ができるようになった時の達成感を思い出していました。また、私が以前、”自分のお店をもつことが夢”と言ったのをエマは覚えていてくれたんだ、と嬉しくなりました。
「エマ、それ良いと思う!私と同じことができる人が複数いれば、三号館だけじゃなくて一号館、二号館にも商品おけるし。あ、それに《ソードレディ》の刺繍入れも、私以外の人ができるかもしれない」
「ソフィア、本当にいいの?ソフィアしかできない技術を持っておくと、ソフィアの刺繍の価値が上がるのよ」
「そうかもしれないけど・・・でも私、人に教えるのも楽しいんだって知ったから大丈夫。それより、また私が病気になって、エマや皆に迷惑をかけるようなことはしたくないの」
「ありがとう、ソフィア」
「ところで、具体的にどうやって進めていくの?何かアイデアがあるの?」
「ああ、それはね・・・・・」
エマが考えたのは、教会に行くことでした。
学生時代、王都の教会のバザー活動に参加した時、隣に孤児院がありました。孤児院にいる子たちは、養子にならなかった場合、働ける年齢になったら、働き口を見つけて出ていくことになっています。働き手がほしい人は、教会を通して孤児院に募集をかけます。エマール商会の場合、刺繍の技術を必要としているので、”短期間の研修の後、習得度審査によって採用を決定”と条件付きの募集を考えていると。
「希望があったら即採用ではないの?」
「それも考えたんだけどね・・・。これはボランティアじゃないからね。雇用して給料を払うなら、求める仕事ができそうかの確認は必要だと思う。仕事をしてお金をもらうって、そういうことだと思うよ」
以前の私だったらピンと来なかったかもしれませんが、今ならエマの言うことがわかります。私が《ソードレディ》で引き受けた仕事は、私が倒れたら4人の方は依頼を取り消しました。期日を守れないならもういい、ということでした。お金を受け取るのに、条件を満たせないでは困るのです。
教会に募集したところ、来年孤児院を出るリルとロゼという二人の女の子から応募がありました。
私は教会に出向いて、教会の集会所で一時間の講習を2日間しました。3日目はエマと一緒に習得度審査をしました。リルは吞み込みが早く、ロゼは手が遅かったのですが、二人ともまじめで熱意があったので採用することになりました。まだ孤児院を出るまでには時間があるので、実際に働くまでの間、私が週一で教えることになりました。
「刺繍の講師をしてくれる分、特別手当出すからね」
エマはきっちりしています。
「えー、就業時間内だからいいのに」
「ダメダメ!技術を提供してくれているんだから、それは受け取ってもらわないと!ソフィアはこれからどんなお店を持つのかわからないけど、職人さんの技術には対価が発生するってことは覚えといてね」
働き方の体制が変わってから、以前の自分を客観的に見れるようになりました。
「ジョルジオ様、私はただ目の前のことをがむしゃらにやればいいんだって思っていました。でも、それでは何も形として残らず、仕事に追われるだけになっていたみたいです」
「ソフィア嬢が、自分で気付けてよかったよ」
以前と変わったのは、働き方だけではありません。
私は週一でジョルジオ様のお屋敷のディナーに呼ばれるようになっていました。
お店に戻った数日後に、お世話になった感謝を伝えようと、私は再びジョルジオ様のお屋敷に伺いました。その時に、私が刺繍したハンカチをジョルジオ様とアルフさんに、ポーチをシェリルさんに、手ぬぐいをマルクスさんに渡しました。するとまた、お礼にディナーを一緒にとなり、またそのお礼を伝えてということがあり・・・・・結局、私の現状報告を定期的にするなら毎週末、共にディナーを、となりました。
「ソフィア嬢が来てくれると、屋敷内が活気づくな」
「そんな・・・恐縮してしまいます。でも、あの、こんなこと言うと失礼かもしれませんが、このお屋敷に伺うたびにパワーをいただいている気がします。それにジョルジオ様に自分の話を聞いていただくと、自分の迷いが晴れていくようで、この時間は私にとって大変ありがたい時間です」
「そうか・・・・・そう感じてくれているのか」
私の王都での生活は、出だしで自分がこれ以上は無理という加減がわかったことで、”自分のペースはこれ”というのが出来てきました。
お店に出る、刺繡商品を作る、刺繍のやり方を教える、たまに《ソードレディ》の刺繍入れをする、・・・そしてジョルジオ様とお食事をする。
生活がうまく回るようになりました。
私がジョルジオ様のお屋敷に定期的に伺うようになったことで、ジョルジオ様がお店に現れることはほとんどなくなりました。いらっしゃても女性を連れて来られることはなくなりました。女性の方たちが、ジョルジオ様に関係なく、来店してくださるようになったからかもしれませんが。




