第9話「英雄の、予想外の助け」
翌朝、老人は宿の食堂にいた。
アルトが降りてくると、すでにテーブルの端で茶を飲んでいた。昨夜と同じ白い頭巾をかぶって、料理を注文している最中だった。アルトを見て「ああ、来た」と言った。
「ここにいたんですか」とアルトが言った。
「宿に泊まっていたので」
「偶然ですか」
「さあ」
アルトは向かいに座った。
「昨日の話、続けていいですか」
「朝食の後でいいですか」
「……どうぞ」
老人はゆっくり食べた。アルトも食べた。ロウェンが降りてきて「誰ですか」と小声で聞いたので「さあ」と答えた。セラが降りてきて老人を見て少し目を細めたが、何も言わなかった。
食事が終わった後、老人が向かいのアルトを見た。
「名前を言っておきましょう。エリンといいます」
「アルトです」
「知っています。英雄様ですよね」とエリンは言った。嘘くさいとは今日は言わなかった。「あなたが探している男の話をしましょう」
「間諜の話ですか」
「そう呼んでいいでしょう。あの男はオーデンという名前で、王都でも顔が割れていた情報屋です。最近は魔族の方に転んで、情報を売っている」
「どうしてそれを知っているんですか」
「長く生きると、そういうことを知る機会がある」
老人は答えになっていない答えをした。アルトはそれ以上聞くのをやめた。
「オーデンは今、この街にいます。南側の市場の近くに潜んでいる。情報を整理して、夕方には動くつもりでしょう」
「整理している情報は──英雄の件ですか」
「そうです」
アルトは少しの間、黙った。
「あなたはなぜ俺に教えるんですか」
「面白いから」
「面白い?」
「嘘つきの英雄が十年間どうやって嘘をつき続けているのか、それが気になっていた。少し見てみたくなった」
アルトは表情を変えなかった。
ロウェンとセラが横で聞いているが、エリンは構わず話した。
「あなたが嘘をついているのかどうかは、私には関係ない。ただ、あの男があなたの情報を持ち出すのは困る。あの男の後ろにいる者が、私には都合が悪い」
「どういう意味ですか」
「今日はここまでです」
エリンが立ち上がった。
「一つだけ」
アルトも立ち上がりながら言った。
「昨夜、不変の石を知っていると言いましたね。何を知っているんですか」
エリンは少し間を置いた。
それから「死ぬ前には教えてやります」と言った。
「いつ死ぬんですか」
「さあ。でも、あなたが諦めない限りは、まだ先です」
エリンは帽子のつばを少し引っ張って、食堂を出た。
三人が残された。ロウェンが「……変わった老人ですね」と言った。
「そうですね」とアルトが言った。
「信用していいんですか」
「判断材料が少ないので、今は一度信じてみます。動いてから考えましょう」
セラが「不変の石、とは何ですか」と言った。
アルトは少し考えてから「後で話します」と答えた。
セラが「わかりました」と言って、先に立ち上がった。
後で話す、と言った。
それは初めて「いつか本当のことを話すかもしれない」という返答だった。
アルトは自分でそれを言いながら、少し驚いていた。
9話、お読みいただきありがとうございました。
エリンという老人が指摘した「十年前から時を刻み続けている石」。
それはアルトという「嘘」を証明する証拠であると同時に、この世界の存在そのものを記録するログデバイスでもあります。
不変の石の話を「後で話す」と言ったアルト。
それは彼が、自分のハッタリが生み出した「歪み」と向き合い始めた瞬間かもしれません。
引き続きよろしくお願いします。




