第8話「英雄の、隠れた弱点」
「英雄らしい行動」の計画は、半分成功して半分失敗した。
街の広場で魔物の目撃情報を公開し、英雄が調査に乗り出すという話を流した。街の衛兵長に協力してもらって、英雄の「活動」を少し大げさに伝えてもらう。そうすれば間諜は確認のために動くはずだった。
間諜は確かに動いた。ロウェンが南側の路地でそれらしい人物を見かけた。しかし見失った。
「すみません、路地が多すぎて」とロウェンが言った。
「構いません。もう一手打ちましょう」とアルトが言った。
第二の手は「英雄が実際に戦う場面を見せる」ことだった。
問題はそこだった。
街の外れで、先日の小屋に関係していた魔物が一匹残っていることがわかった。中型の魔物で、一匹なら自警団でも対処できる程度だ。しかしアルトはそこに「英雄として」向かった。
剣を左手で抜いた。右手はポケットの中だ。
指先が指輪に嵌められた石に触れる。冷たいはずの石が、今はなぜか、鼓動のような微かな熱を帯びている気がした。
魔物が向かってきた。
アルトは距離を取った。間合いを計った。英雄の戦い方を知っている人間が見れば、一目でわかるだろう。英雄の動きではない。普通の、どこにでもいる剣士の動きだ。足さばきも、剣の持ち方も、力の使い方も、何一つ英雄らしくない。
それでもアルトは、魔物を仕留めた。
時間がかかったが、仕留めた。
勝ったことは勝った。
「英雄様」
後ろから、ロウェンの声がした。
振り返ると、ロウェンとセラが立っていた。二人とも、アルトの戦い方を最初から最後まで見ていた。
アルトは剣を収めた。何も言わなかった。
ロウェンも何も言わなかった。
セラも何も言わなかった。
その沈黙の種類を、アルトはよくわかっていた。「普通じゃない」という沈黙ではなかった。何か考えているか、確認しているか、そういう沈黙だった。
「うまくいかなかったですね」とアルトが言った。
「そうですね」とロウェンが言った。
「でも仕留めましたよ」とセラが言った。
「まあ」
アルトは広場の方へ向かいながら、心の中で整理した。ロウェンとセラが戦い方を見た。二人が何を感じたかはわからないが、「英雄の戦い方ではない」と気づいた可能性は高い。
問題は、そこからどう動くかだ。
暗くなりかけた街の角で、老人とすれ違った。
背が低く、白い頭巾をかぶった老人だった。横を通り過ぎた時、アルトの方を一度見た。
「嘘くさい英雄だ」
老人がそう言った。小声だったが、はっきり聞こえた。
アルトは止まった。振り返った。老人はもう歩いていた。
「待ってください」
「急いでいます」
「一言だけ。今なんと言いましたか」
老人が立ち止まった。こちらを向いた。顔にしわが刻まれていて、目だけが妙に鋭かった。
「嘘くさいと言いました」
「なぜそう思うんですか」
「英雄の戦い方を知っているので」
アルトは老人を見た。老人もアルトを見た。
「あなたは」
「通りすがりです」
「それだけですか」
老人がアルトの右手、ポケットの外側を見た。指輪に嵌められた石の重みが、布の上からわずかにわかる。
「それ」と老人が言った。「知ってますよ。十年前から、一秒も狂わず時を刻み続けている石だ」
アルトの喉が動いた。
「……何を知っているんですか」
「今日じゃない」
老人は歩き出した。
「また会います。その時に話しましょう」
暗い路地に、老人の背中が消えた。
アルトはその場に立ち止まって、右手をポケットに入れた。指輪に嵌められた石を握った。
やはり、熱い。
まるで、今この瞬間の出来事を、誰かがどこかで書き残しているかのような──奇妙な感触だった。
三人のうちの二人が戦い方を見た。老人が石を「知っている」と言った。
一日で、少し多すぎる。
8話、ありがとうございます。
老人が出てきましたが、何者なのかはもう少し後になります。
「十年前から時を刻んでいる石」という言葉。この石がシリーズすべての鍵となります。
次話で、この老人がさらに深い謎を提示します。
続きをよろしくお願いします。




