第7話「英雄の、正体不明の脅威」
西の森で、三人は予想外のものを見つけた。
魔物の巣ではなかった。人間の足跡があった。
小屋の跡があった。最近まで使われていたことは、灰の温度でわかった。何かを記録したらしい紙の切れ端が一枚、土の中に半分埋まっていた。セラがそれを拾い上げた。
「地図です」
魔物の出没地点が手書きで記されていた。南の草原、西の森──今朝調査した場所がそのまま描かれている。それだけではなく、街の外周、衛兵の巡回ルートも書かれていた。
「魔族の偵察部隊ですか」とロウェンが言った。
「おそらく」とアルトが言った。「でも問題は、この地図にもう一つ記されているものです」
紙の隅に、小さな文字があった。セラが解読した。
「──英雄確認中」
三人が沈黙した。
魔族が英雄の存在を把握しようとしている。それ自体は驚くことではない。英雄がいれば、魔族がその動向を気にするのは当然だ。
問題は、「確認中」という言葉の意味だ。
英雄の存在を把握するのではなく、「確認」している。何かを確認しようとしている。
英雄が本物かどうかを、確認しようとしている?
「アルト様」
ロウェンが、初めてアルトの名前を呼んだ。
「なんですか」
「これ、英雄の正体を探っているんじゃないですか」
アルトは地図を見たまま、少しの間、答えなかった。
「……可能性はあります」
「なぜ探る必要があるんでしょう。英雄がいることは十年前から知れているはずで」
「さあ」
「魔族が英雄に何か──」
「それより、この小屋に最近まで人間がいた。それが誰かを先に考えましょう」
アルトは話を切った。ロウェンは少し考えてから頷いた。セラは何も言わなかった。
人間の足跡だ。魔族ではない。人間が、魔族の偵察に協力している。いわゆる間諜だ。
それが問題だった。
魔物なら戦えばいい。しかし人間の間諜は動きが読みにくい。情報を持って逃げることもできる。そして──リンデル村で会った、あの男の顔が浮かんだ。
「英雄様」
今度はセラが言った。
「なんですか」
「三日前に、あなたに声をかけた男がいましたね。右手の話をした」
「……覚えていましたか」
「はい」
「どこかで見たことがあると思っていました」
「私は見たことがあります」
アルトはセラを見た。
「以前、王都の市場で見かけたことがあります。商人に見せかけていましたが、目が違った。情報屋か、間諜の類だと思っていました」
「なぜ今それを言うんですか」
「確認できなかったので。でも、この小屋と合わせると、おそらく間違いない」
アルトは地図を折って、懐に入れた。
指先が、そこに収めてある指輪に触れた。英雄から受け継いだ唯一の遺物。銀の土台に、透き通った青い石が嵌め込まれている。
不変の石。アルトは心の中でそう呼んでいた。
十年前、血に濡れた戦場で受け取った時から、その石には傷一つ付いていない。磨いたこともないのに、鏡のように周囲の光を反射し続けている。それが英雄の加護の証だとアルトは自分に言い聞かせてきたが、たまに、その「変わらなさ」に薄ら寒いものを感じることがあった。
「探しましょう。あの男が近くにいるはずです」
「理由は?」
「間諜は情報を得たらすぐ動く。しかし情報を確認するまでは離れない。私たちがここを調査すると予測していれば、まだ近くにいる」
「どうやって見つけるんですか」と、ロウェンが言った。
アルトは少し考えた。
「英雄が目立つ行動を取れば、向こうが動きます」
「目立つ行動というのは」
「英雄らしいことをする、ということです」
ロウェンが「なるほど」と言った。
セラが「……あなたにそれができますか」と言った。
「一回だけなら」
三人は森を出た。街に向かいながら、アルトは頭の中で手順を整えた。英雄らしい行動を見せる。間諜が確認のために接近する。その前後をロウェンとセラに押さえてもらう。
計算の上ではうまくいく。問題は、「英雄らしい行動」を演じる必要があることだった。
苦手なことだ。
しかし今夜は、やるしかない。
7話、ありがとうございます。
「英雄の正体を確認しようとしている」という話が出てきました。
アルトにとっては、これが一番怖い話です。
次話では、英雄らしい行動を演じようとして、少し変なことになります。
引き続きよろしくお願いします。




